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あおいカフェ
「あおいカフェ」は小金井では初めてのワッフル専門店である(と思う)。
以前にも記したが「あおいカフェ」は今年の2月に開店したばかりで、店内は白とブラウンを基調としたもので、アメリカンな雰囲気の設えとなっている。
エントランスの左手には『焼きたてワッフル』と『カフェボール』という文字が記されたプレートが掛けられている。
前回はワッフルをいただいたのであったが、これが抜群に美味であった。
一方、「カフェボール」というのはエントランスのボードに大書されているからには、当店のスぺシャリテの一つであるということは容易に想像がついたのであったが、浅学にしてどういう食べ物であるかは知見がなかった。
そこで、過日に改めて「カフェボール」をいただきに訪問したのであった。
エントランスを抜けて、カウンター越しにキッチンが見えるテーブル席に着き、マダムに「カフェボール」について問うたが、実際にいただくのが最も分かり易いことであるので、これを注文させていただいた。
また、合わせる飲み物についてもマダムに尋ねると「コーヒー」が良いということであったので、「炭焼珈琲」をいただくことにした。
なお、マダムによると、「カフェボール」は造り置きのものであるとのことであり、焼き立てのホカホカではないということであった。
供された「カフェボール」はコーヒー豆の形をしていて、フワリとはしているが外皮が少し硬めのスポンジケーキの様な食感であった。
また、味にも香りにもコーヒーのトーンが感じられ、その名前の通りの一品であった。
味自体は実にシンプルなもので、小麦粉の焼かれた甘味が主体の味となっている。
また、添えられた生クリームと一緒にいただくと「カフェボール」のドライな食感と生クリームのウェットな口当りが良いバランスで感じられ、暫らく咀嚼を繰り返した後コーヒーを含むとそれまで隠れていた甘味がコーヒーの苦みに載せられて改めて口腔内に広がるのであった。 店内(部分)
昨年の5月末に肺動脈塞栓症を患って以降抗凝血薬を服用している。
この抗凝血薬の服用にあたっては、いろいろな注意が必要となっている。
その内の一つが食物に関することであって、納豆とグレープフルーツの摂取が禁じられているのである。
また、一部の風邪薬を除いてその服用は原則禁止となっているのである。
納豆に関しては、私は苦手としていることもあり、摂取禁止については何ら痛痒はないのである。
一方グレープフルーツは結構昔から慣れ親しんだ果物であって、これを食べることができなくなるのは些か寂しいことであった。
ただ、私自身は柑橘類に対する思い入れは左程ではなく、冬でも蜜柑を食べないことからグレープフルーツを口にできないからといって苦悶するようなことはないのである。
(万一、摂酒を禁じられたら、その苦痛は想像を絶するものであろうけれども。)
そうはいっても、私自身は食に関しては貪欲な方であると考えており、それほど好まぬグレープフルーツといえども食べることができないという不自由さは鬱陶しいものである。
さて、先日のことである。
二週間ほど前から風邪を拗らせて、あげくの果てには気管支炎を発症した。
もう三十年以上前からのことであるが、私は風邪をひくと直ぐに気管支炎になることが多いのである。
そして早い快癒を目指す(すなわち、肺炎にまでなることを防ぐ)には、抗生物質を用いた治療を受けることが必要となるのである。
今回も抗生物質による治療が行われることとなったのであるが、そのために抗凝血薬の服用を一時中断したのであった。
そこで、この機会を活かして15ヶ月ぶりにグレープフルーツを食べてみた。
その日は朝から病院に行き抗生物質の投与経過を見ていただいたのであったが、その帰り道に美味しそうなグレープフルーツを1個購ったのであった。
そして、家の冷蔵庫で暫し冷やした後、半分をいただいた。
また、残りの半分も夕食後にいただいた。
いずれも想像していた通りのグレープフルーツの味であった。
つまるところ、グレープフルーツに対する私の期待が過大であったせいであろうか、その味は感動するほどではなかったのであった。
芥川龍之介の「芋粥」ではないが、いざ食べることができる段になっても食べないでいたほうが食べ物に対する思い、ひいては人生の楽しみに対する思いというものが強くなるというものであろうか。
私もグレープフルーツは食べないでおいた方が楽しみは広がったのかも知れないことであった。
私が抗凝血薬を飲み続けることは一生続くであろうことが予想されており、今後はグレープフルーツへの思いをそれなりに抱きながら生きていくのであろう。(なんだか、大袈裟な表現になってしまいました。)
なお余談ではあるが、納豆に関しては、愛好の方々には申し訳ないことであるが、ご好意からいただくお薦めをお断りする理由として抗凝血薬を活用させていただくつもりである。
BLUE SEALのパッケージ
先々週、息子一家が沖縄に行っていた。
その際に手配してくれた「BLUE SEAL」アイスクリームが一昨日送られてきた。
早速パッケージを開けてみると、大きなドライアイスの板があり、その下にカップに入ったアイスクリームが並んでいた。
アイスクリームのカップを箱から出してみると、全て異なる色のもので、全部で12種類あった。
名称を見ると、「琉球ロイアルミルクティー」、「パッションフルーツシャーベット」、「ココナッツ」、「ウベ」、「塩チンスコウ」などなど沖縄らしい素材が使われたものが並んでいた。
早速いただくことにして、最初に手に取ったのが「サトウキビ」であった。
一緒に梱包されていた木のスプーンで食べたが、「サトウキビ」のアイスは何だか懐かしい甘味が感じられた。
食べ始めて暫らく経ったところで気付いたのであったが、この甘味は幼い頃に舐めたことのある「黒砂糖」の味であった。
去る8月13日に富岡八幡宮の例大祭のメインイヴェントである「神輿連合渡御」が催行された。
3年に一度の例大祭であり「神輿連合渡御」であるので、その人出は莫大な数を数えるに至るのである。
