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2018年6月

2018年6月30日 (土)

船橋/ サッポロビール千葉工場 (えんどう豆とボンゴ豆)

1img_1145 えんどう豆とボンゴ豆@サッポロビール千葉工場

先日、サッポロビール千葉工場の見学ツアーに参加させていただいた。
このツアーにもビール工場見学には必ず付いてくるビールの試飲があり、出来たてのサッポロ黒ラベルをいただいたのであった。
そして、試飲にはこれまた必ず付いてくる「おつまみ」が一袋用意されていて、その袋には「サッポロビール限定 ビールによく合う えんどう豆とボンゴ豆」と書かれていたのであった。

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えんどう豆は幼い頃から童話などで知っているし数えきれないほど食べているが、「ボンゴ豆」というのはこれまで全く知らない豆であった。

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「はて、面妖な!」(狐狸庵先生風に)と思ってパッケージの背側を見ると

 品   名:えんどう豆とボンゴ豆
 原材料名:落花生、えんどう豆、云々

と記されている。

1img_1207 えんどう豆とボンゴ豆

袋の中を見ると緑色のと茶色の二種類の粒が入っていた。
緑色の方は小麦粉でコートされているようであったが、その見た目から「えんどう豆」であることは容易に判断できた。
したがって、もひとつの茶色いのが「ボンゴ豆」ということになる。
また、原材料名から判断してそれは落花生、すなわちピーナッツということになる。

念のため「えんどう豆」と判断した方から食べてみると、えんどう豆の味であった。

では茶色い方を食べてみると、それは小麦粉でコートされたピーナッツであった。
「ボンゴ豆」とは小麦粉でコートされたピーナッツがローストされたものなのであった。

ここで不思議なのはどのような経緯・由来があってピーナッツの方にだけ「ボンゴ豆」という名前が付けられたのかということであった。
ネットで調べてみたら「ボンゴ豆」は北海道のソウルフードということらしいが、それ以上のことは分からなかった。

なお、えんどう豆もボンゴ豆も表面をコートする小麦粉に味付けがなされているようで、えんどう豆やピーナッツの固有の味が味付け小麦粉でより美味しくされているのであった。

   

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2018年6月29日 (金)

西船橋/ てる美 (居酒屋)

1img_1182 てる美

一週間ほど前であったが、朋友のHO氏と船橋の「中華料理 大輦」で「ソースらーめんハムカツのせ」という巷ではなかなか稀有なラーメンを昼食とし、その後「SHIRASE 5002 & 新・黒ラベル コラボレーションツアー」に参加したのであった。

そして、最後は西船橋の居酒屋「てる美」で一献ということになった。

「てる美」に到着したのは夏至の日の午後6時に5分ほどという時間で、辺りはまだ昼の明るさが強く残っている夕方であった。

引戸を開けたHO氏に続いて店内に足を踏み入れると、左手奥の小上がりでは先客達が既に宴もたけなわであった。
私達は二人客であったためか女将さんにカウンター席を促され、もろに女将さんの前の席に着いたのであった。

1img_1185 焼酎のオンザロック

先ずは飲み物をということであったが、HO氏も私もほんの1時間ほど前にサッポロビール千葉工場の試飲で黒ラベルをいただいていたことから、「とりあえず一杯のビール」をスキップし、HO氏は焼酎のオンザロックを、私は熱燗を所望したのであった。

先ずはHO氏の焼酎オンザロックが供された。
程良い大きさのロックグラスにはブロックの氷が入れられ、そこに焼酎が注がれた涼やかな趣の一杯であった。

1img_1183 熱燗

一方、私の熱燗はちろりで暖めた清酒が枡に置かれたグラスに注ぎこまれたもので、ほんの少しであったがグラスから溢れた清酒が枡にこぼれおちたのであった。
なお、この日は熱燗を三杯いただいたが、2杯目以降は清酒が枡にこぼれおちることはなかった。

1img_1186 お通し

「お通し」は玉蒟蒻、一口サイズのさつま揚げ、小松菜の茹でたの、が供された。
味は出汁が薄味に仕上げてあって、具材個々の味が活かされたものであって、料理を一手に引き受けておられる親爺さんの腕がかなりのものであることが分かるものであった。

1img_1187 赤貝の紐(HO氏のカメラの赤目低減ライトが当たってしまった)

「お通し」で一杯飲りながら、壁に並んだ数多の短冊の中から、「赤貝の紐」、「鰈の煮付」、「ホンビノス貝の酒蒸」を所望した。

最初に現れたのは「赤貝の紐」であった。
その口当たりは程良いコリコリ感があり、味は新鮮な赤貝に特徴的なヘモグロビンとタウリンのアクセントが旨味となって広がったのであった。
親爺さんの赤貝に対する目利きの結果であろう。

1img_1188 鰈の煮付

次いで供されたのが「鰈の煮付」で立派な真子が入っていた。
鰈の身は薄口の出汁で軽く煮つけられたことから、新鮮な鰈の身にのみ宿る甘味と旨味、そして淡い蘞味がバランス良く広がったのであった。
関東地方の店では魚の煮付は濃い醤油で煮付られることが多く、往々にして折角の身の旨味がマスキングされてしまうという悲惨な事態を目にすることがあるが、当店の親爺さんの料理には素材を活かすということに細心の配慮がなされているということが明明白白となる一品であった。

1img_1190 ホンビノス貝の酒蒸

「鰈の煮付」を食べ進めていると、頃合いを見計らったように「ホンビノス貝の酒蒸」が供された。
ホンビノス貝というのはまだポピュラな食材ではなく、一般の市場では目にすることがない。
しかしながら、千葉の三番瀬ではホンビノス貝が獲れることから当店でもいただくことができるのである。
そのことは当店を3年前に訪ねた際に知った訳であり、この日もホンビノス貝の料理を期待していたのであった。
米国で勤務していた時はアペタイザーとして「リトルネック」あるいは「チェリーストーン」と称される所謂ホンビノス貝の稚貝をレモン汁やクテルソースで食していた。
流石にこの大きさのホンビノス貝を生で口に頬張るのはいささか躊躇するところであるが、酒蒸にされたものは「蛤」とまでは言わないが、佳い味わいであり、佳いお出汁が出ているのであった。

HO氏も焼酎のオンザロックをお替りし、私も熱燗を飲み続けた結果、更に「鰻巻」と「揚げだし茄子」を追加することとした。

1img_1191 鰻巻

「鰻巻」はその価格にしては玉子で巻かれている鰻の蒲焼が上質であった。
玉子も美味であった。
次回に当店を訪れることがあるならば、前述の三品と共に「鰻巻」は必注すべき一品であると思料するところである。

1img_1193 揚げだし茄子

「揚げだし茄子」も茄子の揚げ方・火の通し方が良く、またお出汁も素材の味を活かすべく仕上げられていて、佳い味わいであった。

支払いを終えて店を出る時には親爺さんに心をこめて挨拶をしたのであったが、当店は寡黙な親爺さんの素材に対する目利き力と素材を活かす卓越した腕によって成り立っているといっても過言ではないと考えている。

1img_1195 暮れ始めた街のてる美

   

2018年6月28日 (木)

船橋/ SHIRASE 5002 & 新・黒ラベル コラボレーションツアー (サッポロ新・黒ラベルツアー)

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先日、HO氏と「SHIRASE 5002 & 新・黒ラベル コラボレーションツアー」に参加する機会を得た。
第3代南極観測船しらせを見学した後、「サッポロ新・黒ラベルツアー」に参加した。

1img_1127 ツアーカードとツアーガイド嬢

先ずサッポロビール千葉工場の見学者用ロビーでツアーの注意事項の説明を受け、見学コースに立ち入った。
見学コースの最初のドアが開くと、ビール工場の香が鼻腔をくすぐった。
この香は、過日サントリービール府中工場で経験したのと同じ香であった。
この香に関しては、私個人の印象で申し訳ないが、犬小屋の匂いが最も似ているように思えたのであったのであったが、飲み物に関する香であるので犬小屋を引き合いに出すのは不適切というものであろう。
では、他の香りでは何が最も似ているのであろうか。
私には思い浮かばないのである。

1img_1137 仕込み工程の釜

また、余談ではあるが、サッポロビール千葉工場では缶ビールの充填・パッケージング工程が撮影禁止となっていた。
この工程はサントリービール府中工場では撮影できたのであったが、工場あるいは会社によってKHなどが違うのであろう。

1img_1143 サッポロ黒ラベルの試飲(おつまみはボンゴ豆)

工場見学を終えると、サッポロ黒ラベルの試飲となった。
ビールサーバーによって黒ラベルが注がれたグラスを受け取り、最も奥のテーブルに案内された。

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ツアーガイドのお嬢さんの話を聞きながら最初の一口でグビグビ・グビッとグラスの3分の1程度を一気に飲んだ。
ビールは何と言っても最初の一口目が最も美味である。
そういえば、昔々のサッポロビールのコマーシャルで故三船敏郎氏がゴクゴク・ゴクリと一気に飲んで「男は黙ってサッポロビール」というのがあった。
あれは実に佳いコマーシャルであった。

1img_1149 2杯目

ところで、試飲のグラスは300ml程度の大きさであり、1杯では少し物足りない。
かといって2杯飲むと今の私には少し多すぎる。
しかしながら、サーバーからビルが注がれる様子も撮影してみたい、ということで2杯目をいただくことにした。
若いお嬢さんの了承をえて、ビールを注がれる手元を撮影させていただいたのであった。
なお、試飲は3杯まで可能だそうであるが、HO氏にも私にも2杯で十分過ぎる位に十分であった。

最後にツアーガイドのお嬢さんが私達のテーブルに歩み寄られ、ツアーの感想を尋ねられた。
このツアーガイド嬢は説明がはっきりしていて、かつ淀みもない。
相当の経験を積まれたお嬢さんであるように見えた。
HO氏がふと勤務年数を尋ねたところ、このお嬢さんは入社して4カ月とのことであった。
サッポロビール千葉工場には優秀な人材が居られることにHO氏も私も感心したのであった。

   

2018年6月27日 (水)

船橋/ SHIRASE 5002 & 新・黒ラベル コラボレーションツアー (SHIRASE5002船内見学)

1img_1163 SHIRASE 5002

先日、HO氏のアレンジで「第3代南極観測船しらせ」(現SHIRASE 5002)を見学する機会を得た。
この見学会は隣接するサッポロビール千葉工場とのコラボレーションツアーで、最初に「SHIRASE 5002」の見学から始まったのであった。

「SHIRASE 5002」はウェザーニュース社の創業者であられる石橋氏が引き取られた(現在は石橋氏が経営される企業が維持・管理する)船であり、「しらせ」から改名され一般公開が行われている。
維持管理費だけでも莫大な金額になることを考えると、石橋氏の財力をベースとした社会貢献に対する心意気には畏敬の念を禁じ得ない。

