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2017年3月

2017年3月31日 (金)

新宿/ Sweets Paradice (おでん)

1 おでん

先日、YH氏からメールが届いた。
その内容は、昼食に「ピザトースト」と「おでん」を食されたというものであった。
YH氏からこのような昼ご飯に関する他愛もない情報が送られてくることは初めてのことであった。

メールには「おでん」の写真と味に関する感想が認めてあった。

それによると、

煮過ぎて崩れかけた大根がは、なんとすっぱめの味わいで、まるで梨のゼリーのような味わいだった。
こんにゃくは、こともあろうにごま風味の硬めのスポンジ風で、いつもはこんにゃくを敬遠するお嬢様が「おいしい!」と喜んでおられたとのことである。
更に、卵は黄身が硬めのムースの趣でした、とある。

これはイカン、YH氏は煮過ぎた上に傷んだおでんを食されてしまったのだ、と思った次第であった。

最後に、おつゆはだし汁にあるまじき黄色で、かぼちゃのババロア云々と書いてあった。

ここにきて、一本取られたことに気付くべきであったが、YH氏に確認するまでまったく傷んおでんを食されたと思っていたのであった。

明日はエイプリルフール、気をつけましょう!

1_2 おでんケーキ

   

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2017年3月30日 (木)

小金井/ 江戸東京たてもの園 (子宝湯)

1img_2265 江戸東京たてもの園

江戸東京たてもの園は、1993年(平成5年)3月28日に開園した野外博物館で、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示がなされているそうである。(出典:江戸東京たてもの園HP)

1img_2268 3月28日は開園記念日

そして、毎年3月28日は開園記念日であって、入場が無料となっているのである。
入園料は400円であるが、一昨日は無料ということもあり散歩がてら訪れたのであった。

園内には江戸時代から昭和初期にかけての建造物が30展示されており、かなり時間をかけないと全てを見て回るのは叶わないのである。
そこで、今回は東ゾーンのみを周ることにして園内に歩を進めたのであった。

1dsc_8190_2 子宝湯

全ての建物に立ち寄り、流石は保存の対象になるだけの建物である、と改めて感心したのであったが、今回は「子宝湯」(1929年(昭和4年)建造)の写真の一部を掲載するにとどめようと思う。
その理由は主要な建物だけでも写真の数は余りにも多くなってしまうからである。

1img_2339 入浴料金

建物の中には、昭和18年の入浴料金が掲示されていた。 
私は学生時代に京都で下宿をしており、その時の公衆浴場の料金は1973年で140円位、1979年で200円位であったかと朧気に憶えている。

1img_2340 入浴者心得

昭和27年の注意書も掲示されているが、今の公衆浴場にも似たような注意書が掲示されているのであろうか・・・。

浴室の大壁には富士山(男湯)とその周辺の景色(女湯)が描かれていた。
確信はないのであるが、この「子宝湯」はスタジオヂブリの作品のモチーフとなったらしいということを聴いたことがあるが、こういう絵も参考にされたのであろうか。 

[女湯の浴室]

1img_2338 

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[男湯の浴室]

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1img_2346 

因みに、浴槽はかなり深く、幼稚園児程度では溺れるのではなかろうかと思えた。

1img_2347_2 立っている女性(赤)、その横の子供はかろうじて頭が出ている

   

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小金井/ 桜 (2017年3月30日)

1img_2467 坂下橋より

今日は朝から暖かく、13時過ぎに野川に行ってみると、川べりを歩く人が多かった。
多分、この春一番の人出であったように推察するところである。
また、坂下橋から西側に見える大きな桜の木の付近では昼食を楽しむ人達が数組居られた。

坂下橋よりも西側のエリアにある桜は、まだ僅かにしか花を咲かせていなかったが、弁天橋付近のみ一分咲ほどの咲き方になっていた。

1img_2469 坂下橋から見た桜(殆どが蕾のままであった)

1img_2469001 同上(一部の枝には纏まって花が咲いている)

1dsc_8297 同上

   

2017年3月29日 (水)

法善寺[大阪]/ 不動明王 法善寺 (西向不動明王(水掛不動さん))

1img_1570 不動明王 法善寺

AW氏と「夫婦善哉」で「夫婦善哉」をいただいた後、「不動明王 法善寺」に詣でた。
「不動明王 法善寺」は「水掛不動さん」で浪花では有名なお寺である。
その詳細はお寺さんのHPをご覧いただくこととして、外国の人ならず日本人にとってもユニークな参詣の仕方で詣でることになる。
それは、お参りするにあたって御本尊に水をかけるということを行うからである。

AW氏には事前に詣で方を説明し、最初に私がお参りして例示しておいたので、AW氏もお賽銭の用意から不動明王様にお水を掛けさせていただくまで全てに亘って滞りなく参詣は進捗したのであった。

現在の御本尊は緑色の水苔で覆われている。
それは、昼夜を分かたず参詣する人達がかけた水によって常に潤った状態が維持されているからである。
なお、私が高校生が大学生の頃であったと記憶しているが、その頃の御本尊はそれほど水苔で覆われておらず、石の地肌が見えていたのであった。
あれから時日が経って40年を過ぎたのであった。

1img_1571 焼香

1img_1572 賽銭箱

1dsc09286 水掛不動さん

1img_1576_2 水掛不動さんに水を掛けるAW氏

なお、大阪では水掛不動さんとお呼びするのであって水掛不動さまではない。
決して馴れ馴れしいとか不遜なことではなくて、むしろ近く親しく尊崇する気持ちの現れである。

   

小金井/ 桜 (2017年3月29日)

1img_2462 坂下橋より(桜の下には昼食を楽しむ人達)

暫らく続いた寒気がおさまり、今日は久しぶりに暖かめの午後となった。
朝に見たテレビのニュースでは、都心の北の丸公園では桜の花が目立つようになってきていることを報じていた。

小金井は都心に比べて気温が1.5℃ほど低いようで、その分桜の開花や満開の時期は後ろにずれることが多いようである。
そういうことを念頭に置いて13時頃の野川の桜を観察してきた。

