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2020年10月

2020年10月31日 (土)

上海/ 老上海 葱油餅 (葱油餅)   [2019.10.23.10:50]

1img_7313 老上海 葱油餅

「中国銀行」で両替を終えた後は、入口を出て右に向かい浦東の景色が見える外灘を目指すことにしました。
そして、歩き始めて程なく小さな行列のできている店がありました。
大きなガラス窓の中に目を遣りますと、何やら円盤状の食物が大きな鉄板の上で焼かれていました。

1img_7305 購入窓口&オープンキッチン

そこで、HO氏と共に4~5人の行列の後ろに並びました。
その行列の前には購入窓口と調理台があって二人のお兄さんが作業をしています。
一人は小麦粉でできた生地を伸ばしたり刻み葱を置いたりしてそれを巻きあげています。
もう一人のお兄さんはそれを鉄板の上で焼いています。

価格は行列の前に居る人の支払い状況から5元であるように判断しましたが、折角HO氏が翻訳機を持ってきていたのでこれで価格をお兄さんに訊きますと、翻訳機はこちらの質問を正確に伝えたようで、お兄さんは即座に中国語で答えてくれました。
が、翻訳機を中国語から日本語へ変換する作業をする間もない返事でしたので言葉は分かりませんでしたものの「ウー△※◇」という5を意味する言葉とお兄さんのパッと5本の指を広げた手によって5元であるこが確認できた次第でした。

なお「葱油餅」の造り方は以下の通りです。

1img_7307 小麦粉を練った団子を帯状に伸ばす

1img_7308 黄色い液体(卵?)を塗る

1img_7309 刻んだ葱を3分の1程のエリアに置く

1img_7310 脂(ラードのようなもの?)を載せる、そして葱を中心にして生地を巻く

1img_7311 鉄板に載せ、焼きながら円形の道具で押し広げる

1img_7317 購入した葱油餅は店のオリジナルデザイン

1img_7315 葱油餅は表面がきつね色に焼きあげられた(半分は揚げられたような)渦巻き状

1img_7318 葱油餅の中は青ネギがたっぷり、内側の生地はシットリ

出来上がった「葱油餅」は店の紙袋に入れて手渡され、店の前で通行する人の邪魔にならないように食しました。
先ず食感ですが、鉄板の上の薄い油の層で揚げられたという感じの仕上がりで、表面の薄い部分はサクリとしているもののその下はシットリ・モッチリとしていました。日本の食べ物にはない食感ですが、敢えて例えるならば「もんじゃ焼」で造った円盤の両面の表面の薄い部分だけをしっかりと焼いたら近い感じになるかもしれません。

また、味わいは、油で揚げられた小麦粉系の旨味に動物系脂の旨味がバランス良く感じられ、そこに加熱処理されたことによって生じた葱の旨味が合わさるというもので、シンプルな素材構成であるにもかかわらず実に深い味わいの一品でした。

「葱油餅」は、葱と小麦粉と脂と油、というシンプルな組合せのジャンキーな食べ物でしたが、実に美味な一品でした。

   

2020年10月30日 (金)

上海/ 中国銀行 (両替)   [2019.10.23.10:15]

1img_7296 ホテルの両替機

朝食を済ませ、いざ上海の街に出掛けむ!、とロビーに降りて行きました。
そして、手持ちの現金が少なくなっていましたのでホテルのフロントで両替をお願いしますと、直ぐ傍にある両替機を使うように言われたのでした。
その両替機では先ずパスポートの写真があるページを所定の場所に置いてインストラクション(日本語あり)に従って操作するのですが、私もHO氏も上手く事が運びません。
そこで、ホテルの人に助けてもらうことにしたところ、ホテルの人も親切でいろいろトライしてくれたのでしたが結局は上手くいきませんでした。両替機に問題があったようです。

そこで、ホテルの人からは、近くの銀行に行って両替をすることを薦められましたので、まずは紹介された銀行を目指した次第でした。

1img_7298

が、行けども行けども銀行らしい店舗は見えてきません。

1img_7299

通り掛かりの人に尋ねても要領を得ません。

1img_7300

道行く地元の人と思しきおっちゃんにHO氏が電子翻訳機で尋ねますと、やはり要領を得ないものの銀行があるであろう方向が分かりましたのでそちらに向かいました。

1img_7304 

そして、辿りついたのが「中国銀行」の店舗でした。

店内に歩を進め、フロアの男性に英語で用向きを伝えますと所定の用紙2枚を手渡されました。
私が私とHO氏のパスポートを手にして用紙に必要事項を記入したのでしたが、必要事項は申請者である私に関する事項だけでした。
記入後、窓口で私のパスポートとともに用紙を提出したのでした。

私のパスポートと用紙を受け取った女性行員さんは早速手続きを始めてくれたのでした。
が、しかし、暫くしますと女性行員さんは何度も何度もパスポートと用紙を交互に眺めるばかりで、明らかに作業が滞っているのがこちらから見えるのでした。
そうこうして不安な気持ちになり始めたのでしたが、何気なく私が手にしているパスポートを見ますと、それは女性行員さんに手渡したはずの私のパスポートでした。
ということは、女性行員さんが見ているのはHO氏のパスポートで間違ったパスポートを手渡していたのでした。

そのことに気付いた私は身ぶり手ぶりで女性行員さんに伝えたのでしたが、作業は振り出しに戻り、用紙にはHO氏が改めて記入したものを提出することになったのでした。
どうやら、パスポートの記載事項の入力作業が優先しているのか、HO氏が記入した用紙の再提出とあいなった次第でした。

が、漸く両替を済ますことができたのでした。
めでたし、めでたし、ほっと安堵したのでした。

   

2020年10月29日 (木)

上海/ 王宝和大酒店 二楼 咖啡庁 (朝食)   [2019.10.23.09:10]

1img_7295 王宝和大酒店(二階) 咖啡庁

HO氏と上海を巡る二人旅の二日目です。
朝食は宿泊したホテル「王宝和大酒店」の2階にある「咖啡庁(Coffee Shop)」で摂りました。
名称は「咖啡庁(Coffee Shop)」という風になってはいましたがここがダイニングルームのようで、夜には名物の上海蟹が供されるレストランでした。
なお、余談ですが、このホテルは日中平和観光でアレンジしていただいたのですが、旅程表には朝食は無しとなっていたものの前日のチェックインの際には朝食も宿泊料金に含まれているということでしたので、少し嬉しうございました。

1img_7275 王宝和大酒店 咖啡庁

「咖啡庁(Coffee Shop)」のエントランスで部屋番号と名前を告げると、案内されたのは窓から離れた2人用のテイブルでした。
また、料理はブッフェ形式で料理を適宜皿に取るというものでした。

1img_7277 HO氏の朝食

私達にはカメラなどの荷物があるので、先ず私が荷物の番をしてHO氏が自身の朝食を取りにいきました。
そして、HO氏が戻ると交代で私が料理を取りに立ちました。

1img_7278 油条(Deep-fried bread stick)、麻餅(Sesami seed cake)、大餅(Chinese pancake)、南京餅(Pumpukin pie)

