« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »

2021年1月

2021年1月31日 (日)

INDIA/ WINE (SULA, Satori)

1img_3369_20210131140601 コンサルタント氏と選んでいただいた白ワイン

2007年のインド出張において当地では著名なインド人コンサルタントの方と会食をする機会に恵まれました。
このコンサルタントの方はインド社会のウルトラに上流階級におられる人で、氏がメンバーであられるプライヴェートクラブで食事をさせていただきました。

会話の中で私がインドのワインに興味を持っていることを知られた氏は自ら銘柄を選択してくださいました。

1img_3368_20210131140601SULA VINEYARDS, Chenin Bkanc 2007

先ず白ワインですが「SULA VINEYARDS」のCenin Blancで2007年のものでした。

1img_3370_20210131140601SULA VINEYARDS、Satori, Merlot

また、赤ワインは同じく「SULA VINEYARDS」のSatoriという銘柄のMerlot NV(ボトル詰めはAug,2007)でした。

この夜の会食はビジネスの合間に行われたものでしたが、英国で経験を積まれた氏は洗練された話題を提供され、楽しく過ごさせていただいたのでした。
なお、ワインの味わいについてはその多くを忘却の彼方に置き去ってきたようで、今は残念な思いでいっぱいです。

   

2021年1月30日 (土)

NEW DELHI (INDIA)/ Oh! Calcutta

1img_3341 

2007年10月24日の夕食は、インド滞在が長い日本人コンサルタントのS氏と夕食を共にいたしました。
向かった先はS氏お薦めのインド料理店で、シーフードを得意の料理として供する「Oh! Calcutta」というレストランでした。
Calcuttaは現在ではKolkataと名称は変わっていますが、ベンガル湾に近くガンジス川の支流のフーグリー川の傍の都市であることからシーフードが豊富だとのことでした。
また、S氏からはインドでは海岸地方は暑さが厳しいことからスパイシーな味付けになっているとの話をうかがいました。

なお、「Oh! Calcutta」といえば、私が初めて観たミュージカルと同じ名称ですが、料理は歌舞いたところも外連もないシーフード系インド料理で、大層美味しく頂戴した次第でした。

1img_3340ohcalcatta

予め予約することなく「Oh! Calcutta」を訪ねますと、時間が早かったことと同時にS氏の知名度の高さのおかげでしょうか、良いテーブルに案内されました。
テーブルセッティングは昔のインドの様子でしょうか、あるいはカルカッタの街の様子でしょうか、絵が描かれたプレートが置かれていました。

1img_3342 インドのビール KINGFISHER

先ずは飲み物をということで、私はインドのビールである「KINGFISHER」をいただくことにしました。
この時初めて知ったのでしたが、ビールは大瓶しかないということで、飲みきれるか些か覚束ないのでしたが、S氏から残せば良いというサジェッションをいただいたのでした。
とはいえ、残すのはイカンと思うと同時に料理との相性が良くて、全て飲みきったのでした。
因みに、S氏はPerrierを飲んでおられました。

1img_3343 ラベルのデザインはカワセミ

なお、くどい事かもしれませんがKINGFISHERとはカワセミのことで、ラベルにはカワセミがデザインされていました。
だた、何故カワセミであるのかについては解明できておりません。

1img_3344 魚のすり身のフライ?、海老のホワイトソース和え(スパイスが効いていました)、ライス(インディカ米)

料理につきましては、S氏に選んでいただきました。
残念ながら料理名もその素材や味付けについて明確に記憶するところではありません。
憶えているのは、私にとっては左程スパイシーではなく、むしろ素材の味が活かされた美味な料理であったということです。
これはS氏が料理の選択において大いに配慮してくださった結果であると確信するところです。

1img_3345

1img_3346ohcalcatta 大きな海老というかロブスター、ソースが秀逸

1img_3347 デザートだったような

   

2021年1月29日 (金)

小金井/ 雪

1img_0102 貫井神社

昨日は午後2時を過ぎた頃から大きな牡丹雪が降り始めました。
雪は2時間ほど降りましたが、気温が比較的高かったことから3時半頃には霙になりました。

3時頃に貫井神社に詣でたタイミングでは、雪は降り続いていました。
そして境内の木々には雪は積もっていましたが、地面の雪は融けていました。

1img_0105

1img_0120 コサギ

貫井神社に詣でた後、野川の淵を歩きますとコサギが鴨の群れと一緒に漁っていました。
雪は降り続き、野川の水は冷たいでしょうけれども、コサギも鴨も寒さを感じていないように元気に動いていました。

1img_0125 コサギと鴨ちゃん

   

2021年1月28日 (木)

NEW DELHI (INDIA)/ THE IMPERIAL Main Dining Room (朝食)

1img_3325 THE IMPERIAL Main Dining Room

2007年10月のインド出張では宿泊したホテルである「THE IMPERIAL」のMain Dining Roomで摂りました。
Main Dining Roomの朝食はビュッフェ方式となっており、料理のスタイルは英国式が踏襲されているようでした。
ということで、ベーコン、ソーセージ、スタッフトトマト、スモークトサーモンを取りましたが、その際に卵料理を調理していただけるようになっていましたのでオムレツをお願いしました。

なお、ヨーロッパでの事情は良く分かりませんが、この当時はアメリカと同様にインドでも卵を生あるいは半熟で食するということは行われていませんでした。
それはサルモネラ菌による食中毒を防ぐためでした。

因みに、この時シェフに目玉焼き(sunny-side up)はオーダーできますかと尋ねますと、何やらかにやらできない旨を説明してくれましたが、言い回しが婉曲的過ぎて良くはわかりませんでした。結局分かったのは、目玉焼きは供せません、ということだけでした。
英語力を磨かなければナランと思う次第でした。

1img_3323

1img_3324

オムレツの注文を終え、席に戻りますと、ウェイターさんがパンのバスケットを持って恭しくパンを薦めてくれました。
数種類用意されているパンの中から2種類をお願いしますと、パン皿にカサリという音も立てずに置いてくれたのでした。

1img_3326

そして、スモークトサーモンを食べたところでオムレツを運んできて、そっとプレートに置いてくれました。
なお、インドの料理は油が多くて胃に重い、と出張前に聞いていましたが、このオムレツはそんなことはなく美味しくいただいた次第でした。

1img_3321breakfast

なお、飲み物の写真は撮り忘れましたが、いただいたの勿論というかインドの紅茶でした。

1img_3328 外にもテーブルは用意されていました

   

2021年1月27日 (水)

NEW DELHI (INDIA)/ THE IMPERIAL

1img_3373 Main Entrance

2007年10月のインド出張ではNEW DELHI の名門ホテル「THE IMPERIAL」に宿泊しました。
空港からは予め手配されていた車で「THE IMPERIAL」へ移動しました。
その道程では前回1985年に訪れた時に比べて街の整備が格段に進んでいることを実感したのでした。

「THE IMPERIAL」に到着しますと、頭にターバンを巻き立派な髭をはやした恰幅の良いシーク教徒のおっちゃんが出迎えてくれました。

1img_3352imperial-lobby Entrance Hall

そして、直ぐに二人のドアボーイさんが現れて、私の荷物(といっても自分のビジネスバッグ、旅行カバン、そして現地の日本人コンサルタントへのお土産や訪問先へのギフトを入れた段ボール箱1個)を丁寧にチェックインカウンターの傍まで運んでくれました。
幸い私は海外出張の際には何時もアメリカドルの1ドル紙幣をマネークリップに挟んで持ち歩いていたので、心付けを手渡すことに齟齬はありませんでした。