坂下橋から西側に見える桜の木には僅かではあるが花が咲いており、その数は26日よりも多くなっていた。
しかしながら、天気予報によって示された気温の変化を参考にすると、ここの桜が見ごろになるにはまだ数日を要するように推察するところである。

1dsc_8210 花はまだ僅か

   

2017年3月28日 (火)

法善寺横丁[大阪]/ 夫婦善哉 (夫婦善哉)

1dsc09278 

AW氏と「串かつだるま」で昼食を摂った後、暫らく心斎橋界隈を漫ろ歩いた。
小一時間ほど歩いたのであったが、AW氏はその人出の多さに驚いておられた。
かくいう私も、久しぶりに訪れた心斎橋がこういう混み方をしているとはつゆ知らずいささかの戸惑いを禁じえなかったのであった。

再び法善寺に戻ってきたAW氏と私は法善寺に詣でるつもりであった。
が、何時も行列のできている「夫婦善哉」の前に入店待ちの列がなかったので、これは神様の思し召しと考えて千載一遇のチャンスを活かすべく店内に歩を進めたのであった。
するとまさに神様の思し召しとばかりに丁度席が空いていたのであった。

1img_1559 お品書(暖かいのと冷たいのとの二種類のみ)

席に着いて、AW氏に夫婦善哉について解説し、暖かい方を注文することとした。

1img_1560 お茶

先ずは出されたお茶を喫しながら談笑していると、「夫婦善哉」が運ばれてきた。

1img_1561 夫婦善哉

AW氏にはワンオーダーで同じものが二つの容れ物に入れられて供されることが面白かったようである。
どちらから先に食べるべきかとの質問には、好きな方から、と答えたのであったが、想定外の質問であった。
何の躊躇も無くサラサラと食べ終えられたAW氏に味の感想を尋ねたら、美味でした、との答えが返ってきた。
私には上品なお善哉というものであるが、海外の人にはどう評価される味なのであろうかと黙考した次第であった。

1img_1567 店内(部分)

   

2017年3月27日 (月)

難波[大阪]/ 串かつだるま 法善寺店 (新世界セット、生ビール、熱燗)

1img_1580 串かつだるま 法善寺店

今回は先日出張で大阪を訪れたAW氏との二日目の話である。
AW氏は午後に関西国際空港から米国行きのユナイテッド航空に乗る予定であり、難波から南海本線で空港に向かうのが便利であると考え、難波界隈に出掛けたのであった。

まず、難波駅で関空行きの特急列車の席を確保して、次いでコインロッカーに荷物を預けてから戎橋筋、心斎橋筋と逍遥したのであった。

戎橋筋を歩き始めたのが11時半を回っていたので、まずは昼食をということになって、法善寺界隈の店に入ることにしたのであった。
AW氏にいくつかの料理の候補とその内容を示すと、「串かつ」が好い、との答えが返ってきた。
法善寺界隈では数軒の串かつ屋があり、それぞれを紹介した。
するとAW氏からは人気店が好いということで、これもAW氏の判断で行列のできている「串かつだるま 法善寺店」に並ぶこととなったのであった。

1img_1516 外壁

「串かつだるま 法善寺店」では外壁に沿って並んだのであったが、その壁には串かつの4大セットというのが掲示されていて、この中から「新世界セット」をいただくことにした。

1img_1536 地下への入口(店内)

列の最後尾に並んで直ぐに列が動き始め、あっという間に店内に導かれたのであった。
店内入口で30秒ほど待たされたが、直ぐに地下へと案内された。
外から見ただけでは地下にスペースがあるとは思わなかったので、若干大丈夫かいなという気分で階段を降りていったら、結構広くて明るい場所となっていて、既に大勢の先客で賑わっていたのであった。

1img_1521 取り皿

あてがわれたテーブルに着くと、そこには店名が書かれた丸い取り皿が置かれていた。 

1img_1522 二度漬け禁止のソース

また、テーブルの中央より横の位置に二度漬け禁止で有名なソースのバットが置かれていた。
このバットは結構大きいもので、中にはナミナミとウースターソースが入れられているのであった。
串かつが初めてのAW氏にはこのソースのことが分かっていないので、その作法について説明すると、ほほう~な~るほど、というような顔をされていたのであった。

1img_1520 生ビール

さて、注文であるが、何はともあれ「生ビール」を注文した。
また、併せて「新世界セット」を注文したら、「どて焼き」、「枝豆」、「キムチ」の中から一品を選ぶことになり、隣の若いカップルが食べていた「どて焼き」にAW氏が興味をそそられていたことからこれをいただくことにしたのであった。

1img_1523 どて焼き

「どて焼き」は味噌仕立てのモツと推察するところであるが、なかなか深みのある濃い味わいでビールのお供に好い加減であった。

1img_1526 串かつ(2ラウンド目)

「どて焼き」を食べ、生ビールを飲んでいると、串かつが次々と運んでこられた。
揚げたて熱々の串かつの串を持ち、次いでソースにドップリと漬けてから口に運ぶというスタイルはAW氏にとって印象深いようであった。
なお、1本目を口に入れたAW氏はその熱さに驚いておられたが、学習効果よろしく2本目からは火傷をしないように注意して口に運んでおられた。

1img_1529 串かつ(4ラウンド目)

串かつは全部で15本とのことであったが、数本ずつ5ラウンドほどに分けて供された。
中身はヴァラエティに富んでいて、AW氏は甚く気に入られた様子であった。

1img_1530 熱燗二合

なお、生ビールの後は熱燗に切り替えたが、串かつと熱燗の相性もなかなか好いものであった。
なお、熱燗の注文を聴いてくれたのはアジア系外国人の若い男性であった。 まだ日本語に慣れていなかったのか、キクマサムネ、アツカン、ニゴウトックリ、という意味が分からなかったようであったが、若い日本人の男性と女性の店員さんが優しく教えてあげていたのが実に良い感じであった。

なお、当店で串かつを食べた二日後のことであったが、テレビのニュースで「串かつだるまが入管難民法違反で社長他が書類送検された」ということが報じられていた。
法令順守と公明正大な従業員の処遇を期待するところである。

   

2017年3月26日 (日)

小金井/ 桜 (2017年3月26日)

