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2021年3月

2021年3月31日 (水)

京都府八幡市/ 桜 (背割堤)

1img20210330wa0000001 2021.03.30.

昨日、娘から桜の写真が送られてきました。
写真の場所は京都と大阪の境に近い京都側にある「背割堤」という場所で、地図を見ますと桂川、木津川、宇治川が合流して淀川になる地点よりも少し上流側になります。
昨日は「背割堤」の桜が満開で、一家そろって堤の一部を歩いたようでした。

11522780318632-2 2018.03.31.

なお、「背割堤」の桜は1.4kmも続いているようで、写真からもその凄さは見てとれますが実際に訪ねてみると壮観な景色であろうと思うところです。
近くには石清水八幡宮もあり、疫病コロナが終息した春には訪ねてみたいと希うところです。

   

2021年3月30日 (火)

小金井/ PRANKS COFFEE (プランクスブレンド)

1img_0549 PRANKS COFFEE

過日のことですが、文房具店に所用がありました。
私が知っている文具店の一つは、小金井街道と連雀通の交差点から5m程東に行った処から東北に延びる小路を入った先にあります。
その文具店に行くために東北に延びる小路に入りますと、以前は「かっぱ」という名前の居酒屋があった場所に新しく店ができていました。
その店はコーヒーショップでして、「PRANKS COFFEE」という名前でした。

文具店は「PRANKS COFFEE」が隣接する六地蔵様の先にあるのでそちらに向かって店の前を歩いていますと、興味を持った目で店を見ていた私に気付いたマダムが気さくにコンニチハと声を掛けてくださいました。
何となく温かい店の様な感じがしましたので、文具店での所用を済ませた後、店に立ち寄った次第です。

1img_0548 メニュ

先ずはコーヒーを一杯いただこうとコーヒーの種類を尋ねますと、メニュを示されながらそれぞれの特徴について説明をして下さいました。
私は初めての訪問でしたのでお薦めを伺いますとBLENDを薦めていただき、私は浅煎りが好きなので2種類あるBLENDの中から中浅煎りの「プランクスブレンド」をお願いしました。

マダムが注文のコーヒーを淹れてくださる間に伺いますと、当店は先月の2月11日に開店されたところであるということでした。
また、当店はコーヒー豆の元売りをされている会社の経営で、当店でもコーヒー豆の販売が主体であるように見受けられました。
さらには、予約販売となっているとのことですがランチボックスが販売されていて、私が訪ねたタイミングで妙齢のお嬢さんたちがテイクアウトされていました。

1img_0547 六地蔵様の境内

出来上がった「プランクスブレンド」を手にして直ぐ隣にある六地蔵様の横に行き、低い石の塀に腰を降ろしてゆるりといただきました。
「プランクスブレンド」はマイルドな味わいであると同時に滑らかな舌触りで、私が好むタイプのコーヒーでした。

1img_0546 プランクスブレンド

また、嚥下後に漂う含み香はひと際爽やかなもので、それが鼻腔の奥まで深く漂ったのは印象深いものでした。

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ということで、甚く気に入ったことから「プランクスブレンド」を購入して帰りました。

   

2021年3月29日 (月)

小金井/ 桜 (遠来の花弁)

1img_0670 

今年の桜は日曜日頃から散るのが盛んになったようです。
我が家の近所には桜の樹は無いものの強めに吹いた風に乗って遠くにある桜の樹から一弁の桜の花びらが飛んできて、車のバンパーの上に留まっていました。

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それを見て「一句ひねるらむ!」などと思ったのでしたが、残念ながら才も能も無く、諦めた次第でした。

   

2021年3月28日 (日)

全日本空輸(NH902便:Singapore:SIN-成田NRT)/ 機内食 (プレミアムエコノミークラス 朝食) [2006.07.11.], Bird Park

1img_1311 朝食

今回の出張はシンガポール往復だけで、帰りの便も往きと同じくANAでした。
搭乗したのはANA902便で、シンガポールを7月11日23時35分に出て成田には7月12日7時25分に到着するフライトでした。

プレミアムエコノミークラスとはいえ随分前後左右の幅が狭く、私は通路側の席でしたので右足の先を少しですが通路に出すことができたのが幸いでした。

何時ものように許される範囲で早めに機内に入り、大人しく座っていますと、あちら側の通路を大きな体の男性が歩いて後方に向かいました。
良く見ますと、その大柄の男性はガッツ石松氏でした。
氏はテレビとは異なり、無口で自分の座席を探して機体の後方に姿を消したのでした。

そして、私は思ったのでした。
芸能人(ガッツ石松氏は当時テレビのバラエティで有名でした)でもエコノミークラスに乗ることがあるのだ、と。
そして、もう一つ。
私の隣の席でなくて良かった、と。

1img_1311004 蕎麦にはなめこ

さて、飛行中は例によって寝てすごしましたが、やはり身動きが窮屈であったこともあり、何度か目が覚めたことは明確に記憶するところです。

朝食は成田に到着する1時間半ほど前に供されました。
私は、冷たい蕎麦からいただきましたが、これもANAでは定番(だと経験的に思っています)のもので些か懐かしうございました。
それにしましても、冷たい蕎麦は口腔内がサッパリして良いものです。

1img_1311003 

このフライトでも写真は1枚しか撮っていなかったうえに、メニュも撮影していなかったので料理の名称については分からないでいます。
ま、こういことも偶にはあるということでしょうか・・・。

1img_1311001 お粥

1img_1311002 

   

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2021年3月27日 (土)

全日本空輸(NH901便:成田:NRT-Singapore:SIN)/ 機内食 (プレミアムエコノミークラス 和食) [2006.07.09.]