したがって、神輿連合渡御の順路の周辺にある飲食店は昼食時であるかどうかに係わらず入店が至難の技となるのである。
このことを識者は「祭の経済効果」と称するようであるが、店にとっては書入れ時で嬉しいことであろうけれども、見物に訪れた人達にとっては一苦労なことなのである。
さて、この日は江戸の祭に興味があると仰っていたことから声をかけさせていただいていたYA氏が11時頃到着された。
YA氏からは到着の20分程前に電話があり、清澄通の清澄白川駅の近くで落ち合った。
そして、暫らく清めの水が消防団によって掛けられるのを見た後、昼食を摂るために門前仲町に移動した。
門前仲町に至ると丁度昼食時であったので、界隈の飲食店はいずれも満員かつ店の前は入店を待つ人達で溢れており、スムーズな入店は叶わないという様相を呈していた。
そこで思い出したのが「洋風食堂 ベニヤ」である。
「洋風食堂 ベニヤ」は門前仲町駅から直ぐ傍の位置にあるにも係わらず、店内の奥行きが深いことから大抵の場合は入店して直ぐにテーブルに案内される(あるいは、万一待つことがあっても数分)という佳店である。
店の前の混雑を掻き分けてYA氏とともに「洋風食堂 ベニヤ」の入口を入ると予想した通り、直ぐにテーブルに案内されたのであった。
「洋風食堂 ベニヤ」は実に懐の深い店なのであった。
この日は祭の最中ということでメニュはスペシャルなもののようであったが、直ぐに座れたことがありがたく、特に価格は気にすることなく注文をした。
(YA氏は良家のご出身で育ちが良く、食べ物の価格とかには大らかでいらっしゃるのである。)
料理の注文では、YA氏が「メンチカツ定食」を、私が「エビフライ定食」を選択した。
なお、渇いた体はビールを欲していたが、ここで飲んではこの後の永代橋付近の渡御を観ることはできなくなりそうな予感がしたので、断腸の思いでビールを諦めた次第であった。 メンチカツ定食(YA氏に失礼は承知で反対側から撮影)
エビフライ定食
「洋風食堂 ベニヤ」では大勢のお客で溢れていたものの、待つこと数分で揚げたての料理が運んでこられた。
正直なところ、早朝5時半頃からカメラを担いで立ちっぱなしであった私は11時半の時点で疲労困憊していたのであったが、食事をしたことによって活き返ったのであった。
ただ、疲れた体にはエビフライやその付け合せの野菜、ご飯が何時も以上に美味であって、貪るように食べ終えたことだけは記憶するところである。
この後元気を回復した私はYA氏と永代橋付近にまで行って、神輿の連合渡御を数台観たのであった。
富岡八幡宮御本殿
祭となると血が騒ぎ、8月13日は午前3時15分に起きた。
家から徒歩、JR、地下鉄東西線と乗り継いで、門前仲町の駅に到着したのは午前5時40分頃のことであった。
この時、地下鉄の車内は袢纏に身を包んだ人達で賑わっており、この人達に続いて電車を降りたのであった。 5:43 参道入口の幟と葵太鼓の舞台
地下鉄の出口を出て、先ずは富岡八幡宮様に詣でむ、と参道の入口に向かった。
参道の入口には「富岡八幡宮」と書かれた大きな幟が二本打ち立てられていた。
そして、好天に恵まれた空に向かって真っすぐに立つ昇りからは端から祭の気分の高揚が感じられるというものであった。 参道入口の幟
5:43 葵太鼓の太鼓と舞台
また、「葵太鼓」の大太鼓が舞台の上に据え付けられいて、準備は早い段階から整いつつあるのであった。 葵太鼓の提灯
5:43 富岡八幡宮の大鳥居
永代通から富岡八幡宮様の参道に入ると、未だ時間が早かったのであろうか、人の姿は数えられるほどであった。 5:48 参道には宮元の人達
大鳥居を潜り、参道を御本殿に向かって歩くと、揃いの袢纏に身を包んだ「宮元」の人達が集まっておられた。 5:52 富岡八幡宮御本殿への参拝者は未だ少ない
御本殿には数人の参拝者しかおられず、待つことなく参拝を済ませることができたのであったが、午後に再び御本殿の前を訪れると長蛇の列ができていた。 5:55 永代通(富岡八幡宮前)に担ぎこまれる最初の神輿
参拝を終え、永代通に戻って良さそうな撮影スポットを探し始めたら、最初の神輿が大勢の担ぎ手によって運びこまれてきた。
この後、陸続と神輿は永代通に並べられたのであったが、中には大型トラックで運ばれてきた神輿も十数台あったのであった。 5:56 一番神輿「木場五」の所定の場所(永代通北側)
永代通では6時頃から神輿は南側に沿って並べ始められ、一方北側は午前6時30分頃までは空けられた状態であった。
これも祭運営上のKHというものであろう。 6:03 永代通の通行規制は午前6時から
永代通の交通規制は午前6時から始まったが、この時には永代通の南側の清澄通に近い側ではかなりの数の神輿が並んでいた。 6:07 姿勢が良く、後姿の麗しい旦那
6:15 神輿の搬入を終えた「仲町二」の神輿
午前6時15分頃の永代通は未だ人出はあまりなく、神輿を担いできた人達も何処かに隠れてしまったような辺りの佇まいであった。
連合渡御で見られたあの凄い人数の人達が何処に隠れているのか訝しく思えるほどの静けさであった。 6:33 神輿連合渡御の出発場所
再び参道の入口付近に戻って、格好の撮影スポットが見つけた。
参道入口付近は神輿へのお祓いが行われることから人気のスポットであり、午前6時30分頃からは祭の関係者に加えて見物の人達(主に地元の人か?)も集まり始めていた。 6:38 永代通の富岡八幡宮側(永代通北側)にも神輿が担ぎこまれ始めた
午前6時30分を過ぎた頃からは、永代通の東方向から順次神輿が運び込まれ、直ぐ傍で勢いのある担ぎ手の姿を観ることができた。
神輿搬入だけでこの勢いであるから、本番で勢いは凄いものになるのは必定である。 6:50 永代通は神輿とその担ぎ手、見物人で溢れていた
午前7時頃には全ての神輿が所定の場所に搬入され、連合渡御の準備はほぼ整った様子であった。
そして、この頃には永代通は夥しい数の人出となり、通りも沿道も身動きがままならないほどであった。 7:20 神主さん(左、女性)によるお祓い
午前7時15分頃であったであろうか、各町総代や神主さん達との間で何やら神事が行われていたようであった。