先ずは一通り料理を見て回ろうと思いましたが、いきなり私の好きな油条が並べられたケースに巡り合い、その傍にはお粥も置かれていたのでした。

1img_7281 ピータン、茹卵

更には、ピータンなどの玉子でお粥の具材となるものも見つけたのでした。
ということで、小米粥、油条、ピータン、茹卵をボウルと皿に取って、テイブルに戻りました。

1img_7283 小米粥(Millet Congee)、油条、ピータン、茹卵

小米粥はお米の粒々感が感じられるお粥でして、ここに油条を千切ったものや、ピータン、茹卵を入れていただきました。
先ずは小米粥を一口含みますと、穀物っぽい風味に続いてお米のデンプン系甘味が口腔内にそこはかとなく広がりました。
次いで油条を一切れ噛みしめますと、油条から滲み出た油のコク味と小麦粉系の甘味が小米粥の風味と混ざりあい、その調和のとれた淡い味わいが得も言えぬ広がりを呈したのでした。

1img_7284 油条、ピータン、茹卵

また、ピータンはお粥のお供としてつとに有名ですが、ピータンの独特のコク味がその揺るぎない有名さをここでも実証したのでした。
また、茹卵もその硬茹での黄身が硫化物系の香を呈しつつ旨味としてひろがり、これまたエエデハナイカ!という味わいでした。
結局のところ、油条、ピータン、茹卵というお粥の3大お供を味わうことができた上に、それぞれが上質の役割を果たした日本に居てはなかなか味わえない類稀なる朝食となったのでした。

1img_7288 人気拉面

先ずはお粥で胃袋の半分程度が満たされましたので、もう少し食べておこうと思って再び席を立ちますと、今度は「拉面」のコーナーがありました。
看板を見ますと「人気拉面」(多分「気」という文字であろうと解釈しました)と大書されています。

早速、担当のおっちゃんにお願いしましたが、このおっちゃんは分かったという仕草もなく、また表情一つ変えずに面(麺)を湯がき始めてくれました。
ま、愛想が無いと言えばその通りですが、これがプロあるいは職人というものでしょう。悪く取ってはなりません。

1img_7287 青蒜(Carlie)、油辣子(Chili oil)、香菜(Coriander)

麺が出来上がるのを待つ間に手前を見ますとラー油や薬味が3つ並べられていました。
そして、出来上がった「拉面」にこれらの薬味を適量入れてテイブルに持ち帰りました。

1img_7291 拉面

「拉面」のスープは清澄透明な色合いで、牛肉系(と思う)の淡いスープでした。
また、薄切りの牛肉が載せられていましたが、これは余りインパクトのある味ではありませんでした。
麺は緩くカーブしたものでスープとの絡みは良い感じでした。
更には、薬味も程良く効いて、薬味も含めた個々の食材の味は淡白あるいは抑制されたものであるにもかかわらず拉面トータルでは印象深い旨味に仕上がっていました。
中国料理の奥深さを「朝食の拉面」にて思い知らされた出来事でした。

   

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2020年10月28日 (水)

小金井/ おむすび権米衛 (ばくだんむすび)

1dscn9421 おむすび権米衛

過日の事ですが、JR武蔵小金井駅のメインコンコースを北側に出た右側にあるおむすび専門店「おむすび権米衛」で昼食を贖いました。

1dscn9422 ディスプレイに並べられたおむすび(中央が「ばくだんむすび」)

「おむすび権米衛」ではディスプレイに並べられたおむすびはパッと見たところ10数種類もある様子でしたが、それらの中でも一際我が目を惹いたのは「ばくだんむすび」でした。

話は逸脱しますが、「ばくだんむすび」といいますと真っ先に連想するのが横浜にある「元町 梅林」の「爆弾おにぎり」ですが、当店の「ばくだんむすび」にはそれを彷彿とさせられるものがあります。

1dscn9425 ばくだんむすび

贖った「ばくだんむすび」を持ち帰り、そのズシリとする塊を先ずは皿の上に置いて眺めました。
ラップに包まれてはいますが、海苔で全身を覆われた姿はなかなかの存在感がありました。
また、ラップの上にはその時の時節を反映したお月見のシ―ルが貼られていましたが、これは「ばくだん」という言葉とは異なる優雅な情緒を醸し出すもので、想像するに「ばくだんむすび」はお月見のお供えにも良いですよ!という店側の提案が反映されたものかもしれないなどと勝手に想像したのでした。

また、話は逸脱しますが、明日10月29日は「後の月(十三夜)」でお月見をする日だそうです。
また、更には、10月31日は満月です。
ということで、この10月はお月見と満月が2回あるという珍しい月だそうです。

1dscn9431 しそちりめん(左)ときのこむすび(右)

なお、「ばくだんむすび」を一緒に贖った「しそちりめん」と「きのこむすび」を並べてみましたが、体積的にはこれらの倍はあるというものでした。

1dscn9433 ばくだんむすびの断面

「ばくだんむすび」の中には、紅さけ・日高昆布・和風ツナが入れられていて、味や食感の相違が楽しめる一品でした。
また、「しそちりめん」と「きのこむすび」もそれぞれの素材の味わいが活かされていて、美味でした。
が、お腹はパンパンになったのでした。

   

2020年10月27日 (火)

NY/ LINCOLN CENTER (YO-YO MA Cello, EMANUEL AX Piano)

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YO-YO MA氏については私の様な素人でも若いころから知っていましたが、その演奏を聴く機会にはめぐまれませんでした。
が、NY勤務時代の1993年10月27日にその機会を得たのでした。

NYの10月下旬は気温が低く感じられます。
この時のAVERY FISHER HALLではホールのそれぞれの入口付近にキャンディを入れたガラスの容器が置かれていました。
私はキャンディを取らずにホール内に歩を進め、自分の席に着いたのでした。

が、演奏が始まりますと、観客の咳が聞こえ始め、1曲目が終わる頃にはあちらこちらから咳が頻繁に聞こえてくるという状況でした。
そして、珍しいことにYO-YO MA氏は1曲目が終わると、チェロを置いて立ち上がり、観客に向かってユーモアを交えつつ咳を抑えるよう話をされたのでした。
この年にNYでインフルエンザが流行していたかは記憶するところではありませんが、ホールの入口にキャンディが沢山置いてあったことについては明々白々に記憶するところです。

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2020年10月26日 (月)

新宿/ CHEESE KITCHEN RACLER (RACLETTE 盛り合わせラクレット、 Chateau Fongaban)

1dscn9533 CHEESE KITCHEN RACLER

先日、新宿のクリニックで2ヶ月に1回の診察を受けた後、遅い昼食を摂りに高島屋新宿店に向かいました。
因みに、高島屋新宿店の上層階にはレストランがあり、そこにある各店では体温測定とアルコールによる手の消毒、そして来客毎に適正な距離が確保されていることから、2月以降にクリニックに行った際には高島屋新宿店で昼食を摂ることにしています。

先日は、2ヶ月前の際にほぼ満席状態であったことから入りそびれた「CHEESE KITCHEN RACLER」に入ることができました。

1dscn9529 店内は奥行きがあって広い

エントランスで一人であることを告げますと、若い女性店員さんによる手首での体温測定とアルコールでの手の消毒を終えて店内に招き入れられました。
若い女性店員さんは店内を一瞥した後、エントランスに最も近いテーブルに案内してくれました。

実はといいますと、私の経験ではトイレに近いテーブルとエントランスに近いテーブルは落ち着いて食事ができないことが多くあります。。
ということで、一瞬ガッカリするとともにテーブルを変えてもらおうかと思いましたが、これも私の運命と諦め、おとなしく席に着いた次第でした。
席に着いて辺りを見回しますと、昼食時を過ぎた店内には空席のテーブルがいくつもありました。
にも係わらず入口直近のテーブルをあてがわれるとは私の身なりあるいは挙動がイカンかったのでしょうか?と思いを巡らせたことでした。