1img 白瀬中尉南極探検50年記念の切手

「第3代南極観測船しらせ」という船名については、日本の南極探検のパイオニアである白瀬中尉の名前が冠せられている。
白瀬中尉に関しては私達の世代では殆どの人が知っているのであるが、私も父方の祖母から良く話を聞いていたし、私が小学生の頃に愛読していた少年サンデーでも英雄として記事になっていた人であった。
また1960年は「白瀬中尉南極探検50年」を記念する記念切手が発行され、私もその一枚を持っているのである。

1img_1121 SHIRASE 5002

さて、「SHIRASE 5002」の見学であるが、全長134m、幅28mの大型艦で、艦内を移動するだけでも結構な距離であった。
また、見学のインストラクターは全て退役された自衛官の方々で、中には南極に数度行かれたという人も居られた。
なお、南極観測船の管轄・操艦は初代「そうや」は海上保安庁で、第2代の「ふじ」以降は海上自衛隊ということであった。

1img_1171 艦首

1img_1166 艦橋および艦中央部

1img_1165 上部構造には操艦室も設けられている

1img_1170 救命ボート、レーダードーム

1img_1084 ヘリコプター格納庫(3機搭載)

1img_1100 艦長の椅子

1img_1096 艦橋から見た艦首

1img_1101 操舵室のラッパ

1img_1081 南極の石

1img_1082 ペンギンの卵、など

昔、私が現役のサラリーマンであった頃のことである。
新橋の居酒屋でHO氏から紹介された「だん亭」という店があった。
この「だん亭」はいろいろな業界の人達が集う店であった。
ある日HO氏と飲んでいると、長いひげをしたかなり年配のおっちゃん達が居られ、漏れ聞こえてきた話ではこの人達は南極の越冬隊員さん達であるということであった。
そして、この人達からのお裾分けということで「南極の氷」をいただき、焼酎のオンザロックにしていただいた。
南極の氷には南極の空気が泡状に含まれていて、氷が融ける際にこの泡になっている空気が開放される時の音がピン・ピンと聞こえるのであった。

   

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2018年6月26日 (火)

船橋/ 中華料理 大輦 (ソースらーめんハムカツのせ)

1img_1058 中華料理 大輦

先日朋友のHO氏のアレンジで、「南極観測船 SHIRASE」とそこに隣接する「サッポロビール千葉工場」の見学に行った。
見学は午後からで、その前に佳い昼食をと千葉在住のHO氏に尋ねると、過日私が興味を持っていると伝えていた船橋にある「大輦」に行こうということになった。

因みに「大輦」はダイレンと読む。
その『輦』とい文字は、「新漢和辞典」(大修館書店)を紐解くと
 ・てぐるま(人の引く車。天子の車。)
ということが記されている。
店名は輦の大きいものであるから、その意味するところは「大きな天子の車」と解することができ、高貴な名前の店である。

さて、JR船橋駅の改札口を出たところでHO氏と待ち合わせ、「中華料理 大輦」に向かった。

「中華料理 大輦」はテレビや雑誌で取り上げられることが多々ある店で、12時半過ぎという時間帯からして長蛇の列ができているものと覚悟していたが、豈図らんや、列は無いばかりかカウンター席は空いていたのであった。
しかしながら、私達は幸運であった訳で、着席して直ぐに空いていたカウンター席は埋め尽くされてしまったのであった。

1img_1046 お品書

カウンター席の奥から一番目にHO氏、二番目に私が座り、徐にお品書を取り上げた。
注文するのは当店のスぺシャリテである「ソースらーめん」と決めていたが、どういうヴァージョンがあるのかは把握しておらず、先ずはお品書に目を通したのであった。
その結果、「ソースらーめん」には5種類のヴァージョンがあることが分かったのであったが、それらの中から事前にその名を知っていてかつ赤星マークの付けられた「ソースらーめんハムカツのせ」をいただくことにしたのであった。

1img_1052 ソースらーめんハムカツのせ

HO氏とはサッカーワールドカップのコロンビア戦に於ける日本の勝利や大リーグでの日本人選手の話をしている内に、「ソースらーめんハムカツのせ」ができあがった。

1img_1055 具材は、豚肉ミンチ、キャベツ、モヤシ、刻み長ネギ、青海苔、紅生姜

先ず最初に感じたのが、湯気とともに立ち昇るウースターシャーソースの濃厚な香であった。
次いで丼の中に目を遣ると、麺の上には「豚肉ミンチ」、「キャベツ」、「モヤシ」、「刻み長ネギ」、「青海苔」、そして「紅生姜」が見えたのであった。
これは、豚肉がシート状ではなくてミンチであることを除けば、所謂「ソース焼きそば」の材料構成というものであった。

しからば、ということで、先ずは取り上げた蓮華で掬ったスープを啜った。
それはウースターシャーソースの味と香りを濃厚に纏ったもので、後を追いかけるかのように動物系スープの旨味が広がったのであった。

次いで持ち上げた麺を口に運び、更にキャベツやモヤシをいただくと、それは「ソース焼きそばを食べているところにサイドで出された中華スープを口腔内に流し込んだ」様な味を彷彿とさせるものがあった。

暫らく食べてから全体をマゼマゼして紅生姜も青海苔も均等分散させていただいた。
なかなか病みつきになりそうな味であった。

1img_1056 後からのお客がソースらーめんハムカツのせをサヴァサヴァと食べて席を立たれた直後

食べ終えて店の入口を見ると、後から来て私達より早く「ソースらーめんハムカツのせ」を食べ終えた人達の座っておられた席の向こうにベビーカ―が見えた。
「中華料理 大輦」という店は男の群れる中華料理屋というイメージでいたが、ベビー連れの若い女性もお客として訪れる店であったようである。

   

2018年6月25日 (月)

向島/ 向島百花園 (桔梗、芸妓さん達と半玉さん)

1img_0996 向島百花園

先日、YA氏と向島界隈を散策した。
最後の訪問先は「向島百花園」であった。
この日は「そば處 浅野屋」で巨大サイズの昼食を摂ったことから、パンパンになったポンポンを両手の掌でポンポンと叩きながらの入園となった。

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入園料を払い始めて財布を出して千円札を取り出したところで、私はつい先日に65歳になったことを思い出し、半額の料金で入園させていただいたのであった。
年齢を証明する運転免許証を出そうとすると、提示をは求められず生年月を口頭で伝えることだけでOKであった。
流石は人情の街、向島である。
それにしても、未だカテゴリーシルバーに属したということを自覚できてないことであった。

1img_0972 庭門

「庭門」と案内図に書かれている庭園への入口となっている棟門を潜ると、緑の木々や草花が茂る庭園となった。
庭園の案内にはニッコウキスゲが咲いているということであったが、見つけることはできなかった。

1img_0973 桔梗

暫らく歩いていると「桔梗」の花が丁度盛りに咲いている処にでた。
YA氏は韓国語にも詳しいようで、「桔梗はトラジである。」とのたまわれた。

一方、私は昔日のことを思い出していた。
それは私が大学1年生の冬のことであった。
生家でテレビを観終わってソファから立ち上がった瞬間であった。
背中に鋭い痛みが走って暫らくの間であったが動けなくなったのであった。
この時は背中の筋肉に何らかのトラブルが生じたのかと思い、暫らくおとなしくしていると次第に痛みは和らいだのであった。
しかしながら、痛みは完全に無くなることはなく、息をするのも苦しい感じが続いたので、まあ筋を違えたのであろうという程度に考え、翌日から京都に戻ったのであった。

翌日から学校には通っていたのであったが、少しの運動で息が切れるし、うどんを啜る力が衰えていていつものようにうどんを啜り上げることができないでいた。
週末になって再び生家に戻り、その足で病院に行くと即刻レントゲン撮影受け、診断結果は「左の肺の自然気胸である」というものであった。
そして、1か月の安静を申し渡されたのであった。
その翌年にも再び「自然気胸」を患い、難渋したのであった。

その頃、祖父は俳句を、祖母は詩吟を、母は華道を嗜んでいて皆が雅号を持っていた。
また、私は「狐狸庵」先生に心酔していて、雅号を持つことに興味があった。
そういうこともあって安静期間中は退屈がそうさせたのであろうか、自分の雅号を考え始め、正岡子規に影響を受けた訳でもないが「桔梗」を我が雅号とすることを思い立ったのであった。

私は桔梗を見るといつもそのことを思い出すのである。

1img_0986 池に映える緑木と空木(スカイツリー)

1img_0985 蓮の花

さて、園内の逍遥を続けていると様々な佳景に出会うことができた。
特に池の面には木々とともにスカイツリーが映えていたし、蓮の花も清楚な姿を見せていた。

1img_0980 

更に園内を歩くと、華やかな女性達の姿が目に飛び込んできた。
一人は洋装で三人は和装の女性、また一人は初々しい姿の半玉さんであった。
どの女性も姿勢が良く、また服の着こなしも艶やかであった。
向島百花園というロケーションから察して、半玉さんや共に歩いておられたのは向島の芸妓さんたちだったと推察した次第であったが・・・。

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1img_0993 あづまや

あづまやではトーキョーサイダー(復刻版)や昔懐かしい瓶入りのコカコーラなどが販売されていた。
残念ながら、YA氏も私も昼食によってお腹がパンパンであったことから次回に機会があればいただくこととして、前を通り過ぎたのであった。

   

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2018年6月24日 (日)

向島/ そば處 浅野屋 (いか丼:浅野屋特製)

1img_0970 そば處 浅野屋

先日、YA氏と向島界隈を散策したが、存外に食べ物屋が少なかった。
もっともそれは私達が地理に疎いということが主たる理由であろうと思料するところであるが、商店街や大きな道路が縦横に延びている割にはやはり飲食店の数は少ない様に思えた。

この日は、鳩の街商店街付近に至った時に丁度昼食時を迎えた。
気分的なことから蕎麦屋のカツ丼的な料理を食べることができそうな店を探したが、なかなか見つけることができないでいた。
そして、地蔵坂商店街を抜けたところに一本太い道があって、その道に沿って歩いていると計ったかのように蕎麦屋の看板が目に入ったのであった。
このチャンスを逃してはもう蕎麦屋は見つからないであろうということで、この蕎麦屋にまっしぐらに歩み寄ったのであった。

店の前に至ると店名は「そば處 浅野屋」であるということが分かり、引戸を開けて店内に歩を進めたのであった。
なお、余談ではあるが、この引戸は開ける時は特にどうのということはないが、閉じる時に最後に戸が勢いよく動くのでバタンという音とパチンという音が混ざったような音が大きく響くのであった。
それは多くのお客が出入りする毎に繰り返されたので、私達だけが音を立てるような閉じ方をしたわけではなかった。

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店内は満員で少し待ったが、漸く奥から2番目のテーブル席に着いて、さあ~てとお品書を見た。
YA氏は入店して直ぐ壁に貼ってあったお品書の中から一際目立った「浅野屋特製 冷し肉汁つけそば」を注文された。
まさに即断即決であった。