神輿連合渡御は、午前7時30分に打ち上げられた狼煙の合図によって始められたのであった。
永代橋を渡ってきた一番神輿の「木場五」
私にとって「神輿連合渡御」を撮影するのは二回目のことである。
前回の2014年の時には永代通にまで足を延ばすことはなかったが、永代通の行程は「神輿連合渡御」のクライマックスであるということであったことから、永代通にも行ってみた。
13時頃に福島橋からスカイツリーを眺めた後、橋の西側に出たが、既に辺りは夥しい数の人出埋め尽くされていた。
福島橋の西側は所謂高台となっていて永代橋の袂付近が良く見えたので、ここからズーム倍率最大の400mmで撮影することにした。
佐賀町名物と称されるトラックからの豪快な水掛けは遠目に写すことができた。
流石に名物と称されるだけのことはあって、大量の水が豪快に掛けられていたのであった。
3年後はもっと近くに行ってみようと思った次第であった。 佐賀町名物の豪快な水掛け
順路から外れるパフォマンスの神輿
清澄通を進む神輿
富岡八幡宮の例大祭で催行される「神輿連合渡御」においては、その順路の要所要所に固有の清めの水が用意されている。
その要所の一つである江戸資料館通から清澄橋通までの清澄通(約300m)では、消防団の人達によって放水が行われるのである。 江戸資料館通
江戸資料館通では神輿の休憩が行われるのであるが、休憩の終わった神輿が清澄通に向かって進んでくる。
ここでも、清めの水が各所から神輿に掛けられていた。 江戸資料館通と清澄通の交差点
江戸資料館通と清澄通の交差点に差し掛かった神輿は「回せ!回せ!」の掛け声によって差し上げられた状態で水平方向に二回三回と回るのである。
この回される神輿もなかなか見応えのあるもので、好きな人にとっては「たまらぬ。」場面となっているのであった。 消防団の放水を受ける神輿
神輿は江戸資料館通と清澄通の交差点から少し進むと、消火栓の水をホースで掛けようという消防団が待つエリアに入って来る。 放水される水はかなりの量である
消防団が放水する方向は空に向かってであるが、その水が神輿の上空から一気に落下してくるというもので、その水量が多いものであるから神輿の周囲は水しぶきで霞むのであった。
なお、担ぎ手の人が言っていたのであるが、落ちてくる水は「痛い。」ということである。
なお、今回は神輿の上にある鳳凰に注目し、シャッタースピードを変えながら落下する水の様子を撮影してみた。 大粒の水が激しく落ちてくる(1/500)
鳳凰の羽の上では水が弾けていた(1/100)
鳳凰の羽からも夥しい量の水が滴りおちていた(1/100)
放水する消防団の人達
バケツの水は塊で降り注ぐ
なお、消防団の後ろでは町内の人達によって用意された水がバケツで掛けられていた。
こういう塊の水も佳いものである。
神主さんと総代
富岡八幡宮の例大祭では、例祭および神幸祭とともに「神輿連合渡御」がメインイヴェントの一つとなっている。
この「神輿連合渡御」の華は各町の神輿とその担ぎ手である。
とはいっても、神輿も担ぎ手も、更には「神輿連合渡御」に係わられる全ての関係者、また見物客も含めて事故も怪我もなく催行されることがあっての「神輿連合渡御」と「いうものである。
そこで、「神輿連合渡御」の盛大なる盛り上がりと安全を神様にお願いし、全ての厄を除けていただけるようお祓いが行われるのである(というように理解しているが、実際はもっと奥の深いことがあるように思っている)。 参道入口前の神主さんと各町総代
頭を垂れる各町総代
「神輿連合渡御」は午前7時30分に、打ち上げられる狼煙とともに始められるが、それに先だって各町の総代と神主さんの間で何やら行われていたが、その内容については知り得るものではなかった。 神輿連合渡御開始直後
7時30分に打ち上げられた狼煙十数発の合図で、一番神輿である「木場五」が動き始めた。
流石は「神輿連合渡御」の最初を飾る一番神輿である。
「木場五」は担ぎ手によって高く差し上げられて近付いてきた。 神主さんによるお祓い
そして富岡八幡宮の正面に向かう位置で90度回り、神主さんのお祓いを受けていた。
この時、神輿は高く差し上げられ、担ぎ手も一体となってひと際華やかに輝くのであった。 大麻(オオヌサ)を左右に振ってお祓いをする神主さん
同上
神主さんは交替でお祓いをされていた。
上位におられるであろう神主さんから若い神主さんまで多くの神主さんがおられたが、一人女性の神主さんもおられた。 女性の神主さん
女性の神主さんのお祓いはダイナミックであった
大麻(オオヌサ)が勢いよく、総代は一寸体が反り気味か
隣に立たれた総代が仰け反って避けておられたのは神様のお戯れか
横には次の神主さんが準備万端控えておられる
五十三番 琴平
7時30分の開始後約2時間弱の時間をかけて殿を務める五十五番深濱を最後に全ての神輿が「神輿連合渡御」に出立して行ったのであった。
時に午前9時18分であった。
「神輿連合渡御」で約6時間に亘って担がれた神輿は再び富岡八幡宮の正面に戻ってくる。
ここでは若い神主さん達が最後の清めの水を神輿と担ぎ手に掛けておられた。
今年も「神輿連合渡御」は大きな盛り上がりを見せ、一方で大過なく終わったのであった。
次の「神輿連合渡御」は3年後の2000年、オリンピックの年である。
風邪で難渋していた体の具合がやっと平常に戻り始めました。
体調が平常に戻ってまいりますと昼間寝ているのは大変退屈なこととなってまいります。
昨日と今日は本を読んでいましたが、その中にはリイド社から出版されたSPコミックコンパクトという文庫本サイズの「ゴルゴ13」がありました。
解説を読みますと、」この「ゴルゴ13」はビッグ・コミックという雑誌で1968年から掲載が始まったということです。
私の大学生時代においては人気シリーズの一つとなっていて、学生の行く喫茶店でも読まれているものでした。
私は生活費に限りのある学生でしたので喫茶店にはめったに入りませんでしたし、雑誌も買わなかったので「ゴルゴ13」を読むという機会には恵まれませんでしたが、「ゴルゴ13」のことは知っていました。