1img_1293 19:30頃の空

今回の航空会社はこの年のシンガポール出張で一回だけ乗った全日空でした。
往きはNH901便で、成田発16時30分、シンガポール着22時20分(現地時間)というフライトでした。
なお、座席はビジネスクラスが満席であったことからプレミアムエコノミークラスとなりました。
贅沢を言ってはなんですが、やはり座席の幅や前後の間隔はいささか狭小というものでした。

1img_1294 和食

食事は19時30分頃から供され始めました。
私は最初に白ワインをいただくことに決めましたので、食事は和食を選択した次第でした。

なお、プレミアムエコノミークラスということですが、エコノミークラスとは料理のグレードはかなり異なるように感じました。

また、写真はブレブレのものが1枚しかなく、ちゃんと写っているのを確認すれば良かったと思いましたが、後の祭りというものです。

1img_1294002 前菜(地蛸のさしみと紅鮭昆布押し)

前菜ですが蛸の刺身が入っていました。
以前このブログで蛸の刺身は珍しいという意味のことを書きましたが、こうやって見ますとそうでもなかったようです。

1img_1294004 口取り(海老 岩魚甘露煮 鶏八幡巻き)

1img_1294001 主菜((七月)牛肉山椒焼き 野菜の炊き合わせ 俵御飯)

「俵御飯」とう所謂お結びは保湿紙に包まれています。
そういえば、ANAの和食ではこの保湿紙に包まれたお結びに随分と出会いましたが、懐かしうございました。
ま、以前は欧米への出張ではずっとANAに乗っていたのでしたが、この頃はANAに搭乗すること自体が久しぶりだから懐かしいのもムベなるかなというものです。

1img_1294003 酢の物(もずく酢 叩き長芋 針しょうが)

1img_1294005 香の物

1img_1296 デザート

1img_1290 メニュ

   

2021年3月26日 (金)

小金井/ 桜 (満開)

1img_0647 弁天橋から西側

今日は朝から風が緩やかに吹いていました。
が、午後になって風の勢いが強くなってきたので、4日ぶりに桜の様子を見に野川まで行きました。

1img_0652 西之橋の東側

野川の桜は既に満開を迎えていて、強めの風に吹かれて桜は花弁を散らし始めていました。
そして、桜の花や枝の具合を見ますと、野川の桜の満開は昨夕から今朝にかけてであったように推察しました。

1img_0655 野川の淵から弁天橋を臨む

既にいくばくかの花弁が散って川面を流れたり土手の上に散り敷いていたりしていましたが、8分咲き以上を満開と定義するのであれば未だ満開状態が続いているようです。

1img_0656 

桜の木々の下には花を愛でる人達や、あるいはピクニックを楽しむ人達が居られましたが、その数は例年以上に多いように見受けられました。
が、密集状態ではなく適当なる距離は保たれているようでした。
疫病コロナのせいで抑圧された毎日が続く中、桜を愛でることによって人々の気持ちが癒されるのであれば、桜も咲いた甲斐があったというものであろうと思う次第です。

1img_0657 弁天橋の下から西側を臨む

1img_0662 坂下橋と貫井新橋の中間辺り

1img_0663 坂下橋から西側を臨む

   

2021年3月25日 (木)

航空自衛隊/ 戦闘機 F-4EJ

1dsc09564 F-4EJ 機体識別番号07-8433 @横田基地2015.09.10.日米友好祭

3月17日に入間基地のYS11がラストフライトを実施して退役したという報道を新聞やネットで読んでいたら、同日に同じく航空自衛隊のF-4EJファントムも名古屋基地でラストフライトを実施したということが報じられていました。
そして、これでF-4ファントムは全て退役したということです。

因みに、名古屋基地といいますと昔は各務原飛行場です。
1939年に三菱重工で造られた零戦の試作1号機が厳しい警戒の中を牛車で各務原飛行場まで運ばれ、そこで初めて飛んだということです。

1dsc09565 

なお、名古屋基地のF-4EJの写真は撮ったことがありませんので、2015年と2016年の日米友好祭に百里基地から参加された機体の写真を掲載しました。

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1dsc09565002 

1img_4228 F-4EJ 機体識別番号47-6905 @横田基地2016.09.17.日米友好祭

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2021年3月24日 (水)

航空自衛隊 (入間基地)/ 飛行点検隊 YS11FC [機体識別番号62-1151]

1dsc00059 YS11FC[機体識別番号62-1151,FC:Flight Checker]@入間基地2014.11.03.

入間基地の飛行点検隊(陸海空の自衛隊が運用する全飛行場の無線設備および管制施設の点検が任務)で運用されていた『YS11FC[機体識別番号62-1151]』の最後の飛行が3月17日に実施されたとの報道が新聞各社によってなされました。

報道によりますと、この機体はYS11が開発当初から搭載されているロールス・ロイス社製ダートエンジンを搭載したもので、現在も使用できる機体としては最後の機体であるということです。

このYS11FC[機体識別番号62-1151]は2014年11月3日に入間基地で行われた航空祭において展示されており、その際に撮影した写真を1枚目に掲げた次第です。

また、同型機であるYS11FC[機体識別番号12-1160]が2018年11月3日に入間基地で行われた航空祭において展示飛行する姿を撮影していましたので、以下に掲載いたします。

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2021年3月23日 (火)

日本航空(JL726便:Jakarta:CGK-成田:NRT)/ 機内食 (ビジネスクラス 朝食) [2006.06.29.]

1img_1262 朝食

ジャカルタから成田に向かうフライトでは、搭乗して座席に着いて、小さなペットボトルの水を貰ったら、それで機内アメニティのマスクを濡らしてから顔に装着したら寝てしまいます。
したがいまして、離陸を知らないままで数時間が経過しているということもありました。

基本的には、搭乗時刻が現地時間の午前0時頃になりますので、夕食はジャカルタ市内や空港のラウンジでしっかりと摂っていますこともあって離陸後の軽食はパスすることがほとんどでした。
そして、このフライトでも同様で、成田に到着する前に供された朝食が機内で摂った唯一の食事となったのです。

1img_1262004 銀鱈 塩焼、玉子焼き、焼き鱈子、焼き蒲鉾、アサリ時雨煮

朝食はお粥とそれに合ったおかずという構成になっています。
ただ、おかずを肴に一杯飲るということもパターンとしてはありえますが、午前9時45分の到着とその後オフィスに戻るということを考えますと飲み物はお茶で十分というものでした。

1img_1262002 きんぴら牛蒡

お粥のおかずとしては「アサリ時雨煮」が殊のほかに美味でした。
夕方に到着するフライトであれば、この「アサリ時雨煮」を肴にワインを一杯飲りたいところです。
また、「きんぴら牛蒡」も収斂性のある味付けがよろしくて、お粥のお供にも酒の肴にも好い一品でした。

1img_1262001 玉子粥

お粥は「玉子粥」が6月のフライトで供されることになっていました。
お粥を構成するお米はトロリとした柔和な口当たりに仕上げらてていて良い感じでした。
が、一方で玉子が出来過ぎていて些か違和感が伴うのでした。
しかしながら、機内食ということで考えますとこれがベストの状態であるというもので、分別のある大人であれば贅沢を言うてはならぬというものです。

1img_1262003 梅干

1img_1262006 味噌汁

1img_1262005 果物

1img_1263 メニュ

   

2021年3月22日 (月)

日本航空(JL725便:成田:NRT-Jakarta:CGK)/ 機内食 (ビジネスクラス 洋食) [2006.06.26.]