私は当初の心づもりのように何か丼物にしようとお品書に目を通していると、「いか丼」(浅野屋特製)という料理が私の視線を釘づけにしてしまった。
これに決めたと思いつつ、念のための女将さんに内容を尋ねると「イカを小さく切ったもののかき揚げ」のようなものであるということであった。
ということで、迷わず躊躇わず「いか丼」を注文したのであった。
また、YA氏の同意を得て、渇いた喉を潤すべく一本の瓶ビールを注文したのであった。

なお、この時余程喉が渇き、かつ疲れていたのであろうか、こともあろうにビールの写真を撮ることを失念してしまっていた。(ということで、瓶ビールの写真はありません。)

1img_0959 壁の萼

1img_0960 浅野屋特製 冷し肉汁つけそば

瓶ビールを、プッハ~~~ァ、と飲んでいると、まずYA氏の「浅野屋特製 冷し肉汁つけそば」が運ばれてきた。
写真では分かりにくいが、蕎麦も漬け汁もてんこ盛りである。
YA氏に写真の撮影を所望すると、お盆のままこちら側に押しやられ、間近に撮影させていただいた。

1img_0963 そばは更科系

蕎麦は更科系の色白のものであったが、その盛られ方たるやエヴェレストまではいかないにしてもマナスルクラスはあるというもので、私が知っている蕎麦屋の平均量の3倍はあるというものであった。
蕎麦が延びるといけないのでYA氏には先に食べ始めていただいた。
YA氏によると、漬け汁には豚肉と長ネギがこれでもか~というくらい入っていて、それぞれの味も良いが、おつゆ自体も豚肉と長ネギのエキスが出た胡麻の風味が程良くて、大層美味であるとのことであった。

しかし、好事魔多し、である。
如何に美味であっても、量が「半端ない!」のであった。
YA氏は漬け汁の豚肉と長ネギは完食されたものの蕎麦を3分の1程残されたのであった。
私達の世代は、食べ物を残すことに甚く罪悪感を抱く世代である。
蕎麦を残すことになったYA氏の苦渋の決断には同情を禁じ得ないのであった。
そういえば、店に入って直ぐのタイミングで先客の体格の大きな男性が蕎麦を残して席を立ったのを目撃し、情けないやっちゃ、と思ったのであったが、実情はとてつもなく大盛であったということが原因であるということが分かったのであった。

1img_0964 いか丼

一方、私の「いか丼」であるが、これまた巨大かき揚げがドッカ~~ンと載せられたものであった。
加えて、味噌汁も普通の2倍、沢庵はブツ切りが2枚、というものであった。

1img_0966 イカのかき揚げが巨大

イカのかき揚げは大人の拳骨の2倍ほどの体積があり、その上にピーマンの天ぷらが載せられていた。

このイカのかき揚げには5mm角に刻まれたイカの身が沢山散りばめられていて、イカの混ざった天ぷらが多孔質に揚げられていた。
口当たりはサクリからザクリの間のクリスピーなもので、もしも玉子で綴じていたら佳い出汁を吸ってたまらぬ味わいになったでろうことは想像に難くないことであった。

なお、「いか丼」は完食したのであったが、味噌汁は8割ほど、沢庵とキャベツのサラダには全く手を付けることは叶わなかったのであった。

支払いを済ませて店を出たが、引戸が閉じる時にバタンという音とパチンという音が混ざったような音が大きく響いたのであった。

   

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2018年6月23日 (土)

向島/ 長命寺桜もち 山本 (長命寺桜もち)

1img_0930 長命寺桜もち 山本

「長命寺桜もち 山本」は、享保2年(1717年)の創業で、昨年が創業300年という老舗である。
商うのは「長命寺桜もち」と名付けられた桜餅のみである。
「長命寺桜もち」の名は広く日の本の津々浦々まで知れ渡っていて、店は連日多くのお客で賑わっていると聞いていた。
先日、YA氏と向島界隈を散策した際に立ち寄ったのであったが、店内に入ると全ての席は先客で占められていた。

長命寺桜もち店内の様子縁台風 店内(出典:長命寺桜もちHP)

店のお姉さんに店内でいただきたい旨を伝えると、それを聞いておられた先客で食べ終えらてたご婦人方が席を立ってくださった。
流石は向島、訪れる人も人情が豊かなのであった。

1img_0914 長命寺桜もちと煎茶

緋毛氈の敷かれた床几に座ると、程なく煎茶とともに「長命寺桜もち」が供された。
先ずは添えられた「お手拭き」で指を清め、次いで煎茶をズズ~ゥと一啜りしてから「長命寺桜もち」を取り上げた。

1img_0915 長命寺桜もち

私達のいただいた「長命寺桜もち」には桜の葉が3枚巻かれていて、たいそう贅沢な設えであることが見てとれたのであった。

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桜の葉を静々と剥がすと、白くたおやかな餅が折り畳まれた中に餡が包まれた桜餅が現れた。
餡を包む餅はちょっとドライなしっとり感のあるもので、口に含むとモチモチ感とともに少しのほぐれ感が感じられた。
後でHPを見ると『小麦粉を水で溶いただけのものを薄く延ばし、熟練の手で一枚一枚手焼きした』ものということであり、あの食感はここにあったのであると納得したのであった。

1img_0923 漉し餡

なお、私は桜餅をいただく時は桜の葉を全て取ってしまうのであったが、食通のYA氏は口腔内の香も楽しむべく桜の葉を1枚置いて食べられたのであった。

1img_0928 近くにはスカイツリー

店を出て振り返ると、右手にスカイツリーが見えた。
向島の街は何処にいてもスカイツリーが見えるのであった。

   

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2018年6月22日 (金)

向島/ 埼玉屋小梅 (小梅団子)

1img_0903 埼玉屋小梅

「埼玉屋小梅」は明治30年(1897年)創業の和菓子の名店で、その名は向島に限らず広く知られている。
屋号の埼玉屋は初代のご出身が埼玉であったことから付けられ、小梅というのはかつて向島が小梅町と呼ばれていたことに由来するとのことである。
先日はYA氏とともに向島界隈を散策したのであったが、その際に立ち寄ったのが「埼玉屋小梅」であった。

1img_0886 店内(部分)

店内に歩を進めると、ショウケースの向こうに大女将さんと若女将さん(と思う)がにこやかに迎えてくださった。
入口から左にテーブルが並べられたエリアがあり、ここで当店の和菓子をいただける様子であったがこの日は販売のみであるとのことであった。
非常に残念な気分になったのであったが、イメージしている向島の人の様に気風の良い大女将さんがショウケースの前にある床几で食べていけばいかがということを仰ってくださったので、お言葉に甘えて当店のスぺシャリテの一つである「小梅団子」をいただくことにした。
YA氏は生まれも育ちも良いご家庭の人であるからこのように店先での飲食に躊躇があったかも知れないが、この流れにのっていただけた。

1img_0893 

支払いを終えると、若女将さんが奥からお盆、小皿、更には麦茶まで用意してくださった。
この若女将さんは心遣いが細やかな人で、言葉遣いから立ち居振る舞いまでが優しい人であった。

1img_0895 小梅団子

「小梅団子」は求肥で餡を包んだ上に「ごま」、「きな粉」、「青海苔」が満遍なく均一に塗してあり、丁寧な仕事が施されているものであった。
なお、餡は「ごま」と「青海苔」には漉し餡が、「きな粉」には梅餡が使われていて、いずれも落頬・落涙の逸品であった。

食べ終わってお盆を返し、心からお礼を申し上げて店を出たのであったが、「桜橋まんじゅう」もいただいておけば良かったと思った次第であった。
捲土重来を誓うところである。

   

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2018年6月21日 (木)

向島/ 墨東散策

1img_0817 両国駅

一昨日は久しぶりに天気が好かったことからYA氏とJR両国駅で待ち合わせ、ここから隅田川沿いに歩いて「向島百花園」を目指した。

1img_0821_2 国技館

JR両国駅を出て直ぐの処に「国技館」があり、併設されている「相撲博物館」に立ち寄った。
「相撲博物館」は無料で開放されていて、高校の修学旅行生と思しき学生さん達に混ざって展示を見た。

1img_0836 旧安田庭園(刀剣博物館の屋上から撮影)

国技館を出て隅田川の堤に出ようとしたが、横断歩道の向こうに「旧安田庭園」があったので、暫し庭園を散策することにした。
この庭園は綺麗に管理されているが、入園は無料となっていた。

1img_0829 旧安田庭園の池には鴨の親子

庭園をゆるりと歩いていると池の岩陰から子鴨が現れ、次いで親鴨が子鴨を守るようにその傍に近付いてきた。
やはり親は子供を守るべく心を使っているのであった。

1img_0838 刀剣博物館

「旧安田庭園」を出るとそこには見慣れない建物があるのに気付き、近寄ってみるとそれは「刀剣博物館」であった。
館内は1階の展示と屋上は無料であるとのことであったので、1階の展示を拝見してから屋上に上がった。
そこからは「旧安田庭園」が一望でき、更にその向こうに「国技館」と「江戸東京博物館」の建物を見ることができた。
「刀剣博物館」を出て、隅田川の東堤を歩いた。
昼前の時間帯は東堤は首都高速道路による日陰となっていて、合わせて川面を渡って来る風も緩やかに流れ、漫ろ歩くのに心地よい環境となっていた。

1img_0843 厩橋の南側に屋形船が舫ってあった

1img_0848 駒形橋は修復中?

1img_0861 墨田区役所の前に勝海舟像、指さす先には何があるのか

蔵前橋、厩橋、駒形橋、そして吾妻橋を通り過ぎると墨田区役所の前に勝海舟の像が南の方角を指差して立っていた。
勝海舟は1823年の生まれだそうで、後5年で生誕200年である。

1img_0876 牛島神社

1img_0873 牛島神社の参道からスカイツリーが見える

墨田区役所の前の橋を渡ると、そこは向島である。
公園の緑を通り抜けて「牛島神社」に至ったところで、先ずは参拝した。
境内は静かで、参道からは屹立するスカイツリーが見えた。

1img_0900 埼玉屋小梅、店の向こうにスカイツリー

「牛島神社」を出て、直ぐ傍にある和菓子の名店「埼玉屋小梅」で銘菓「小梅団子」をいただいた。
実に美味しい団子であった。

1img_0909 三囲神社

再び隅田川の東堤を進み、「三囲神社」の前を過ぎて、桜餅で超有名な「長命寺桜もち」を目指した。

1img_0931 長命寺さくら餅

「長命寺桜もち」の暖簾を潜り、緋毛氈の上で「長命寺桜もち」をいただいた。
これまた絶品の桜餅であった。

1img_0935 長命寺本堂の扁額

「長命寺さくら餅」をいただいた後、その名前の由来となった「長命寺」に向かった。
が、しかしである。
表通りの門は幼稚園の門になっていて、それが閉じられていることから本堂は見えているものの近寄ることはできない。
電柱の案内を見ると「長命寺さくら餅」の店舗側から入ることができるようであったので、YA氏の判断宜しく後を付いて行くと、ようやく本堂に辿り着くことができたのであった。