1dscn9518 Chateau Fongaban

さて、席に着いたのでテーブルのことは忘れることにして、メニュを眺めました。
そして、「RACLETTE」のカテゴリから「盛り合わせラクレット」をいただくことに決め、飲み物は赤ワインの「Ch.Fongaban」を選択しました。

1dscn9521 ビーフステーキ、北海道剣淵産ジャガイモ、温野菜

先ずは注文して直ぐに供された「Ch.Fongaban」をチビリチビリと啜りつつ待つこと約15分、ビーフステーキ、北海道剣淵産ジャガイモ、温野菜が載せられたプレートがテーブルに置かれました。

1dscn9522 ラクレットチーズ

次いでカット面が炙られてトロリとなった半月状のラクレットチーズが若いウェイターさんによって運ばれてきました。
そして、このお兄さんに溶けたチーズを掛けるところの撮影について可否を問いますと、快諾してくれた上に撮影し易いようにプレートの位置まで調整してくれたのでした。感謝感激雨霰です。

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お兄さんのお言葉に甘えて、お兄さんがズズッ、ズズズ~~~ッと溶けたラクレットチーズをプレートに並ぶビーフステーキ、北海道剣淵産ジャガイモ、温野菜の上にかけてくださるのを撮影させていただきました。

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1dscn9527 パン

そして、14時過ぎの空腹を満たすべく、集中して食べ進めたのでした。

   

2020年10月25日 (日)

小金井/ 江川亭 (チャーシュー麺)

1dscn9628 江川亭とHO氏

昨日の朝11時半頃のスマホを見ると、9時52分にHO氏からメールが来ているのに気付きました。
その内容は、担担麺の佳店である「無坊」に行こう!というもので、早速電話をして店の前で会うこととしました。

HO氏の到着時刻に合うよう頃合いを見計らって家を出て、しばし歩いていますと、HO氏から電話があり「無坊」は休みであるとのことでした。

そこで、「無坊」に近い東八道路沿いの店でHO氏の気に入るようなところをと考えますと、「江川亭」が歩いてくる途中にあったので、取り敢えずここに行くことにしました。
因みに、私が「江川亭」に行くのは小金井に引っ越してきた20数年前に1度ありましたが、それ以来のことです。

1dscn9614 入口の横にあるお品書

「江川亭」に至りますと、13時を過ぎたタイミングでありながら入店待ちの人たちが店の外にまで並んでいるという状況ではありましたが、客回転が良くて10分も待たない内にカウンター席に案内されました。

注文は席に着く前に当店のスタンダードである「中華麺」(700円)にしてトッピングをチャーシュー(300円)にすることとしていましたが、この組合せですとメニュにある「チャーシュー麺」(1,000円)と同じであると判断したので「チャーシュー麺」で注文をした次第でした。
なお、当店では麺の太さを選択することになっていて、HO氏はスープの持ち上げが良い細麺を、私は麺の歯応えを期待して太麺を選択したのでした。

1dscn9619 チャーシュー麺

注文を終えて待つこと5分程で「チャーシュー麺」が供されました。
「チャーシュー麺」はセンターにモヤシ、それを取り巻くようにチャーシュー4枚、海苔、メンマ、味付け玉子が載せられていました。

先ずスープを一啜りしますと、トンコツスープとは言ってもギトギト感やくどさ、更にはトンコツスープに偶にある雑味も個性的な臭いもないという実にサッパリとしたスープでありながら、程良いコク味が感じられる味わいのスープでした。

また、スープに浮かぶ脂分とアクセントのニンニク風味が味わいを深化させており、HO氏からは美味であるとの呟きが聞こえたのも頷けるというものでした。

1dscn9616 薬味類(ニンニクは無かった)

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「江川亭」で「チャーシュー麺」を食した後、HO氏からコーヒーでも飲みませふという誘いがありましたが、辺りには気の利いたカフェはなく、HO氏のアイデアですぐ傍にあるセブンイレブンでコーヒーを飲むことにしました。


1dscn9625 コーヒーマシーン

HO氏はコンビニで飲むコーヒーに精通されていて、私は氏のする通りに同じものをいただくことにしました。
それが、ブラックコーヒー普通サイズです。

1dscn9626 エクレアとブラックコーヒー 

また、せっかくですから甘いものもいただくことにして、「エクレア」も購入した次第でした。
HO氏はこの後は数時間掛けて自転車で帰途に就かれるので、エクレアの糖分もエネルギーとなってくれることでしょう。
なお、店内には飲食スペースがなかった(あるいは見つけることができなかった)ことから、店の前で爺さん二人が立ち食い立ち飲みの蛮行に及んだのでしたが、秋の爽やかな空気のせいでしょうか存外に良い気分でした。

   

2020年10月24日 (土)

NY/ UNITED NATIONS 50TH ANNIVERSARY (Commemorative Stamps, UN CHARTER EXHIBIT OPENING DAY)

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国際連合は1945年10月24日に設立され、今年は75年目の記念年です。

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私はNY在住時の1995年4月22日に国連本部を訪ねる機会に恵まれました。
その1995年は国際連合設立50周年の記念年で、記念行事が多岐に亘って催されていました。

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1img_0004002 記念消印

その記念行事の一環として記念切手が発行されていました。
私はたまたまでしたが本部内にあるUNITED NATIONS POSTAL ADMINISTRATIONでUNITED NATIONS CHARTER EXHIBIT OPENING DAY FEBRUARY 1, 1995の記念消印が押された記念の冊子を買うことができました。

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1img_0007_20201021161301 記念切手は3種類

また、解説によりますと、記念切手はNY,ジュネーヴ、ウィーンの3カ所で発行されていて価格がそれぞれの都市が所在する国の通貨で表示されています。
私はNYの国連本部で購入しましたので、記念切手の価格は¢32と記されていました。

なお、日本は1952年の加盟申請を行い、1956年12月18日に80番目の加盟国として承認されたそうです。

   

2020年10月23日 (金)

小金井/ 予防注射(インフルエンザ)

1dscn9608 ノンアルコールビール(ドイツ)

昨日、インフルエンザの予防注射を受けました。
例年であればインフルエンザの予防接種にはあまり注意を払わないのですが、今年は疫病コロナに注意しなければならないので予防接種を受けることにしたのでした。

小金井市のホームページを見ますと、市の契約医療機関で接種を受ける場合には高齢者は全額を公費で負担していただけることとなっていました。
現在の私は65歳以上の高齢者という扱いで、事前に予約をして日頃お世話になっている病院(小金井市の契約医療機関)に赴きました。

予約時間よりも少し早めに病院に到着し、体温測定や問診への回答などの手続きを済ませるとほぼ予約の時刻となり、滞りなく接種を受けました。

私は注射にはあまり抵抗はない上に、珍しく全く痛みを感じませんでした。


接種後に看護師さんから入浴しても良いと告げられましたので、いつも通りの生活で良いかを尋ねますと、私の素行を見抜いたかのように「お酒はご遠慮してくださいね!」と優しい口調の中に有無を言わさぬ雰囲気で告げられました。

ということで、昨夜の夕食では帰途にKALDIで購入したドイツ製のノンアルコールビールを飲んだ次第でした。
因みに、我が朋友のHO氏はアルコールは脳細胞に良くないと言います。ノンアルコールビールなら心配は無用というものでしょう。

   