1img_2211 坂下橋の西側

今日は夜半から雨が降り続いている上に気温が低く、寒々しい日であった。
小金井市では、市議会議員選挙の投票日であり、午後になって小雨になった頃合いを見計らって投票所に行って来た。
その帰途、ちょっと野川に寄り道してみた。
雨のせいか、弁天橋(坂下橋より二つ上流側)の下に人に慣れた鴨が数羽いただけで動物の姿を見ることはなかった。

桜の花に関しては、昨日とほぼ同様であったが、坂下橋の西側では十数個の花が咲いており、また弁慶橋の西側の桜にはちらほら花が咲き始めていたのであった。
なお、貫井新橋では昨日の第1号に加えて一輪の花が加わっていただけであった。

1img_2212 坂下橋西側の桜

1img_2213 坂下橋西側の桜は近寄ってみると十数個の花を確認できた

1img_2219 同上

1img_2210 弁天橋西側の桜には数十個の花が咲いていた

1img_2182 弁天橋に最も近い位置の桜の花

   

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小金井/ 桜 (2017年03月25日)

1dsc_8120 貫井新橋周辺の開花第1号

今日は夜半からの雨が降り続いており、更には気温も低くて寒い朝を迎えた。
昨日の天気予報では今日の雨を予測しており、そのためもあって昨日の午後に野川に桜を見に行ったのであった。

まず、坂下橋から見える桜の木々には未だ花は咲いている様子ではなかった。

一方、坂下橋から数えて一つ上流側にある貫井新橋から見える桜の木々にも花は見えなかった。
が、橋の東側、土手の北側から張り出している枝に一輪だけ咲く花を認めたのであった。
この桜の花は、貫井新橋周辺における今年の開花第1号であった。

1dsc_8121 貫井新橋より(黄色の円内が桜の花)

1dsc_8126 不知名鳥

なお、ここのところ野川では鶺鴒と推察しているが名前を知らない鳥をよく見かける。
非常に元気な鳥で、桜の枝々や野川の淵をあちらこちらと飛びまわっているのである。

   

2017年3月25日 (土)

小金井/ 野川 (鶺鴒の水浴び)

1dsc_8029 

先日、野川の淵を歩いていたら鶺鴒(と思う)が水浴びをしていた。
鶺鴒に限らず野川で鴨以外の鳥が水浴びをしているのを見るのは初めてであった。
鶺鴒は胴体の下半分と尾を水中に入れていて、時々羽も使って全身で水浴びをしていた。
やはり水温む季節となったことが鶺鴒を水浴びに誘ったのであろうか。
それとも私が今まで水浴びに出会わなかっただけであろうか・・・。

1dsc_8031 

1dsc_8033 羽をバタバタ

1dsc_8036 頭も水中に

1dsc_8037 水浴びを終えて石垣で日光浴か

   

2017年3月24日 (金)

梅田[大阪]/ 東北だべさ (ハイボール、函館ワイン)

1img_1510 東北だべさ

美々卯本店でAW氏とうどんすきをいただいた後、梅田界隈でもう一軒訪れることにした。
特に行き先を決めた訳でもなく、時間もまだ19時過ぎと早かったことから、御堂筋を北に向かって漫ろ歩くことにした。

1img_1494 淀屋橋

本町エリアを抜けて暫らく進むと淀屋橋に至った。
19時を過ぎた頃合いの淀屋橋は何故かセンスの良い服装の人達が行き交っているのが印象的であった。
そういう印象を持ったのは、ライトアップされた淀屋橋と周囲のビルの明かりが水面に映えていたせいであろうか・・・。

1img_1497 曽根崎お初天神通り入口

更に御堂筋を北上すると、曽根崎お初天神通りに至った。
この通りには多くの飲食店が存在することは大阪に疎くなった私でも容易に分かることであり、躊躇うことなく歩を進めたのであった。

1img_1507 東北だべさの階段の壁

この日は金曜日で、時間帯が20時前ということもあり、通りに繰り出した人の数は夥しく、したがって殆ど全ての飲食店は満席状態であった。
結局通りの端まで行って、戻り始めたところで見つけたのが「東北だべさ」であった。
何か確信があって入店した訳ではなくて、雰囲気で入ったのであった。
店は2階と3階にあり、提灯で飾られた階段を登ると入口であった。
店内は大きな空間であったが、幸い空いたテーブルがあったことから2階中央付近の二人掛けの小さなテーブルに案内された。
両隣も前も後も若い人達ばかりで、我々のようなおちゃん連れはずっと遠くの方のテーブルに1組だけであった。

1img_1499 ハイボール(アンクルトリスが輝いていた)

着席して直ぐに若いお兄ちゃんが注文を取りに現れ、枝豆を置いていった。
メニュを見ながらAW氏にハイボール(ウィスキー&トニックウォーター)はいかがと問うたらOKとのことであったので、ハイボールを2個注文した。
また、併せて「手造り出汁巻き玉子」と「軟骨唐揚げ」も注文したのであった。

注文を終えて程なく運ばれてきたハイボールを一口飲んだ。
そしてAW氏と顔を見合わせて「薄い!」ということで意見が一致したのであった。
後でメニュを見たら、+30円で濃いめにできるようであったが、時既に遅しなのであった。

1img_1500 手造り出汁巻き玉子

ハイボールを枝豆で飲んでいると、「手造り出汁巻き玉子」が運ばれてきた。
一口食べてみて、随分粉っぽいと思ったがAW氏にはそのことは告げなかった。
お互い2切れづつ食べたのであった、それも味には触れずに。

1img_1501 軟骨唐揚げ

「軟骨唐揚げ」は随分と時間が経ってから運んでこられた。
金曜日で客が立て込んでいたことと、素材が軟骨であったことから揚げるのに時間を要したものであろうと推察したのであったが・・・。

1img_1503 函館ワイン

ハイボールを飲み干した後、メニュを見ると「函館ワイン」というのがあった。
写真はボトルであったので、1本400円とは安いなァと思いつつ「函館ワインの赤、グラス二つで。」と言ったら怪訝な顔をされ、次いで「これはグラスで出てきます。」と告げられたのであった。
そりゃそうだね、と思い、グラスで二つ注文させていただいた。
供された若ワインは、「悪くないねェ!」ということでAW氏と意見の一致をみたのであった。