1img_0937 

「長命寺」から出て、定休日であることは分かっていたものの有名な「言問団子」の店を見に行くと、その手前に「墨田公園少年野球場」の門があり、横の三角形の説明板には世界のホームラン王である王貞治氏もここでプレーされた旨が記されていた。

1img_0939 言問団子は定休日

1img_0943 鳩の街商店街

読書家であるYA氏は、界隈に幸田露伴の住居跡がある、とのことを思い出されたことから、そこに向かうことにした。

暫らく歩いていくと「鳩の街」と電柱の看板に書かれた商店街に至った。
正午の頃の商店街は、行き交う人が殆どなく、ひっそりとしたちょっとけだるい雰囲気を醸し出した佇まいであった。

なお、「鳩の街商店街」のHPを見ると以下の様な記述があった。

◇鳩の街通り商店街とは…
鳩の街通り商店街は、昭和3年に設立された寺島商栄会から続く、90年近くの歴史を持つ古い商店街です。東京大空襲をまぬがれたために、通りの道幅は戦前のまま。昭和初期からのレトロな商店と新しいショップがある個性的な商店街です。

1img_0949 幸田露伴の住居跡

漸く見付けた「幸田露伴の住居跡」はYA氏が想像されていたような建物が残されていたのではなくて、小さな公園となっていた。
YA氏はいささか落胆されたようであったが・・・。

1img_0950 地蔵坂通り商店街

幸田露伴の住居跡付近で、そろそろ昼食を摂りましょうという頃合いになったが、なかなか食べ物屋が見つからず、「地蔵坂通り商店街」を抜けた先にある大通りで何処か佳い店を探すこととなった。

1img_0971 そば處 浅野屋

暫らく歩くと「そば處 浅野屋」という看板が目に入り、もう迷うことなくここに入ることとした。
なかなか美味な店であったが、量がとてつもなく多いのであった。

パンパンに膨れたお腹をポンポンたたきながら、最終目的地である「向島百花園」に向かった。

1img_0998 向島百花園

「向島百花園」ではシルバー料金で入園した。
草花を愛でていると、芸子さんやお姉さん達が徐に現れた。
草花に加えて芸子さん達の艶やかな姿をも愛でたのであった。

1img_1002 志゛満ん草餅

帰途は浅草にでることにして、「志゛満ん草餅」の前を通り、桜橋を渡って隅田川西堤沿いに浅草に出た。
久しぶりに佳い散策であった。

1img_1005 桜橋

1img_1017 隅田川西堤からのスカイツリー

1img_1024 浅草のモニュメント

なお、この日は結構な距離を歩いたように感じていたが、帰宅して歩数計を見ると17,000歩程度であった。

   

2018年6月20日 (水)

新宿/ [ふぐ割烹] Cadet 山田屋 (お昼の定食:鹿児島県産黒豚の角煮)

1img_0623_2 [ふぐ割烹] Cadet 山田屋

先日、所用があって新宿に出掛けた。
その際にYH氏に昼ご飯でもいかがでしょうかと連絡をしたらタイミング宜しく氏も新宿方面へ出掛けられるとのことで、昼食を共にした。

向かう先は特に当てがある訳ではなく、新宿3丁目方面に向かって歩いていると何となくソソラレル空気が流れている店があったので思わず知らずの内に店の前に立っていた。
店頭に置かれたお品書を見ると、随分リーズナブルな価格で料理がいただけるようであったので、早速に入店することにした。
なお、店頭のお品書を見た段階でYH氏も私も「お昼の定食:鹿児島県産黒豚の角煮」をいただくことに心を決めたのであったが、こういうことは極めて珍しいことであった。

1img_0624_2 Cadet

なお、当店は店名に「Cadet」という言葉を付けておられる。
Cadetといえば、私の知る限りでは「士官候補生」という意味であったが、辞書を紐解くと「弟」という意味もあるようであった。
ひょっとして、当店の店主殿は山田屋という店の御曹司で、長兄殿が店を継がれたことから独立してこの名前を付けられたのであろうか・・・。
なお、支払いの時に店主殿に尋ねると、開業されて既に30年は経っている、という意味のことを仰っておられた。
30年、といえば栄枯盛衰の激しい新宿では老舗である。

さて、引戸を開けて店内に入ると、地下の部屋に案内された。
地下の部屋は喫煙が可能になっているとのことであったが、まあ大丈夫であろうと思って階段を降り始めるとお香の香りがしていた。

地下の部屋にはテーブルが大小6卓程あり、私達はその内の空いていた6人掛けのテーブルに着いたのであった。

1img_0613_2 サッポロビール

最近の事ではあるが、YH氏とは昼酒をいただくことが多く、この日は瓶ビールを一本シェアさせていただいた。

1img_0617_2 お昼の定食:鹿児島県産黒豚の角煮

瓶ビールを飲みつつ談笑していると、「お昼の定食:鹿児島県産黒豚の角煮」が供された。
一瞥すると、その設えは価格から想像していた以上のものであった。。

1img_0616_2 鹿児島県産黒豚の角煮

先ずメインである「鹿児島県産黒豚の角煮」をいただくと、それは煮崩れの寸前まで柔らかく煮込まれた豚肉に雑味の無い上品なタレが絡んだ味わいのある料理であった。
肉の旨味を抽出したタレが絶妙で、タレの旨味とお米の甘味が好相性であった。
また非常に柔らかい肉とお米の歯応えのハーモニーが宜しく、味と口当たりが二重に佳い料理であった。
願わくば肉が更に2枚あればと思うところであって、その2枚を肴に熱燗をいただいたところであったが・・・。

1img_0620_2 お替りのご飯はお櫃から

なお、ご飯のお替りはお櫃から自分でよそおうのであるが、これなら遠慮なく自分の必要とする量だけいただけるので、気楽なことである。

1img_0621_2 食後のコーヒー

最後に食後の飲み物の中からコーヒーをいただいたが、私的には一杯の緑茶があればそれで十分であった。

1img_0622_2 階段脇でお香が焚かれている

   

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2018年6月19日 (火)

武蔵境/ 上海楼 刀削麺館 (牛肉刀削麺)

1img_0745 上海楼 刀削麺館

16日の土曜日は武蔵境まで歩いた。
野川の淵伝いに歩いたものであるから歩数は1万5千歩程になっており、結構疲れたのであった。
歩き始めた頃は新小金井駅の直ぐ傍にある「ウェスト」でカレーを食べようかなどと考えていたが、歩いたルートが結果的には新小金井駅を通っていなかったことから武蔵境駅付近で昼食を摂ることにした。
向かった先は「武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館」に行く前に見付けていた「上海楼 刀削麺館」であった。
この店は、以前に武蔵境に訪れた時にも気になった店であったが、今回初めて入店となった次第であった。

カウンター席がほぼ横一直線に並ぶ店内に入ってストゥールの腰かけると、二人いたおっちゃん達は中国語で話をされていた。
また、店内に大きめの音量で流れる音楽はテレサ・テン女史が中国語で歌うお馴染みの曲であった。
更に、私の右隣も左隣もおっちゃん達と中国語で親しく話をされるお客達で、当店は中国語圏の人も贔屓にする店のようであった。

メニュを見ると、刀削麺が10種類もあり、餃子も3種類というラインアップであった。
メニュを見ながら1分程逡巡したが、中華麺の基本である牛肉の角煮を載せる「牛肉刀削麺」をいただくことにした。

1img_0739 牛肉刀削麺

注文を終えると太めのおっちゃんが沸々とお湯が沸く大鍋に向かって麺生地の塊から削刀で麺を削り飛ばし始めた。
お~、正に刀削麺じゃ~ァ、というものであった。
茹であがった麺はスープと具材が合わせられた後、私の前に置かれた。

1img_0737 牛肉がゴロゴロ、何故か野菜はキャベツ

先ず具材を見ると角煮の牛肉がゴロゴロ・ゴロンチョと載せられていた。
一方、野菜はキャベツであった。
何となくではあったが、慣れ親しんでいる中華麺の野菜としては馴染みが薄くその食感に少し慣れないものを感じた。

1img_0742 刀削麺

先ずスープをいただいた。
サラリとした味わいのスープで、くどさもしつこさもないものであった。
また、牛の角煮から滲み出るエキスには八角の香はなく、従ってスープにはその影響が出ていない淡白なものであった。
麺はモッチリとしているが適度に弾力があり、またその表面は滑らかで、箸にしっかり力を入れておかないと滑り落ちるという典型的な刀削麺の麺であった。
また言うまでもないことであるが、麺は刀削麺のあの形である。

牛の角煮は先述の通り八角の風味は感じられなかったが、良く煮込まれて味が染み込んだもので噛むと旨味がジュワリと出てくるのであった。
また、食感は若干歯応えは強めであるものの繊維方向にはほろりと解れるものであった。

1img_0741 自家製ラ―油

1img_0743 山椒

基本的な味わいは醤油系のものでどちらかというと淡白であるが、ここに自家製ラ―油と山椒を足すことで激的に味が変化するのが面白いところである。
なお、好みによるところであるが、私は山椒によって潜在していた旨味が一気に開花させられた味わいが秀逸であるように感じた。

量的には普通サイズの様に見えたのであったが存外に肉が多く、食べきると胃袋は満タンとなり、夕食は控え目で十分であった。
HO氏によると、ラーメンは自転車ライダーの完全食、ということである。
私は歩いただけであるが結構疲れたので、「牛肉刀削麺」をほぼ完食したのであったが、やはり自転車ライダーではなかったので、翌朝の体重は何時もよりも1kgも増えて80kg台になっていた。

   

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2018年6月18日 (月)

調布/ 多摩川 (鮎の遡上)

今朝7時58分に近畿地方で震度6を記録する地震がありました。
被害を受けられた皆さまには心からお見舞い申し上げます。
大阪在住の我が親戚や学生時代の友人とその家族には目立った被害はなくてすみました。
一方、東北の地震の時もそうでしたが、犠牲になられた方々に関する報道に接する毎に遣り場の無い憤りと悲しみを感じています。

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1img_0779 二ケ領上河原堰

5月の某日、稚鮎が多摩川を遡上しているという調布経済新聞ネット版の情報を得た。
そこで、早速「二ケ領上河原堰」に行き、設けられた「魚道」で稚鮎の遡上を観察した。
私にとって稚鮎が遡上するのを見るのは初めてのことであった。
小指の大きさにも満たない小さな稚鮎が力を振り絞って急流を昇って行く姿は言葉では表すことのできない美しさがあった。

1img_0783 二ケ領上河原堰(こちら側に魚道がある)

1img_0791 魚道(ハーフコーン型というそうである)

1dsc_2249 魚道を昇り始めた稚鮎

1dsc_2248 力強い稚鮎の動き

11dsc_2304 同上

1dsc_2304_2 体全部を激しく左右に動かして尾びれに力を集中して流れを昇る

1dsc_2088_2 運悪く押し流される稚鮎

11dsc_2264 同上

1dsc_2116_2 尾びれで跳ね上げられた水が美しい

1dsc_2250001 

1dsc_2251 

1dsc_2308 

1dsc_2136 

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1dsc_2097 

1dsc_2121 

1dsc_2117_2 ほぼ昇りきった稚鮎

1dsc_2240 水流の厚いところでは掻き上げられた水が盛り上がっている

1dsc_2241_2 ほぼ昇りきった二匹

1dsc_2230 

1dsc_2245 

   