1img_1253 洋食

今回の出張はジャカルタへ直行しました。
搭乗したのは日本航空のJL725便で、成田を11時25分に出発して、ジャカルタには16時25分(現地時間)に到着する予定です。

今回もビジネスクラスの席で、13時頃から供され始めました。
この日は、偶には洋食をいただいて見ようと思い、併せる飲みものはシャンパンを選択しました。

1img_1253001 甘海老と雲丹のテリーヌ ラヴィゴットソース添え、ドライビーフと洋梨のコンポート

前菜の「甘海老と雲丹のテリーヌ ラヴィゴットソース添え」はラヴィゴットソースが冷ややかかつ抑制されてはいるものの酸味があって、少しでしたが冷たさの際立った味わいに感じられました。
私個人としてはソース無しでいただく方が素材の旨味がダイレクトに感じられ、好ましく思えたのでした。
また、ソースを伴わない方がシャンパンとの相性も好いようでしたが、シャブリ系の白ワインならソースも映えたかもしれないと推察しています。

「ドライビーフと洋梨のコンポート」は、生ハムとコンポートを合わせることの延長線上にあると推察しています。
これはこれで発想の豊かさが感じられ、興味深くいただいた次第でした。

1img_1253002 グリーンピースの冷製スープ”サン・ジェルマン風”

「グリーンピースの冷製スープ”サン・ジェルマン風”」は、まさにグリーンピースのデンプンを活かしたポタージュスープの冷製で、初夏の日本とこれから向かう夏のジャカルタをイメージした佳品でした。
なお、サン・ジェルマンについてネットで調べてみますと、パリ近郊ではグリーンピースが春に旬を迎え、これを使ったポタージュスープをポタージュ・サンジェルマンと称するということが記されていました。

1img_1253004 牛フィレステーキ リヨネーズソース (375キロカロリー)

「牛フィレステーキ リヨネーズソース」はフィレが繊維に沿って柔らかく解れて、好い食感を呈していました。
また、リヨネーズソースのブラウンオニオンが程良い甘味を醸し出しており、上手く肉の味を引き立てていたのがシャンパンとも好相性を呈する要因の一つであったように考えています。

1img_1253003 フレッシュサラダ

トマトに刻みタマネギが載せられて、そこにドレッシングが和えられたサラダですが、レタスベースのサラダよりもこういうサラダの方が私的には好きですナ。
とはいえ、居酒屋の冷しトマトは好むものではありませんが・・・。(って、機内食とは関係ないですナ。)

1img_1255 エクレアパイシューケーキ

「エクレアパイシューケーキ」、存外に美味し!です。

1img_1248 メニュ

1img_1251 メニュ

1img_1256 ホテルからの近景(現地時間21:30頃)

ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港には予定よりも早めに到着しました。
飛行機が着陸コースに入り、着陸までに後2分くらいの事でした。
着陸コースの両サイドに凧が沢山揚げられていて、中には飛行機の高度とほぼ同じ高さに達しているものも幾つかありました。
日本ではありえない光景を暫し楽しんだのでした。

1img_1259 ホテルのエントランス付近

空港に到着後は何時ものように入国審査での混雑を成るべく避けようと小走りで移動し、バッゲイジクレイムを過ぎた後はタクシーで混雑する道路を1時間以上かけて定宿としているIntercontinental Hotel Jakartaにむかいました。

   

2021年3月21日 (日)

小金井/ 菜の花

1dsc_9653 菜の花畑

先日野川への道を歩いていますと、小さな菜の花畑が現れました。
菜の花畑は左程大きな面積のものではありませんでしたが、全ての菜の花が一斉に咲いているようで一面が黄色い花の色で覆われていました。

1dsc_9652 菜の花

黄色は幸運を呼ぶ色(とかってに思っています)で、その黄色を纏った張りがあって瑞々しい花弁からは疫病コロナに対する力が溢れ出ているような想いが脳裏を過ぎったのでした。

1dsc_9649 ミツバチブンブン

   

2021年3月20日 (土)

シンガポール航空(SQ160便:Singapore:SIN-Jakarta:CGK)/ 機内食 (エコノミークラス Malay style prawns in red chilli paste with spiced vegetables and steamed rice ) [2006.06.07.]

1img_1233 Flight Meal

シンガポールでは3週間前と同様に「Le Meridien Singapore」に一泊しました。
この日も事業提携をしている現地の会社の幹部と打合せを午前中に行い、昼食(写真無し)の後、ジャカルタに移動するためにチャンギ空港に向かいました。

搭乗したのはこれまた3週間前と同じ15時30分発のシンガポール航空ジャカルタ行き160便(SQ160)でした。
ということで、シンガポールジャカルタ間のフライト時間は約1時間45分という短時間でしたので、巡航高度に達する少し前から食事が供されたのでした。

1img_1233001 Malay style prawns in red chilli paste with spiced vegetables and steamed rice

食事は3種類の中から選択するのでしたが、前回とは月が変わっていてメニュの内容も変わっており、今回は「Malay style prawns in red chilli paste with spiced vegetables and steamed rice」というスパイシーな味付けの海老料理をいただくことにしました。

海老は赤唐辛子ソースを纏っているようでしたが、決して激辛なものではなく海老の味がソースによって上手く醸し出されていました。
こういうエスニック料理は東南アジアの航空会社のものは優れているようですし、ましてや世界で人気の上位に位置するシンガポール航空のものはハズレがないようです。
また、インディカ米(最近では外米という言葉は使われないようです)がエスニック料理に合う!ということを実感したのでした。
ここで余談ですが、都内のエスニック料理店でインディカ米を供してくれる店が少ない(疫病コロナ禍前の我が経験に基づいてです)ようですが、料理を味わうという観点からは些か残念なことのように思っています。

1img_1233002 Tiramisu

デザートはティラミスをコーヒーと一緒にいただきました。
ティラミスというのは総じてハズレることのないものですが、このティラミスはハイレベルな部類に入る一品でした。
ティラミスというデザートを通してシンガポール航空の実力を垣間見たのでした。