   

2017年3月23日 (木)

本町[大阪]/ 美々卯 本店 (うどんすき)

1img_1468 美々卯 本店

ニュージャージー州在住のAW氏とは米国勤務時代に知り合って25年となった。
マンハッタンではミッドタウンの高級フランスレストランからSOHOのカジュアルレストランまでかなりの店を巡った仲である。
一方、日本でAW氏と会うのは2回目である。
前回は10年以上前の東京で、新宿のホテルに宿泊したAW氏一家には二日間にかけて鎌倉や浅草を案内したのであった。
この時、AW氏一家には標準的な和食でもてなしたのであった。

今回は大阪であり、何か大阪ならではの料理をと考えたのであったが、グレードの高い料理をなかなか思いつかなかったのであった。
が、「美々卯のうどんすき」を忘れていたことに気付き、金曜日の夜はこれをいただくことにしたのであった。
美々卯の店舗は大阪市内だけでも数か所あるが、どうせならば「本店で!」と思い、予め電話で予約を入れたのであった。

アベノハルカスを出て、天王寺から地下鉄御堂筋線で本町へ移動した。
17時頃に入店したら時間はまだ早く、我々がこの日の夕方の最初の客であった。

1img_1474 うどんすき(二人前)

「うどんすき」といっても美々卯には「うどんすき」単独から刺身などが付くコースまで数点の選択肢がある。
私は、AW氏には純粋に「うどんすき」を味わってもらいたいと考え、「うどんすき」のみをいただくことにしたのであった。

着席してビールで乾杯していると、「うどんすき」の具材が盛られた大皿とうどんが入れられた大升が運ばれてきた。

1img_1475 ビールはサントリー

なお、ビールはサッポロなど数種類のメーカーから選択できるのであったが、AW氏に尋ねるとサントリーが良いとのことで、これをいただいた。
四天王寺から美々卯本店まで歩いてきた我々は渇ききっていたようで、最初の一杯はあっという間に飲み干してしまったのであった。

この間に、仲居さんが鍋に具材を入れて「うどんすき」を造り始めてくれたいた。

1img_1479 薬味

「うどんすき」ができあがる前に、薬味の入れ方などをAW氏に説明したが、この時AW氏は貝殻でできたお玉杓子に甚く興味を惹かれていた。
確かに他所では見ないものであるが・・・。

1img_1483 鴨肉、鴨つみれ

1img_1484 活海老

なお、具材が煮えるちょっと前に、仲居さんが鍋にうどんを半分ほど入れ、更に活海老が跳ねないようにトングで挟んでお鍋で茹でてくれたのであった。
若い着物の仲居さんが活きた海老をトングで挟んだままお鍋で茹でてくれる際は、仲居さんが清楚でスリムな女性であっただけに一種の緊張感が感じられた。
この日に限らずいつも活海老の茹で行程で感じるこの緊張感は私だけのことなのであろうか・・・。

さて、「うどんすき」ができあがったところでAW氏と徐に食べ始めたのであった。
まずは活海老を薦め、これらから食べ始めた。
先ほど感じた緊張感とは裏腹に実に甘露な活海老であった。

なお、AW氏は「うどんすき」を食べるのは初めてのことで、その味の良さにご満悦であった。

1img_1486 残った具材は小さめの更に盛り直して供される

1img_1489 清酒 大阪屋長兵衛

ビールの後は清酒に切り替えることにして、お品書の中から大阪という名前が付いている「大阪屋長兵衛」という銘柄をいただいた。
「うどんすき」に清酒、実に好い取り合わせであった。

1img_1492 美々卯 本店

美々卯本店には約2時間程居たのであったが、仲居さんの丁寧な立ち居振る舞いや料理の美味さにAW氏のみならず私も満足至極であった。

   

小金井/ 桜 (2017年3月23日)

1dsc_8044 野川の桜

一昨日気象庁から東京の桜について開花宣言が行われた。
これを受けて、毎年眺めている野川の淵の桜がどの様な状況にあるかを見に行ってきた。

坂下橋から眺めた限りにおいては、桜の花は認識できなかった。

1img_2057 坂下橋から見た野川の桜の木々

1img_2058 同上

しかしながら、野川の淵に降りて暫らく歩くと、桜の木の枝にはところどころに花が咲いているのが見えたのであった。
桜の花の数はほんの僅かであったが、蕾の多くは濃いピンクに色づいていて、これらが一斉に開花するのは一週間も要しないような様子であった。

1dsc_8038 

1dsc_8043 

1dsc_8057 

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1dsc_8061 幹の近くにも咲いていた

   

2017年3月22日 (水)

阿倍野[大阪]/ アベノハルカス (ハルカス300、60階展望室)

1img_1418 アベノハルカス(JR天王寺駅前より)

米国はニュージャージー州在住で25年来の友人であるAW氏と四天王寺を参詣した後、熊野街道を通ってアベノハルカスに向かった。
ハルカス300と名付けられた60階展望室に昇るためである。
この日は天気が好くて、ここに行けば大阪の街を一望のもとに俯瞰することができると推察したからである。

1img_1420 エレベータ内(夜の滑走路のイメージ)

さて、アベノハルカスの地下からエレベータに乗り、一旦16階まで昇って入場券を入手した。
金曜日の午後とはいってもさほどの混雑はなく、展望階行きのハルカスシャトルエレベータには到着と同時に乗りこむことができたのであった。

1img_1422 同上

この展望階行きのハルカスシャトルエレベータの壁面にはLEDによるディスプレイで夜の滑走路にアプローチするイメージが施されていた。

1img_1433 アベノハルカス60階

ほんの1分程の時間で60階の展望室に到着した。
照明の落されたエレベータを降りると、そこは地上300mの高さにある明るい空間であった。
この展望室は開館当初に喧伝されていたような混雑はなく、余裕を持って窓際に近寄ることができたのであった。
先述したようにこの日は天気が良く、地上300mの窓外には遠く南から東にかけて大阪平野が金剛・生駒の山々によって囲まれているのが視界に飛び込んできたのであった。
また、眼下には先ほど訪れた四天王寺も望まれ、更にその先には大阪城が小さくではあったがくっきりと見えたのであった。
反時計回りに歩を進めると、天王寺公園や天王寺動物園、その向こう側には通天閣を望むことができた。
通天閣は約100mの高さを誇る浪花の建造物であるが、今までは見上げていたものが下に見えるというのは一興であった。
なお、大阪城は、YT氏のブログによるとライトアップされているのがくっきりと見える。
次回は、夜に訪れるのも考えて置いても良さそうである。