1img_3329

チェックインを終えて部屋に移るのでしたが、今度は二人のベルボーイさんが現れて、私の荷物を丁寧に運んでくれたのでした。
部屋は2階にあることから一人のベルボーイさんが私を案内し、もう一人のベルボーイさんが荷物を台車で部屋まで運んでくれました。

1img_3319 長い回廊

階段を上がって二階に至りますと、そこは長い回廊となっていました。

1img_3320 絵画が飾られています

回廊の壁にはたくさんの絵が飾られており、後日ゆるりと観て回ろうかと思いましたが、結局観て回ることはありませんでした。
少し残念な気分ではありますが、出張というものはそういうものと思うところです。

1img_3317_20210125162601 ヒンドゥ教の像でしょうか

また、回廊の所々にはヒンドゥ教の像でしょうか、博物館で観たことがあるような像が飾られていましたが、これらも鑑賞することはありませんでした。

1img_3351 天井もシャンデリアも立派

1img_3314imperial-rm155 ベッドはキングサイズ

さて、部屋に到着しますと、ベルボーイさんがドアの鍵を開けてくれました。
そして、シャワーの温度調整などなど部屋のセッティングについて暫し説明し、何か必要なものがあるかを尋ねてくれました。
そこで、心付けを二人に手渡しますと、必要なものがあれば何なりとお申し付け下さいと言って静かにドアを閉めたのでした。

1img_3348rm155 フィンガーボール、フルーツ(毎日新しいものに替えられます)

   

2021年1月26日 (火)

小金井/ 春の気配

1img_0075 

今日は久しぶりに貫井神社に参詣しました。
これから約一週間で2月となりますます寒さが増すのでしょうけれども、神社の池では鴨ちゃんたちがのんびり過ごしていました。

1img_0070 

一羽の鴨ちゃんは暫くして私の真上を飛び去りました。
その鴨ちゃんは私が野川の淵を歩いている時にかなり遠くの方でグワッ、グワッと鳴いていました。
そして、今度は野川から飛び立って私の近くを通り抜け、何処かに行ってしまいました。
忙しい鴨ちゃんだったようです。

1img_0082 梅の木、向こうは坂下橋

貫井神社に参詣した後、弁天橋の西側から野川の淵に降りました。
そして、坂下橋の手前に来たら梅の木が白い花を咲かせ始めていました。

1img_0086

未だ咲かせている花の数はほんの僅かですが、春が近づいているのが感じられました。
春になれば疫病コロナも少しは静かになっていくものと期待するところです。

1img_0089

1img_0091

1img_0088

   

2021年1月25日 (月)

DELHI (INDIA)/ JL471 NARITA-DELHI (メニュ:ご到着前に)

1img_3309_20210124160901 マッシュルームリゾット トリュフソース添え、他

DELHIに到着する2機関半くらい前(日本時間22時頃、インド時間18時30分頃)にメニュの「ご到着前に」と記されたページの料理が供されました。
飲み物の選択肢にはアルコール飲料も含まれていますが、私は現地到着前にはお茶かコーヒー、冷たい飲み物ならジンジャーエールをいただくことにしており、この日はお茶をいただきました。

1img_3310 マッシュルームリゾット トリュフソース添え

メインの「マッシュルームリゾット トリュフソース添え」は細かくカットされたマッシュルームが入ったリゾットにロースハムの様な肉塊がはいったトリュフのソースが回しかけられたもので、洋風餡かけご飯という感じの料理でした。
それはマッシュルームの固有の味わいを帯びたライスに、塩味で調整されたトリュフの風味を纏ったソースが合わさり、そこにロースハムの肉味と食感がハーモナイズするように計算された料理でした。
なお、昨日の続きではありませんが、グリーンピースがふんだんに添えられていたならば、私的にはググッと好感度の高まる料理になっていたと推察するところです。

1img_3312_20210124161001 フレッシュ サラダ、シーフードマリネ

シーフードマリネの素材はホタテであったようですが、10年も経った現在ではその味わいは忘却の彼方にあります。

1img_3311 フレッシュ フルーツ

また、「フレッシュフルーツ」には、ハニィデュメロン、キイウィ、グレープフルーツ、リンゴ、ブドウが盛り付けてありました。
みずみずしい果物は口腔内をリフレッシュしてくれるので、飛行機の長い移動には嬉しい食べ物となっています。

1img_3313_20210124161001 メニュ:ご到着前にと書かれたページ

   

2021年1月24日 (日)

DELHI (INDIA)/ JL471 NARITA-DELHI (メニュ:洋食)

1img_3284_20210124132801 成田空港第2ターミナル シャトルシステム

今から約13年8ヵ月前の2007年10月23日~27日のことですが、出張でインドのDELHIを訪ねました。
インドに出張するのは2回目のことです。

当時は未だANAがインド路線に就航しておらず、利用できる日本の航空会社としてはJALのみでした。
成田空港では、当時運航されていたターミナルシャトルシステムでサテライトターミナルビルへ移動し、JL471便に搭乗したのでした。
なお、ターミナルシャトルシステムは空気浮上式のものだそうで、私が退職した年である2013年に運航は終えられたとのことです。
そういえば、2019年にHO氏と中国を訪ねた時は動く歩道になっており、それを知らなかった私は記憶との相違に違和感を覚えたのでした。

1img_3288 搭乗機材はB-777(だったような・・・、あちらは今は懐かしのB-747)

JL471便(現在は便名は変更されています)の機材はB-777だったように記憶していますが、確信はありません。
座席は左の窓側で、いつものように旅行部の担当さんが確保してくれていました。

1img_3290 シャンパン、おつまみ、ドライ納豆

JL471便は定刻通りに出発し、15時過ぎから食事が供されました。
先ずは飲み物ですが、ChanpagneのPiper Heidsieckをいただき、そのまま食事もこれで通しました。
シャンパンにはおつまみと記されたいわゆるあられ類とドライ納豆が共に供されましたが、その後直ぐに前菜3種類も供されました。

1img_3291 アミューズ・ブーシュ

前菜はクリームチーズとスモークトサーモンがパンにあわせられた物、バゲットにキャビアおよびマッシュトポテトと茹で卵の黄身が混ぜられたものが載せられたブルスケッタ、そしてイクラの載った何か(失念しました)、でした。
それらの味わいはシャンパンにも合う結構なものでしたが、若干でしたが冷たかったのでした。

1img_3292

次いでメインですが、ステーキまたはサーモンという選択肢の中からステーキをいただくことにしました。
メニュを見ますと「牛フィレステーキ シャトーブリアンソース」または「サーモンの海老ムース詰め白ワイン蒸し ポルチーニ茸のクリームソース」と書かれていました。

1img_3295 フォワ・グラのテリーヌ”エスコフィエ風”

先ずは「フォワ・グラのテリーヌ”エスコフィエ風”」からいただきました。
口当たりは滑らかで、フォアグラに固有の味わいが広がりました。
また、ブリオーシュと併せても味わいのトーンに変化があり、結構な一品でした。
なお、中央の濃紫色の食材に関しては、それが何であったかは思い出せないでいます。