2020年10月22日 (木)

日本実験棟「きぼう」(国際宇宙ステーションISS)   [2020.10.05.18:55:30頃]

1screenshot_20201002080349

過日のことですが、ネットで『「きぼう」を見よう』というサイトがあることを知りました。
そのサイトでは、日本の実験棟「きぼう」がある国際宇宙ステーション(ISS)が見える時間や方向が紹介されています。

また、特に観察しやすい日時は黄色くマーキングしてあり、ちょうど10月5日の夕方が我が家のヴェランダから見るのに都合が良さそうでした。

そこで、NIKON D800に28-300mmのレンズを装着し、三脚にカメラを固定して「きぼう」が現れるのを待ちました。

この日の小金井は雲に覆われていて、所々でしたが雲の切れ間があるという状況でした。
そして、「きぼう」が現れる刻限に北西の方角を見ますと、そこは雲に覆われていて「きぼう」は見ることができませんでした。

しかし、諦めずに暫く空を見上げていますと、小さいながらも鋭く光る点が真北の位置に現れ、東の方向に向かって移動していました。
ということで、早速カメラのシャッターを押し、予めセットしておいた20秒間の露光タイムで撮影しました。
その結果が以下の写真です。

この写真を孫娘に送りましたら、モスクワに居た時に航跡を見たことがあるとの返事が返ってきました。
私より進んでいる孫娘でした。

なお、今回が初めての撮影でカメラの設定を探るつもりでの試写でしたが、まあまあのできであったようです。
ただ、リモートレリーズあるいはカメラのタイマーを1秒にセットせずに手押しでシャッターボタンを押したことから、最初の部分は航跡が折れ曲がってしまいました。

1dsc_8998001 航跡は左下から右上へ

撮影:2020.10.05.18:55:30頃、方位角7度、仰角49度
カメラ:NIKON D800
レンズ:AF-S NIKKOR 28-300mm f:3.5-5.6G
設定 :Manual 20sec, f:8, ISO 180, 28mm

なお、「きぼう」のサイトを見ますと「国際宇宙ステーション(ISS)は、地上約400km上空に建設された、人類史上最大の宇宙施設です。その大きさは約108.5m×72.8mとほぼサッカー場ほどの大きさとなり、質量は約420トンにもなります。ISSは地球1周約90分で自由落下しながら回っているため、その中は地上の100万分の1ほどの重力しかありません。」という記述がなされていました。

   

2020年10月21日 (水)

NY/ LINCOLN CENTER (Seiji Ozawa, Conductor BOSTON SYMPHONY ORCHESTRA)

1img_20201017155301 

1993年10月からちょうど1年経った1994年10月21日に小沢征爾師指揮BOSTON SYMPHONY ORCHESTRAのコンサートに行く機会を得ました。
この日は金曜日で、一週間の仕事を終えて、何処かで食事を済ませてリンカーンセンターに向かいました。

曲はBerliozで交響曲「Les Troyens a Carthage」、オペラ「Les Troyens」などでした。
私にはかなりハイレベルなコンサートでしたが、小沢征爾師の音楽に触れる機会を得たということもあって、満ち足りた気分で家路に着いたのでした。

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2020年10月20日 (火)

上海/ 王宝和大酒店 BAR (Hennessy VSOP)   [2019.10.22.22:40]

1img_7268 王宝和大酒店 BAR

「上海小吃城」で夕食を終え、宿泊先の「王宝和大酒店」に戻ってきました。
時刻は10時40分と寝るには未だ早い時間でしたので、HO氏とロビーの奥にあるBARに向かいました。

BARに入りますと、どうぞ何処でもお好きな席にどうぞ、ということを英語で告げられましたので、店内奥と言いましても大きな窓の傍にあるテーブルに着かせていただきました。

そして、年配のウェイター氏が飲み物のリストを持って現れ、一旦下がられました。
そのリストには日本でも馴染みのある銘柄が並んでおり、それらの中から「Hennessy VSOP」をいただくことにし、再び現れた年配のウェイターさんにその旨を告げました。

1img_7264 Hennessy VSOP

暫くして、年配のウェイターさんが「Hennessy VSOP」の入ったグラスを置き、加えてポップコーンを置いてくれました。
このとき、年配のウェイターさんから英語で「日本からおこしになったのですか?」と尋ねられたので「観光旅行です。」と答えました。
そして年配のウェイターさんは「どうぞお楽しみください。」と穏やかに話して、下がられたのでした。
短い時間ではありましたが、ウェイターさんの口調、容姿、立ち居振る舞いにより心が和んだのでした。

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1img_7267 左手にバーカウンター

   

2020年10月19日 (月)

上海/ 上海小吃城 (点心、 啤酒純生)   [2019.10.22.22:00]

1img_7263 上海小吃城

南京路を彷徨うこと暫し、思い描いていた中国レストラン(テーブルがあって、そこにはテーブルクロスが掛けられ、給仕さんがいて、ちゃんとした菜譚があり、ちゃんとしたグラスでそこそこの紹興酒が飲める落ち着いた店)を見つけることができないでおりましたところ、「上海小吃城」と大書された看板が目に入りました。
小吃城ですから思い描いた店ではないことは分かりましたが、時間も時間でしたし空腹でもありましたので、ここに入ることにしました。

1img_7262 上海小吃城

「上海小吃城」はビルの2階にあり、案内を見ますと10種類程の料理が供されるであろうことが推察されました。

1img_7261 上海小吃城エントランス

エスカレータを上がりますと「上海小吃城」と記されたエントランスがあり、その奥には数軒の店が壁に沿って並び、中央部にはテーブルが配された広い空間が広がっていました。

1img_7248 点心専門店(お湯を張った大きなプレートの上に蒸籠が並べられている)

エントランス付近で一通り弐見渡した後、右手直ぐ傍に点心の専門店がありました。

1img_7246 菜譚

店の前に歩み寄って、菜譚と言いますか蛍光灯が裏にあるお品書のボードを見ますと、価格は随分と安い設定になっていました。
加えて目の前の3cm程の深さにお湯を張ったプレートに蒸籠に入れられた点心などが並べられているので名前は分からなくても指させば分かるという気楽さがありました。

店のおばちゃんに私が知っている数少ない中国語で「ハオチー?」と尋ねると、おばちゃんは「ハオチー!」と答えてくれました。
もっとも「美味しいですか?」と尋ねられたら店の人が「不味いよ!」と答えるはずがないのは分かってはいますが、おばちゃんの肯定的な答えを聞いてなんとなく安堵したのでした。

1img_7251 料理は指をさして選んだので名前は分からない

料理はHO氏とフィーリングで選択しましたが、クレープの様な形ですがパリパリの皮に入った緑色野菜のもの以外は小龍包、海老の蒸餃子、ニラの蒸餃子であって美味しくいただきました。

なお、おばちゃんに「ビールもください。(チイゲイウォ、ビジョ。)」と伝えましたら、斜め向かいの店で買うように言われたように理解しましたので、その店に行きました。

1img_7260 ビールを買った店

1img_7250 串に刺した料理が主体

1img_7249 お兄ちゃんは明るくよく笑った

点心専門店のおばちゃんに言われた店に行きますと、若いお兄ちゃんが二人居られました。
そして、全く言葉は通じなかったものの私が繰り返した「チンゲイウォ、ビジョ」という言葉は分かってくれたようで、純生とラベルに記されたビールを背後の冷蔵庫から出してくれたのでした。