1img_1438 四天王寺

1img_1435 大阪城

1img_1431 大阪城

1img_1425 

1img_1443 通天閣

1img_1463 道頓堀付近(翌日この付近を散策した)

1img_1445 大阪湾

1img_1448 泉北臨海工業地帯

1img_1458 生駒山

なお、我が生家のある堺市の方角を眺めたが、ほぼ逆光であったこともあり、定かには判別できなかった。
真冬の空気が透明な時に出なおすのが良さそうであった。

   

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2017年3月21日 (火)

四天王寺[大阪]/ 四天王寺

1img_1382 中門

先日、ニューヨーク勤務時代に知り合い、その付き合いが25年となるAW氏が仕事で大阪に来られた。

AW氏は最近は半年に1回程度の頻度で大阪に来られているが、今回も予め連絡を受けていたことから今年初めての母親訪問とAW氏との再会を兼ねて大阪を訪れたのであった。
AW氏と大阪で会うのは今回が初めてのことであり、氏の仕事が終わった金曜日の午後と帰米される前の土曜日の午後3時まで会うことにしたのであった。

私は母親が健在であることから大阪を年に数回訪れてはいるものの、社会人になって40年近くは名所旧跡を訪れることも無く、今では土地勘も無くなった私がAW氏に大阪を案内するのはなかなかしんどいことであった。
そこで、思案を重ねた結果、AW氏の訪れた場所を聴取し、それ以外の場所で数か所下調べをしておいた場所に案内することにしたのであった。

金曜日の午後、AW氏に再会して暫らく談笑した後、今までに氏の訪れられた先を尋ねると、大阪城と京都は行ったことがあるとのたまうのであった。
そこで、午後の限られた時間を考慮して「四天王寺」を詣でることにしたのであった。

1img_1384 

地下鉄谷町線で駅員さんに尋ねると、四天王寺前夕陽丘駅が最寄りであると教えられたので先ずは四天王寺前夕陽丘駅に向かった。
駅を出て四天王寺方向に歩くと、中門が左手に現れたのでここから境内に入ったのであった。

1img_1386 梅が満開であった

境内には梅の木が植えられていて、満開であった。
また、この日が金曜日であったためであろうか参詣の人出は着物の女性が多く、全体に落ち着いた雰囲気に包まれていた。

1img_1388 六時礼賛堂

1img_1392 六時礼賛堂からの石舞台

1img_1396 石舞台と六時礼賛堂

1img_1393 石舞台と六時礼賛堂の傍の池

石舞台と六時礼賛堂の傍の池に来たところで、ふと幼い日に父に連れられてここに来たという記憶が蘇えってきた。
もう55年ほど前のことである。
ということは、私が四天王寺を訪れたのはほぼ55年ぶりということになるのであった。
この文章を書いていて、あの日の光景は私の頭の中では雨であったように思いだしつつある。
また、池には亀が沢山いて、父がそのことを教えてくれたことを思い出してきたのである。
こういうことを思い出すというのは不思議な感じであるが、今のところこれ以上は思い出せないでいる。
こうやってブログに記述することによって昔の記憶が蘇えってくるというのは、悪くないことである。

1img_1398 北鐘堂

1img_1401 聖徳太子像

1img_1406 五重塔

1img_1409 弘法大師像

1img_1410 南大門

さて、AW氏とともに境内を散策したが、AW氏は四天王寺の建物を通してその歴史や由来を楽しまれたようであった。
また、私にとっては父との思い出が蘇えるという出来事であった。

   

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2017年3月20日 (月)

東京駅/ Madam Blå (ポーク肩ローストマトクリームソース)

1img_1296 Madam Blå

先日、今年初めて大阪の生家を訪れた。
往きも帰りも新幹線を利用させていただいたが、列車の予約が12時台ということであったことから東京駅で昼食を摂ることにして出掛けたのであった。

この日は東京駅では前回まで利用していた新幹線の19番ホームにある立食蕎麦は止めにして、駅構内で食事をしようとしたのであった。
しかし、である。
今まで食事ができると考えていたエリアが工事中となっていたことと、地下には座って食事ができる店が僅か4軒しかなかったことから、暫らくの間であったが東京駅の中を彷徨い歩く羽目となってしまったのであった。

京葉線のある方向に蕎麦屋があったような記憶があったのでこちらに向かったものの、件の蕎麦屋は消え失せていたのであった。
もう東京駅で昼食を摂るのを諦めようとしたときであった。
KeiyoStreetというエリアに一軒の店があったのであった。
その名を
Madam Blå
という。
決して熟女の下着を扱う店ではない。
店名だけを見て良からぬ想像をしたおっちゃんには猛省を促すところである。

さて、この「Madam Blå」という店であるが、発音は「マダム ブロ」だそうで、デンマークスタイルのオーガニックカフェだそうである。

東京駅構内を彷徨ったことから時間を無駄に使ってしまったので、入店して即オーダーしたのが「ポーク肩ローストマトクリームソース」(名称が正しいかは自信がない)であった。

1img_1293_2 ポーク肩ローストマトクリームソース

エントランス近くの窓口で注文し、ここで料理を受け取って奥のテーブルに着いた。
すると、すぐ近くからグラインダーで金属を削る凄まじく大きな音がひっきりなしに聞こえてくるのであった。
歯医者で歯を削られる音は身の毛もよだつが、食事時のグラインダー音も実に不快であった。
近い内に東京駅構内のリニューアルが完了することを願う次第である。

とはいうものの、先ずは食事である。
「ポーク肩ローストマトクリームソース」は、トマトソースの味はなかなかのものであった。
グラインダー音さえなければゆっくり味わうことができたであろうことを思うと、いささか残念至極なことであった。

1img_1295 椅子

なお、食べ終わって、それまで座っていた椅子が目に入ったが、人の臀部に形状を合わせたユニークな造りとなっていた。

   

