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2019年3月22日 (金)

堺/ 百舌鳥古墳群 (東酒呑古墳、西酒呑古墳)

1img_1 出典:百舌鳥古墳群めぐり(公益財団法人 堺観光コンベンション協会)
⑱東酒呑古墳 ⑲西酒呑古墳

グーグルマップを見ていたら「履中天皇陵」の西側に「西酒呑古墳」という文字が浮かび上がってきた。
『酒呑』と書いて、単純にサケノミと読むのであろうか、はたまたシュドンと読むのであろおか・・・。
調べてみるとサケノミと読むことが分かった。
酒を愛する者にはなんとも浪漫を感じさせてくれる名前の古墳である。
加えてその名前には『飲む』ではなくて『呑む』という字があてられていて、古代の豪快な人物を彷彿とさせられたのであった。

1dscn4159 西酒呑古墳

そこで、早速「西酒呑古墳」へグーグルマップを頼りに訪ねた。
すると、住宅地の中に3m程の高さの土塁のような様な場所があった。

1dscn4163

一見すると公園の様であったが、立ち入ることはできないようになっていた。
古墳であるならば何らかの標識があるのではないかと周囲を一周してみたが、「西酒呑古墳」という標識どころか古墳を示すものは何もなかったのであった。

1dscn4161 石の標識

さらに良く観察してみると、土塁の中腹に石の標識を見付けたが、記されている文字は読めなかった。
地図の場所と状態から判断して、ここが「西酒呑古墳」であることに間違いはなさそうであった。

1dscn4200 東酒呑古墳

翌日、西という概念があるのであれば東という概念もあることに気付き、「東酒呑古墳」を探してみると、「西酒呑古墳」からほんの少し歩いた処に「東酒呑古墳」があったのであった。
これはグーグルマップを拡大することによって文字が現れたことで、場所を確認できたのであった。
そして、グーグルマップに「東酒呑古墳」があると記載された場所に行ってみると、そこには人家しかなかったのであった。
ところが良く観察していると、人家と人家の間から僅かにではあったが2mほど盛り上がった土地が見えたのであった。
これがまさに「東酒呑古墳」であった。

1dscn4202 石の標識

さらに背伸びしてみると、そこには石の標識が見えたのであった。
が、文字は読めなかった。

現在のところ「西酒呑古墳」も「東酒呑古墳」もどういう仁の墳墓なのか、はたまたその名前の由来はどのようなものか、何もも分からないでいる。
何らかの調査は終わっていると推察しており、いずれその調査思料を探してみたいと思うところである。
   

 

 

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古墳」カテゴリの記事

コメント

履中天皇といえば仁徳天皇の息子さんですね。さすがは、堺です。歴史溢れる土地で、ちょっと自転車で行けば古墳だらけだということがよくわかります。4月第3週には大阪に5日ほど行っています。自転車を持っていきますので、あのあたりを回るかもしれません。

Kincyanさん
履中天皇は仁徳天皇の第一皇子だそうです。
自転車なら周囲を巡るのは容易でしょうけれども、天皇陵はフェンスで囲まれていますので場所によっては中は見づらいと思います。
仁徳天皇陵の南側にある拝所や大仙公園辺りがお薦めでしょうか。
自転車を持って大阪とは、また瀬戸内を走られるのでしょうか。
天気に恵まれると良いですね。

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