1img_1234 メニュ

なお、ジャカルタでの宿泊も、またジャカルタから成田へ向かう日本航空の便も前回と同様でした。

が、私は帰国直前に激しい腹痛に見舞われましたことから、夕食のみならず帰りのJL726便でも水以外のものは口にしなかった(というかできなかった)のでした。

ということで、JL726便のビジネスクラスの機内食に関しては残念ながら記述できるものがありませんのです。


   

2021年3月19日 (金)

小金井/ 桜

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今日は野川の淵に桜を見に行きました。
前回桜の開花を見てから4日ぶりのことです。

テレビの報道によりますと、開花宣言から平均して5日ほどで満開(8分咲き以上)になるということでしたので、咲き具合がどの程度かを見るのも目的でした。

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桜の木にもよりますが、7分咲きくらいのもあれば、未だ0.5分咲き程度という木もありました。

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西之橋から坂下橋までの間では、総じて1.5分咲きという感じでした。
天気に恵まれますと、明後日の日曜日には多くの木々が花を咲かせるような印象を持ちましたが如何でしょうか・・・。

1dsc_9683_20210319152501 

なお、野川の川辺りにはポツリポツリと土筆が伸びていました。
しかしながら、気付く人は居られない様子でした。

1dsc_9680 

   

2021年3月18日 (木)

日本航空(JL719便:成田:NRT-Singapore:SIN)/ 機内食 (ビジネスクラス 和食) [2006.06.06.]

1img_1224 玉乃光 純米大吟醸 雄町100%

3週間前の5月17日の出張と全く同じフライトスケジュールで、先ずはシンガポールを訪ねました。

成田から搭乗したのはJL719便で、成田を11時15分に出てシンガポールには17時15分(現地時間)に到着する7時間のフライトでした。

食事は成田を出発して約1時間後から供され始めました。
今回はビジネスクラスですので、前回よりも豪華です。

先ずは飲み物からですが、好きなシャンパンはいつもどおりありましたが、目先を変えて「玉乃光 純米大吟醸」をいただくことにしました。
機内で清酒をいただくのは多分初めてのことのように思いますが、なかなか結構なものでした。

1img_1225 和食

食事は和食を選択し、供されたのは「玉乃光 純米大吟醸」を飲み始めて15分ほどした頃合いでした。

やはりビジネスクラスの食事はエコノミークラスのものとは格段に違うというものです。

1img_1225001 前菜(海老 海胆風味焼き、鱧 棒寿司、サヨリうるか和え 籠盛り、牛肉照焼き、青梅蜜煮)

先ずは「前菜」ですが、「海老 海胆風味焼き」も良かったですが、とりわけ「鱧 棒寿司」が美味でした。
私的には「鱧 棒寿司」が3個あれば他の料理は無くても良いくらいでした。
また、「青梅蜜煮」は食事の最後までとっておいて、アッサリ系のデザートとしていただいたのでした。

1img_1225004 向付(鮪と蛸)

「向付」の「鮪」と「蛸」ですが、機内食で「蛸」の刺身をいただいたのは初めてで、先にも後にもこの時だけでした。


1img_1225003 煮物(旬野菜の焚き合わせ)

「煮物」の「旬野菜の焚き合わせ」は野菜の旨味・甘味が活かされていて美味しいのでしたが、若干温度が低すぎたのが残念でした。
とはいえ、機内食としては申し分のないものでした。

1img_1225005 小鉢(穴子と夏野菜のゼリー寄せ 胡麻ダレ)

「小鉢」の「穴子と夏野菜のゼリー寄せ 胡麻ダレ」は残念ながら余り記憶にありません。

1img_1225002 台の物(牛肉 白菜巻き)

「台の物」の「牛肉 白菜巻き」は、肉料理ですが大層アッサリした味わいでした。
ま、これは嗜好の個人差によるものでしょうか・・・。
メニュを見ますと、「台の物」は月替わりとなっていて、8月の「豚カツ煮風」というのが気になった次第でした。

1img_1223 メニュ

1img_1228 15:25 ルートの丁度中間地点、眼下に島

   

 

2021年3月17日 (水)

日本航空(JL726便:Jakarta:CGK-成田:NRT)/ 機内食 (ビジネスクラス 朝食) [2006.05.20.]

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5月19日は朝からジャカルタ市内で3件の仕事を終え、夕食を摂ってから日本航空JL725便に乗りました。
出発は日付が変わって直ぐの0時25分で、成田には9時45分に到着する予定の便です。

ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港を出て、というかタクシーイングの頃からマスクを配られたペットボトルの水で濡らして眠りにつきました。
時々目が覚めるもののいつも結構熟睡したものです。
水で濡らしたマスクは2時間も経ちますとカラカラに乾燥していますので、再びペットボトルの水で濡らし、次いでゴクリと一口二口飲んで喉を潤してから再度眠ったものです。

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さて、成田に到着する2時間ほど前から朝食が供され始めました。
朝食には和・洋の選択肢があったように思うのですが、記録がありませんのでその辺りは定かではありません。
想像ですが、和食はお粥であったのではないかと思うところです。

私の場合、多分メニュにはオムレツがあったので、洋食を選択したと推察するところです。
オムレツは機内食でありますが故に左程フワリとしたものは望めませんが、結構なものでした。

サイドにはソーセージ、ベイクドトマト、ブロッコリイが付けられていましたが、ベイクドトマトは好きであるからでしょうか、良い感じでした。

1img_1137002 サラダ

サラダは、私が野菜好きではないこともあるのでしょうか、余り印象には残っていません。

1img_1137001 フルーツ

フルーツはマンゴーの土台にオレンジ、パイナップル、失念、が並べられ、そこにライムの一片が載せられたもので、搾ったライムの効果もあってか口腔内がスッキリしたのでした。

1img_1139 08:45 成田空港まで約1時間の空

   

2021年3月16日 (火)

シンガポール航空(SQ160便:Singapore:SIN-Jakarta:CGK)/ 機内食 (エコノミークラス Fried rice noodles  with sliced beef and leafy greens ) [2006.05.18.]