1img_3294 マロンの冷製クリームスープ

次に「マロンの冷製クリームスープ」をいただきました。
栗のトーンが顕著な滑らかな口当たりのスープでした。

1img_3296 牛フィレステーキ シャトーブリアンソース

「牛フィレステーキ シャトーブリアンソース」はその名の通りの味わいがするステーキでした。
なお、全くの余談ですが、機内食というのは同じ素材で同じ調理法であればレストランで出来立てをいただく方に軍配があがるというものです。
が、グリーンピースに限りますと、機内食のものはエコノミークラスであろうがファーストクラスであろうが、はたまた一流でない航空会社のものであろうが、高級レストランや料亭のものよりも実に美味に感じられます。
これは私個人の感想ですが、その通りですからいかんともしようがありません。
この機内食のグリーンピースが美味であるのはソースを纏った状態で強い加熱が行われた結果ではないかと推察するところですが・・・。

1img_3293 フレッシュ サラダ

サラダに関しては、素材が新鮮に保たれていて好印象でした。
なお、オレンジ色の食材はそのネトリとした食感からカラスミであったようで、これだけをシャンパンでいただいたように記憶しています。

1img_3298 ラズベリーチョコレートケーキ、シャンパンムース、日本茶

最後は日本茶で「ラズベリーチョコレートケーキ」と「シャンパンムース」をいただきましたが、ラズベリーチョコレートケーキはその濃厚な味わいが実に美味でした。
なお、CAさんからは実に親切かつ丁寧にもう一種類のケーキ(全部で3種類ありました)も薦められましたが、胃袋が満たされていたことから丁重にお断りさせていただいた次第でした。

1img_3300 メニュ

1img_3306_20210124132901 日本時間19時頃

食事を終えて窓外に目を遣りますと、日没が近いようでジェットエンジンカバーが黄昏色に染まっていました。

1img_3308 日本時間19時半頃

そして30分もすると太陽はほぼ隠れようとしていました。

   

2021年1月23日 (土)

Anti-COVID-19/ 葱 (免疫力アップ)

1img_0040 

昔の記憶ですが、間違っていたらご容赦を!

それは、京都大学霊長類研究所が犬山のニホンザルで行った研究についてです。

京都大学霊長類研究所では犬山(猿なのに犬の山とは・・・)のニホンザルを2つのグループに分け、一つのグループには葱を与え、もう一つのグループには葱を与えない、という研究を行いました。

その結果、葱を与えられたグループは風邪をひかなくなったということです。
すなわち猿の免疫力がアップしたということです。
ま、猿が風邪をひくということ自体あまり知られている事ではありませんが、鼻水を垂らしている猿はいるようですから風邪をひくというのは事実のようですし、葱によって猿の免疫力がアップしたというのも事実と考察しても間違いは無いということのようです。

ここからは私個人の推察ですが、この研究の結果は人間にも当てはまるであろうということで、呼吸器の弱い私は心して葱を食べる様にしてきました。
また、昨今のような疫病コロナに起因する医療崩壊の状況下では病気になっても病院で診てもらえないという事態になってまいりますと、万病の元である風邪や花粉症をこじらせて肺炎になるなどということは避けなければなりません。
そこで、葱を積極的に食して免疫力をアップし、疫病コロナに限らず風邪などを予防する一助とすることにドライブをかけているこの冬です。

   

2021年1月22日 (金)

自家用車/ 8代目 (通算走行距離1万km、 遠出)

1img_0033_20210121160201

現在乗っている我が家の自動車は通算で第8代目です。

その8代目の通算走行距離が昨日の午後に1万kmになりました。

そして、1万kmになるまでに要した時間は10年7ヵ月という途方も無く長い時間となっていました。
というのは、遠出はすることが殆ど無く、近所のスーパーマーケットへの往復だけに使ってきたからです。

だだし、数少ない遠出ではありましたが、思い出すのは納車された翌週の週末に初めての遠出として小淵沢まで行ったことでした。
この時は偶々でしたが単身生活をしている時で、週末の暇を持て余している土曜日のことでした。

あの日は、ふと思い立って中央自動車道を気の向くままに西へ行ってみようと思い、家を出たのでした。

12010_0612_140845img_7530 八ヶ岳PAからの八ヶ岳

府中インターから高速に乗り数十分、最初に休憩したのは八ヶ岳PAで、暫し八ヶ岳の景色を見てから更に西を目指したのでした。

12010_0612_145742img_7541 道の駅こぶちざわ

12010_0612_145948img_7542

そして、八ヶ岳PAで空腹を感じ始めたので、昼食を摂るために最も近くにある道の駅を訪ねることにしたのでした。
八ヶ岳PAから数分という直ぐ先にある小淵沢ICで中央自動車道を降りて「道の駅こぶちざわ」を訪ねました。

12010_0612_145148img_7539

「道の駅こぶちざわ」のレストランは食券システムになっていて、26種類という数多ある料理と16種類のデザートと飲み物がラインアップされていました。

そして、料理の中には「山梨名物ほうとう」、「地鶏鍋焼うどん」、「高原野菜サラダうどん」、「地鶏つくね丼」、「地鶏親子丼」という地場の素材をふんだんに使った料理が目に着きましたが、それらの中から一際ソソラレた「地鶏親子丼」をいただくことにしたのでした。


12010_0612_142837img_7533

12010_0612_143623img_7534 地鶏親子丼

「地鶏親子丼」は大きな丼鉢に入れられていて、その量は当時の私でも少し多めという塩梅でした。
また、味噌汁と香の物がセットになっていましたが、「地鶏親子丼」のみでも十分に一つの料理として揺るぎない存在を誇るものでした。

12010_0612_143627img_7535

まずは玉子を纏った地鶏の肉からいただきました。
咀嚼を始めますと少し強めの歯応えが感じられ、まさに地鶏感たっぷりの口当たりでした。

 

また、滲み出る肉汁はサッパリとしたくどさの無い味わいで、上質の飼育がなされた地鶏肉の旨味が味わえたのでした。

しかしながら、我が嗜好に対して味付けが淡く、少し物足りないと感じたのでした。

が、あれから11年弱を経た今ではあの味付けは丁度好い加減になっているものと確信するところです。


12010_0612_143641img_7537 味噌汁

12010_0612_143646img_7538 白菜と人参の漬物

12010_0612_173119img_7545 平飼い玉子(500円)

なお、食事の後に農産物直売所に立ち寄り、「平飼い玉子」、「山椒味噌」、「葉唐きゅうり」、「水菜」、そして「大根」を贖いました。

「平飼い玉子」は黄身がブルルンと盛り上がった新鮮なもので、かつ黄身は濃厚な旨味を湛えていて、卵掛けご飯にしていただきましたが、実に美味でした。

12010_0612_173111img_7544 山椒味噌(150円)

また、「山椒味噌」は少量でもキリリとした味わいで、お酒の肴としてベストマッチの一品でした。

12010_0612_173127img_7546 水菜(100円)、葉唐きゅうり(367円)

「葉唐きゅうり」は先述の卵かけご飯と一緒に食したり、あるいは炊きたてのご飯にあわせていただきましたが、これまた結構な味の一品でした。

なお、水菜や大根(158円)も買って帰りましたが、結局料理をすることができずに終わりました。



最初に記述しましたが、現在の車は8代目です。

因みに、過去に乗って来た自動車は以下の通りです。

マツダ ファミリア(中古、千葉)
ニッサン サニー(新車、千葉)
トヨタ セリカ(中古、アメリカ)
GM Oldsmobile Delta 88(中古、アメリカ)
ホンダ アコード(新車、アメリカ)
FORD CROWN VICTORIA(中古、アメリカ)
トヨタ コロナ(新車、東京)

   

 

2021年1月21日 (木)

小金井/ コーヒーロースト

1img_0002_20210119140501 コーヒーロースト

先日、所用があってJR武蔵小金井駅の北側に出向きました。
その所用の前に「コーヒーロースト」に立ち寄ってコーヒー豆を注文して,焙煎が終わるまでの間に所用先に向かったのでした。