ところが40年程の時を経て、上述の文庫本サイズにリメイクされた「ゴルゴ13」を4年程前に本屋で見つけ、その時早速買い求めたのが写真の10冊です。
昨日今日はこの「ゴルゴ13」を含めて数冊の本を読み返して時間を過ごしました。
やはり健康で元気でいるということは人生を楽しく生きる上で大切なことだと実感しております。
とはいうものの、未だ変な咳は時々出ていますが・・・。
熱は治まったようで体はたいそう楽になっています。
また、咳は続いているものの胸の痛みも軽くなっています。
とはいうものの、治りきってはおりませんので今日もおとなしく過ごしています。
さて、今日は月曜日で、今日のような体調ですとサラリーマン時代ならフレックスタイムの制度を活かして電車の混雑の緩和された遅めの時間帯に出社していたことでしょう。
あの頃は少々体調が悪くても、働いている内に治っていたと記憶しています。
そういえば、ドイツに出張する前日に39℃を越える熱が出たことがありました。
この時は夜間も診ていただける病院で強力な薬を処方していただき、その夜は熱が下がることだけを念じながら朝を迎えたのでした。
幸いというか、取り敢えず熱が下がったのでドイツに行きました。
体温を計って熱があると気力が萎えるので、ドイツに行く道中も、また到着してからも体温は計らずにいました。
交渉事がハードだったこともあって、体調を気にせずに過ごせたのはラッキーでした。
結果は当方が有利なもので終えることができたので、良かったです。
ただひとつ残念でしたことは、ドイツに向かうANAのビジネスクラスでワインを飲まなかったことでした。
今は知見がありませんが、当時のANAのビジネスクラスではシャンパンも含めて10種類ほどの良いワインを飲めたのでした。
爽やかな朝を迎えむ、と昨夜は眠りについたのでしたが、いかんせん今朝は胸の痛みと咳で始まったのでした。
昼食後は薬が効いてきたようで、安らかに過ごしています。
ところで、ここ4日はスマホで書いた拙文を掲載させていただいていますが、体への負担はないのですが、文章を打ち込むのが結構大変です。
明日は元気でPCで作成したいものです。
昨日診ていただいた病院のドクターのお陰で、今朝は微熱がありましたが午後からは平熱になっております。
一方で、未だ咳が残っていて時々変な音の咳が出ますが、明らかに快方に向かっていることは実感としてあります。
明日からは、写真を掲載した文章を書けそうに感じている次第です。
ところで、一日中寝ていますと昼間は本を読んだりして過ごしますが、夜は疲れないように何もしないで床に伏しています。
すると目に入るのは天井にある丸いカバーに覆われた蛍光灯という状況になっています。
また窓から天上に目を移しますと、連日雲がかかってお月様が見えるような状況でもなく(明日が新月なので実際にも見えませぬ)、再び天井の丸い蛍光灯を満月に見立てて眺めていると、一匹の蚊が飛んだような気がしました。
てんじやふの
もちづきよぎる
なごりの蚊
昨夜からちょっと高めの熱に襲われていました。
ということで、今朝は若干距離があるものの総合的診療ができる病院に行きました。
結論を述べますと、血液に高い炎症反応があるもののそれ以外は特に問題はなさそうということなのでした。
有り体に書くと「治りかけ」というところでしょうか。
さはさりながら、まだ熱もあるので強力医薬を要望し、処方していただきました。
明日の朝の快癒に期待するところです。
採血後
半袖シャツと
絆創膏
日頃の健康管理が行き届かず、体調を崩してしまいました。
熱はさほど高くはないのですが、咳が治まりませんのです。
つきましては、富岡八幡宮の例大祭の写真について編集もままならず、明日以降改めて掲載させていただきます。
起ちて咳
伏してなほ咳
夏の床
遠雷を
掻き消し吠える
胸の虎
富岡八幡宮の例大祭は3年に一度の大祭である。
この大祭中に行われる大きな行事の一つが「神輿連合渡御」である。
この「神輿連合渡御」では五十五台もの神輿が渡御を行うのであり、この五十五台の神輿と担ぎ手は「神輿連合渡御」の華である。
しかしながら、忘れてはならないのは「葵太鼓」である。
「葵太鼓」は富岡八幡宮の参道入口に位置して、午前7時30分に狼煙が上げられた後、「神輿連合渡御」の先頭になる一番神輿から殿の五十五番神輿がお祓いを受けて渡御に出て行くまでの間、大小の太鼓を間断なく打ち続けるのである。
「葵太鼓」には数人の打ち手が居られて交替で太鼓を力強く打ち鳴らされるのであるが、その時間は約二時間という長いものである。
また、この「葵太鼓」は神輿が神主さんによるお祓いを受ける間より強くかつ勇壮に打ち鳴らされるのである。
この「葵太鼓」があることによって、「神輿連合渡御」はより勇壮でかつ華やいだものとなるのであった。
薬菓(Yakgwa)
過日のことである。
我が韓国の友人であるMr.Limから国際宅急便で数点の韓国菓子が送られてきた。
その内の一つが上掲の写真のものであった。
早速開けてみると、小麦粉ベースの揚げ菓子で、蜂蜜でコートされたものであった。
一つを口に入れ、暫らく転がしてみた。
すると、淡い香ばしさが広がり、併せて蜂蜜の上品な甘さが舌を覆ったのであった。
次に、徐に咀嚼を繰り返して見ると、小麦粉が加熱されてできたそこはかとない甘味と蜂蜜の甘味、そこにシナモンの風味が合わさった素朴な味わいの一品であった。
Mr.Limはいつも伝統的な韓国菓子を贈ってくださるが、これもその伝統菓子の一つと確信した次第であった。 薬菓(Yakgwa)
薬菓(Yakgwa)
なお、韓国語は全く読むことができないので、Mr.Limにメールを送り、この伝統菓子について尋ねた。
すると、Mr.Limからは、この菓子は「薬菓(Yakgwa)」という名称で、造り方は以下の通りであると教えていただいた。
因みに、
One of my favorite traditional confectionery is Yakgwa but young generation
don't like this kind of traditional confectionery compare to their older.
