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2020年7月22日 (水)

Houston(TX)/ Violation of Traffic Rules, Municipal Court

1img_20200711160101 BINGLE Rd.

私は1987年5月から1995年7月までの米国勤務において、自動車運転中の交通規則違反で罰金を5回支払いました。
その内の3回はHoutonに於いて、1回はNY(バスに煽られた末のバス専用レーン走行)に於いて、1回はSanDiego(駐車違反)において起こした交通規則違反に関するものでした。

今回はHoustonにおいて起こした2件の交通違反について記述します。

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時は1989年4月6日のことでした。
日本から出張で来られた研究部門の部長さんで私がアメリカに来る直前の上司であられたSW氏と一緒の日でした。
翌日は米国の超大手石油化学会社での打合せが予定されている中で、簡単な打合せを兼ねて夕食を摂った後I-10(Interstate Free Way 10)の北側にある韓国クラブで軽く飲み、更にもう一軒ということでBINGLEとう名称の道を南に下り、もうすぐでI-10という場所で、いきなりポリスカーの警告灯が車の直後で光りました。

1img_0001001_20200711162401 黄色い円の辺り

こういう場合は即刻路肩に車を停車し、動かず騒がずじっとお巡りさんが寄ってくるのを待つのがお決まりの動作です。
間違っても、いきなりドアを開けて外に出ようものなら、大変な思いをさせられることになるというものです。
例えば、私の先輩は出張者を連れて移動している時にスピード違反で停車を命じられたのですが、作法を知らない出張者が「なんや?なんやねん!」と車の外へ出たためにお巡りさんは腰の銃を抜き、出張者も先輩も車のボディに手を付かされて厳重な取り調べを受けたということでした。
また、ある知人はカリフォルニアでアジア系逃走犯の疑いで停車を命じられて、何の抵抗もしないのに結束バンドで後ろ手に親指の根元を繋がれたそうで、こうなると身動きができなくなったと実感を込めて語ってくれたものでした。
これらは、アメリカが銃の所持を許されているということが根本にあり、お巡りさんもある意味命がけであることから起こる事象のようです。
とは言いましても、昨今のアメリカでおこっている警察官による傍若無人な行いはゆるされるものではありません。

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さて、路肩に停車して窓を開け、お巡りさんが横に来るのを待ちました。
お巡りさんも心得たもので、直ぐには近寄ってはきません。
懐中電灯でピカピカ照らしながらゆっくり近づいてきて、車内の様子を確かめた後、徐に「ドライヴァーズライセンスを見せてください。」とのたまわれました。決して「見せんかい!」などという乱暴な発言はなく、流石は住宅街を所轄する警察のお巡りさんらしく丁寧なのでした。
そして「時速30mphの道ですが、貴殿は40mphで走行されたので、スピード違反です。」と言い、運転免許証から私に関する情報を得て、1枚のピンク色の紙片を手渡されました。
所謂、日本でいう交通切符というものです。

その際に、自動車保険の証書も提示するように求められましたので、素直にそれをお巡りさんに差出ました。

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すると運の悪い事に、その自動車保険の証書に書かれていた有効期限が3日前に失効していたのです。
自動車保険にはちゃんと入っていたのでしたが、保険会社から新しい証書が送られてくるのが遅れていたのでした。
そのため、保険証書の不携帯ということで更に違反が成立し、2枚目の交通切符でした。
約10分ほどで解放されましたが、酒気帯び運転に関しては何の質問もなされませんでした。現在ではそのようなことはあり得ないことで、即刻ジェイル行きとなる事でしょう。
当時のHoustonの住宅街は悪質な事件も殆ど無く、おおらかだったようです。

因みに、1980年代初頭に住んでいた人の語るには、ある日軽く飲んだ帰りに信号で軽い追突事故を起こしたそうです。事故処理等が終わってお巡りさんが「貴殿は酔っぱらっているのではなですか?」と尋ねてきたので、隠すのはマズイと考えて素直に「イエッサー!」と答えたら「ソレハイカン。私が家まで送ってしんぜよう。私のポリスカーについてきなさい。」と言って家まで先導してくれたというウソのような話を聴きました。
ホンマかいなというところですが・・・。