1img_1128 チャンギ空港におけるシンガポール航空のラウンジ

シンガポールでは[Le Meridien Singapore]に一泊し、18日は午前中に事業提携をしている現地の会社の幹部と打合せを行いました。
昼食(写真無し)の後、ジャカルタに移動するためにチャンギ空港に向かいました。

チャンギ空港ではチェックインを終えた後、シンガポール航空のラウンジで暫し時間を潰しました。

搭乗したのは15時30分発のシンガポール航空ジャカルタ行き160便(SQ160)でした。
シンガポールジャカルタ間のフライト時間は約1時間45分という短時間でしたので、巡航高度に達する少し前から食事が供されました。

1img_1131 メニュ

座席のメニュを見ますと、食事は、牛肉・魚・チキンの中から選択するようになっていましたので、肉の「Fried rice noodles  with sliced beef and leafy greens」を所望しました。

1img_1129 Fried rice noodles with sliced beef and leafy greens

供された「Fried rice noodles  with sliced beef and leafy greens」は太幅平麺の上に牛肉スライスと椎茸や春菊のような野菜が香辛料とオイスターソースで味付けされた様な具材が載せられた料理で、東南アジアではポピュラーな味の料理でした。
因みに、私はこういう味が好きです。

1img_1130 機内食

デザートはマンゴーのゼリーが乗ったケーキで、ここまでをサッパッと食べますと、程なくトレイの回収が行われました。
やはり1時間45分のフライトは食事が供される場合には短いようです。

1img_1132 Intercontinental Hotel Jakartaからの眺望

ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港でタクシーに乗りますと、空港を出て直ぐに大渋滞に巻き込まれ1時間以上を掛けて「Intercontinental Hotel Jakarta」に到着しました。

1img_1134 Intercontinental Hotel Jakartaの庭園、その向こう側は民家

チェックインを終えて部屋に入りますと、窓の外の薄暮の中、高層ビル群、近隣の民家、そしてホテルの庭園が見えました。

1img_1135 ウェルカムフルーツ(リンゴ、オレンジ、ライチ、?[時計回りに])

1img_1136 名知らずの果実、ライチ

   

2021年3月15日 (月)

小金井/ 桜咲く

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昨日、東京都の桜について開花が宣言されました。

しからば小金井の桜もそろそろではないかと野川の淵の桜を見にいきますと、チラリホラリと咲iいていました。
いよいよ本格的な春の到来です。

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2021年3月14日 (日)

日本航空(JL719便:成田:NRT-Singapore:SIN)/ 機内食 (エコノミークラス 和食) [2006.05.17.]

1img_1123 JL719

私は以前は出張で海外に出掛けた時期もありましたが、リタイアしてからは我が朋友のHO氏と2018年と2019年に観光旅行に出掛けて以降はそれを楽しみの一つとし始めたのでした。
が、疫病コロナのせいで当分はその機会なくなったようです。

疫病コロナのせいで海外旅行ができなくなってしまった中、昨年後半頃から航空会社の機内食がネットで販売されるようになり、これが大層な人気になっていると報道されていました。

こうした情報を念頭に、2006年以降の海外出張の時の写真を見ていますと、機内食の写真が数枚でてきました。
ということで、これから数回に亘ってそれらを備忘録として記しておこうと思う次第です。

1img_1124 菊正宗とおつまみ(あられ)

先ず最初は、写真がまともに残っている2006年5月17日にこの年6回目の出張でシンガポール・ジャカルタを訪れた際のものです。
この出張では成田空港からシンガポールのチャンギ空港に日本国空JL719便で移動しました。

この日の座席はエコノミークラスでした。
エコノミークラスとはいえ、それまでのフライト実績があったためCAさんからの挨拶を受けるという若干気分の良い思いをしたりしましたが、やはり席の幅はいかんともしがたいものでした。

さて、機材が巡航高度に達してから、食事が供され始めました。
最初のラウンドで飲み物が供されましたが、私は日本酒を選択しました。
供された日本酒は「菊正宗」でした。

ところで、何故日本酒を選択したかに関して記憶は全くないのですが、今改めて想像するに食事のメニュ(和食か洋食かの二者択一だったと推察しています)から和食をいただこうと考えていたであろうことが日本酒の選択に繋がったのであろうと推察するところです。

また、「おつまみ」(あられ)が一緒に供されましたが、サクサクサクと時間をおかずに食べ切りました。

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「菊正宗」と「おつまみ」が供されてから約30分した頃合いで、食事が供されました。
メニュの写真は撮っておりませんでしたので、詳しい内容は殆ど記憶しておりませんことから記述するのことはできません。

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写真を便りに記憶を辿りますと、前菜はエビのマリネとローストビーフのスライスのようです。
サラダにはベビーコーンと定番のレタスが見えますが白いモジャモジャは何であったのか全く思い出せないでいます。多分、一生思い出すことはないであろうと思いますが・・・。

メインはローストチキンに甘味を帯びたソースが掛けられたもので、好きな味の料理でした。
また、グリーンピースご飯も結構なものであったように記憶しています。

デザートはライム味のジャムの載ったパンナコッタだったでしょうか・・・。

   

2021年3月13日 (土)

小金井/ 天丼てんや 武蔵小金井店 (桜海老ましまし天丼)

1img_0392 天丼てんや 武蔵小金井店

先日、税務署に確定申告書を提出しました。
例年であれば税務署の帰りに何処か佳店にて昼食を摂るというのが私のルーティーンですが、昨年に続いて今年も疫病コロナの終息を向かえず、更には変異種までが跋扈し始めたという状況でしたので、外食は諦めた次第でした。
小金井には昼食時に遅れること約40分という時間に戻りましたので、駅前のテイクアウトできる店で昼食を買って帰ることにしました。

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向かう店については電車に乗っている間に思案した結果、久しぶりに「天丼 てんや」を選択した次第です。
「天丼 てんや」は前回11月に訪れて以来のことで、従って天丼をいただくということもそれ以来の約4か月ぶりということになります。

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店の前に至ったのは12時40分頃のことでしたので未だ昼食時間は終わっておらず、入り口付近には3~4人の列ができていました。
が、オーダー窓口のお嬢さんの手際が良く、左程待つことも無く私の番が回ってきました。

なお、短時間とはいえ並んで待っている間にどの天丼にするか壁のポスターを見ていますと「桜海老ましまし天丼」というのが目に着きました。
桜海老は随分以前ですが出張で訪れた静岡県三島市の海鮮料理店で昼食に摂ったことがありましたが、大層好い味わわいであったことを記憶しており、その時の味を思い出しながら期待を込めて「桜海老ましまし天丼」をいただくことに決めた次第です。

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手際の良いお嬢さんに注文し、交通系電子マネーで支払いを終えますと、レシートと出来上がりを知らせるブルブルビービーデバイスを手渡されました。
そして、私は入口の傍にある長椅子に腰かけて待つこと5分程で注文の品を手渡されました。