だそうである。
どの国でも時代と共に新しい世代ではその嗜好が変化していくと言うのが世の常であろうか。
今日は日本の終戦記念日である。
日本以外のアジアの国では戦勝記念日と称するらしい。
共に平和で繁栄できる関係でありたい。
神輿連合渡御:一番 木場五の神輿(時刻7:29)
昨日は3年に一度行われる富岡八幡宮の例大祭のハイライトの一つである「神輿連合渡御」を観に行った。
早朝3時15分に目を覚ました甲斐があって、地下鉄東西線の門前仲町駅に着いたのが午前5時半を少し過ぎた頃合いであった。
早朝の富岡八幡宮の辺りは未だ静かであったが、「神輿連合渡御」が始まる前には永代通に面した参道の入口付近は黒山の人だかりとなっていた。
私は、永代通側から参道を見て永代通沿いの右側にある大きな看板を背にして立つことができた。
当初の目論見通り、ここに居ると後ろから押されることなく、かつ手を高く翳しても後ろの見物客の迷惑になることはなかった。 7:18 参道入口前
さて、午前7時を過ぎた頃から参道前は式の準備が整い始め、7時15分を過ぎた頃から神主さんと各町内の総代さん達との間で何やら行われている様子であった。
残念ながら音は周辺の喧騒に掻き消されていて何が話され何が行われたのかは定かではない。 7:19 向こうには先頭を努める「一番 木場五」の神輿、次いで二番手の「二番 中木場」の神輿が見える
さて、今回の「神輿連合渡御」で先頭の神輿は「木場五」である。
この日の富岡八幡宮前では「神輿連合渡御」の先頭を努める「木場五」に注目した。 7:19 神主さんの周囲には総代さん達が集まっておられた
7:20 神主さんと総代さん達
7:31 神主さんはお祓いの支度を整えて「一番 木場五」の神輿を待っておられる
7時30分に狼煙が十数発打ち上げられ、これを合図に「神輿連合渡御」が始まった。
神主さんはお祓いの支度を整えて、近付いてくる「一番 木場五」を待っておられた。 7:31 一番 木場五 担ぎ手が神輿を差し上げた状態で近付いてくる
神主さんの居られる参道入口に近付いてきた「一番 木場五」の神輿は担ぎ手によってずっと差し上げられた状態であった。
多くの神輿は参道入口で向きを変えるまでは担がれた状態であるが、「一番 木場五」は随分と前から差し上げた状態で近付いてきたのであった。
「神輿連合渡御」の先頭としての矜持というもであろう。
担ぎ手さん達もここが見せ場の一つであるから盛りあがるのであろうけれども腕や腰に架かる負担は相当なものであったであろう。 7:32 一番 木場五の神輿は参道入口前で左に90度回って富岡八幡宮に拝礼の体制となる
7:32 お祓いを受ける一番 木場五
担ぎ手が差し上げた「一番 木場五」の神輿は担ぎ手によって差し上げられた状態で神主さんによるお祓いを受けていた。
そして、何時も思うのであるが、お祓いを受けた直後に担ぎ手は担ぎ棒を片方の掌でヒタヒタとたたくのが印象的である。 7:32 お祓いを受けた後、一番 木場五は右に90度回って順路に方向を整える
お祓いを受けた後、「一番 木場五」の神輿は「神輿連合渡御」の先頭神輿として順路に沿って勢い良く出発して行った。 7:33
7:33
7:33
7:33
着陸直前
先日、大阪に所用があって出掛けたが、全く何もすることが無い日もあった。
そういう日の一日を無為に過ごすのもつまらないので、ふと思い立って熊取という処にある京都大学の原子炉の辺りに行ってみようと出掛けた。
昼食は最寄りの日根野という駅の周辺で摂るつもりであったが、駅のホームから眺めた範囲には食べるところは見当たらなかった。
そこで、急遽行き先を変えて、直ぐ近くにある関西国際空港に行くことにしたのであった。
関西国際空港に至ると、ターミナル内はアジア系の観光客の人達で一杯の状態であって、入店できそうな飲食店は見つけることができなかった。
しかたがないので、展望ホールに行ってみることにしたところ、こちらはガラガラで3階にある「Concord」というレストランで遅い昼食を摂ってから、屋上にある展望デッキに出た。
すると、予想に反して多くの航空機が着陸と離陸を続けているのが見えたのであった。
滑走路は2本(?)あって、1本は離陸専用、もう1本は着陸専用となっていた。
着陸用の滑走路には5分に1機程度の頻度で航空機が降りてくるのであったが、タッチダウンと同時にスモークが立ち昇るのが遠目に見えるのであった。
今回の大阪行きではBCカメラしか持ってきておらず、また着陸用の滑走路は展望デッキからはかなり離れていた上に太陽光で熱せられた地面から上がる空気が陽炎を造っていて、鮮明な写真を撮影することは期待できないのは明明白白という状況であった。
とはいうものの、ダメもとで降りてくる航空機を数機に亘って撮影してみた。
ファインダーが無いBCカメラなので炎天下で液晶画面を見ながら航空機を追いかけるのは難しく、最初は着陸機を逃していたが、慣れてくるとナントカ追いかけることはできるようになった。
掲載した写真は、連写モードで撮った大型の着陸機のものであり、滑走路にタイヤが接した瞬間にスモークが出るのは見てとれたのであった。 主脚(右側)よりスモーク、機体が僅かに右に傾いていたのであろうか?