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2018年6月17日 (日)

武蔵野市/ 武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館 (武蔵野のうどん)

1img 

昨日は散歩に出掛けた際に急に思い立って「武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館」で開催されている企画展「武蔵野のうどん」の展示を見に行った。

私は小金井に住むようになって22年ほどになるが、小金井も武蔵野エリアに含まれている。
そのことから「武蔵野うどん」には常日頃興味を持っているのであるが、「武蔵野うどん」に関する知識は皆無に等しい状態である。
そうした中、親交いただいているYA氏から教えていただいたのがこの「武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館」で開催されている「武蔵野のうどん」の展示であった。
YA氏は本に限らず多くの書籍や新聞・雑誌に親しんでおられていて、近くにいる私が知らない情報をも把握されているのであった。

1img_0001 

「武蔵野のうどん」の展示室では「武蔵野うどん」の定義や文化人類学的な解説がなされていて、更に展示品によって分かり易くするという工夫がなされていた。
また、「武蔵野のうどん」という冊子が置かれていて、「武蔵野のうどん」に関する内容がコンパクトに纏められていた。
その中で、
『武蔵野うどんとは武蔵野台地で育った国産小麦「農林61号」を原料とし、この小麦粉で作ったうどんは茹でると「淡い飴色」になる』
ということが記述されていた。
武蔵野うどんを食する度に何故その色が淡い小豆色なのか気になっていたが、その理由については推察の通りであったことが分かったものの、何故「農林61号」が定着したのかなど更に知りたいこともできたのであった。
今後も機会があれば「武蔵野うどん」に関する情報を集めていきたいと思うところである。

   

小金井/ 野川 (小金井市~武蔵野市)

1img_0703 野川@坂下橋

最近眠りが浅く、午前4時より早くに目が覚めることが多い。
11時頃に寝ているから5時間程は寝ているようであるが、どうも頭がぼ~~~っとして宜しくない。
そこで、多少は疲労すると好く眠れるのではなかろうかと思い、昨日は小雨模様であったが1万歩以上歩くことにした。

先ずは野川を経て貫井神社の詣で、次いで野川の淵を下流に向かって歩いた。

1img_0694 紅葉の葉の雨の雫

1img_0695 同上

貫井神社で神様に詣でてから、池に枝を張る紅葉の木の枝を見ると、雨に濡れた葉から雫が垂れていた。

1img_0699_2 猫じゃらし(エノコログサ)の穂に多数の水滴

再び野川に出て淵を歩くと、猫じゃらし(エノコログサ)が沢山生えていて、良く見ると穂には無数の水滴が弾かれるように付いていた。

1img_0702 フェンスの隙間から紫色の花

1img_0704 護岸壁の苔

1img_0708 武蔵野公園

1img_0712 西武多摩川線

野川の淵を東南に歩くと武蔵野公園に至り、そこから野川を離れて西武多摩川線に沿って北に向かった。
というのは、YA氏から教えていただいた「武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館」で「武蔵野のうどん」という企画展が行われているのを見に行くことにしたからであった。

1img_0718 日本獣医生命科学大学

1img_0717 馬ちゃん

1img_0716 厩舎

急に「武蔵野のうどん」という企画展を思い出したものであるから、ルートを確かめておらず武蔵境の駅の辺りまで少し往き過ぎてしまった。
そこで方向を修正して歩いていると、「日本獣医生命科学大学」の馬術部の厩舎の横を通った。
通勤をしている頃は中央線の窓から馬術部員が馬に乗っておられる姿を良く目にしたものであったが、それがここなのであった。

1img_0719 武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館

1img_0728 企画展「武蔵野のうどん」

1img_0729 第一展示室には第二次大戦時の米軍の1トン爆弾(模型)も展示してあった

武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館で企画展「武蔵野のうどん」を見た後、昼食を取りにJR武蔵境駅の方に向かった。

   

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2018年6月16日 (土)

電話回線/ ドコモ光

1img_0664 

先日、それまで使っていたNTT東日本の電話回線を「ドコモ光」に切り替えた。
当日は朝から工事車両2台と数人の工事会社の人が来られて、作業が行われた。
道には交通整理のおっちゃんまで動員されていた。
工事は滞りなく進み、我が家も光通信で電話やインターネットができるようになったのであった。

実は、もう10年近く前になるが、NTT東日本のフレッツ光に切り替えようとしたことがあった。
ただ、その時は工事に来た作業会社の不手際・不誠実、さらにはNTT東日本の社員のいい加減な対応が重なり、光回線への切り替えは取りやめとしたのであった。

それから10年近くの歳月が過ぎた。
そして、昨年NTT東日本から一通のダイレクトメールが届き、そこには3年ほどの内に現行のADSL通信を取り止めて光回線のみにするということが書かれていた。
NTT東日本のことであるから法律に抵触するようなことはしないのであろうけれども、一利用者としては何とも納得のいかないことであった。
さはさりながら、このままでは家の電話すら使えなくなってしまう。
ということで光回線に切り替えることにしたという次第であった。

昨今は通信事業の自由化ということで、NTT東日本だけに頼らなくても光回線に切り替えることはできる。
そこで少ししか調べなかったが、ドコモのスマホを使っていることを勘案すると「ドコモ光」が良さそうであった。
ただしドコモの大株主はNTTであるから、間接的には釈然としないものが残るのあったが、結局「ドコモ光」に切り替えたのであった。

現在、電話もインターネットも問題なく活用できている。
まあ、めでたしめでたし、である。

   

2018年6月15日 (金)

新宿/ Ch.Mouton Rothschild, Durian, Coconut

1img_0625_3 伊勢丹のショウウィンドウ

先日、所用があって新宿に出掛けた。
その際に伊勢丹の横を通ったのであったが、ショウウィンドウが幾つかあって、その一つにCh.Mouton Rothschildの1948年と2011年のボトルが置かれているのが目に入った。
Ch.Mouton Rothschildのエチケットはどれを見ても美しいものばかりである。
なお、このショウウィンドウはバカラのワイングラスが陳列されているものであったが、ここでの主役はCh.Mouton Rothschildであった。

1img_0627_3 JR新宿駅近くの青果店

JR新宿駅にほど近い青果店の店頭にはドリアンとヤシの実が並べられていた。
ドリアンはその個性的な香が有名であるが、店頭からは香ってこなかった。

一方、ヤシの実は緑のもので外殻は見るからに硬そうであった。
そういえば、未だ若かりし頃にインドに出張したことがあった。
ニューデリー、ムンバイ(当時はボンベイ)、そしてコルカタ(当時はカルカッタ)を2週間ほどかけて巡るという旅であった。

最後の訪問地のタタナガールからコルカタに戻るのに夜行列車に乗っていた。
往きはコンパートメントで楽であったが、帰りは一般車両であった。
一般車両にはココナッツジュースの車内販売があって、現地の商社のインド人社長がこれを薦めてくれた。
ところで、車内販売のココナッツジュースというのはお兄さんが腰に下げた袋に数個のココナッツの実を入れて通路を歩いて来るというもので、注文すると鉈をココナッツの実に数回振りおろして切れ目を入れ、そこにストローを刺して手渡してくれるのであった。
ココナッツの実はかなり大きいもので、ラグビーのボールくらいの大きさであった。

ストローでココナッツの実の中にあるジュースを吸うと、淡い甘さの生温かいジュースが口の中に入って来た。
冷蔵庫で冷やされたものではなく、甘さも淡いものであったから、味わうというよりも珍しい物を珍しい飲み方でいただいたというような感想しか湧いてこなかったことを記憶するところである。

なお、如実に記憶しているのは、飲んでいるストローがいやにデコボコしていたということである。
私が飲み終わった後、車内販売のお兄さんが戻ってきて、私が使っていたストローを腰の筒に差し入れたのであった。
ということは、このストローは多くの人によって使い回されていたということなのであった。
そして、何人かが噛んだ歯型がストローに付いて、デコボコになっていたのであった。
一瞬驚いたが、もう使ってしまった後だし、どうすることもできないのであった。

   

2018年6月14日 (木)

小金井/ 鶏の巨大カラアゲ

1img_8923 鶏のカラアゲ売場(イトーヨーカドー武蔵小金井店)

先日、歯科治療を受けた後、イトーヨーカドーに立ち寄った。
そこで私は見たのであった、巨大なる鶏のカラアゲの食品サンプルを!
それは大人の拳骨の数倍はあるという代物であった。
武蔵小金井駅前のイトーヨーカドーにかくも巨大な鶏のカラアゲの食品サンプルはあるのであるから、きっと他のイトーヨーカドーの店にもあるはずであると推察するところであるが・・・。

   

2018年6月13日 (水)

八重洲/ 季彩膳 酔心 (居酒屋)

1img_0561 季彩膳 酔心

先日、TI氏と八重洲地下街にある「玉乃光酒蔵」で一献傾けた後、逡巡することなくかつ極めて自然な流れで2軒目の店に向かった。
目指す先は歩いて1分もかからない処にある「季彩膳 酔心」という広島の有名酒蔵が経営する店であった。

1img_0533 生ビール

店内はかなり混んではいたが幸いなことに八人掛けの大テーブルを真中で仕切った窓側のゾーンに座ることができた。
TI氏は先ずは生ビールを、私は「特撰酔心」を「枡グラス」で注文した。
TI氏はどの店に入っても最初の1杯はビールということで、ぶれない飲み方であった。
因みに「枡グラス」というのは、酔心と書かれた枡に小ぶりのグラスが置かれていて、ここに清酒を一升瓶からドボドボドボと注ぎ入れ、グラスの上は表面張力で清酒の液面を盛り上げ、一方枡にはグラスからこぼれた酒をほぼ目いっぱい満たしてくれるという趣向のものであった。

1img_0530 特撰酔心(枡グラス)

1img_0531 表面張力で盛り上がる酒の面

先ずは「特撰酔心」の表面張力で盛り上がった処に尖らせた唇を当ててこぼれないように啜り込んでから、手元に引き寄せた。

1img_0535 お通し

お通しは里芋の煮物で、TI氏はなかなか美味であると言うておられたが、私は結局食べるチャンスを逃してしまい、店を出る時には手つかずのままであった。

1img_0537 ズッキーニの浅漬け

「ズッキーニの浅漬け」は店のおっちゃんのお薦めの一品である。
実は「ズッキーニの浅漬け」と聞いた時にはTI氏と顔を見合わせて、「そらアカンやろ~。」と目で会話したのであったが、余りにおっちゃんが薦めてくるので「しからば食べむ。」ということで注文したのであった。
そして瞳目したのであった、その美味なことに。
口当たりも味も茄子の浅漬けに似ているのであったが、茄子よりもサクリシャキリとした口当たりは斬新なもので、淡く爽やかな蘞味を帯びた旨味は特筆ものであった。
もし次回も当店を訪ねる機会があれば必ずや「ズッキーニの浅漬け」を所望することであろうと確信するところである。