1img_7254 青島の純生

こうして、贖った点心を食しかつビールを飲んで空腹を満たしたのでした。
HO氏と二人、ツアーを離れてから最初の食事は無事終了したのでした。

1img_7259 店内には地元の若者と旅行者

1img_7256 一つの点心を分け合うカップル(フーフーして食べてはりました)

   

2020年10月18日 (日)

上海/ 南京路   [2019.10.22.21:30]

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「上海雑技団」を観た後は、夕食を摂るべくホテルに程近い場所にある「南京路」に行きました。
「南京路」は大きな繁華街で、全体が明るく多くの人で賑わっていました。

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通りを歩きつつ、好い食事ができそうな店を探しましたが、なかなかこれはという店を見つけることができないでいました。

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とはいいますものの、こういう賑やかな場所を歩くのはなかなか楽しいものでした。

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1img_7242 電動カート

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そして、漸く目に入ったカジュアルそうな店「上海小吃」に歩を進めたのでした。
時に午後10時頃のことでした。

   

2020年10月17日 (土)

上海/ THE SHANGHAI CENTRE THEATER (上海雑技団 Shanghai Acrobatic Troupe)  [2019.10.22.19:30]

1img_7219 THE SHANGHAI CENTRE THEATER(上海センター劇場)エントランス

昨年HO氏のお誘いを受けて10月18日から22日までの間「秦の始皇帝 天下統一の旅 秦の始皇帝の知られざる姿を説く」(日中平和観光株式会社企画および実施)に参加させていただきました。
その後、日本に帰国されるツアーの皆さんと上海浦東空港で分かれ、HO氏と二人でタクシーで宿泊先である「王宝和大酒店」に向かいました。
上海には10月22日から2泊する予定でしたが、特に行き先を決めてはいないという、即ちその時の気分で行き先をきめるという気楽な2泊3日の二人旅でした。

なお、この2泊3日の旅行についてはその後の疫病コロナのせいで記述を控えていましたが、旅行から1年を経過しようとするこのタイミングで記憶が消滅する前に思い出せる範囲内で書いておこうと思った次第です。

空港からは宿泊先のホテル「王宝和大酒店」の最寄りの駅まで地下鉄で行くつもりでしたが、改札口手前で既に多くの人で溢れていたことから急遽タクシーに変更してホテルに向かいました。
時間としては1時間はかかりませんでしたがかなりの距離は走ったように記憶しています。
更に印象に残ったのは料金が181元であって日本の感覚からしますと格安だったことです。この辺りに購買力平価の相違が感じられた次第でした。

1img_7214 チケット

ホテルにチェックインして、部屋で少し休んでから上海雑技団を観に行くことにしました。
ホテルのコンシアージュでお薦めの劇場を尋ねますと、その場でチケットをアレンジしてくれました。
随分親切な対応でしたが、多分ホテル側にもそれ相応のコミッションが入るものと推察するところです。

そして、詳細は分からないままホテルからタクシーに乗っていきますと(行き先はドアボーイのお兄さんが運転手さんに告げてくれました)、リッツ・カールトンホテルのエリアに到着し、劇場に繋がるエスカレータを乗り継いで「THE SHANGHAI CENTRE THEATER(上海センター劇場)」に無事到着したのでした。なお、タクシーは乗車時間が20分ほどで料金は27元でした。

1img_7210 舞台

「THE SHANGHAI CENTRE THEATER(上海センター劇場)」での私達の席はかなり舞台に近い左側のエリアにありました。
若干見辛い席でしたが、これは2種類ある席の内の安い方を選んだことが主たる要因でした。

1img_7212 劇場内

劇場自体はかなり大きく3階席まであり、観客の多くは外国人で殆どの席が占められていました(欧米系の人が観光バスで詰めかけていました)。また、日本や韓国の人も居られました。

演目は、最初に行われた女性3人のアクロバティックな演技(支柱に摑まって体を水平に延ばす、など)がこれぞ雑技団というものでしたが、後はコミックショウや演芸というもので、最初が凄かっただけに若干でしたがムムムという感じではありました。
なお、HO氏の隣には韓国からのカップルが居られたのですが、男性の腕時計に反射した照明がHO氏の目を時々射て気が散ったということでした。

1img_7216 座席

なお、始皇帝ツアーの中で教えていただいたことの一つに、中国では劇場などの座席は中央から左右に一つづつ交互に割り振られているということがありました。
ということで、この劇場でもそうなのかと観察してみますと、舞台に向かって左側は奇数番号が割り振られていました。(右側は見ていませんが偶数番号が割り振られているものと思います。)

1img_7223 リッツ・カールトンの前

21時頃に「上海雑技団」を見終わって、帰りのタクシーを確保するべくリッツ・カールトンホテルのタクシー乗り場に行きました。
というのは、海外では街中でタクシーを拾えるかどうかは分からない場合には、確実にタクシーに乗るにはこの方法がベストであると思っているからです。
タクシー乗り場には手配のおっちゃんが居て、列に並んだ順番でタクシーをアレンジしてくれ、10分ほど待っただけで乗ることができました。

1img_7228 タクシーの中からみた上海の主要な通りは飾り付けで明るかった

タクシーに乗って、ホテルに近い場所ということで人民公園に向かってもらいました。因みに、タクシー料金は18元でした。

   

2020年10月16日 (金)

東京タワー/ TOKYO CURRY LAB. (TCL011 オニオンチキンカレー、ラッシー)

1img_5256_20201015145801 東京タワー前

私はカレーフリークではないのでカレーを食するために自ら進んで遠くまで出掛けることはめったにありません。
現在までに銀座のカレー店の全店制覇を目論んでいた頃に昼食であちらこちらを廻ったことと、新宿の中村屋にYA氏あるいはHO氏と出掛けたことくらいが自ら進んでカレーを食べに出掛けたという経験です。が、これらは私にとって近場の店という位置付けの店ばかりで、わざわざ電車を乗り継いでカレーを食べに行くということはありません。ただ一つの例外を除いて・・・。

1img_5264 TOKYO CURRY LAB.

その例外が東京タワーにあった「TOKYO CURRY LAB.」というカレー専門店でした。

この「TOKYO CURRY LAB.」は、「dancyu 2008年版 全部うまい店 480軒」によりますと『東京カリー番長の水野仁輔さんを中心に開発した「ソースが主役のジャパニーズカレー」が4種楽しめる』店ということでした。

そして、当時の私はdancyuに少なからず影響を受けており、年末の29日に電車を乗り継いで浜松町経由で東京タワーを目指したのでした。
時は2008年12月29日のことでした。

1img_5259_20201015145801 TCL011 オニオンチキンカレー

1img_5260 TCL011 オニオンチキンカレー

この日、私が食したのは「TCL011 オニオンチキンカレー」でした。
当時のメモを見ますと、「スパイスが程よく効いており、併せて玉葱も存在を主張していた。ご飯は大盛(無料)で丁度良い位のサイズになる。チキンはもう少し沢山入っていると満足度は上がるはず。」などと生意気なことを書いていました。

1img_5263_20201015145801 ラッシー

なお、「TOKYO CURRY LAB.」は2007年から営業されていたのでしたが、ネット情報によりますと2018年9月に閉じらているとのことでした。

1img_5261 メニュ

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2020年10月15日 (木)

NY/ LINCOLN CENTER (Seiji Ozawa, Music Director, Conductor BOSTON SYMPHONY ORCHESTRA)