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2017年3月19日 (日)

小金井/ 貫井神社(鴨、飛行機)

1dsc_7991 池面に向かってダイブする鴨

一昨日は野川を散策した後、貫井神社に詣でた。
貫井神社の境内も暖かい陽が射していて、中央にある池では鴨ちゃんたちが憩っていた。
また、鴨ちゃんの中には結構活発なのが数羽いて、池の淵から飛び込んでくるものもいた。
やはり、暖かくなると鴨ちゃんを始めとして鳥達も動きが活発になるようである。

1dsc_7992 着水直前で両足を揃えて衝撃に対応

1dsc_7993 着水

池に飛び込んでくる鴨ちゃんを見ていると、両足の水掻きを開いて滑水し着水の衝撃を緩和しているのが良く見えたのであった。

1img_1944 岩の上で甲羅干しをする亀

また、鴨ちゃんの騒ぎをものともせずに亀が岩の上で甲羅干しをしていた。
実にのどかな貫井神社であった。

なお、昨日は歩く会の人達を多く見掛けた。 この三連休は多くの人達が野川周辺にも歩きに来られているようすであった。
今日も天気が好くて何よりである。

なお、貫井神社に居た際に上空を飛んでいった航空機が存外に多かった。
殆どが航空自衛隊の航空機と推察するところであるが、若い隊員達が無用の戦に巻き込まれたり、あるいは不測のトラブルに遭遇しないよう切に願うものである。

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小金井/ 野川 (白鷺)

1img_1990 坂下橋の下から

昨日はJR武蔵小金井駅の南側にあるホールで開催されている写真展に伺った。
その帰りは歩いて野川に出たら、今年初めて白鷺を見かけた。
場所は野川に架かる坂下橋の直ぐ西側で、私が坂下橋の近辺で白鷺を見るのは小金井に住むようになって初めてのことであった。

白鷺は、野川の流れに入って頻りに漁っている様子であった。
昨日は一昨日から続いて天気も好く、水中には白鷺の餌となる小魚や水棲虫が多くいたのであろう。
私が居る間は無心で餌を漁っているようで、いつもよりも近くに寄ることができたのであった。

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2017年3月18日 (土)

小金井/ 野川 (桜、鳥)

1img_1912 野川(坂下橋より)

昨日は朝から暖かい日差しに恵まれたことから、久しぶりに野川の淵を歩いた。
いつものように先ずは坂下橋から眺めると、一部に緑が見えるものの未だ冬枯れの様相が残っていた。

淵に降りて歩いてみると、低木には新芽が膨らみ始めていた。
もう春は間近のようである。

1img_1930 桜の蕾(陽当たりの少ない場所)

1dsc_7978 桜の蕾(陽当たりの良い場所)

1dsc_7979 桜の蕾(陽当たりの良い場所)

一方、桜の枝に目を遣ると、緑色の蕾がかなり大きくなっていた。
ただ、陽当たりの良い高い場所にある蕾は先端が濃いピンク色になっていて、開花の準備が整いつつある様子であった。

1img_1932 桃の木

1img_1954 桃の花

また、極限られたエリアに植わっている桃の木は満開状態であった。
ここだけ満開状態であることから、多くの鳥が枝に留まっているのが見えた。

1dsc_7963 桃の木には名知らず鳥

1dsc_8010 桜の枝にも名知らず鳥

またバサバサという羽音に桜の木の上方を見上げると、二羽のインコが留まっていた。
このインコは昨年あたりから時々見かけるのであったが、どこかから逃げてきたのあろうか・・・。

1dsc_8014 インコ

1dsc_8016001 インコ

1img_1952 日向ぼっこのにゃんこ達

   

2017年3月17日 (金)

府中/ Genoise (チョコレートケーキ、コーヒー)

1img_0571 Genoise

小金井市が隣接する府中市には浅間山公園という小高い丘がある。
ここからは西南の方角の80km先に富士山が見えるスポットがある。
先日、富士山の写真を撮りに行ってみた。
が、富士山のある方角には朧気で覆われていて、富士山の姿は全く目にすることができなかった。
おまけに何時の間にか手袋の片方を無くしてしまい、沈んだ気持ちで帰途についたのであった。

しかし、である。
人生、悪いことばかりが続くものではない、のであった。

浅間山公園を出て、ほんの1分程歩くと、「Genoise」というケーキ屋さんがあり、店内でケーキをいただけるということに気付いたのであった。

1img_0568 店内(部分)、左側に見えるディスプレイの奥には工房がある

早速入店して店内左側に用意されているテーブルに着かせていただいた。
なお、ケーキは店内で販売されているものの中から選ぶので、ディスプレイに歩み寄ってあれこれ迷った中からチョコレートケーキをいただくことにした。

1img_0566 飲み物のメニュ

また、飲み物は壁に掛けられたボードにかかれていたCafe Originaleをお願いした。
当店ではコーヒーも紅茶もいただけるが、選んだケーキがチョコレートケーキであったので、コーヒーを合わせた次第なのであった。

1img_0564 チョコレートケーキ、コーヒー

1img_0562 チョコレートケーキ

1img_0565 チョコレートケーキ

チョコレートケーキはふんわりとしたスポンジ層と程良い甘さに仕上げられたチョコクリーム層の構成となっていて、それぞれが口腔内では絶妙のバランスを保った状態で混ざり合っていく際の口当たりと、それとともに味わいが徐々に変貌していくのが実に嬉しい逸品であった。
ケーキを嚥下して余韻を楽しんだ後、一口コーヒーを含むことによって口腔内をニュートライズし、改めてケーキを口に運ぶということを繰り返したのであった。

1img_0569 Genoiseの外壁に延びた木の影はまるで絵のようであった

  

2017年3月16日 (木)

住吉[大阪]/ 喜久寿 (名物 どら焼)

1dsc_6281 喜久寿

住吉大社は、その歴史も、またその規模もトップクラスの神社である。
したがって、その門前には多くの老舗や名店が並んでいるが、「喜久寿」もその内の一つである。
「喜久寿」は和菓子の名店であるが、我が母は当店の和菓子の中では特に「どら焼き」を好んでおり、我が生家では「どら焼きの喜久寿」と呼称している。