1img_0544 出汁巻き

「出汁巻き」は玉子が増量剤で薄められておらず、しっかりした歯応えのものであった。
味わいも黄身と白身の旨味が活かされていて、酔心に合わせる肴として良い相性であった。

1img_0548 酔心 軟水の辛口

暫らくするとTI氏は生ビールを飲み干し、次の一杯に「酔心 軟水の辛口」を選ばれた。
これも「升グラス」での注文で、液面の表面張力と枡にこぼれおちた酒が良い風情であった。

1img_0550 三元豚のカツレツ

TI氏も清酒に切り替わったところで、TI氏が肉を食したいということであったので、壁に張られたお品書にあった「三元豚のカツレツ」を注文することにした。
が、しかし、である。
価格が表示されていない。
そこで、おっちゃんに尋ねるとおっちゃんも分からず、結局奥に確認してくれた。
そしておっちゃんが口にした価格は決して安いものではなかったが、そうは言ってもまあええか、という程度の価格であったので、これをいただくことにした。
待つこと暫し、供された「三元豚のカツレツ」は良い味わいであった。
なお、確認はしなかったが、TI氏はご飯もあれば食べたかったような様子に思えたが・・・。

1img_0553 

最後に「濃厚辛口 酔心米極」を注文し、ほぼ同量入っているグラスと枡をそれぞれでいただいた。

1img_0559 ミネラルウォーター

なお、酩酊のせいでTI氏のコメントを定かに記憶してはいないが、TI氏が宿泊したホテルで買ったミネラルウォーターが云々ということであったので、一枚撮影した次第であった。
本件、酔心とは全く関係がないことを申し添えて置く次第である。

   

2018年6月12日 (火)

八重洲/ 玉乃光酒蔵 八重洲地下街店 (居酒屋)

1img_0529 玉乃光酒蔵 八重洲地下街店

先週の火曜日のことであった。
久しぶりにTI氏からメールが送られてきた。
先ずは前日に迎えた65歳の誕生日を祝っていただく言葉が認めてあった。
次いで、東京に居るのであれば一献交わそう、と解釈できる言葉が書かれていた。
四十数年来の朋友の一人からの誘いは拒む理由は皆無であり、むしろ嬉しいことであった。

では、東京駅で待ち合わせをしようということにし、水曜日の夕方五時半に会うこととした。
当日は生憎の雨であったこととTI氏は予約しているホテルが大井町であるとのから、東京駅は八重洲にある地下街の店で飲むこととした。

1img_0525 

最初に向かったのは過日大阪に向かう途中で昼食を摂った「たい乃家」という広島の有名酒蔵である「酔心」が経営する店であった。
しかしながら、「たい乃家」の前にまで来たところで、隣に杉玉の掛けられた店が目に入り、急遽こちらに入ることとした。
店の名は「玉乃光酒蔵」というもので、京都の伏見の酒蔵が経営する店であった。
なお、「たい乃家」をスル―して「玉乃光酒蔵」に変更したのは、この日の二軒目は同じく酔心が経営する「酔心」に向かうという腹積もりがあったからである。

1img_0507 生ビールとお通し

「玉乃光酒蔵」の中に歩を進めると、午後五時半を少し過ぎたばかりの店内は既に八割程が先客で占められていたが、幸いなことに4人掛けの広いテーブルに案内を受けたのであった。

席に着いて先ずは生ビールを注文した。
供された生ビールは中ジョッキかと思ったが、お品書を見ると小ジョッキであった。
小ジョッキにしてはかなり大きめである。
ただし、価格が490円であるから表現は小ジョッキでも中身は中ジョッキということで納得である。

1img_0508 お通し

お通しは烏賊のぬたにトビコが和えられたような感じの一品で、なかなか好い味であった。
TI氏も同様に感じられたようで、美味である、と感想を述べておられた。

料理については、先ずは「刺し身盛合」、「穴子の柳川」、「あら煮」を注文した。

1img_0513 刺し身盛合

真っ先に供された「刺し身盛合」は烏賊、鮪、間八(あるいはハマチ?)の三種類であった。
鮪からいただき始めたが、ふとTI氏が「カンパチガウスイ!」と呟いた。
ウスイ、とはこれ如何に?と思って良く見ると、名人芸的な薄切りであった。
良く切れる包丁と板前さんの技術のなせる技の結果であろう・・・。
肉厚が薄いことから、従って味も必然的に薄くなる。
TI氏の言う「ウスイ」とはどちらの意味であろうか・・・。
多分、両方のことであろう。

1img_0515 穴子の柳川

「刺し身の盛合」に遅れること3分ほどで「穴子の柳川」が供された。
「穴子の柳川」は正統派の一品で、酒の肴として満足のいくものであった。

1img_0516 

また、「穴子の柳川」とほぼ同時に供されたのが「あら煮」であった。
これは京風の薄味の一品であった。

1img_0520 玉乃光 純米吟醸 山田錦

なお、TI氏は何時ものように生ビールを更にもう一杯、私は清酒に切り替えることにして「玉乃光 純米吟醸 山田錦」を徳利でいただいた。
2杯目の生ビールを飲み干したTI氏は「玉乃光 純米吟醸 山田錦」に移った。

1img_0523 玉乃光 純米大吟醸 酒鵬

更に、清酒のお替りは「玉乃光 純米大吟醸 酒鵬」にした。

「玉乃光 純米吟醸 山田錦」と「玉乃光 純米大吟醸 酒鵬」を飲み比べていたTI氏はめったにないことであるが、相違が良く分からぬ、と呟いた。
私は多少の相違は感じていたが、TI氏の言うことも良く分かるのであった。
このことに関しては、山田錦を使った純米吟醸のクオリティがかなり高いものと解釈すると納得がいくようである。

   

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2018年6月11日 (月)

横浜中華街/ 同發新館売店 (薬膳紅棗茶、紅葉饅頭)

1img_0284 同發新館売店

先日、HO氏と横浜を訪ねた。
横浜港で「護衛艦 いづも」を見学し、中華街の「保昌」で昼食を摂った。

昼食後帰宅の途についたが、中華街駅に至るまでの道で中華系スウィーツの専門店が目に入った。
その店名は中華街では超大手である「同發」で、どうやらここはそのスウィーツ販売部門であるようであった。

先を歩くHO氏にチョイと寄っていこうと声を掛け、店内に歩を進めた。

1img_0280 陳列ケース

早速陳列ケースに目を遣ると、多種多様な中華スウィーツが並べられていた。
それらの中から、HO氏は「鮮果西米露」を即決していた。
一方私であるが、「マンゴープリン」は絶対美味しいはずでこれにしたかったが、ここでしか食べることのできないものをということで「薬膳紅棗茶」に注目した。
店のお姉さんに尋ねると、香港では良くたべられるもの、ということであったので、最初に目が往った「薬膳紅棗茶」をいただくことにした。

1img_0273001 鮮果西米露(タピオカとフルーツ入りココナッツミルク)

HO氏の「鮮果西米露」は見た目も涼しげな色どりで、ココナッツミルクのトロリとした味わいが脳裏に浮かんだ。
なお、全くの余談ではあるが、私はココナッツミルクが入ったカレーのルーが好きである。
上手くは表現できないが、ココナッツミルクによってカレーのスパイスは活かされたままで味がクリーミーになるように感じるからである。
ただし、実経験的には一緒に食べた人の多くは好まれないことが多かったので、ココナッツクリームが使われているというカレーをお薦めすることには若干の躊躇が伴う、というか余りお薦めすることは無いのである。

1img_0272 薬膳紅棗茶(薬膳 ナツメと龍眼のスープデザート)

私の選んだ「薬膳紅棗茶」は、『薬膳 ナツメと龍眼のスープデザート』という説明がなされていた。
先述の通り、お店のお姉さんによると香港ではポピュラーなデザートであるようで、おつゆを一口含んでみると中華料理のデザートに共通する甘味のくどくないサッパリ系のフルーツスープであった。

1img_0277 薬膳紅棗茶のフルーツ

中に入っているフルーツに関しては浅学故に個々の名称を特定することはできないが、ライチはライチの味が濃厚であった。
棗やクコの実は柔らかく淡白な味わいであった。
なお、ユリ根の様な食感の実であるが、柔らかい実が主体となっている「薬膳紅棗茶」の中で唯一歯応えが楽しめるアクセント的な存在であった。

1img_0279 紅葉饅頭

さて、中華デザートを食べ終えたタイミングで、HO氏が山口・広島旅行の土産である「紅葉饅頭」を手渡してくれた。
しからば早速頂戴致し申す、と透明な包装フィルムを剥がしていただいた。
中華街でいただく紅葉饅頭は中華とは異なる『和』のテイストでできていて、強権的ではないが主張はハッキリしているというその手弱女的な味わいに口福を感じたのであった。

1img_0278 大理石(?)の壁

1img_0274 天井には華風のシャンデリア

1img_0286 

   

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2018年6月10日 (日)

横浜中華街/ 保昌 (飲茶セット)

1img_0270 保昌

先日、HO氏と横浜港で「護衛艦 いづも」を見学した後、中華街に向かった。
元気であれば氷川丸付近から「護衛艦 いづも」の全景を撮影したいところであったが、炎天下を並んだこともあって疲労が進み、思考能力が低下していた上に喉の渇きが強まっていて、直ぐに中華街で昼食を摂ることとあいなったのであった。

1img_0254 中華街

徒歩で中華街に至ったら、そこは多くの人で賑わっており、有名店の前には行列がいくつも出来上がっていた。
HO氏のサジェッションもあって横道にある美味そうな店を探したがなかなかこれはという店を見付けることができずにいた。
もうどこでも良いかなとなって小路を抜けた処に一時専門誌などで取り上げられていた「保昌」という店が現れた。

そして、呼び込みのお姉さんに一声かけて店内に歩を進めた。

1img_0257 サントリービール

入口に近い側のテーブルに着座し、まずは瓶ビールを一本注文した。
店のお兄さんも心得たもので、ビールが時間をおかずに供された。
ビールをお互いのグラスに注ぎ、グラスを軽く合わせた後一気に飲み干した。
HO氏も言っていたが、実に美味いビールであった。

なお、ふと気付いたのであったが、中国でも横浜の中華街でもサントリービールがメジャーなようであって、当店でも銘柄を尋ねられることなくサントリービールが供されたのであった。

1img_0259 ハルマキと揚げニラ餃子(二人分)

料理は、店頭に看板があってHO氏がそれに気付いていた「飲茶セット」をいただくことにした。
「飲茶セット」とは、7種類の料理とデザートで構成されるもので、ここでは供された順序で写真を掲載した。

まず最初に「ハルマキ」と「揚げニラ餃子」が供された。
どちらもカラリと揚げられていて、その歯応えが軽快であり、また中の餡も本場中国の味のようで(って本当は良くは知らない)、ビールにも好い相性であった。

