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2021年2月14日 (日)

TATANAGAR (INDIA)/ Round Trip by Train to Tatanagar from Calcutta [1985]

1img_0010_20210213111001 Tatanagar駅(多分です)

カルカッタ滞在中の一日はTatanagarという名の工業都市を訪ねました。
この街は鉄工業の街として有名だったように記憶していますが、私達の製品の顧客も少なからず居られたようでした。

その日の朝はかなり早起きして、Howrah駅に向かいました。
Howrah駅では私達の乗る自動車はプラットホームの端まで乗り入れ、そこからほんの少し歩いて直接列車に乗り込みました。

往路はコンパートメントが確保されていました。
コンパートメントの中は豪華革張りの座席となっていて、6人(我々2人、同行の日本人商社員1人、現地商社インド人社員1人、代理店のインド人経営者2人)が居ても余裕のよっちゃんという広い内部となっていました。
また、洗面所だけでなくベッドのセッティングもできるというもので、試しに上の段のベッドを一つ出してもらって体を横たえましたが日本の寝台車の倍くらいの幅がありました。


Tatanagarで仕事を終えたのは夕方で、はっきりとは記憶していませんがTatanagar駅からカルカッタ行きの列車に乗ったと思います。
まずTatanagar駅に着きますと、駅舎のところで代理店の人がコンパートメントに変更できないか交渉してくれました。
が、その間に私達は駅の周囲に居た物乞いの人達に囲まれ始めました。
本当か嘘かはしりませんが、インドでは額が広いあるいははげ頭の人は金持ちと認識されるそうで、額の広いTM氏は特に多くの人を引き付けたようでした。
TM氏は多くの人に取り囲まれ、身動きが大変な様相を呈し始めました。
氏はその状況を緩和すべく小銭を数人に渡せば何とかなりそうと考えズボンのポケットから小銭入れを出したのでしたが、その瞬間に辺りは大騒ぎ状態になったのでした。
そうなっては誰も制御できそうになく、TM氏はほうほうの体でその場を脱出したのでした。
なお、私や他の人達は金持ちとは判断されなかったようで、特に混乱には見舞われることはありませんでした。

その後、私達はプラットフォームに移動しましたが、そこには物乞いの人達はいませんでした。
が、暫くすると足の悪い物乞いの老人が台車に乗って現れ、手で漕いでTM氏に近づいてきました。
するとTM氏はプラットフォームの端に線路の方を向いて立ったのでした。
これなら、台車に乗った足の悪い老人はTM氏の前で物乞いをすることはできないのでした。
が、老人も諦めません。
TM氏の後ろから氏の靴の先をチョンチョン・チョンと突き続けるのでした。
これを見ていた現地商社のインド人社員さんが注意してくれたので、それでおさまりましたが、貧しいということは大変なことであるというのを実感した出来事でした。

1img_0010001 帰りの列車内

さて、列車が来たので乗車しましたが、コンパートメントは確保できず、私達は一等車だったか二等車だったかは忘れましたが、所謂乗り合いの車両に入りました。

1img_0011_20210213111001 上品なご家族、その向こうに車内販売のお兄さん

乗り合いの車輌とはいいましても立席乗車の人は居らず、全員が着座していました。

そして、その車両では車内販売も行われていました。
その車内販売ですが、私達日本人にとって珍しいものとして「ヤシの実のジュース」というのがありました。
現地商社の人のお薦めもあったので「ヤシの実のジュース」をいただくことにしました。
すると、車内販売のお兄さんは腰の袋からヤシの実を取り出して、それの先端部分をナタでたたき切り始めたのでした。
そして、指3本くらいが通る穴を開けて、そこに腰のホルダーから取り出したストローをさしてから手渡してくれたのでした。

「ヤシの実のジュース」は冷えたものではなくて、生ぬるい感じでしたが、淡い自然の甘味が感じられる佳品でした。

なお、飲み終わったところに再び現れた車内販売のお兄さんに空のヤシの実を返しますと、ストローは腰のホルダーに戻したのでした。
私が感じたストローのデコボコした口当たりは、このストローを使った人達の噛んだ歯型だったのかも・・・でした。

また、空になったヤシの実はかなり重い物でしたが、何の躊躇も無く列車の窓から外へ投げ捨てられました。
そういえば、線路脇のいたるところに人が寝転がっていたのを往路も復路も見ていただけに、投げ捨てられるところを見た私達は怪我人がでていないことを切に祈った次第でした。

   

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