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そして、約30分後に帰宅して、手洗い顔洗いうがい着替えを終えてから「桜海老ましまし天丼」との対面と相成りました。
天ぷらは「桜海老がましましになったかき揚げ」に「鰆の天ぷら」と「筍の天ぷら」が脇を固めていました。

先ずはということで「桜海老がましましになったかき揚げ」からいただきました。
期待していたよりも桜海老の量は些か少ないのでしたが、歯触りと香と味は感じられ、この価格であれば合格というものでした。
なお、「桜海老がましましになったかき揚げ」は丼つゆに潜らされたものではなく、即ちご飯の上に載せられたところに丼つゆが掛かられたものでした。
丼つゆに潜らされていれば衣に付いた油分は落されて、油のくどさは抑えられていたのではないかと思うと、少し残念ではありました。

付け合わせの「筍の天ぷら」は美味しうございましたが、「鰆の天ぷら」は私的には無用で、敢えて何かをということであれば「隠元豆」の天ぷらが良いと思った次第でした。

   

2021年3月12日 (金)

自家用車/ 9代目 

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本日、買い換えた車が納車されました。
当方にとって第9代目の自動車です。

先代の第8代目の自動車には11年乗ったのですが、その走行距離は僅か1万kmほどでした。
第9代目はどれくらいまで走行距離を伸ばせるでしょうか。

   

2021年3月11日 (木)

西荻窪/ 定食 流泉 (玉子焼き、ハムサラダ、ビール中瓶、熱燗一合) [2011.06.08.]

1dsc03731 定食 流泉

私が「流泉」を訪ねたのは東日本大震災から約3カ月後の2011年6月8日(水)のことでした。
外勤先での仕事を終えての帰途、中央線を西荻窪で降りて迷わずに「流泉」に向かいました。

私が入店したのは18時頃で、店内には先客として作業服っぽい姿の男性1人、それに年老いた親爺さんと女将さんの3人だけで、誰も話しておらずテレビの音だけがする静かな空気に包まれていました。

1dsc03728 瓶ビール中瓶、おから

私は奥のテーブルに着かせていただき、先ずは瓶ビールの中瓶をお願いしたのでした。
直ぐに供された瓶ビールとともに「おから」の小鉢が出されました。
これはビールを注文したことにより「肴」として供されたようでした。

そして、コップに注いだビールを一口二口飲んでから、テーブルの上に置かれたお品書の中から「玉子焼き」と「ハムサラダ」を注文しました。
注文を受けてくれた女将さんから厨房に居られた親爺さんに伝えられますと、親爺さんは短く返事をして調理を始められました。
そして、出来上がった「玉子焼き」と「ハムサラダ」が女将さんから供された後は、再び店内はテレビの音だけがする静かな空間にもどりました。

暫くして親爺さんが厨房から出てこられ、テレビのニュースを女将さんと一緒に見始められました。
テレビのニュースでは東日本大震災で壊滅状態となった福島原発の構内や壊れた建屋で行われている作業について報じられていました。
すると、先客の作業服っぽい姿の男性が問わず語りに話を始められたのでした。

男性が語られたのは、次のような内容でした。

自分はつい先日まであの壊滅した原発の構内で作業をしていた。
仕事は防護服を着てするもので、肉体的にかなりキツイ作業であった。
そして、放射能の被爆線量計を付けてはいたものの、2~3日で暴露許容量を超えてしまうという、そういう環境での作業であった。
被曝線量はモニターされていて、許容量を超えると作業が禁止され、自分は福島から出たのであった。
なお、報酬は随分と良いものであったが、あの現場にはもう行きたくはない。

話はそれだけでしたが、原発事故の処理に付いて連日報道されている時で、男性の語られた話は随分重く感じられたのでした。
そのせいでしょうか、「流泉」で過したあの時のことは今でも強く記憶に残っているのでした。

1dsc03729 玉子焼き

さて、いただいた料理ですが、「玉子焼き」は丸いフライパンで焼いた卵のシートをオムレツの形に巻き上げたものでした。
若干焼きすぎで焦げた臭いがしたのでしたが、ソースを少しかけて美味しくいただいたのでした。

1dsc03730 ハムサラダ

「ハムサラダ」は1枚の円形ハムを180度に切ったものが4枚(即ちハム2枚)とポテトサラダがレタスの葉と千切りキャベツ上に載せられて供されました。
ポテトサラダとハムの組合せは好きな味でした。

そして、男性の話が終わって店内にテレビの音がしているのに静寂が訪れました。
暫くしてビールを飲み終えた私は熱燗一合を注文して、「玉子焼き」と「ハムサラダ」とともにいただいた次第でした。
ただ、私の注文は小さな声であったのにそれまでの店内の静寂を破ってしまったことに、何故か若干の後ろめたさを感じたのでした。

なお、「流泉」は年老いた親爺さんと女将さんが二人で切り盛りされていた店で、私が訪ねてから1年くらいで店を畳まれたのでした。

   

2021年3月10日 (水)

小金井/ 春

1dsc_9603 野川の桜の蕾

今日は気温が上昇し、4月並の温かさとなったとの報道がありました。
風がかなり強かったものの温かさに誘われて久しぶりの散歩にでました。

野川の淵は未だ桜は開花していませんが、その蕾を見ますと開花までは1週間程の様相を呈していました。

1dsc_9597 貫井神社の池(ゴイサギ、カメ、カモ)

貫井神社に詣でますと、池の中央にある岩の上でゴイサギがまったりしていました。
また、ゴイサギの足元には亀ちゃんたちが甲羅干しをしていましたし、鴨ちゃんたちものんびり日向ぼっこをしていました。

1dsc_9582 ゴイサギ

亀ちゃんは微動すらしない中、ゴイサギは時々目を開けて周囲の様子を窺っていました。

1dsc_9592 鋭い顔つき

ゴイサギはマッタリしているようでも、参詣する人達の気配には敏感なようです。

1dsc_9578 レンゲ

また、大きな園芸家の畑には明るい紫色のゾーンがあり、良く見ますとそれはレンゲ畑のようでした。

1dsc_9579 レンゲの蕾

レンゲ畑の写真を拡大してみましたら、未だ花は開いていらい蕾の状態であることが分かりました。
花が満開になるとそのゾーンは紫の絨毯が敷かれたようになることでしょう。

   

2021年3月 9日 (火)