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私は音楽に関しては左程の興味を持つものではなく、所謂カルチャー派の人間ではありません。
が、決して音楽が嫌いなわけではなく、最初に手にしたレコードはチャイコフスキーのくるみ割り人形/カラヤン指揮で、それは小学生低学年の頃のことでした。
それ以来、クラシック音楽には惹かれるものがありましたが、残念ながら学生生活においては生活に余裕がなかったことからレコードを買い揃える余裕はなく、ラジカセですら大学院性になってM社から奨学金を受けるようになってからのことでした。

とはいえ、有名な音楽家の名前は知っており、カラヤン師と並んで小沢征爾師のことくらいは知っていました。

その小沢征爾師のコンサートには今までに2回行く機会がありました。

その最初のコンサートが、LINCOLN CENTERで1993年10月15日のコンサートでした。

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このコンサートは『Celebrating Seiji Ozawa's Twentieth Anniversary Season as Music Director of the Boston Symphony Orchestra』と銘打たれた記念のコンサートでもあったのでした。

なお、演目はBerliozが2曲、Henzeという現代音楽作家の曲が1曲というものでした。

このコンサートにはNYに遊びに来ていた母を伴って行きました。
そして1曲目のBerliozを聴いた母はその美しい音色にたいそう喜んでおりました。
が、2曲目のHenzeは現代音楽の一つというのでしょうか、金属的な不協和音(私にはそのように聞こえたのでした)に戸惑いをみせつつ、かつ時差ぼけが残っていたことからまどろみ始めたのでした。(不協和音といいましてもまどろむことができる程度のものだったようです。)
今でも母からはNY旅行の思い出が時々語られますが、小沢征爾師のコンサートに行ったことは嬉しそうに語るのですが、居眠りについては忘れてしまったようです。

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2020年10月14日 (水)

日本航空(JL007便:NY[JFK]-成田)/ 機内食 (ビーンズカレー)

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NYから成田に向かうJL007便は日本時間の2008年10月12日08:50時頃に日付変更線を通過しました。
成田到着まで残り4時間程です。

そして、成田まで後3時間ほどという頃合いで「かた焼そば」か「鰻せいろ蒸し」、はたまた「ビーンズカレー」かを迷ったあげく、「ビーンズカレー」をいただくことにしました。
その理由は、敢えて挙げるとすれば、何やらスパイシーなものを体が欲した、ということになります。

「ビーンズカレー」は豆の入ったカレーですが、JALのはスパイスの効いたル―に各種野菜とともに豆も好い具合に混在していて、加えて硬からずかつ柔らかすぎずという口当たりが良い感じのカレーでした。

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1img_5065 NEXより

JL007便は予定の13時15分よりも少し早く成田に到着し、私はNEXで帰ったのでした。

   

2020年10月13日 (火)

日本航空(JL007便:NY[JFK]-成田)/ 機内食 (和食)

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ブラジルからの帰途、NYで一泊し、10月11日(土)11:00時発のJL007便で帰国しました。
機内では、昼食というか時間を考えますと夕食というか食事をいただきました。
この便でも和食を選択選択し、飲み物は「Piper Heidsieck」で最初から終わりまで続けました。

食事は出発後1時間半ほど経った頃合いで供され始まりましたが、帰国後に提出する調査報告はほぼ書き上げており、のんびりした気分のお気楽なフライトでした。

1img_5041 Piper Heidsieck

1img_5039_20201012113801 チーズ

1img_5040 スモークトダックと名知らず野菜

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2020年10月12日 (月)

NY/ PRINCE DELI (Ham & Cheese Omelet, Coffee)

1img_5021 3rd Ave.(向こうの通りは43rd St.)

サンパウロからの帰りにNYで一泊しました。
到着日はアメリカの現地法人サイドとの打合せと会食がありましたが、その後はSOHOへ密やかに出掛け、ライヴ音楽でNYの夜を楽しんだのでした。

翌日はJFKを11時に出るJL007便で帰国することになっていました。

1img_5020_20201011164901 PRINCE DELI

朝食はホテルで30ドルもするようなものに魅力を感じなかったことと、マンハッタンの土地勘は多少ではありましたので、早朝から営業しているホテルに近い店に行くことにしました。

後から思いますと、もう少し足を延ばしてMetLifeビルに行けば満足度の高い朝食を食することができたと残念に思った次第でしたが、時間がタイトであったことから3番街沿いで営業している店の中から「PRINCE DELI」という店に入りました。


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「PRINCE DELI」では朝食のメニュとしてスクランブルドエッグや目玉焼きなどが供されていましたが、それらの中から「オムレツ」を選択し、店内で食する旨を伝えました。

オムレツの場合、ハム、チーズ、玉ねぎ、などの具材があって、どれを入れるかについて必ず問われます。
私は、特に嫌いな具材はなく、かつあれこれ告げるのが邪魔くさいのでアメリカ在住時から「everything」でお願いしており、この朝も「Everything, please.」で済ませました。

また、飲み物はコーヒーとしました。

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注文を受けた東欧系と思しきお兄さんは慣れた手つきでオムレツを作り、プラスティックボックスに入れてくれました。
また、付け合わせとしてハッシュトブラウンが入れられており、かなりのボリュームでしたが、こういう味は好きな方なのでトーストも含めて完食した次第でした。

1img_5016_20201011164901 トースト(パサッとした口当たり)がセットとして選べました

なお、価格は「Ham & Cheese Omelet」のセットが4.5ドル、コーヒーが1ドルでした。

1img_5018 「PRINCE DELI」の店内(2階)

1img_5024 エンパイアステートビル、クライスラータワーなど(ホテル:Millenium UN Plazaより)

   

2020年10月11日 (日)

BRASIL/ Sao Paulo(SAO)ー NY(JFK) JL047 (朝食:洋食)   [2008.10.09.]

1img_4938 B747 upper deck

サンパウロでの実質4日間の仕事を終えて、日本航空のJL047便でNYに向かいました。
出発は22時55分でNY(JFK)には07時20分に到着の予定です。

機材は往路と同様にB747でしたが、座席はアッパーデッキに取れていました。
私の海外出張はANAを利用することが多く、ANAではアッパーデッキ窓側の席を確保して貰うことが常となっており、この時も会社の旅行部のMEさんが同様の手配してくれていました。(往路は1階の窓側)

1img_4941 座席横の操作ボタン

JL047便は先述の通り深夜の出発でしたので、軽食は摂れたのですが夕食は供されませんでした。

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朝食はサンパウロを出発して約7時間を過ぎたブラジル時間の6時半頃(NY時間の5時半頃)から供されました。
機内ではまあまあ眠れたようで、配られた熱いオシボリで顔を拭い(既に55歳の親爺でしたから何の違和感もありません)、先ずはオレンジジュースをいただきました。

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また、朝食は和食を選択しました。
が、後で思うとオムレツのある洋食でも良かったかもしれませんでした。

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1img_4950 夜明け

1img_4960 アッパーデッキのギャレー

1img_4969 もうすぐJFKに着陸です(2008.10.09.07:16 NY time)

   

2020年10月10日 (土)

Sao Pauro (BRASIL)/ Liberdade やすか (ミックスフライ定食、 Agua Tonica DE QUININO)  [2008.10.07.] 