過日、住吉大社に詣でた帰りに「喜久寿」に立ち寄って「名物 どら焼」を購った。
店内は広く、多種多様の和菓子が並べられていたが、売れ筋は「名物 どら焼」のようで、次々と訪れる人達は「名物 どら焼」を求めておられたのであった。

店内がとても綺麗であったことから、若旦那と思しき人の許しを得て、店内の写真を撮影させていただいたが、改めて眺めるとやはり立派な店である。

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2017年3月15日 (水)

住吉[大阪]/ 御菓子司 末廣堂 (さつま焼)

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「御菓子司 末廣堂」は住吉大社の門前にある老舗で、創業は明治初年(1868年)らしい。
当店の「さつま焼」はその歴史は長くかつ浪花の和菓子として不動の地位を築いている。
したがって、地元のみならず大阪の大半のエリアでは食べたことがない人を見付けることは至難の技であると信じている。

この「さつま焼」は我が人生において私が記憶する最も古い和菓子である。
というのは、わが父は通勤で住吉大社の境内を通っていたことから、時々手土産として「さつま焼」を持って帰ってきており、幼いながらもその味わいに耽溺したのであった。
因みに、記憶している和菓子の中には、「河道屋のそばぼうろ」もあり、これは祖母が手渡してくれたことを憶えている。
父の妹である叔母がくれた「粟おこし」は子供であった私には非常に硬い食べ物であったことも思い出した。
「泉屋のクッキー」は円形で中心が抜かれていて4方向に硬いゼリーの付いているのが好きであったが、これは今でもデパートで良く見かける逸品である。

1dsc08615 店内には「住吉大社御用達」の看板

さて、過日のことであったが、住吉大社に詣でた後、さつま焼を購いに末廣堂を訪ねた。
店内はその歴史を物語るかのような調度品や賞状などが飾られており、さつま焼が秀逸な和菓子であり続けていることが見てとれるのであった。

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1dsc08611 さつま焼はその数に応じた包みの品揃えとなっている(紙箱、竹皮籠の二種類)

さつま焼は、我が生家では父の手土産であったが、広くは贈答のお菓子として有名である。
したがって、その包みも各種揃えられているが、デザインは昔から変わらぬ絵が描かれており、大阪に所縁のある人であれば見ただけでさつま焼であることが分かるのである。
この日は、持って帰って皆といただくことにし、人数分を購ったのであった。

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なお、私の頭の中のさつま焼は「漉し餡」のものであって「さつまいも餡」というのは記憶になかった。
が、店頭には「さつまいも餡」というのもあったので、両方持ち帰った次第であった。

1dsc08717 さつま焼

また、今から五十数年前のさつま焼はもっと素朴な姿をしていて、皮はこれほどフラットではなくてもっとでこぼこしており、焼き色も濃淡があったように記憶している。
何時の頃から今の様態に変わったのであろうか・・・。

   

2017年3月14日 (火)

住吉(大阪)/ 洋食 やろく (エビフライ&貝柱フライ定食)

1dsc08651 洋食 やろく

住吉大社に詣でた後、昼食を摂ることにして、門前市場である粉浜の商店街の方に向かった。
粉浜の商店街は非常に大きな商店街であって、我が父が勤めている頃には新鮮な刺し身(大阪では「お造り」という)や鰻の蒲焼などを買ってきてくれたことが何度もあった。
この粉浜の商店街に行けば佳店があると睨んだのであったが、その通りあったのである。

店の名は「洋食 やろく」という。
「やろく」という名詞には余り馴染みがないが、メニュの1ページには「弥六」が屋号であると記されている。
更に、弥という字には奉仕するという意味があり、六は縁起の良い数字である、ということが認めてあった。
なお、同じページに、当店の創業は1935年1月1日、と記されており、もう82年も続いている洋食店であることが分かったのであった。

店の構えも好い感じであるが、店内は広い部屋も含めて数室あって、収容人数は結構多そうであった。

我が妹と私は店内右奥の部屋に案内され、ほぼ中央のテーブルに着いたのであった。

1dsc08640 エビフライ&ビーフカツ定食

席に着いて、メニュを見ながらあれこれ迷った結果、我が妹は「エビフライ&ビーフカツ定食」を、私は「エビフライ&貝柱フライ定食」をいただくことにした。

10分程して供された料理は、いずれも『フライ~!!!』というもので、思わず知らずに頬が緩んだのであった。
そういえば、「ビーフカツ」というのは関西ではポピュラーな料理であるが、関東では余り口にすることが無い料理である。
関西のうどん・関東のそば、と同じように、関西のビーフカツ・関東のトンカツ、という食文化の相違というものなのであろう。
当店のビーフカツには最良の組合せであるデミグラスソースがかけられていて、食には鋭敏な我が妹が無言で食べ進んでいたことから、その味の良さ加減は自ずから知れたのであった。

1dsc08641 エビフライ&貝柱フライ定食

一方、私が選択した「エビフライ&貝柱フライ定食」にはホタテの貝柱フライとエビフライがそれぞれ2個づつが供されていた。
サクリと揚げられた衣は実に好い口当たりであり、絡めたタルタルソースとの相性も抜群に良かった。

1dsc08644 エビフライ&貝柱フライ

また、ホタテの貝柱も海老も大ぶりかつ新鮮なもので、中心部分が僅かにミディアムレア状態で供されるという、揚げの寸止め技術が光る逸品であった。
したがって、貝柱も海老も加熱によって増す旨味と素材本来の旨味とがバランス良く味わえるのであった。

1dsc08646 コーヒー(かなり飲んでしまってから写真を撮っていないことに気付いたのであった)

1dsc08648 家訓?