1img_0261 青梗菜の炒め物(二人分)

次に供されたのは「青梗菜の炒め物」であった。
この「青梗菜の炒め物」はまさに典型的な青梗菜の炒め物の味わいであり、青梗菜料理の基盤に載った味であった。

1img_0263 上海焼そば(一人分づつ供された)

「青梗菜の炒め物」の次に供されたのが「上海焼そば」であった。
この時点で、これって最後の料理ではないかいな、と朧気ながら思ったのであったが何せ空腹と暑さのせいで思考回路が麻痺していたのであろう、料理の順番は気にせずにたいそう美味しく食べ進んだのであった。
なお、この「上海焼そば」は上海に行った時に食べたのと同じ味であったように思った。

1img_0266 翡翠蒸し餃子、海老蒸し餃子、焼売(各一人分)

焼そばを食している最中に金属製の蒸籠に入れられた「翡翠蒸し餃子」、「海老蒸し餃子」、「焼売」が供された。
蒸し餃子は当店のお薦めのようであり、味わいのある餃子であった。
ただし、望むらくは各2個づつ欲しいところであり、かつ最初の方で出して欲しいというものであった。

とはいえ、料理全てとビール2本を美味しくいただいて、杏仁豆腐となった。

1img_0268 杏仁豆腐

   

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2018年6月 9日 (土)

横浜/ Au jardin de Perry (紅茶、チキンバルケット)

1img_0143 Au jardin de Perry

「Au jardin de Perry」は横浜開港資料館にある喫茶室である。
横浜開港資料館は元英国総領事館であった建物(1931~1972年)を利用して1981年に開館されたものとのことである。(出典:エントランスゲートのプレート)

先日、HO氏と横浜港に「護衛艦 いづも」を見に行ったが、その際に待ち合わせの刻限よりも30分ほど早く着いたことから、横浜開港資料館に立ち寄ったのであった。

すると、館内の案内標示を見ると喫茶室があるというので、早速立ち寄ることにしたのであった。
というのは、この日は運悪くJR中央線でもまた東急東横線でも座ることができず、「護衛艦 いづも」の前に足を休めておきたかったからであった。

1img_0140 

横浜開港資料館の建物を通り抜けると、そこにはパラソルのあるテーブルがあり、その向こう側の建物が喫茶室であった。

1img_0125 エントランスのキャシアで注文と支払いをする

喫茶室のエントランスを入るとチェックインデスクがあって、そこにパンを並べられた木のトレイが置いてあった。

1img_0138 BREMENのパン

店内奥に居られた女性に尋ねると、チェックインデスクで注文と支払いを済ませてから店内の席に着き、注文の品が運ばれるのを待つというシステムであった。

私はトレイに並べられたパンに甚く興味が惹かれ、「チキンバルケット」という名のパンをいただくことにし、併せて紅茶を注文した。
チェックインデスクの横には小さな黒板があり、そこには手書きの文字で「BREMENのパン」と書かれていた。
横浜の情報には疎いことから知らなかったが、ここのパンは有名らしいのであった。

1img_0127 店内(部分)

注文を済ませて大通りに面した窓を背にしてテーブルの一つに着いた。
店内には先客は居られず、静寂に包まれた室内に大きな窓から入る光がゆるりとしていて穏やかな気分に満たされたのであった。

1img_0130 紅茶とチキンバルケット

待つこと暫し、ガラスのポットに入れられた「紅茶」と「チキンバルケット」運ばれてきた。
「紅茶」は少し待って飲むようにとのことであったので、感覚的ではあったがもう良いかなと思ったところでガラスのカップに注ぎ入れた。

1img_0135 

浅学にして紅茶の銘柄に通暁するところではないが、いただいた紅茶は色も香も味も良いものであった。

「チキンバルケット」はオーブンで暖めなおしてくださったようで、最初に口に運んだ時のホワリとした温かさが優しいものであった。
パンはクロワッサンと同様のデニッシュ生地でできていたようで表面のサクリ感は良い感じの歯触りであり、咀嚼した時の舌に伝わる脆性感の広がりも心地よかった。
また、カットされたデニッシュの中には、ラタトゥイユにコショウを効かせたような、はたまた濃いデミグラスソースにトマトを入れたような、そのような感じのソースに小さくカットされたチキンが入っていて、デニッシュと好い相性であった。
なお、このソースはトーストやバターライスと合うようであるが、それを求めるのは無理というものであろう・・・。

   

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2018年6月 8日 (金)

横濱/ 護衛艦 いづも

1dsc_2640 護衛艦 いづも

先週の土曜日は横浜港の大桟橋に「護衛艦 いづも」を見に行った。
これに先立つ2日前にHO氏からメールが送られてきて、「護衛艦 いづも」が一般公開されることを知ったのであるが、HO氏の情報収集力には敬服するところである。
HO氏とは日本大通り駅に9時半に待ち合わせたが、30分ほど早く着いてしまったので、横濱開港資料館の喫茶室の前で落ち合い、「護衛艦 いづも」に向かった。
「護衛艦 いづも」が係留されている大桟橋に至ると既に長蛇の列ができあがっていた。

1dsc_2643 右舷艦首から艦橋

列は折り返して3列になっており、列が徐々に進むにつれて巨大な艦体が近付き、少しづつ艦首や艦橋を見上げる角度が大きくなっていった。

1img_0198 右舷舷側に設けられたタラップから乗艦

9時半に列の後方に並び、漸く右舷舷側に設けられたタラップから乗艦できたのは10時半を少し過ぎた頃であった。

1dsc_2723 見学者は挙手の礼で迎え入れられる

タラップの前後には自衛艦の方々が居られ、挙手の礼をもって迎え入れてくださった。
一般人が挙手の礼を受けた場合、どのように返せば良いのかは分からなかったので、私達は会釈をすることで対応させていただいた次第であった。

1dsc_2677 格納庫(中央から艦尾、奥にはSH-60Kヘリコプター)

艦内に入って最初のエリアが格納庫であった。
艦首から艦尾まで一つの空間となっており、一般のフェリーに比べて数段大きいと旅行でフェリーを詳しく知っているHO氏が言っていた。

1img_0201 格納庫(中央から艦首)、右手上部にコントロールルーム

格納庫に入って艦首側に進むと、そこでは飛行甲板に上がるエレベータを待つ人で溢れていた。
このエレベータは一回で百人以上は移送できそうであったが、バッチワイズで移送するため列の進み具合は脈動となっているのであった。

1dsc_2679 エレベータのコントロールルーム

エレベータのコントロールルームは格納庫の右舷側上部に設置されていた。

1dsc_2680 女性自衛官が指揮命令

私達がエレベータに載せていただくタイミングでは女性自衛官が指揮命令に携わっておられ、その声が艦内のスピーカーを通して明確に伝わっていた。

1img_0203 エレベータが上昇中

私達も程なくエレベータに乗ることができた。
エレベータには結構大人数が乗ることができ、安全が確認された後徐に上昇を始めた。

1img_0205 エレベータに乗って上昇

1img_0206 同上

1img_0207 同上

1img_0208 もうすぐ飛行甲板

エレベータが上昇するにつれて、艦橋だけが見えていた景色に人の姿が頭、次いで胴と見えるようになっていった。

1img_0239 エレベータは下がっている状態

エレベータが飛行甲板と同じレベルになったところでエレベータのゾーンから出た。

1img_0210 飛行甲板(長さ約250m、幅約40m))には多くの人

飛行甲板は随分と広いのであったが、そこには多くの人が居て全体を見渡すことは無理なことであった。

1img_0233 艦橋(全体)

1dsc_2695 艦橋前部(多数の窓があるのは操舵室)

1dsc_2701001 同上

1dsc_2707 同上

1img_0237 艦橋後部

1dsc_2709 艦橋後部(飛行管制室からは飛行甲板全体が視認できる)

人で覆われた飛行甲板を艦首から艦尾に向かってHO氏と歩いた。
そして、「護衛艦 いづも」は巨大な構造物なのであることを認識したのであった。
また、願わくば「護衛艦 いづも」に限らず自衛隊の人員・装備が無策の人達によって無為に使われないことを祈ったのであった。

   

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2018年6月 7日 (木)

堺/ ミ・エール (コーヒー)

1img_9266 堺市役所最上階21階は展望台

先日、堺市役所の近所にオフィスのある弁護士さんを訪ねた。
その際、約束の刻限までに時間の余裕があったことから市役所の21階にある展望台に行った。
この展望台に行くのは初めてのことであったが、この日は天気が好くて360度の眺望が素晴らしかった。

1img_9256 仁徳天皇陵、履中天皇陵

窓に向かうと南には仁徳天皇陵やり履中天皇陵、南西には臨海工業地帯、北には阿倍野ハルカス、北西には神戸方面、東には生駒山などが良く見えたのであった。

1img_9244 ミ・エール

この21階の展望フロアの北側にはカフェがあり、その名を「ミ・エール」というのであった。
展望フロアのカフェであるから『見える』をもじったものであろうか・・・。

一杯のコーヒーを所望し、阿倍野ハルカスを遠くに見ていると、コーヒーが運ばれてきた。

1img_9230 コーヒー

いただいたコーヒーは淹れたての香り高いもので、苦味が強めのものであった。
コーヒーを味わいながら弁護士さんに相談する内容について最後のチェックを行い、そして弁護士事務所に向かったのであった。

1img_9231 阿倍野ハルカス

   

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2018年6月 6日 (水)

天王寺/ スタンド 森田屋 (居酒屋)

1img_9325 スタンド 森田屋

天神橋筋商店街でHO氏と昼飲みで寿司とたこ焼を楽しんだ後、天王寺に移動した。
天王寺では何時も満員で入店が叶わないでいた居酒屋を目指したのであったが、天神様にお参りをした御利益であろうか、幸いなことに空き席があり、ついに入店とあいなったのであった。

1img_9319 

当店は1階はカウンター席が奥に向けて長く設えられた造りになっていて、比較的入口に近い辺りに座ることができた。
席に着いて早速飲み物を尋ねられ、HO氏も最初から熱燗でいく、ということであったので、熱燗を二合注文すると大関の一合瓶が2本でてきた。
まっいいか、とお互いの猪口に熱燗の大関を注ぎあい、乾杯を交わした。

料理に関しては、HO氏が「若竹煮」と「鯨ベーコン」を選んでくれた。

1img_9322 若竹煮

最初に供されたのは「若竹煮」で、その味付けがたこ焼を2時間ほど前に食べた舌にはサッパリしていて心地よかった。

1img_9321 鯨ベーコン

また、「鯨ベーコン」は加熱されていないものが供されたようであったが、シットリとした口当たりであり、塩分が控え目であったことから鯨の脂の甘さが混じられる一品であった。