確定申告

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昨日はそぼ降る雨の中を確定申告書を提出しに、武蔵野税務署に行きました。
幸いと申しましょうか、提出窓口のある建物のには10数組の人達の列ができているだけで、程なく申告手続きを終えることができました。

ところで、三鷹駅から税務署まではゆるりゆるりと歩いたのでしたが、途中にあるベイグルの専門店「粉音」が無くなっていました。
「粉音」のベイグルは殊のほか私の好みにマッチしていて、年に1回ですが確定申告のたびに立ち寄ることを楽しみにしていたのでした。
「粉音」は人気のある店で、いつも先客が数組居られたので、推し量るに業容を拡大して何処か立地の良い場所に移られたのかもしれないと期待するところです。

   

2021年3月 8日 (月)

USA (Stamps)/ THE WORLD OF DINOSAURS

1img_20210307112801 THE WORLD OF DINOSAURS

映画「Jurassic Park」が公開されたのが1990年のことで、それまでは専門の生物学者、数少ない好事家、および想像力のたくましい子供達の興味の対象であった恐竜が、この映画を機に一般の人達にも人気が広がったようです。
この切手が発行されたのは1996年のことで、映画の影響も少なからずあったのではないかと推察するところです。

1img001_20210307112801 A scene of Colorado, 150 million years ago

描かれている恐竜は全てアメリカに棲息していたもので、上段は1億5千万年前のコロラド州に棲息していた恐竜、下段は7千5百万年前のモンタナ州に棲息していた恐竜、ということです。


1img002_20210307112801 A scene of Montana, 75 million years ago

以前に記しましたが、カリフォルニア州にはNapaの近くに「The Petrified Forest」というセコイアの木の化石があるエリアがあって、そのセコイアの化石が販売されていました。
が、恐竜の化石はごく限られた店、例えばマンハッタンの「EVOLUTION」のような店、で、それも骨の一部分しか販売されているのを見たことはなく、一般的には入手することは叶わないようです。

1img003_20210307112901 Ceratosaurs, Camptosaurs 

1img004_20210307112901 Camarasaurs, Brachiosaurs, Goniophoris

1img005_20210307112901 Stegosaurs, Allosaurs, Opisthias

1img006_20210307112901 Edmontonia, Einiosaurs, 

1img007_20210307112901 Daspletosaurs, Palaeosaniwa, Corythosaurs, Ornithomimus, Parasaurolophus

   

2021年3月 7日 (日)

USA (Stamps)/ NORMAN ROCKWELL

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この切手はNorman Rockwell (1894.2.3.-1978.11.8.)の生誕100年を記念して1993年に発行されたようです。

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Norman Rockwellはアメリカのみならず広く世界で人気のある画家です。
Norman Rockwellは、彼の生きた時代のアメリカの人々の家族愛・隣人愛などの善き心や如何に生きるべきかという理想を絵にしていて、その絵を見る人達に温かい気持ちや正しく生きようという気持ちを湧き起こさせる絵が多いように思います。

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今から55~60年前のことですが、日本でアメリカのホームドラマが放送されている時期があり、私はそれらを見ることでアメリカの人達の生活や価値観を垣間見たような気がしています。

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当時のアメリカのホームドラマで私が見ていたのは

・Leave it to Beaver (ビーバーちゃん)
・My Three Sons(パパ大好き)
・Karen(カレン)
・The  Biverly Hillbillies(じゃじゃ馬億万長者)
・The Rifleman(ライフルマン)

などなど、でした。

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これらのホームドラマは、今になって思い返してみますと、現在のアメリカでは希薄になった価値観が通底していたようですし、その価値観は私がアメリカに赴任していた当時にもまあまあ濃厚に残っていたように感じています。
ただし、日常の人種差別については現在の方が見た目には露骨度が下がっているようですが・・・。

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まあ、そういう風に考えますと先述のホームドラマは白人主体のもので一概にアメリカという国の価値観を代表するものとは単純には言い切れませんのでしょうと思料するところです。

   

2021年3月 6日 (土)

USA (Stamps)/ THE ALAMO

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「THE ALAMO」、すなわち「アラモ砦」はテキサス州San Antonio市にあります。
San Antonio市は最初に赴任したテキサス州ヒューストンからはインターステートフリーウェイI-10を西に向かって走ること約3時間で到着します。
ということで、San Antonio市、すなわち「アラモ砦」には3回だったかと思いますが訪ねています。

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なお、約3時間とはいいましても都市部ではI-10の制限速度が55mph、都市部以外では65mphであるところを、部分的ではありますが80mphで走行してのことです。
ここで留意しておかなければならないのは、San Antonio市に入る少し前、即ちSan Antonio市警察やハイウェイパトロールの管轄域ではかなり厳しい取り締まりが実施されており、そのことを知らないドライバーは罰金を払うことになることが多くあるということです。
私はそのことを罰金を払ったという前々任者のYS氏から聞いていたこともあって、警察車輌(所謂パトカー)やお縄になる車輌を見たことはありますが、幸い捕まったことはありませんでした。

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ここで余談ではありますが、San Antonio市は温暖かつ治安が良いということで、リタイア後の居住地としてフロリダと並ぶ人気の場所でした。
また、気候が良いということでシーワールド(現在は無い)、恐竜のなんちゃら、鍾乳洞などのエンターテインメントや観光の施設もあり、訪れる観光客も多いことからダウンタウンや街の周辺には多くのホテルがありました。

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さて、San Santonio市観光の最大のポイントは「アラモ砦」です。
その「アラモ砦」は何度も映画になったようにアメリカ人で知らない人はない歴史的資産であると同時に超有名観光施設となっていますが、その主たる要因は「アラモの戦い」でアラモ砦守備隊が全滅したことにあるようです。

この「アラモ砦」におけるメキシコ軍とアラモ砦守備隊との戦いは、1836年2月23日(火曜日)の18時36分に始まり、今からちょうど185年前の同年3月6日(日曜日)未明に始まったメキシコ軍の総攻撃によってアラモ砦は陥落したということです。

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ここに掲げた切手は、私が「アラモ砦」を訪れた時にギフトショップで購入したものです。
2枚目と5枚目の写真の切手には「アラモ砦」が描かれています。
残念ながら発行年などに関する情報は調査しておらず、掲載にいたることができませんでした。

1img_0001004 テキサス州がアメリカ合衆国の28番目の州となったのは1845年12月29日

1img_20210305141301 ギフトショップの紙袋

   

2021年3月 5日 (金)