1img_4869 やすか

サンパウロに着いた日(10月6日)の夜は日系ハイヤー会社の方に教えていただいたGALETO’Sという鶏料理の専門店で一人夕食を摂りました。料理もワインも美味しかったのですが、量が多かったのは想定外でした。(2013年10月19日に記載しました。)

翌日以降は毎夜会食が入っていましたが、昼は調査も兼ねてLiberdadeにある日本料理店を訪ねました。
その一つが「やすか」という店で、日系ハイヤー会社の運転手さんのお薦めの一つでした。

1img_4891 ミックスフライ

「やすか」の店内に入りテーブル席に着きますと、何やら分からない違和感がありました。
よくよく考えてみますと、外国にある日本料理店では大体が日本料理店の設えでありながら何処かに日本で味わう日本料理店のものとは異なるものを感じるものです。それは大きく感じられたり、あるいは微妙な相違として感じられたりするもので、必ずといって良いほど日本とは異なる感じがあるものです。。
が、ここで感じた違和感というのは『外国の日本料理店で感じられる違和感』が感じられない、という違和感だったのです。

そして、それは店の佇まいのみならず、注文した「ミックスフライ定食」からも同じように感じられたのです。
すなわち、料理も何もかも日本と全く同じ!であるという実感があったのでした。
例えば、ソースを回しかけたフライの味もそうだったのでした。

そして、その違和感というか、すなわち外国に居ながら日本の繁華街にある和食の店で摂る昼食そのものという感じで過した時間は、私の海外出張で味わう最初であり最後のものでした。数奇な経験です。

1img_4888 きんぴらごぼう

1img_4889 はるさめとキュウリのサラダ

1img_4890 香の物

1img_4893 味噌汁

1img_4894 ご飯

1img_4887_20201008161401 Agua Tonica DE QUININO

また、ハイヤーの運転士さんに話をうかがっていますと、ブラジルではキニーネの炭酸飲料がポピュラーだということでしたので、これもいただいてみました。
キニーネと言いますと私の知る限りではマラリアの薬だけでした。

この「Agua Tonica DE QUININO」を飲んでみますと、味は淡い甘味があり、また炭酸は左程強いものではなく、強いて述べますとポカリスウェットの微炭酸飲料というような印象を受けました。
ただし、これは初めてこれを飲んだ時のそれもウスターソースをかけたフライを食べた際の印象であって、正確を期するためにはもう一度味わってみたいと思うところです。

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[Liberdadeの日本食レストランの内の数軒]

1img_4867_20201008153101 寿し安

1img_4868 Parque Sim

1img_4870_20201008153201 日乃出

   

2020年10月 9日 (金)

Sao Pauro (BRASIL)/ Liberdade   [2008.10.06.-09.] 

1img_4823_20201008152801 Liberdadeの中心付近には大きな鳥居

サンパウロに到着した現地時間2008年10月6日(月)の午後から9日の夕方までの間は、日系の弁護士事務所、コンサルタント、銀行、商社、物流会社、JETRO、ならびにグローバル展開しているコンサルタントなどを精力的に訪問し、情報を収集しました。

その情報収集の過程におきまして、日本人駐在員およびその家族の生活環境に関する情報収集も行い、サンパウロ市にある日本人街Liberdadeを訪れて生活物資の販売状況を見てきました。

Liberdadeには日系の食料品店や大きなスーパーマーケット、あるいは家電販売店や日本の雑誌や書籍を扱う書店、自動車修理工場などなど日系人の方々が経営されている日本語の通じる店も多くありました。
ブラジルの公用語はポルトガル語であって日本人にとってはあまりなじみがない言葉なので、新任の日本人駐在員やその家族にとってポルトガル語をマスターするまでの間は日本語で買い物ができるLiberdadeは便利であると推察したのでした。

なお、写真はLiberdadeで訪ねた先のごく一部分のものですが、日本食材や電気機器など随分と整っていることを実感として把握できたのでした。まさに百聞は一見に如かずということです。

1img_4819_20201008152901 Liberdadeのメイン通り

1img_4821 日本酒、果物

1img_4822 野菜など

1img_4825 炊飯器、ポット

1img_4826_20201008153001 お米

1img_4828_20201008153001 海苔巻など

1img_4829 海苔巻多種

1img_4830 和菓子

1img_4831_20201008153001 海苔、ワカメ、など

1img_4832_20201008153001 菓子類

1img_4833 ソース

1img_4835 インスタントラーメン

1img_4839 日本でお馴染の野菜

1img_4841_20201008153001 カレー

1img_4842 マヨネーズなど

1img_4843_20201008153101 あげ、ちくわ、はんぺん

1img_4844_20201008153101 いとこんにゃく

1img_4845 醤油

1img_4846_20201008153101 そば

1img_4857 日本酒、ビール

1img_4858_20201008153101 日本酒

1img_4860 カップラーメン、インスタントラーメンなど

1img_4871_20201008153201 理髪店 理容サロン大塚

1img_4885 自動車修理会社

   

2020年10月 8日 (木)

BRASIL/ NY(JFK)- Sao Paulo(SAO) JL048 (朝食:洋食)   [2008.10.06.]

1img_4784_20201006160701 JL048便

NY(JFK)を21時過ぎに出発し、サンパウロには8時過ぎに到着するという約11時間のフライトでした。

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JL048便ではサンパウロに到着する約2時間前に朝食が供されました。
既に成田を出発してから約21時間が経過しており、睡眠不足と運動不足から若干の疲労感が感じられました。
また、食欲も左程ある訳ではありませんでしたが、国内・海外に関係なく旅行でバテないためには食事をしっかり摂っておくことが大事であるというこを経験的に知っていましたので、お粥がメインの和食よりはエネルギーの多そうな洋食を選択しました。

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1img_4793 着陸30分前、サンパウロ近郊は薄曇り

サンパウロにはほぼ定刻通り午前8時頃に到着しました。
NYでのトランジットも含めて、成田から23時間を要した移動でした。

空港からはタクシーに乗り、先ずは宿泊先のIntercontinental Hotelに向かいました。
が、事前に入手していた情報通りサンパウロ市内に入る道路は大渋滞でホテルに到着したのは空港を出て2時間後のことでした。

   

2020年10月 7日 (水)

BRASIL/ NY(JFK)- Sao Paulo(SAO) JL048 (和食)   [2008.10.05.]

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JFK空港(NY)のサクララウンジで約2時間半の時間調整の後、サンパウロに向けてJL048便に搭乗しました。
JFK空港を出発したのがNY時間の21時半頃で、フライト時間は約10時間の予定です。

JFK空港を出発して約2時間ほど経った頃合いで、食事が始まりました。

飲み物に関しましては、成田-NY間と同様にシャンパン「Piper Heidsieck」を続けました。

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食事が供されるまでの間、おつまみが出されました。
おつまみは「Piper Heidsieck」を飲みつつ、ポリポリボリボリといただきました。

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このフライトにおきましても、食事は和食を選択しました。

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1img_4757 茄子の辛子漬が良いアクセントとなっていました

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1img_4779_20201005151001 デザート:バナナと洋梨のタルト

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2020年10月 6日 (火)

BRASIL/ TOKYO[NRT]-NY[JFK] JL048  (朝食:洋食)   [2008.10.05]

1img_4742 JL048

成田を出て約10時間、メニュでは「朝食」と記されていましたがNY時間では午後6時頃ということで、名前は朝食という「夕食」が供されました。

また、窓から外を見ますと眼下は一面の雲で覆われていましたが、上空は青空が広がっていました。

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食事については、和食がお粥であったことから、洋食を選択しました。