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さて、後日のことです。
裁判所に出頭すべし、と認められた召喚状が送付されてきました。
内容は、私の権利についてと、罰金を払うか、あるいは裁判で無実を主張するか、無実を主張するなら5月3日に裁判所に出頭するようにと記載されていました。

あの夜の顛末と召喚状について秘書で生粋のテキサスガ―ルであるKD夫人に話をしますと、「スピード違反は仕方ないでしょうけれども保険証書の件について不服であるなら裁判所で申し立てれば良ろしうございます。」と言うのでした。
加えて、「裁判所に行って、あの時の警察官が裁判所に現れなかったら、あなたのペナルティは帳消しになるのです。それと、警察官が職務多忙で現れないことは往々にしてあるので、行ってみる価値はあるかもでございますわ。」などと言うのでした。

私も30歳代半ばで物事の判断は普通にできたので、「無罪は無いやろ~」と思ったのでしたが、一方でアメリカの裁判所を経験することは後にも先にも無い、あるいはあってはイカンと思いましたので、強い興味に惹かれて裁判所に行ってみることにしました。

ただし、裁判所での手続きがわからないので交通違反を経験したことがあるというKD夫人に尋ねますと、皆がするのと同じようにすれば良ろしうございます。」と教えてくれたのでした。
ただし、「罪を認めるならば「I am guilty.」と言って、後は皆と同じようにするだけでございます。」とも教えてくれたのでした。
なるほど、皆と同様に振る舞えばよいのであるな!、と納得したのでした。

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1989年5月3日、私はSpring Valley市の裁判所に出頭しました。
裁判所の中に歩を進めますと、私と同じように交通規則違反で何らかのペナルティを与えられた人達が20~30人集まっていて、被告人席には納まりきれないことから所謂傍聴席に座るよう案内されたのでした。
私は秘書のKD夫人からサジェッションされたように、先ずは皆さんがどの様に対応せれるのかを観察し、私もそれに従って対応できるよう後ろの方に座って観察を入念に行う心づもりを厳にしたのでした。

開廷時刻になり、裁判官と裁判所の人たちが所定の席に着いて裁判が始まりました。
さあ、当方の対応の方法についてマスターするぞ!と思った瞬間に、なんと最初に私の名前が呼ばれたのでした。
想定外の事態に、先ずは驚きましたです。
後で分かったのですが、名前がアルファベットの順番に告げられることになっていて、この日は運悪くAに近い私の名前から告げられたのでした。
しかし、ここは直ぐに気を取り直して起立しました。
とっさには言葉が出てこなかったことと私が明らかに外国人と判断されたようで、裁判長から「Do you admit you are guilty?」と答えを促されました。
元より無罪を主張するつもりはありませんでしたので、「I am guilty.」と答えますと、あっけなく審理は次の人に移っていったのでした。

そして、一通り審理が終わりますと解散となり、閉廷となったのでした。

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なお、この後は所定の罰金を支払うのですが、後日に「Behavioral Course in Traffic Education」という教育を受講するなら罰金の軽減措置があるということで、加えてアメリカの交通教育制度がどの様なものなのかに興味が惹かれましたので受講することにし、速度違反と保険証書携行違反についての罰金を支払って裁判所を後にしたのでした。

1img_20200711161501 「Behavioral Course in Traffic Education」の受講証書

そしてその日から約2ヶ月後、今から31年前の1989年7月22日に「「Behavioral Course in Traffic Education」を受講しました。
会場には20人程度の人が集まっていましたが、その殆どは若者でした。
最初にスライド(当時はパワーポイントなどありませんでした)で講義があり、次いで数人のグループに分かれてディスカッションが行われました。そこでは個々人が反省の念を込めて交通違反をしないための方策について自分の意見を述べなければなりません。今でも憶えているのは、私の発言についてティーンエイジャーのお姉ちゃんが「それ、良い言葉を使ってるねェ。」と言ったことでした。

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最後になりますが、Houston市はHarris群という行政単位の中の市でして広大なエリアを占めていますが、そのHouston市に囲まれてSpring ValleyというHarris群の一つである小さな市があり、正確には私はこのSpring Valley市の中で交通違反を2件同時にしていたのでした。

   

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