1img_9500

その所用が終わって「コーヒーロースト」に戻りますと、珍しい事に店内にはお客さんは誰も居られず、この密ではない所謂疎の機会を得たことから1年ぶりにコーヒーをいただいたのでした。
ここ1年の間は、いつも店内には先客の方々が居られるので密を避けるためにコーヒーは遠慮させていただいてきたのでしたが、この日は幸いというかコーヒーをいただくことができたのでした。

1img_9501

疫病コロナが蔓延してからはコーヒーは紙のカップで供されていることは知っていました。
これはコロナ感染を未然に防ぐという当店の見識と顧客に美味しいコーヒーを供するという矜持が現れた措置と考えます。
そして、ホットコーヒーを実際に飲んでみますと、その味わいは変わらず好いのでしたが、一方でその口当たりは当店のあの陶器のカップとは異なるものでした。
また、いつもあったウェッジウッドのスプーンも添えられておらず、何となくさびしい感じがするのでした。
それにしても、いつ以来のことかは定かではありませんが、外出先でする飲食は気分をリフレッシュしてくれたのでした。
疫病コロナの早い終息を願う次第です。

   

続きを読む "小金井/ コーヒーロースト" »

2021年1月20日 (水)

SHINJO

1-144_20210119140401 

昨年末から日本球界を賑わしてきた新庄剛志氏は阪神ファンとして純粋培養されたわが一族にとっては阪神タイガースの人でありますが、印象としては日本ハムファイターズ時代の歌舞いていた印象の方が強いものがあります。
そのせいか、私的にはバラエティ番組に出演されている氏に違和感がないというのも納得のいくものとなっています。
なお、全くの余談ではありますが、疫病コロナのせいで外出もままならず、家ではテレビのバラエティ番組を見てばかりいるこの頃です。

1-148

さて、昔々、といいましても2004年6月26日のことでしたが、朋友HO氏の誘いで東京ドームに新庄氏の出られる試合を観戦する機会に恵まれたのでした。
というのは、HO氏の弟さんがO社の偉い人であったことからこの日の試合のチケットを譲って頂くことができたからでした。

1-149

写真は解像度が低いものでしたが、新庄氏のあの独特のフォームは捕えることができていました。

1-148001

なお、当時の新庄氏は「SHINJO」で登録されていたようです。

   

2021年1月19日 (火)

MÜNCHEN (GERMANY)/ Marienplatz, LENBACHHAUS

1-108 Marienplatz(マリエン広場)の新市庁舎、写真右に聖母マリア像

1995年に米国勤務を終えて帰国してから担当した業務に関連してドイツを訪れることがまあまあの頻度であり、FrankfurtとMünchenには何度か行く機会がありました。

とはいうものの、仕事で訪ねているので観光の機会はほとんどなく、またそれ以上に観光ということには私自身に興味がないという状態でした。
とはいえ、この2004年5月の訪問では所掌する会社の会議がLANDSHUTあって、その終了後に時間がポッカリと空いたことから列車でMünchenの中心部まで出て、そこで食事を摂り、その後に少しだけでしたがマリエン広場を見て回ることと、「LENBACHHAUS」というカンディンスキーの作品の多くが展示されている美術館を訪ねることができた次第でした。 

1-106 

Münchenといえばビール愛好家の聖地「Hofbräuhaus am Platz」が訪問先として筆頭に挙げられるかもしれませんが、結局訪れる機会はありませんでした。
しかしながら、マリエン広場から見える新市庁舎と、そこにあるタワーに備え付けられた音楽と共に人形が動いて時を告げる所謂カラクリ時計を見た後、念願でした「LENBACHHAUS」 を訪ねることができました。 

1-107

1-110

1-102

1-101 Weinhaus Neuner

なお、昼食は前年にイギリスの湖水地方で一緒であった気の合うイギリス人社長と二人で入った「Weinhaus Neuner」というレストランで軽く済ませたのでした。
このとき、ワインをグラスで飲んだことは確かですが、その種類もはたまた料理の内容も記憶していません。
明らかに記憶しているのは私が支払いをしたということで、その際にイギリス人社長が「You buy my meal.Thank you.」と言ったことです。

1-104 聖母教会

そういえば、ここまで書いてきて、この2004年より数年前に「Dallmayr Delikatessenhaus」のレストランで昼食を摂ったことを思い出しました。
この時は 一人での出張で、Münchenの中心部を暫し歩いて辿りついたように記憶しています。ま、この話はまた機会があれば、更に写真が出てくればですが、改めて取り上げたいところです。

1-105 果物の屋台

1-111

1-114 LENBACHHAUS (カンディンスキーの作品の多くが展示されている美術館)にて 、手には図録

「LENBACHHAUS」ではカンディンスキーの多くの作品を観て回れた上に大きな図録も購入しできて、満足々々の気分で一杯でした。

1_112 Parties deverses Feb,1940

さて、Münchenでの短い観光を終え、再び列車でLANDSHUTへ戻ったのでした。
翌日は帰国ですが、日本へ向かうFrancfurt発のANA便のフライトスケジュールの関係でこの日もLANDSHUTの街で宿泊しました。

   

2021年1月18日 (月)

LANDSHUT (GERMANY)/ LANDSHUT (800 JAHRE 1204-2004)

1-122 St. Martin Universitätskathedrale、Luitpoldbrücke橋, Isar川

私が所掌していた会社の定例会議が2004年に「LANDSHUT」というドイツの街で開催されました。
「LANDSHUT」の街はMünchenから北東に50kmほどの場所にあります。

そして、2004年という年は「LANDSHUT」の街ができて800年という記念の年でした。
「LANDSHUT」のHPによりますと、ババリアのルードヴィッヒ公爵が城(Burg Trausnitz)と町の建設を開始したのが1204年とのことです。

「LANDSHUT」はとても落ち着いた佇まいの街で、街の西側をIsalという名前の大きな川が流れています。
そして、Isal川の東側のエリアが中心部のようで、商業施設、学校、教会などの建物が長い歴史の雰囲気を醸し出していました。

会議の合間のほんの僅かな時間でしたが街の中を観て回りました。
800年の歳月によって醸し出されたとても穏やかな雰囲気が溢れる街で、もっとゆっくり観て回る時間が欲しいところでした。

1-123 St. Martin Universitätskathedraleのタワー

1-132

1-124 Isal川

1-125

1-126

1-129 Luitpoldbrücke(Luitpold橋)

1-130

1-128

1-127

1-133_20210115142701 市の中心部の広場

1-134_20210115142701 ワインショップ

1-139

1-142_20210115142701 LINDNER HOTEL KAISERHOF (MICHEL HOTEL KAISERHOF)に宿泊しました

1-116 STADTTHEATER(ホテルの部屋からの眺め)

1-117

1-119

   

続きを読む "LANDSHUT (GERMANY)/ LANDSHUT (800 JAHRE 1204-2004)" »

2021年1月17日 (日)

小金井/ 鷺、 カワセミ、 鴨

1img_9465 

昨日は珍しく気温が上昇して温かい一日となりました。
午後になって散歩がてら野川の淵に出てみますと、突然コサギが飛んできて、西之橋のそばにある電柱の上に留まりました。