1img_9323 カウンターの前には食材が所狭しと並べられている

ふとカウンター前の食材を見ると、ホワイトアスパラガスの束が置かれていた。
この時期、ヨーロッパでは旬の食材であるが、これが居酒屋に置いてるというのは珍しいことであろうか?と思い、食べ方を尋ねると「焼く」という返事が返ってきた。

1img_9324 ホワイトアスパラガス

そこで、このホワイトアスパラガスを所望すると、奥で焼いてマヨネーズが添えられた一皿が目の前に現れた。
軸の下の方は若干筋っぽかったが、淡い苦味が感じられると同時にほんのり甘いホワイトアスパラガスの味であった。

この日は昼前からHO氏と飲んだが、トータルの酒量は左程でもなかった。
にも係わらず、帰りの電車では眠りこけてしまい、3駅乗り過ごしてしまったのであった。

   

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2018年6月 5日 (火)

Nikon/ NIKKOR LENZ (AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR)

1img_0424 AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR

今日で65歳となった。
世間的にはシルバー扱いされる年齢である。
しかしながら、老いたという実感はさほどは無い。
確かに運動能力というか体の柔軟性や反射運動能力は以前に比べて低下しているが、日常生活で不自由をするということは稀なことである。
(ただし、肺動脈塞栓症を患った後のケアは慎重にしてはいるが。)

まあ、そうは言っても今日から65歳である。

思い返すに、今まで自分の誕生日だからといって、記念になる品々を購ったことは無い(ように思う)。
しかしながら、今回は新しいレンズを買った。
その動機は、これまで65年間まあまあ生きてくることができたという自分へのプレゼントという意識は全く無く、これからの人生をより楽しく過ごすため、という自己中心的なものであるように思っている。

本当のところは衝動買いであるが・・・。

1img_0421 AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR

1img_0426 D800に装着

   

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2018年6月 4日 (月)

天神橋/ うまい屋 (たこ焼)

1img_9314 うまい屋

天神橋筋商店街に数多あるたこ焼の中で「うまい屋」のたこ焼はHO氏のベストリコメンデーションである。

「奴寿し」で寿司と昼飲みを楽しんだ後、その斜め向かいにある「うまい屋」でたこ焼をいただくことにした。

1img_9312 

当店について若い女将さんに問うと、創業60年を越える、という。
競争が厳しく栄枯盛衰の絶えないたこ焼の分野で60年も続くというのは並大抵の努力だけでは容易に達成できるものではない。
当店では代替わりを経て、今は若い店主殿と若い女将さんで営まれていた。

1img_9313 

当店はHO氏の贔屓とする店であって、氏は当店のことについて詳しい。
そのHO氏が教えてくれたのが、焼き上がったたこ焼の保温システムである。
氏の教えに従って焼き台の手前を見ると、銅で造られた四角い加熱水槽とそこから湯が循環する保温台があり、そこには焼き上がったたこ焼が載せられているのであった。

焼き上がったたこ焼は一旦保温台に置かれることによって、人が口に運ぶのに程良い温度に仕上げられるということである。
そういえば、近年のたこ焼はフワフワの生地が熱々で、下手をすると舌を火傷する危険がある。
また、アチチの状態では折角のたこ焼が高温のために味がしないということもある。
現に私は北のクラブで出前で取ったたこ焼を口に放り込んで悶絶したことがあり、程良い温度ということの重要さは身を持って知っているのである。

1img_9310 店内はテーブルが5卓

1img_9308 お品書は潔い構成

焼き台の横を通って奥の飲食スペースに入ると、人気店であることから先客でいっぱいであったがかろうじて空いている1テーブルに着くことができたのであった。

1img_9304 キリンビール

着席して若い女将さんにたこ焼8個を二人前注文し、併せてビールもお願いした。

1img_9306 

ビールを飲みつつHO氏と歓談していると、皿に綺麗に並べられたたこ焼8個がテーブルに置かれた。

1img_9305 うまい屋のたこ焼

HO氏によると、当店のたこ焼はソースをつけなくても、そのままで美味であるという。
しかし、それを耳にするのが若干遅きに失し、私はソースを満遍なく塗ってしまっていたのであった。

そのソースを纏ったたこ焼を1個、口にした。
これはナント、私たちが幼い頃からいただいていた本物のたこ焼であった。
近年のフワフワたこ焼もそれはそれで良いのであるが、私的にはこのメリケン粉にたこやキャベツが散りばめられたものこそが「たこ焼」なのである。
そして、HO氏が語るように、当店のたこ焼は具材も生地も旨味が秀逸なのであった。
また、特筆すべきはたこの歯応えが硬過ぎず柔らか過ぎずという厳選されたたこの食感であったことである。
さらに、その温度の良さについては改めて語るまでもない。
「うまい屋」のたこ焼は、私たちにとっては正真正銘の本物のたこ焼なのであった。

1img_9309 ソース、刷毛は奴寿しのと同じメーカーか?

   

2018年6月 3日 (日)

天神橋/ 奴寿し (奴寿し名物コースおまかせ、ビール、清酒)

1img_9302 奴寿し

先日、朋友のHO氏と天神橋筋商店街を逍遥し、昼食を摂るために入ったのは「奴寿し」という店であった。
この「奴寿し」は間口に比べて奥行きのある店であり、かつ人気店のようで大将の前付近の席は満席状態であった。
先に立って入ったHO氏はググッと奥まで進み、そこで席を確保してくれた。

1img_9285 サッポロビール

席に着いて、商店街を歩いてきたことによる喉の渇きを潤すべくビールをいただくことにした。
お姉さんからビールの銘柄を尋ねられたので「サッポロビール」を選択したのは、過日の銀座「泰明庵」の時の記憶が消えていなかったからかもしれない。

1img_9297 お品書

ビールで一息ついたところで、寿司を握ってもらうことにした。
お姉さんからは「おまかせ」のお薦めがあったので、これで進めてもらうということにした。
「おまかせ」は大将が良いネタを順次握ってくれるというもので、当方がストップをかけるまで握り続けてくれるということであった。
更にお姉さんから、嫌いなものはないか?、と尋ねられたので「ナットウはあかん」ということを伝えると、お姉さんは怪訝な顔をしながらも当店ではナットウは扱っていないと応えてくれた。
大阪の寿司店ではナットウは出さないのであろうか・・・。
私にとっては、それはそれで好いことである。

1img_9287 鯵、トロ

最初に出されたのは「鯵」と「トロ」であった。
HO氏も私も空腹であった様で、ペロリンチョと食べてしまった。

1img_9289 穴子、ひらめ

1img_9290 清酒菊正宗の熱燗二合

二皿めを終わったところで、HO氏はビールを継続し、私は熱燗に切り替えることにした。
二合徳利でいただいた熱燗は菊正宗で、最初の一杯だけはお互いの猪口に注ぎ、乾杯した。
菊正宗は4口に含むと麹香が酒精に載って広がった。
これが何ともイイカンジなのであった。
私の場合、和食には清酒がもっとも好ましいのであった。

1img_9292 甘エビ、ホタテ

1img_9294 カンパチ、数の子

1img_9300 ウニ、烏賊

1img_9301 鯛、赤貝

当店では12種類の寿司をいただいた。
次の店を考えなければもっと食べたことであろうけれども、HO氏と2軒目のたこ焼に備えてこれでストップとさせていただいたのであった。

   

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2018年6月 2日 (土)

天神橋/ 大阪天満宮、天神橋筋商店街

1img_9277 大阪天満宮拝殿

先週は大阪でHO氏とJR天満橋駅の改札口で落ち合い、日本で最も長い商店街である天神橋筋商店街の界隈を逍遥した。
HO氏は界隈の地理に詳しく、HO氏のインストラクションに従って商店街を南方向に向かって歩いた。

先ず向かった先は「大阪天満宮」であり、大阪人にとっては「天満の天神さん」として有名である。
この日はあいにくの雨模様であり、また平日ということもあって境内の参拝者はまばらであった。

1img_9276 拝殿ではご祈祷が行われていた

私たちも作法に従ってお参りをしたが、拝殿の中では神主さんや神子さんによってご祈祷が行われていた。

1img_9278 登竜門

拝殿の横を通って商店街に行こうとすると、「登竜門」という立派な門があった。

1img_9279 

この登竜門では1月から3月の受験シーズンに「通り抜け参拝」が行われるそうである。
「通り抜け参拝」を行うには「合格守セット」(初穂料3,000円で大阪天満宮合格之御守、合格祈願の絵馬、大阪天満宮「御本殿参拝券」、祈願用紙がセットになっているらしい)を購入すると「通り抜け参拝」の日に「御本殿参拝券」を提示することによって登竜門を通って参拝できるということである。
合格に向けて藁をも掴みたい受験生は「通り抜け参拝」で天神様にお参りするのであろうか。

1img_9271 天満天神 繁盛亭

天満宮の門前すぐの処に「繁盛亭」があった。
上方のお笑いを盛り上げるべく、ここでも多くの落語家や芸人さんが出演されているそうである。
残念ながら私は未だ入ったことはないが、HO氏は何度か訪れられたとのことであった。

1img_9268 天神橋筋商店街

再び商店街に戻り、HO氏に教えを受けながら商店街とその横道などを歩き、ワインを飲める居酒屋(昼間は閉店中)や人気の寿司屋、今はビルになった天満市場などを見て回った。
そして時刻は昼食時となり、数多くの飲食店がある中、何を食べるか迷いつつも寿司を食べようということとなったのであった。

   

2018年6月 1日 (金)

NY/ SHEA STADIUM (NEW YORK Mets)

1img Program

1997年6月1日(日)、私は出張でニューヨークにいた。
この日はM社で担当する化学製品の米国販売に関係のあった商社の招待で、「NEW YORK Mets」と「Philadelphia Phillies」の試合を観戦しにSHEA STADIUMに行ったのであった。

SHEA STADIUMには常宿としていたThe Kitanoから地下鉄で行った。
FLUSHING駅で地下鉄を出ると多くの人の流れに混ざって歩き、快晴のSHEA STADIUMに着いた。
席はFIELD BOXにあり、バックネットの直ぐ後ろであった。
そこはなかなか手に入らない位置にある年間契約のシートであった。

早速球場に行くといつもするようにプログラムを購入したが、余り読みもしないでむしろ球場の雰囲気を楽しんでいた。

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1img_0002 監督はBobby Valentine氏

この年のNEW YORK Metsは監督が日本のプロ野球でロッテの元監督であったBobby Valentine氏であった。

1img_0003 登録選手一覧

1img_0003001 柏田投手も登録選手であった

試合の流れは既に忘れてしまったが、この試合では読売巨人軍の元ピッチャーであった柏田選手が中継ぎ投手として起用された。
球場に詰めかけたMetsファンからは「カシュー」(Kashw)と声援が送られていたことは記憶するところである。
ところで、柏田選手が投げるボールは先発投手のそれに比べて格段に遅いように見えた。
これは同行した人達も同様の意見であって、私が阪神ファンであるからといって読売巨人軍の元選手を揶揄するというような狭量なことではない。
むしろ同じ日本人として良い結果を切に祈っていたものである。

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1img_0006 バックネット後方前列の席

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