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食事を終えて暫くしますと、窓外の雲はなくなりました。
JL048便はNYCの北西方向から着陸態勢に入り、ハドソン川に沿った空路でマンハッタン島の西側を南下してからJFK空港に降りたのでした。時刻はNY時間の19時頃で、約12時間ほどのフライトでした。

なお、一旦機外に出てJALのサクララウンジで2時間半ほど待った後、再びJL048便に搭乗したのでした。

1img_4747 マンハッタン島(中央左:セントラルパーク、 中央右:ミッドタウンの高層ビル群、 左下:ハドソン川、 左上から右中央:イーストリバー)

   

2020年10月 5日 (月)

BRASIL/ TOKYO[NRT]-NY[JFK] JL048  (和食)   [2008.10.05]

1img_4704jl048 JL048便(2008.10.05.19:33)

ちょうど12年前の2008年10月5日(日)から一週間の予定でブラジルへ出張し、帰途にNYを訪ねる機会を得ました。
当時は(多分現在も)日本からブラジルへの直行便を運航する民間航空はなかったと記憶しています。
また、日本の航空会社ではJALだけが成田からNY経由でサンパウロへの便(JL048)を運航していたようで、私はこのルートでサンパウロに向かったのでした。

この日は新宿発(16:10)のNEX39に乗り、成田空港第2ターミナルビル(17:25)に着きました。

そして、成田空港発(19:20)のJL048便で、先ずは経由地であるNYに向かったのでした。

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成田空港を発って約1時間後から飲み物とメニュが供され始められました。
と同時にCAさんからfrequent flyerへの挨拶を受け、次いで飲み物のオーダーを受けていただきました。

まず飲み物ですが、私は食事の際はシャンパンをいただくことにしており、「Piper Heidsieck」をいただきました、
また、食事の選択肢は洋食あるいは和食の2種類であり、私は和食を選びました。

メニュの和食のページには「洛西の秋~上桂川の秋~」という料理のタイトルと、「京都 芽生会」「わた亀」の名前が記されていました。

なお、余談ですが、メニュには洋食はOccidental、和食はJapaneseと記されていました。
更に余談ですが、Occidentalという英語の言葉が表わす地域はどこからどこまででしょうかということをクイズにしている人がいましたが、基本的には東洋に座標の原点を置いて俯瞰した西のエリア、即ちヨーロッパおよびその文化圏というような意味合いでMerriam Webster’s Collegiate Dictionaryには書いてあるようです。

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さて、「Piper Heidsieck」とともにアペタイザーが供されました。
一つはプレッツェル、ガーリックトースト、フレンチフライのようです。(ようです、というのは写真から判断しているのであって、味の記憶がありませんからです。)

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もう一つはスモークトサーモン、プチトマトなどのカクテルというものでしょうか。これも味のイメージはありますが、素材についての記憶が曖昧です。

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次いで「八つの肴」と称された小皿に盛られた料理が供されました。
飲み物は、この頃に常態化していたシャンパンで最後まで通すということを続け、最後まで「Piper Heidsieck」で通しました。

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そして、一通り「八つの肴」を終えると「台の物」と「御飯」、「香の物」、「味噌汁」が供されましたが、「香の物」に好物の奈良漬があったのは嬉しいことでした。

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そして、最後にデザートでした。
飲み物はコーヒーではなく日本茶でお願いしましたが、これから一眠りしようというタイミングでは日本茶がちょうど好い感じでした。

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約2時間かかった食事を終えた後は、暫しまどろむことにしました。

   

2020年10月 4日 (日)

小金井/ 航空自衛隊 C-2輸送機 (機体識別番号 65-1204)

1dsc_8872 航空自衛隊 C-2輸送機 (機体識別番号 65-1204)

武蔵野公園の傍を流れる野川の淵にいますと、航空自衛隊の航空機が西に向かって飛行する姿を見ることができます。
この辺りで見ることのできる航空自衛隊機の多くは入間基地に向かうようで、調布飛行場の付近を過ぎた直後あたりから進路を西から北西方向に入間基地向けて変えるようです。
その際に、機体は右旋回をするので、常日頃は目にすることができない機体の背面を見ることができるのです。

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先日は、C-2輸送機が旋回しているのを西側の空にみることができました。
因みに、C-2輸送機の写真を探してネットを検索しましたが、機体の背面が撮影されたものは無かったように見受けられました。
そういう見地からは、武蔵野公園は機体の背面を見ることができる希少な場所と推察するところです。

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なお、この日に見たC-2輸送機(機体識別番号 65-1204)は鳥取県三保基地に配属されている機体のようです。

   

2020年10月 3日 (土)

小金井/ アゲハ蝶、 ミツバチ

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今年は疫病コロナのせいで人間界はモヒトツな感じですが、野川の淵では数多くの虫が秋の日差しを浴びて元気に飛び交っています。
川べりにあるキバナコスモスの繁みでは、その蜜を求めてアゲハ蝶やミツバチが飛び交っていました。

以前と異なって人出が少なくなった野川の淵で陽射しを浴びながら虫たちを観察していると、とても長閑な気分になりました。
実は、先日野川の淵で周りに誰も人が居られないのを確かめた上で初めてマスクを外してみました。
すると、何の抵抗もなく体の中に入ってくる空気が得も言えぬほど心地よいものであることに些か驚いたのでした。
この心地よさはヤミツキになりそうです。

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1dsc_8853 頭にも足にも黄色い花粉

   

2020年10月 2日 (金)

岩手県/ 岩手国体 1970年 (炬火リレー)

1img_0027 炬火リレー@「かわとく」の前

高校2年生の時に修学旅行で東北地方を訪ねましたが、それは1970年の秋のことでした。
その時はCanonの一眼レフカメラFTを持っていったのでしたが、撮影した写真の中に聖火リレーの様な写真がありました。
なお、この写真は私のCanon FTを持っていた友人が撮影していたと記憶するところです。

因みに、この写真は中尊寺の写真の直ぐ後にありましたので、中尊寺の次に観光バスが停まった場所が撮影した場所と推察できますが、今では行程すら憶えていませんので場所も不明のままです。
ただし、「かわとく」と書かれた店の名前がヒントにはなるでしょうけれども、場所を探す気力はありませんです。

この聖火リレーについて調べてみますと、1970年の国民体育大会 第25回大会が岩手県で開催されていたことが分かりました。
そして、国体でもオリンピックのように聖火リレーが行われているということを知った次第でした。

なお、国体においては「炬火(きょか)リレー」と称されるということでした。
恥ずかしながら67歳にして初めて知った言葉でした。

   

2020年10月 1日 (木)

小金井/ UFI: Unidentified Flying Insect

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この虫は幼い頃から見かけていて、その形は知っている虫です。
しかしながら、その名称に関しては恥ずかしながら知見がありません。

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口は蝶のように渦巻き状になった口吻で、花の蜜を吸う時に口吻を延ばしています。

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また、花に留まることはなくて前足を花に掛けた状態でホヴァリングをしながら蜜を吸っていました。

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羽は透明で厚みが薄く、向こう側が透けて見えます。
そして、蜂のように高速で動かして飛んでいました。

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尾はなにやらボサボサの筆の先ような感じに見えました。
蜂のような針は無さそうなので蜂ではなさそうです。

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胴体の一部分は蝦蛄の様に見えなくもありません。
が、頭に近い部分は何やら毛に覆われているようです。

1dsc_8961 飛行時には口吻は折り畳まれています

   

チョウ目スカシバガ科、チョウ目スズメガ科ホウジャク亜科

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