1img_9469

コサギはしばらくの間辺りを見降ろしていましたが、フワリと飛び出して東の方にゆっくりと飛んで行ってしまいました。

1img_9475

続いて、貫井神社に詣でますと、境内の池の淵にカワセミがいました。

1img_9476

昨日は先述の通り温かい日となりましたので、貫井神社に参詣される人もちらほらと居られ、カワセミに気付いて撮影をされる方々もいらっしゃいました。
カワセミは小金井市の鳥ですから、多くの人の目にふれるのは結構なことであると思った次第でした。

1img_9479

また、池では数羽の鴨ちゃんがのんびりしていましたが、これも温かい気温がそうさせているようでした。

1img_9485

池の上に張り出した木の枝にはゴイサギが昼寝をしていました。この枝はゴイサギの定位置になったようです。
良く見ますと、足はガッシリと枝を掴んでいて、昼寝もなかなか大変なことのようです。

   

2021年1月16日 (土)

小金井/ 鷺

1dsc_9433 荒牧橋

先日、新小金井街道が野川と交差する貫井大橋の上から東の方に目を遣りますと、一つ下流側にある荒牧橋の近くにある電線に鷺が留まっているのが見えました。

1dsc_9463

鷺は電線の上で器用に体を180度反転させて東の方を向いたり或いは西の方を向いたりしていました。
そして、いっこうに飛び立とうという様子はみせませんでした。
が、これまでの経験から、野川の淵を人が通れば方向は分かりませんが飛立つことが予測できました。
鷺があちらに飛び去るか、はたまたこちらに近づいてくるのか、それは全く予測がつきませんでしたが・・・。

1dsc_9464001

カメラを構えながらしばらく我慢強く待っていますと、突然鷺は羽を大きく広げて私のいる方に向けて飛び立ったのでした。

1dsc_9464

1dsc_9467

1dsc_9466

1dsc_9465

1dsc_9477

そして、私の立つ貫井大橋の下を通過して、野川の淵に降り立ったのでした。
それは、時間にして僅かに十数秒のことでした。

   

2021年1月15日 (金)

ENGLAND/ Hill Top and The Beatrix Potter Gallery

1img_0001_20210113162901 Beatrix Potter’s House(出典:BEATRIX POTTER AND HILL TOP)

「MILLERHOWE HOTEL」での会議を終え、Manchesterに向かう道中で日本でもピーターラビットの作者で有名なBeatrix Potterの住んでおられた家「Beatrix Potter’s House」を訪ねました。

ホテルからBeatrix Potter’s Houseまでの間でWINDERMERE湖を横切るフェリーに乗りました。
それは自動車を積載できるものでしたが小さくて素朴なフェリーで、地元の人達も利用されていることからすぐに満載じょうたいとなっていした。

WINDERMERE湖をフェリーで渡って暫く車が走りますと、「Hill Top」と称される「Beatrix Potter’s House」に着きました。

なお、「Hill Top」とはBeatrix Potterがピーターラビットの絵本から得られた印税で購入した岡の上の家で、併せて4,000エーカーの土地が含まれているようでした。
そして、それらは「National Trust」によって管理されているのでした。

1img_0002_20210113162901

また、その家は「The Beatrix Potter Gallery」として公開されていて、私達も見学の機会を得たのでした。

1img_0003_20210113162901

なお、「Hill Top」には日本時も多く訪れるようで、案内のパンフレットも販売されていた本「BEATRIX POTTER AND HILL TOP」も日本語ヴァージョンが用意されていました。
因みに、レシートが残っていたのですが印刷が薄れてしまい、£6.0と£7.2という数字が読み取れたものの、どちらが入館料でどちらが本代なのかは分からなくなってしまいました。

1img_20210113162901 BEATRIX POTTER AND HILL TOP

なお、全くの余談ではありますが、フェリーに乗っている時や「Hill Top」に居た際に、上空をかなりの低空飛行でF-15が轟音を轟かせて飛んでいました。
この辺りにRAFの飛行訓練コースがあるものと推察した次第でした。

   

2021年1月14日 (木)

ENGLAND/ LAKE DISTRICT WINDERMERE (MILLERHOWE HOTEL)

1-141 MILLERHOWE HOTELの2階の部屋、窓の向こうにWINDERMERE湖

2003年4月末、日本では大型連休が始まったばかりのタイミングでした。
私は、M社が出資した会社の取締役会に出席するために出張していました。
場所はイングランド北西部にある湖水地方で、日本ではピーターラビットで有名な場所でした。

私はManchester空港から同行のイギリス人社長が運転してくれる車で湖水地方の中で最も大きな湖であるWINDERMERE湖の畔に建つ「MILLERHOWE HOTEL」に行きました。
この「MILLERHOWE HOTEL」で2日間に亘って会議が行われるのした。

途中で社交ダンスで有名なBLACKPOOLの街で昼食を摂ったり、あるいはManchesterの市内では「MUJI」と大きく書かれた無印良品の店があったこと(えっ、マンチェスターにも出店しているという驚き)が印象として残っています。

1-134

「MILLERHOWE HOTEL」では気脈の通じるイギリス人社長の計らいで、最上級の部屋に泊まることになりました。
この「MILLERHOWE HOTEL」は湖水地方でも最高級ランクのホテルであり、その最上級の部屋は調度品といい窓外の眺めといい、あらゆるものが素晴らしいものでした。

なお、WINDERMERE湖はLAKEと称されていますが、実際はLAKEではなくて「MERE」であると記されている本もありました。ちょっとしたウンチクというものです。

1-133

案内された建物の2階にある部屋の窓の向こうにはWINDERMERE湖とその周囲の緑の木々が見えました。
そして、その風景は十数時間に亘って飛行機と自動車で疲れた気分を癒してくれるものがありました。

1-136

1-143

また、手前のなだらかな丘陵地では羊の放牧が行われており、これも長閑な景色でした。
なお、写真では分かりにくいのですが、羊な体には青い塗料で番号らしきものが記されていました。
ということは、羊毛のための羊ではないのであろうと推察した次第でしたが・・・。

1-135

更にWINDERMERE湖の奥に目を向けますと、湖の畔に建物がありました。
桟橋が設けられているようで、手前にはヨットも係留されていました。

1-147

ガイドブックにはWINDERMERE湖はウォータースポーツやフィッシングが盛んであると書かれていましたので、夏場にはこの建物もレジャーを楽しむ人達の拠点となるのでしょう。

1-145

WINDERMERE湖の中央に目を遣りますと、中型のボートが見えました。

1-144

5月も終わろうという頃合いでしたが空気はまだ冷りとしたものがあり、多分そのせいかボートには少しの人が乗っているだけでした。

1-142

なお、「MILLERHOWE HOTEL」の調度品は申し分ないもので、部屋のアレンジメントは落ち着いたもので整えられていました。
また、流石はリゾートホテルというか、窓外を眺めるための双眼鏡も用意されていました。

1-140

ただ、ベッド回りは私に取って些かクスグッタイ感じがしたのも事実でした。
が、睡眠は快適そのものでした。

1-150

「MILLERHOWE HOTEL」の裏手は小高い丘になっており、会議が終わってからそこに登りますと、「WINDERMERE湖」とその周辺の景色を一望することができました。
こういう穏やかな環境で暮らすと長く生きることができそうに思えたのでした。

1-152

1-153 湖上にはヨット

   

続きを読む "ENGLAND/ LAKE DISTRICT WINDERMERE (MILLERHOWE HOTEL)" »

2021年1月13日 (水)