USA (Stamps)/ Popular Singers

1img_0011008 Popular Singers

一昨日、「Popular Singers」の切手シートを題材に書きましたが、そのシートとは別に記念Panelと称されるそれぞれの切手に関する解説が付いたものがありましたので、改めて掲載する次第です。
これらの切手は1994年に発行されて27年ほど経過しています。
因みにネットで調べますと、邦貨にして千円程度から三万円程度まで幅のある価格情報がありましたが、その実際の価値はいか程のものなのかは良くは分かっておりません。

   

2021年3月 4日 (木)

USA/ Popular Singer (Carpenters), Galveston TX

1img_0387 Carpentersのカセットテープ

昨日、私にとってアメリカのポピュラーシンガーについて「Carpenters」を筆頭に挙げました。

ということで、「Carpenters」のことを考えていましたら、カセットテープがあることを思い出しました。
この「Carpenters」のカセットテープは2本で1組になっており、私がアメリカに赴任してから初めて買った音楽テープでした。

私は1987年4月にアメリカ現地法人のテキサス州ヒューストン市にある支店に赴任したのでしたが、最初の約1年間は単身生活でした。
週末になりますと、お誘いを受けたゴルフ(プレーして、大汗かいて、辛子と刻んだピクルスを載せてケチャップをかけたホットドッグを食べて、ビールを飲んでプハ~ッとする)をしない時には、インターステートフリーウェイI-45を南に下って、Galvestonというメキシコ湾に面した街へ行き、南に広がるメキシコ湾の広い海を眺めていました。

そのGalvestonへの往復において、カーステレオのヴォリュームをメイッパイ大きくして「Carpenters」の曲を聴いていたのでした。
そして、当時の私は34歳の若僧でした。

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1img_0016_20210304140501 メキシコ湾とガルヴェストンの街

1img_0017_20210304140601 突堤の先は遮るもののないメキシコ湾

そして34歳の若僧は、広いメキシコ湾のずぅ~っと先に向かって叫んだのでした。
「バカヤロ~~~~~~ッ!」と。
我が人生において、海に向かって真面目に叫んだのは後にも先にもこれ1回きりのことでした。

   

2021年3月 3日 (水)

USA (Stamps)/ Popular Singers

1img_0015001 ETHEL MERMAN(1909-1984)

私が所蔵している「Popular Singers」とタイトルの付けられた切手のシートは1994年に購入したものです。
多分「Popular Singers」はシリーズ化されていて、他の歌手の切手も発行されているものと推察しておりますが、調査能力の不足もあって確かめるに至っておりません。

1img_0015002 NAT 'KING' COLE(1917-1965)

なお、寡聞にして私が知っているのはNAT ’KING’ COLEとBING CROSBYだけです。
が、切手になるくらいの人達ですから、アメリカ人ならば多くの人達が知っている人達なのでしょう。

1img_0015003 ETHEL WATERS(1896-1977)

1img_0015004 BING CROSBY(1904-1977)

1img_0015006 AL JOLSON(1886-1950)

1img_0015_20210302110901 Popular Singers

なお、私にとってアメリカのポピュラー歌手ということになりますと「CARPENTERS」が筆頭になります。
日本のポピュラー歌手となると、誰でしょうかねぇ・・・。
ユーミンかな~?
アイドルなら浅田美代子ですけど、ね。

   

2021年3月 2日 (火)

USA (Stamps)/ Country & Western

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私は1987年にテキサス州ヒューストン市に赴任しました。
ヒューストンという街は多くの日本人にはNASAで知られた街です。

そのNASAがあるのはPasadenaという市で、ヒューストンのダウンタウンから車でI-45を南に時速60mphで下ると30分ほどで着きます。

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そのPasadenaに「Gilley’s」というカントリーアンドウェスタンのクラブがあります。
この「Gilley’s」というクラブはカントリーアンドウェスタンで有名なMickey Gilleyがオーナーのクラブで、巨大な倉庫のような建物の中にありました、というか巨大倉庫自体が「Gilley’s」の建物だったのでした。

なお、Mickey Gilleyはアメリカでは超有名でしたが、日本では知っている人は皆無に近いようで、私がMickey Gilleyを知っている日本人に会ったのは米国に赴任して以降の30数年において僅かに一人だけです。(赴任以前は言うまでも無く皆無です。)

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そうはいいましても、1980年の映画「Urban Cowboy」を知っている人は多くおられます。
が、その舞台がヒューストンであり、かつPasadenaにある「Gilley’s」であるということを知っている日本人は少ないようです。

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私は、1988年だったと思いますが、秘書のKDさんに薦められて「Gilley’s」を訪ねました。
「Gilley’s」を訪ねたのは平日の夜で、かつ映画から8年も経っていたこともあって、左程混み合っているという印象はありませんでした。

店内では、カウガ―ルのいでたちのウェイトレスに注文したバドワイザーの小ビンから直接飲むという、いわゆる正統派の飲み方でビールを飲んだりしました。
また、映画にも出てきた「mechanical bull」を見ていると、店の人かあるいはお客かは分かりませんでしたが「ドウダイ、ノッテミナイカィ。」などと何度か話しかけられたものでした。
テキサスの人達は、気さくでフレンドリーでした。
が、結局は乗らなかったのでした。
まぁ、鈍くさい私ですから、乗って怪我でもしなくて良かったというものです。
因みに、mechanical bullの動きは何段階かあって、乗り手は選択できるようでした。

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さて、「Gilley’s」の建物から出て、車を留めていた駐車場に向かいました。
すると、わがOldsmobile Delta88の後ろのバンパーに「Gilley’s Pasadena TEXAS」と印刷された大きなステッカーが貼り付けられていました。
このステッカーは私がこの車を手放すまでそのまま付けていました。

   

2021年3月 1日 (月)

USA (Stamps)/ RECREATIONAL SPORTS 1995

1img_0001001_20210228111201  Softball, Bowling, Tennis, Golf, and Volleyball

私はスポーツが得意ではありません。
したがいまして、アメリカ在住中にしたリクリエーション的なスポーツはといいますと、ゴルフ、テニス、ピンポン(1回のみ)、水泳(渚でチャポチャポ)、ハイキング(グランドキャニオンの渓谷途中まで)しか思いつきません。
一方、食べることは機会が多かったですから、体重が86kgもあったのは当然の報いであったということでしょう。(因みに、現在77kg。)

1img_0001_20210228111201 RECREATIONAL SPORTS 1995

1img_0003_20210228111201 

   

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