同上
主脚(左側)よりスモーク
逆推力装置展開開始
フルリヴァース
前脚よりスモーク
鳥元 東京駅グランルーフ店
先週、所用があって大阪に行った。
大阪に行くには、そのルートを勘案すると私の場合は飛行機も新幹線も時間的には大きな差はなく、加えて運行の安定性を斟酌すると新幹線を選択することが殆どである。
我が家から新幹線で生家まで移動するには最短でも約5時間ほどは必要で、普通に朝家を出ると何処かで昼食を摂るタイミングとなる。
その場合、駅弁を購うという選択肢もあるが私はなるべく初めての店で摂るようにしているのである。
先日は、東京駅のグランルーフの地下で見つけた「鳥元」に入った。
近くには「浅草 今半」もあってすき焼に心を奪われそうになったが、すき焼というものは落着いて一献飲りながら食するものと思って店の前を通り過ぎたのであった。
一方、「鳥元」では日本のクイックランチの典型である丼物が数種類あり、入店を決めたのであった。 伊達鶏と奥久慈卵の親子丼
一寸幅の狭い入口を入ると昼食時でもあり、「鳥元」の店内はかなり混んでいた。
とはいえ、収容人数はかなりあって、店内奥のテーブルに案内された。
早速お品書を見ると、鶏をベースにした丼物が数種類あり、その中から「伊達鶏と奥久慈卵の親子丼」をいただくことにした。
因みに、『伊達鶏』が『比内地鶏』に変わると価格は一気に600円ほどアップするのであった。
良くは知らないことであるが、『比内地鶏』というのはその名前は知っているし何度も口にしていたがこうやって価格差があるのを見るとかなり高級な鶏なのであろう、と思った次第であった。 伊達鶏と奥久慈卵の親子丼
注文を終えて約10分ほどした頃合いで「伊達鶏と奥久慈卵の親子丼」が運ばれてきた。
丼の上から俯瞰してみると、奥久慈卵の黄身の色が目にも眩しく艶やかな光沢を放っていた。
先ずは味噌汁を一口啜り、次いで親子丼に箸を運んだ。
最初に鶏肉を咀嚼し、そして半熟よりも若干硬めに仕上げられた卵を口に運んだ。
すると、出汁の収斂味と卵の黄身に固有の甘味が口腔内に広がったのであった。
こういう味の組合せは私にとって大好きな味である。
肝心の鶏肉はくどさのない旨味と程良い歯応えが秀逸であったが、トータルの味わいは如何せん出汁の強めの味によってマスキングされていた。
若干残念な気分ではあったが、出汁で彩られた奥久慈卵が美味であったことから気にはならなかったのであった。 味噌汁
味噌汁は存外にホッとする味わいで、箸で弄ると蜆が三個沈んでいた。
これから旅に出る人や近隣のオフィスで働く人にとってオルニチンは疲労回復などに有効であろうと推察するが、味噌汁に入っているその数はいささか少ないような気がしないでもなかった。
とはいえ、蜆の味はしており、悪くはない味噌汁であった。 香の物
香の物は大根とキャベツの浅漬けを刻んだもので、実に淡白なものであった。
が、その淡白さが一寸濃いめの味付けの親子丼の箸休めとしては程良い相性となっていた。 唐辛子
なお、テーブル上には細かく刻まれた唐辛子が置いてあり、これがなかなか美味な唐辛子であった。
この唐辛子を親子丼に少し添えていただくと味わいに変化がもたらされた。
ただ私の好みでは、当店の親子丼はそのままいただくのがベストであったが。
中村屋 Bonina
過日のことであるが、新宿に買い物に出掛けた。
主たる目的は、大阪に所用があってその際に持ち帰る手土産を購うことにあった。 伊勢丹本店休業のお知らせ
新宿に着いて先ず伊勢丹に向かったのであったが、なんと休業となっていた。
この時期に休業とは、と思いながら新宿駅に向かって歩いていると、新宿中村屋のグロッサリストアである「Bonina」が目に入った。
そこでふと思い出したのが「純カリー粉」のことであった。
この「純カリー粉」はYH氏のお薦めの一品であるが、私はこの時点では味わったことのないものであっった。 純カリー粉
早速店内に歩を進めると、当店名物の「カリーパン」が販売されているエリアに「純カリー粉」が並べられていた。
「純カリー粉」の瓶は小さなものであったがその存在感はなかなかのもので、他のカリー商品群も含めて辺りは黄金色に燦然と輝いているという感じであった。 カリーのスパイス
また、「純カリー粉」の瓶が並べられた背後には「カリーのスパイス」と書かれたスパイスのサンプルが並べられており、その数は17種類にも及ぶのであった。
この日は一瓶を購って、後日大阪の生家に持って行った。
生家では妹に頼んでこの「純カリー粉」を使った料理を造ってもらった。
先ずは瓶の蓋を開けると、カレーの香りが台所に漂った。
その香りはとても清澄なものでカレーにも係わらずフローラルなトーンが印象的であった。
また、その香りが鼻腔の奥に届くと、スゥ~ッと脳が覚醒されるようであった。
味は入れた量によって変化するのであろうけれども、強めの辛味と苦味がバランスしていて、それに淡い甘味が重層的に感じられた。
市販のカレーあるいはカレー調味料からは感じられない独特の旨味が「純カリー粉」にあったのであった。
家電量販店PC売場
数か月前のことであるが、大阪を訪れた際に我が生家で使用するために新規にPCを購入した。