SCOTLAND/ THE GLENEAGLES KING’S COURSE

1img_9438 GLENEAGLESのゴルフキャップとゴルフボール

「THE GLENEAGLES HOTEL」はスコットランドの名門ホテルであり、2005年に主要国首脳会議(G7サミット)が行われた場所です。

2003年4月の下旬でしたが、その「THE GLENEAGLES HOTEL」のゴルフコースの一つである「KING’S COURSE」でプレイする機会がありました。

1img_0020001 Golf Shop

「THE GLENEAGLES HOTEL」に着いて先ずはクラブハウスで着替えを済ませました。

そして、ゴルフショップに赴いてレンタルクラブの選択を済ませ、その際に「GLENEAGLES」の紋章の入ったゴルフキャップを購入しました。価格は£20で当時の為替レートが¥180/£でしたから、些か高い買い物であったという記憶があります。


なお、ゴルフボールは「GLENEAGLES」の紋章が印刷されたものが一人に6個(2箱)配られたのでしたが、その多くはプレイ中にロストボールとなりました。

1img_0008001 The Dormy Clubhouse Bar and Restaurant

「Golf Shop」の後は「The Dormy Clubhouse Bar and Restaurant」で朝食を摂りました。
が、食したのはベーコン、ソーセージ、かなり濃い目に焼かれたトースト、そしてコーヒーであったように記憶していますが、いまとなってはその精度は心もとないものとなっています。

1img_20210112153401 スコアカード

食事をゆるりと済ませ、いざ参らむ!と1番ホールのティーグラウンドに参りました。
この日は、関連会社のイギリス人、アメリカ人、そして日本人の12人(3組)でプレイするのですが、濃紺のポロシャツを着たおっちゃんたちがいました。

1img_0001_20210112153001

そのおっちゃんたちはゴルフコース専属のキャディさんたちで、ナント私達プレヤ―各一人にキャディさんが一人着くということで、こういう経験は先にも後にもこれ1回きりのことでした。

1img_0004_20210112153101 KING’S COURSEのオフィシャルコースガイド

キャディさんたちは担当プレイヤーのバッグを肩に担いでスタートからホールアウトまで歩いていました。
そして、ホールごとに狙う目標物や何処にボールを落とせばボールはどこまで転がるとか、さらにはこのクラブを使いましょう!とクラブの選定までしてくれるのでした。

1img_0005_20210112153101

が、こういうアドヴァイスをもらっても残念ながら私達に実力が伴っているはずもなく、ボールは右や左に行き、あるいは打ちそこなって直ぐ目の前に落ちたりするので、数ホール回った段階でキャディさんたちはアドヴァイスを諦めてしまったのでした。

1img_0009_20210112153101

が、暫しキャディさんの様子を見ていますと、プレイヤーが何打でホールを終えるかキャディさん同士で賭けているようでした。
ま、そういうことでもしないと下手なプレーヤーに付き合させられるキャディさんたちとしては退屈するのでしょう。

1img_0009_20210112153101

さて、数ホールも回りますとキャディさんとも打ち解けてきて、冗談の一つもでるというものです。

1img_0010_20210112153201

あるホール欧州駐在の日本人部長がアイアンでボールを打たずに地面にザックリとたたき込んだのでした。
そして、氏は「地球をたたいた!」と一発冗談を飛ばしたかったのでしょう。
氏は「I hit the earth!」と言いたかったと私は理解しましたが、実際には「I hit the ass!」と叫んだのでした。
Oh my gosh!でした。

1img_0011_20210112153201

1img_0012_20210112153201

1img_0013_20210112153201

1img_0014_20210112153201

1img_0015_20210112153201

1img_0016_20210112153201

1img_0017_20210112153201

1img_0018_20210112153201

1img_0021_20210112153201

1img_0022_20210112153301

   

2021年1月12日 (火)

EDINBURGH/ EDINBURGH CASTLE

1img_0227 EDINBURGH CASTLE

EDINBURGHの空港に降り立って、迎えの車でエディンバラ市内の中心部にあるホテルに向かいますと、エディンバラ城の下部に沿って設けられた道路を通ることが多かったのですが、その下部は立派な石垣になっていてエディンバラ城が堅牢な要塞であることを彷彿とさせられました。

そのエディンバラ城には1度訪ねたことがありますが、何故か内部の写真が残っていません。
とはいえ、記憶の中にはまあまあ鮮明な画像として残っているので、それで良しとするところです。

1img_0232

エディンバラ城の正面からは1本のメインストリートがのびています。
その通りは「ROYAL MILE」という名前で、左程幅のある通りではありません。
そして、石造りの建物が両サイドに並んでいて、所謂城砦の中の通りというものですます。

1img_0230

「ROYAL MILE」は城側から見ますと緩い下り坂になっていて、観光客の多くはこの「ROYAL MILE」を散策していました。

1img_0233 THE WITCHERY

この「ROYAL MILE」沿いには「THE WITCHERY」という高級レストランがあり、ここで昼食を摂ることができました。
といいましても、その日訪ねてポッと入れるようなレストランではなく、前回の出張時には予約が取れず今回は2回目の予約が取れたことで入店が叶ったというものでした。

この日は同行のHK氏の希望もあって何故かアルザス地方のワインで前菜に生牡蠣やクラムを食したことは記憶に新しいところですが、メインに何を選択したかについては思い出せないでいます。
ただ、スコットランドの伝統料理である「HAGGIS」でなかったことは確かです。

1img_0228

1img_0231

1img_0225

なお、エディンバラ城の周辺やエディンバラ市内にはそここにウィスキー専門店やそれに併設されたウィスキーを供する店がありました。
仕事で訪れていなければ手当たり次第に訪ねていたことでしょうけど・・・。

   

2021年1月11日 (月)

SCOTLAND/ THE SCOTCH MALT WHISKY SOCIETY, FORTH BRIDGE

1img_0205 THE SCOTCH MALT WHISKY SOCIETY

2005年5月のScotlandへの出張では「THE SCOTCH MALT WHISKY SOCIETY」を訪ねる機会に恵まれました。
「THE SCOTCH MALT WHISKY SOCIETY」は会員制の組織ですが、幸いなことに私の所掌する事業の現地会社がメンバーシップを所持していたことから、訪問となった次第でした。

1img_0206 tasting

「THE SCOTCH MALT WHISKY SOCIETY」では、スコットランドのウィスキーについて結構詳細な説明があり、次いで3種類の特徴的なモルトウィスキーについて試飲と解説が行われました。

これはウィスキーの素人である私の印象ですが、3種類の特徴的なモルトウィスキーをテイスティングさせていただくとその相違は如実に分かるものものでしたが、単独で供されたらその個性に関して言及するのは至難の事のように思った次第でした。
しかし、敢えて挑戦的に感想を述べますと、モルトウィスキーの香と味わいに影響を与えるファクターにピートに由来するヨウ素が大きく寄与しているということが講師の解説を聴いて納得した次第でした。

なお、講師からは水をウィスキーの半量ないし等料合わせるとより香や味わいが顕著になるとの説明がありました。
そして、訪れた人達は水を加えますと、「う~む、確かに香や味わいを唎き分け安くなった」と頷いたのでした。
ただ、私個人としては、モルトウィスキーを味わうのはストレートが最も好い!との思いを強くした次第でした。

1img_9432

また、「THE SCOTCH MALT WHISKY SOCIETY」の紋章の入ったテイスティンググラスを購入しましたが、使う機会は無く、食器棚の奥にしまってあります。

1img_0199 FORTH BRIDGE

なお、「THE SCOTCH MALT WHISKY SOCIETY」には列車に乗って訪ねました。
具体的に何処の駅から何処の駅まで乗ったのかは定かに記憶するものではありませんが、その途中で同行してくれたイギリス人の現地会社社長が指し示す方を見ますと非常にユニークな形をした橋が見えてきました。

1img_0200

そして、列車が進むに従って橋は大きくなり、それが巨大な鉄橋であることがわかりました。

1img_0203

同行のイギリス人社長はその橋が「FORTH BRIDGE」という名称であることを教えてくれましたが、氏の説明によりますとこの辺りは風が強く吹くことから堅牢な構造にする必要があり、その結果こういう形になったということでした。

因みにネットで情報を探しますと、「FORTH BRIDGE」が完成したのは1890年のことで、その当時の英国の橋梁建設技術の最高のものが投入されたようです。
なお、2015年に世界遺産に登録されたとありました。

   

2021年1月10日 (日)

SCOTLAND/ THE FAMOUS GROUSE (EXPERIENCE)

1img_0223 THE FAMOUS GROUSE

昨年の初めに疫病コロナが国内で認識されて以降、不要不急の外出を控える日常になってしまい、2ヶ月に1回の新宿にあるクリニックに行く以外は電車に乗ることが無く、また人とすれ違う機会の少ない時間帯に行う血栓対策の近所の散歩だけが数少ない外出となってしまいました。
したがいまして、撮影の機会も限られ近所の散歩ではブログの題材になる様な光景に巡り合うことも自ずから少なくなりました。
そこで、この機会を活かして過去に撮影した写真の中から、将来に孫たちが爺様はこういう景色を見たのであると知る写真を掲載してみようと思います。

さて、先ずは出張で訪ねたScotlandについて記述します。

これは2005年5月のことで、Scotlandは春の穏やかな季節に包まれていました。
午前に行われた会議が終わり昼食を摂った後、日本でも有名なウィスキーである「THE FAMOUS GROUSE」の蒸留所を訪ねました。
訪ねたメンバーの中にはScotlandが地元の人も居られ、予約も移動も手配してくださったので全てがスムーズに進んだのでした。

1img_0222

「THE FAMOUS GROUSE」の蒸留所では見学と試飲を楽しめる「EXPERIENCE」というプログラムがあり、私達はそのプログラムに従って見学コースを巡り、最後に試飲をさせていただいたのでした。
なお、この頃はオリンパスのコンパクトデジタルカメラを持ち歩いていましたが、未だ記録媒体も高価であり、少ししか撮影していなかったのが悔やまれます。

1img_0218 THE FAMOUS GROUSEのラベルの変遷

また、THE FAMOUS GROUSEはブレンドタイプのウィスキーだそうで、その原酒となるザ・マッカランやハイランドパークなどのモルトウイスキーとグレーンウイスキーブレンド が展示されていました。

1img_0221 THE FAMOUS GROUSEはブレンドウィスキーで、そのKey Whiskyとなる主要な銘柄のディスプレイ

試飲に際しましては数種類の銘柄をいただきましたが、香の相違は歴然としたものであることや口当たりの違いも分かりましたが、ウィスキーのかなり強いアルコールでまあまあの量しか飲めなかったのでした。

このことで思い出したのは、私が初めてウィスキーというものを口にした時のことでした。
それは大学への入学直後に叔父の家に遊びに訪ねた際、居間で叔父が「まあ飲んでみ。」と言ってショットグラスにウィスキーを注いでくれました。
私はこの時までウィスキーという飲み物は知っていましたがストレートで飲んだことはありませんでした。
まず香が良いのが気に入りました。
そして、その香につられて一啜りしますと、ウィスキーは口の中に広がり酒精すなわちアルコールが広がったのでした。あの時の私は現在と大きく異なっていてこの酒精が強烈に感じられ、これは好きではないと感じたのでした。更に、ウィスキーが美味ではないのに何故に成人男性は好むのであろうか?と訝しく思ったのでした。今では考えられない愚かな考えです。
その時のウィスキーが当時では高価であった「White Horse]というスコッチウィスキーでした。

叔父は大学に入った私に大人の経験をさせたいと思ったのでしょう。

 

そういえば、大学3年生の夏でしたが、名古屋に赴任していた叔父を訪ねた時、人生初めてのナイトクラブ(それもかなり高級)に連れて行ってくれたのも叔父でした。ま、この話はいずれ機会があればさせていただきます。


1img_0217 ゴルフコース

なお、試飲を含めた見学プログラムの前に少し待ち時間がありましたので、蒸留所の周囲を散歩しました。

1img_0216 馬の放牧場

そして分かったのでしたが、蒸留所の周囲にはゴルフコースがあったり、また馬が放牧されている牧場があったりと、長閑な田園風景が広がっていたのでした。

1img_0224 GROUSE(スコットランドの国鳥:雷鳥)のモニュメント

1img_9429 Tasting Glasses

なお、自分用に「THE FAMOUS GROUSE」のテイスティンググラスを買い求めました。
価格は1個が£2.5でした。
現在は食器棚の飾りになり、勿体ないことに埃をかぶっております。

   

2021年1月 9日 (土)

小金井/ 鷺

1img_9402 中央少し左上に鷺

今日は気温が低く風も吹いて些か体感温度が低かったのでしたが、ドクターから歩くように指導を受けていることから散歩に出掛けました。
貫井神社に参詣して境内の池の上に目を遣りますと、先日見たのと同じ鷺が同じ枝に留まっていました。

1img_9404

鷺は目を開けて辺りを見回していました。
先日と異なり、昼寝をする気配ではないようにみえました。

1img_9400

鷺の様子を下方から撮影しますと、かなりヒョウキンな顔にみえました。と同時に、かなり獰猛な顔であるようにもみえました。
ま、見る人のその時の心境によって表情の印象は変化するようですが、お参りを終えた私の心境はどういうものであったのでしょうか?
自分でも良くはワカランでいます。

1img_9407

太鼓橋の袂に立って暫く眺めていますと、鷺は身繕いを始めました。
ということは、先日のようにこの後は昼寝をするのであろうと思った次第です。

1img_9412

そして、鷺が南の方角を眺めた姿を撮って、持っていたキヤノンのコンパクトデジタルカメラのスイッチをオフにしました。
その直後、鷺は大きな羽を羽ばたかせて南へ向かって飛び去ってしまったのでした。
こうして鷺が枝から飛び出す瞬間を、前回は飛ぶまで待たなかったことから撮影できず、今回は飛んだもののカメラは使えずに撮影できず、という体たらくでした。
やはり写真撮影は忍耐と予測が大切であるということを改めて学んだ次第です。

1img_9417 境内のイチョウの木は葉が落ちてしまっています

   

2021年1月 8日 (金)

木星と土星

1dsc_9297 2020年12月21日

今から半月程前の当時の日、すなわち12月21日の日没後のことでした。
西南西の比較的低い空に一際明るく輝く天体が見えました。

事前の報道でこの日に木星と土星が接近して見えるということが報じられていましたので、これがそうかもしれないと思い、D800に装着したズームレンズの焦点距離400mmで撮影しました。
手持ちで撮影しましたので、画像にブレがありイマイチですが、致し方ないところです。
今から思えばちゃんと三脚に固定して撮影すれば良かったというところですが、後の祭りでした。

なお、報道によりますと、木星と土星は20年に一度接近して見えるとのことですが、今回は目視角度が0.1度まで接近していて、これは1623年以来の近接だそうです。

1dsc_9300 2020年12月23日

翌日の天気は曇りでしたが、23日は晴れでしたので日没後に西南西の空を見ますと木星と土星が見えましたので、今度は三脚にレンズを固定して撮影しました。
が、画像は鮮明さが無く、天体望遠鏡でないと星の撮影は難しいということが分かった次第でした。