購入に訪れたのは全国展開する大型家電量販店で、売り場のマネージャさんにPC以外にスキャナのついたプリンタ、WiFiのルータ、ビデオカメラとその予備バッテリ、などを購入する旨を伝えたら、ポイントの活用も含めてかなり納得のいく価格を提示してもらえることができた。 FMV
PCは、我が家のPC初代から使っているのと同じメーカーで、我が朋友のHO氏に関係のあるFUJITSU製のものを購入した。 WiMAX
また、WiHiのルータは家電量販店で販売促進活動をしていたUQのWiMAX2を2年契約で手に入れた。
我が家の近隣のご家族の内、数軒は海外勤務を経験されておられる。
その中でメキシコ勤務を経験された方がメキシコにノスタルジックジャーニーをされた。
その時にいただいたお土産が「FIGURAS」というお菓子であった。
「FIGURAS」は甘いクリームが長径が1cm程のウェファースの殻で包まれたものである。
噛みしめるとクリスピーな殻が絶妙の歯触りをもって崩れ、中からトロリとしたクリームが出てきて舌の上で広がるのであった。
この「FIGURAS」というのは、日本のお菓子で例えるとグリコのコロンに味が似ているが、ウェファースの殻は厚みが薄く少しの力で割れてしまうし、中のクリームはトロトロのアマアマであるという点が相違である。
「FIGURAS」とグリコのコロンを比べると、勿論コロンは大好物であるが私は「FIGURAS」の方を好むものである。
(左から)館林ひやむぎ、館林うどん、館林そうめん
先日、娘の実家から「館林うどん」を送っていただいた。
箱の中には、「館林ひやむぎ」、「館林うどん」、「館林そうめん」がそれぞれ4束づつ入っていた。
また、「冷汁」という漬け汁が入っていた。
早速、「館林うどん」から順番にいただいた。
[館林うどん]
鍋で約8分を目途に茹で、冷水で洗ってできあがりである。
一緒に入っていたゴマの風味が豊かな「冷汁」に漬けていただいた。
「館林うどん」は幅が3mm程であったが腰は強めで、噛むと小麦粉由来の甘味が感じられた。
また、「冷汁」のゴマの風味は、醤油ベースのお出汁とも佳くハーモニーがとれていて、実に美味であった。
更に、うどん自体の表面はツルツルとして非常に滑らかなものであって、以前銀座で館林に本店のある「五代目 花山うどん」という館林うどんの店で「鬼ひも川」という超幅広うどんを食べたが、その「鬼ひも川」もそうであったように箸をするりとスリ抜けそうになるのであった。
館林うどんは表面のツルツル感も特徴の一つのようである。
[館林そうめん]
館林そうめん、をいただくのは初めてである。
鍋で約2分を目途に茹で、冷水で洗ってから氷水に泳がせてきあがりである。
日常的には「揖保の糸」あるいは「三輪そうめん」をいただくことが多いが、それらと比べると若干太くもあり、柔軟性に富んでいるという印象である。
また、館林うどんとも共通することであったが、麺の表面は滑らかでツルツルであった。
そうめんつゆでいただいたが、小麦粉系の甘味が強めであった。
これまた美味である。
[館林ひやむぎ]
冷やむぎをどのように定義づけるかということになると、うどんの細いもの、ということになるのねであろうか。
パスタでも太さの違いがあるのと同様に、うどんにも太さの相違はあるというものである。
めんつゆでいただいたが、麺の径が小さくなることによる食感や喉越しの相違もこれまた良いものであった。
なお、館林ひやむぎも館林うどんと共通して麺の表面は滑らかでツルツルであった。
BAGEL & BAGELは大阪駅の中
我が母は記憶の良い人である。
90歳を越えた現在でも昔のことから最近のことまで良く憶えている。
64歳の私など足元にも及ばない記憶力である。
その母が言うには、ベイグルを食べたのは私が赴任していたNYに行った時が初めてであったという。
今から24年程前のことである。
母はそれ以来ベイグルを好きになってしまったのであったが、当時の日本ではベイグルを扱う店が近所に無く、口にすることは殆どなかったようであった。
今では、多くの専門店もできていて、ベイグルは母の日常生活の中にも融け込んでいるようである。
先日、生家に母を訪のうた際に、大阪駅で列車を乗り換えたのであったが、この時に大阪駅の中で「BAGEL & BAGEL」を見付けた。
早速気さくな店員さんに数種類を見つくろってもらい、持ち帰った。
母は嬉しそうに受け取り、翌朝プレーンベイグルから食べていた。 BAGEL & BAGELの品揃え
ESPRISSO CAFE
以前「ESPRISSO CAFE」でエスプレッソをいただいたことがあった。
店名からエスプレッソの専門店であると早とちりをしたことは既に記したところである。 メニュ
そこで、改めて「ESPRISSO CAFE」を訪ねて「オリジナルブレンドコーヒー(ホット)」をいただいた。 オリジナルブレンドコーヒー(ホット)
いただいた「オリジナルブレンドコーヒー(ホット)」は、カップにナミナミと注がれていた。
コーヒーはこれぐらいの量が適量というもので、昨今の独立系コーヒーショップでは類稀な良心的なサイズであった。
コーヒー自体は酸味は強くは無く、舌の上に感じる苦味と上顎に感じる苦味のバランスが良く、含み香も気持ちの佳い淹れたてのコーヒーであった。 ソーサーにロゴ?