因みに、次回の最接近は2080年3月になるそうです。

   

2021年1月 7日 (木)

小金井/ 鴨

1dsc_9366 

先日、初詣で貫井神社に参詣した時は陽射しが良い温かい2時頃のことでした。
その陽射しを受けて境内の池に集う鴨ちゃんたちはのんびり憩っている様子でした。

1dsc_9367 脇腹をクイックイッ

どの鴨ちゃんたちも同じく嘴で体のあちらこちらを手入れしていました。
鴨ちゃんたちは非常に柔軟な体をしていて、背中、脇腹、胸などに嘴が届くのでしたが、特に印象的でしたのは首の付け根辺りにも届く柔軟性でした。

最近の私は立った状態で靴下を履くのにも一苦労する状態で、今ではもう帰ってこない若かりし頃がたいそう懐かしうございました。

1dsc_9365

1dsc_9364 胸をクイックイッ

1dsc_9359

1dsc_9361 首の付け根をクイックイッ

   

2021年1月 6日 (水)

小金井/ 鷺

1dsc_9311 背中の羽毛の模様は幾何学的

先日、貫井神社に参詣した時のことでした。
突然ファサッ・ファサッ・ファサッと大きな音が上空から聞こえたかと思う間もなく体長70cmはあろうかという大きな鷺が池の上に張り出した木の枝に留まったのでした。

1dsc_9309

そして、暫く枝の上で身繕いをしていました。
鷺が大きいだけに鷺に近い太鼓橋から見る姿は実に印象的でした。

1dsc_9307

そろそろ飛立つのではないかと羽を広げた姿が見ることができるものと期待して待っていますと、鷺はそのまま寝てしまったのでした。
この日も貫井神社の境内には長閑な空気が満ちていたのでした。
鷺が枝から飛び立つ際に羽を広げるであろう姿を撮影することができなかったのは残念でしたが、まあこれはこれで良し!というものでした。

   

2021年1月 5日 (火)

小金井/ カワセミ

1dsc_9325 餌を探して右に左に目を遣るカワセミ

昨日、貫井神社に初詣いたしました。
境内は人出が少ないのに対して池には多くの鳥が戯れていました。

その中に、一羽のカワセミがいました。
カワセミは最初池の中央にある岩の頂きにいましたが、その後池の上に張り出している木の枝に留まりました。
かなり長い時間に亘って枝の上から餌にする小魚を探していました。

1dsc_9327 同上

小魚を見つけたカワセミは素早い勢いで池に飛び込んで、小魚を咥えて池の奥にある小さな木に留まりました。
そこで餌の小魚を飲み込んだようでした。

この時の写真とその後池の上を飛ぶ姿を撮影する機会がありましたが、全て焦点の合っていないピンボケ写真となってしまいました。
腕を上げなければイカンと思うのですが、難しいことです。

1dsc_9319 着水直後の鴨ちゃん

なお、鴨の編隊が西側から飛来して、池に約60度の角度で降下し、着水しました。
残念ながら着水前の羽を広げた美しい姿を撮ることはできませんでした。
こちらも腕を上げねばイカンというものです。

   

続きを読む "小金井/ カワセミ" »

2021年1月 4日 (月)

小金井/ 貫井神社 (初詣 2021年)

1dsc_9320 

今日は、貫井神社に初詣いたしました。
午後は気温が上がり、日なたを歩いていますと寒さを感じない好い天気に恵まれ、境内も温かい空気に満ちていました。

例年ですと階段の辺りまで人の列ができるのを目にしてきましたが、昨年から続く疫病コロナの罹患を防ぐために分散して参詣することが推奨されていることから今日は訪れる人達が続くものの決して蜜になるようなことはありませんでした。

私は今年も我が縁者および知人の無病息災をお願いしました。
そして、同時にコロナの逸早い終息についての祈願をしたのでしたがこのことが例年とは大きく異なることでした。
早くコロナに怯えない生活をおくりたいものです。

1dsc_9318 手水舎にも新年の飾り

   

2021年1月 3日 (日)

海外の友人

私は親しい友人と呼べる人は何人くらいなのか、と考えますと左程多くは無いように思っています。
そもそも友人という定義ですが、街ですれちがって挨拶したり、あるいは何かの会合で楽しく過ごせる人達はまあまあな人数は居られると思うものの、会えなくても心に何か通じるものがあり、その時々で考えや意見が異なっていても前向きな議論をできてかつ不快な感じが伴わない人という風に定義を狭めますと一気にその数は減ってしまうようです。

こうしたことを考えていますと、前述の定義に当てはまる海外の友人として頭に浮かぶのはAW氏とLJS氏です。
両氏はともに海外在住で、AW氏は米国NJ州に、LJS氏は韓国のソウル氏に居を構えておられます。
両氏ともに仕事を通じて知り合い、AW氏とは1992年以来の、LJS氏とは2001年以来のお付き合いをさせていただいています。

1img_20210103135401

先日贈られてきたSeason’s GreetingsのカードではWA氏の2番目のお嬢様が今年Boston大学を卒業されるとのことが綴られていました。
AW氏は台湾で学位を取得された後、UC DAVISでMBAを取得されており、その薫陶を受けたお嬢さんたちも優秀な方々です。

1img_0001_20210103135401

また、LJS氏は韓国の財閥系化学会社で部長を務められた後、独立して会社を起こされ、現在ソウルの一等地でご家族と過ごされています。
ご子息やお嬢様は共に独立および結婚をされていて、ご近所に居られるお孫さんも一昨年に誕生され、皆さんで幸せな毎日を過ごされているとのことです。

そして、皆さん疫病コロナによる心穏やかでない毎日を前向きに過ごされているようで、このことがなによりの便りでした。

   

2021年1月 2日 (土)

復活の花

1img_9321 

現在の私の寝室には鉢植えの植物がひとつだけあります。
その植物は最初の孫が生まれる前から我が家にありますので、もう既に20年近くになるはずです。
その唯一の鉢植えの植物が年末から年始にかけて花を咲かせてくれました。

1img_3115 2019年4月

実はこの鉢植えの植物はずっと元気に生い茂っていたのでしたが、2年前に近所のフラワーショップで買ったチューブ入りの肥料がいけなかったのか根っ子から腐り始めたのでした。

そして、辛うじて生き残った部分を新しい土に移し替え、なんとか育ててきました。
その後、順調に生育してくれて現在のような状態になり、ついには花を咲かせたのでした。

1img_9322

2年前はもうアカンかと諦めかけたのでしたが、この植物は頑張って生き延びてくれたのでした。
また、私も諦めずに水や肥料を施して良かったと思った次第でした。

1img_9331

この鉢植えの植物が生き返り、昨年から続く疫病コロナが蔓延する状況の中で花を咲かせたことは何やら象徴的に感じられ、今の私にとって理由もなく元気づけられる出来事となったのでした。

   

2021年1月 1日 (金)

謹賀新年

1img_0018_20200726142401 Rainbow & JPMorgan Chase Tower (Texas Commerce Tower) from 56th floor of Wells Fargo Bank Plaza (First Interstate Bank Plaza) in 1991


謹賀新年

皆様のご健勝とご多幸を心より祈念いたしております。

Wishing you health and happiness in the year of 2021.


小金井のジャッカル
Jackal From Koganei (JFK) 

   

続きを読む "謹賀新年" »

« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »

2021年2月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            

最近のトラックバック

カテゴリー

無料ブログはココログ