「オリジナルブレンドコーヒー(ホット)」を飲み始めて暫らくしたところで、ソーサーにカップのような模様があることに気付いた。 EsprissoCafeの文字
目を近づけて見ると、小さく「EsprissoCafe」という文字が書かれていた。
これは当店専用のオリジナルソーサーなのであった。 ヴェトナム製
ソーサーの裏を見るとメーカー名が記されており、ヴェトナムで造られたことが分かった。
ヴェトナムと言えば、食文化に関して注目するとフランスの影響を強く受けている。
このカップアンドソーサーにはフランスの息吹が吹きこまれているのであろう。
蔵カフェ
過日のことであるが、「中久本店」に清酒を購いに行く機会があった。
その際、時間的には12時に近い時間であったことからまず「蔵カフェ」で軽く昼食を摂ることにした。 パッチワーク
デコレーション
入店すると幸いなことに店内奥から2番目のテーブル席が空いていて、ここに座らせていただいた。
このテーブル席は、店内に設えられたアメリカンテイストなデコレーションを間近に見ることができ、私的には好みの席である。 本日のランチ
席に着いて「本日のランチ」と食後に「アメリカンコーヒー」をいただくことにした。
供された「本日のランチ」はボウルのご飯の上に鶏そぼろと煎り玉子がご飯の載せられたものがメインであった。
鶏そぼろは少し濃いめの甘塩っぱい味付けで煎り玉子と好いコンビネーションであった。
所謂親子丼がウェット系であるなら、この料理はドライ系の親子丼というところであろう。
サイドには、ゴーヤのサラダ、南瓜を蒸して実を潰したマッシュトパンプキン、それにコーン・プチトマト・水菜、レタスのサラダが添えられていた。
ゴーヤのサラダは薄くスライスされたゴーヤがマヨネーズでマリネイトされていて、その苦味が個性的であった。
マッシュトパンプキンは南瓜のカロチン系の甘渋味とデンプン系の甘味が際立つ味わいであった。
私的には若干甘味が強く感じられたので、これは最後にデザートとしていただいたのであった。 アメリカンコーヒー
食べ終わったタイミングで「アメリカンコーヒー」が供されたが、少し大きめのカップにナミナミと注がれたものであった。
当店の「アメリカンコーヒー」は巷で常識になっている所謂薄めのコーヒーではなく、淹れ始めて出てきた最初の部分を主体としたものと推察している。
したがって、しっかりとした苦味も、また芳香も感じられるものであった。 蔵カフェのエントランス
稲田屋 日本橋店
先週の金曜日は2カ月ぶりに京橋のクリニックに行った。
最近のことであるが、飲み物が気管に入ることがあり、どうすれば改善できるかをドクターに尋ねたところ、それは老化によるものであって打つ手は無い!とのことであった。
そんなんありなの?と思いつつクリニックを後にしたのであった。
さて、この日は久しぶりにYA氏と待ち合わせて、以前朋友のTI氏と訪れたことのある日本橋の「稲田屋」に昼酒を前提に訪ねた。 中の扉は手動であった
入口の自動扉を通り、次いで引戸を開けて店内に入ると、12時前であるにも係わらずフライングサラリーマンで店内は溢れかえっていた。
かろうじて空いていた小上がりの卓に案内され、最初の目論見通り、「蔵元の飲み比べセット」をいただくことにしたのであった。 蔵元【吟醸酒セット】
YA氏が選択されたのは蔵元【吟醸酒セット】で、その構成は以下の通りである。
蔵元【吟醸酒セット】
「純米吟醸 稲田姫 酒米:山田錦 日本酒度 :+4.5 精米歩合:55%」
「特撰大吟醸 稲田姫 酒米:山田錦 日本酒度 :+5.0 精米歩合:48%」
「超特撰大吟醸 稲田姫 酒米:山田錦 日本酒度 :+6.0 精米歩合:38%」
蔵元【吟醸酒セット】についてYA氏語りて曰く、
爽やかな花のような香りがして、たいそう飲みやすい
とのことであった。 蔵元【純米酒セット】
蔵元【純米酒セット】
「純米酒 トップ水雷 稲田姫 酒米:五百万石 日本酒度 :+5.0 精米歩合:60%」
「純米吟醸 稲田姫 酒米:山田錦 日本酒度 :+4.5 精米歩合:55%」
「純米大吟醸 稲田姫 酒米:山田錦 日本酒度 :+3.0 精米歩合:38%」
一方、今回私がいただいた蔵元【純米酒セット】は米のというか麹のというか香りが顕著であって、純米酒の佳い個性として味わいのあるものであった。 かまぼこ三種盛り
酒肴として注文した「かまぼこ三種盛り」は、あご野焼、長芋かまぼこ、豆腐ちくわが盛り付けられたものであった。
「あご野焼」はトビウオのすり身の弾力ある歯応えが秀逸で、咀嚼を繰り返すとあごの甘味がじわりと広がった。
「長芋かまぼこ」は長芋の周りが蒲鉾で覆われた棒状のものを輪切りにしたもので、中心部の長芋には適度な熱が加わったことで、長芋のシャリシャリ感が硬めのカマンベールチーズの様な食感に変化していた。
蒲鉾の弾力感と加熱された長芋の粘性感を帯びた脆性感がお互いに佳い相性となって口腔内で混ざりあっていったのであった。
「豆腐ちくわ」は豆腐で竹輪を造ったものであるらしいが、味わいとしては湯葉で造った竹輪状の固体という方がより近いような味わいであった。
いずれも工夫が凝らされた酒肴であった。 自家製厚揚げ
また、「自家製厚揚げ」は揚げたてとお品書に書かれているように熱々の厚揚げに卸し生姜、鰹節、刻みネギが載せられており、醤油を少し垂らしていただいた。
厚揚げ表面のサクリとした歯触りに次いで感じられる内部の柔和な口当たりという異なる食感が理想的な厚揚げのものであった。 稲田屋の玉子焼
更に酒肴として注文したのが「稲田屋の玉子焼」であった。
関西ではず~っと昔からポピュラな出汁巻きで、幾層にも巻かれた層の間に半熟よりも完熟の一歩手前、というよりも寸止め状態の部分が絶妙のバランスで存在しており、そのことによって得られる柔和な食感が秀逸であった。
まあ、出汁巻き玉子の食感は人によっていろいろ好みがあるところであろうが、
柔肌の熱き玉子に触れもみで佳き出汁巻きを語ることなかれ
である。 良燗純米 いなたひめ 燗酒
「蔵元の飲み比べセット」を干した後は、「良燗純米 いなたひめ 燗酒」をいただき、更に「本醸造 稲田姫 燗酒」もいただいた。
いずれも口腔内がギュっと引き締まる佳い酒であった。
最後に、YA氏は「くるみ汁せいろ(二段)」を、私は「とり天丼セット」で〆て、佳い気分で店を後にしたのであった。 くるみ汁せいろ(二段)
とり天丼セット
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