   

2017年3月13日 (月)

住吉[大阪]/ 住吉大社

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住吉大社は我が父母が結婚式を挙げた神社である。
それは今から65年ほど前のことである。
また、父は通勤に際して毎日住吉大社の境内を通っていた。
したがって、我が父母にとっては縁の深い神社である。

昨年、大阪の生家に行ったが、その際に妹の運転する自動車で住吉大社を訪ねることができた。

1dsc08548 反橋

住吉大社の広い駐車場に車を停めて、向かったのは「反橋」であった。
HPを見ると案内の地図には「反橋」と書かれていたが、我が家では「太鼓橋」と呼んでいる。

1dsc08558 反橋

この太鼓橋は大変に急峻な勾配をしており、幼い子供の頃はこの橋を渡るのは結構大変なことであった。
大人でも注意して渡らないと危ないのであるが、初詣などでは大勢の人がゆるゆると渡って行く様子はなかなか壮観なものであった。
因みに、我が父母も結婚式においてこの橋を渡ったそうである。
特に、母は花嫁衣装を纏っていたため歩くのが大変であった、ということを言っていた。

この日は、太鼓橋を渡って四つある本宮で構成された御本殿に詣でた後、妹の薦める「楠珺社」を詣でた。
「楠珺社」は「初辰まいり」で有名な末社である。
詳しくは住吉大社のHPをご覧いただければと思うが、ここは招福の猫で有名である。
訪ねたのは平日のことであったが、多くの参拝者で賑わっていた。

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2017年3月12日 (日)

奈良/ 奈良香寿軒 (奈良漬かすてら)

1img_3423 香寿軒の奈良漬かすてら

過日、奈良を訪れた際に購ったカステラである。
その名を「奈良漬かすてら」という。
近鉄奈良駅を出て人通りの多い商店街に入り、昼食を求めて歩いている時に見つけた逸品である。

カステラ自体は小麦粉に黒糖であろうかくどさの無い自然の甘味が付けられたものであったが、そこに散りばめられていたのは、程良い大きさに刻まれた奈良漬なのであった。

奈良漬のあの甘塩っぱいがマッタリとした味と、ベースのカステラのくどさの無い甘味が絶妙のバランスであった。
流石、奈良漬の本場ならではのカステラであった。

1img_3424 奈良漬カステラ

なお、全くの私事であるが、私は奈良漬が大好きである。
ご飯とともにいただく奈良漬はその熟成した粕からもたらせられる香りが熱々のご飯から漂うご飯固有の甘味のある湯気に乗って運んでこられるものには、得も言えないものがある。
ご飯の場合、瓜の奈良漬も佳いが、私は西瓜の奈良漬を最も好んでいただいているのである。
西瓜の奈良漬は、非常に柔和な口当たりであり、実の部分には奈良漬のエキスがたっぷりと蓄えられていて、これがご飯に染み込んだものは他の追従を許さないほど美味な逸品となるのである。

また、バターを塗ったトーストに奈良漬を合わせていただくのも好きである。
この場合、歯応えも大切であり、奈良漬は瓜のものがベストである。
パンの甘味、バターの塩味の効いた酪味、奈良漬の熟成した粕味、バターで少し柔らかくなった部分のあるトーストのサクリとした歯応え、瓜の奈良漬の繊維から来る弾力のある歯応えが、絶妙な味わいを醸しており、これに勝る奈良漬とパンの食べ方に未だ出会ってはいない。

  

2017年3月11日 (土)

国分寺/ だんごの輪島 (ファイト最中)

1img_1230 だんごの輪島

「だんごの輪島」は、元プロボクシングチャンピオンである輪島功一氏が経営される店で、国分寺における有名店の一つである。
テレビの取材は頻繁に行われているが、そのことに関係なく店の前には何時もだんごを買い求める人達で賑わっている。

1img_1232 店頭(部分)

当店の売れ筋はみたらし団子であるが、また「ファイト最中」もベストセラーとなっている。
この「ファイト最中」というのは、ボクシングのグローブの形をしたものであり、中には漉し餡がぎっしりと詰められている。 

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なお、包み紙の背には
 練習は根性
 試合は勇気
と書かれている。
これは輪島功一氏の哲学を言葉にしたものであるが、サラリーマンや学生、あるいは私のような一般人が何かしていく際の心構えにも通じるものであるように思えた。

   

2017年3月10日 (金)

国分寺/ cafe COLORADO (ブレンドコーヒー)

1img_1229 cafe COLORADO

「cafe COLORADO」は、国分寺南口のバス停からほんの数十メートルのところにあるカフェである。

会社勤めをしていた頃は、国分寺からバスに乗ることもあり、その際に黄色い看板と店内のオレンジ色の明かりを目にしたものであった。
家の近所の駅前にある店に会社帰りに立ち寄って飲食するという習慣はなく、何時も店の前を通り過ぎるだけで今まで入店したことがなかった。

先日、M社OBで小平在住のMN氏と昼食を共にした後、MN氏の求めに応じて喫茶店を探したが、その際に思い出し、初めての入店を果たしたのであった。

「cafe COLORADO」はず~っと以前から営業されていて、カフェというよりも昭和の雰囲気を保った所謂喫茶店である。

店内は、喫煙エリアが設けられていて、タバコを嗜まれるMN氏とともに喫煙エリアのテーブルに着いたのであった。
午後1時前の喫煙エリアでは昼食を終えた近隣のサラリーマン氏達が紫煙をくゆらせながら一杯のコーヒーでマッタリされていた。

1img_1226 ブレンドコーヒー

我々が注文したのは、定番のブレンドコーヒーであった。
このブレンドコーヒーは酸味は左程強くはなく、また苦味も程良いもので、MN氏は思わず知らずに
「美味い!」
と呟いておられた。

1img_1227 コーヒーシュガー

テーブルの上には、褐色でザクザクとした感じのコーヒーシュガ―のポットが置かれていたが、こういう砂糖の供し方をする店は随分減ってしまっている中で、当店の喫茶店としての矜持を見たようであった。

   

2017年3月 9日 (木)

国分寺/ あぶりゃんせ 百干 (ミックスフライ定食)

1img_1219 あぶりゃんせ 百干

先日の夜、M社OBで小平在住のMN氏からメールが入り、翌日の昼食に誘われた。
待ち合わせ場所と時間を問うと、国分寺マルイの9階にある噴水の前で11時半という返事が来たのであった。
国分寺マルイの9階にはレストラン街があり、フロアの中央部に噴水があったことも記憶するところであり、承った旨を返答したのであった。

1img_1217 国分寺マルイの9階

翌日、国分寺マルイの9階に刻限よりも少し早く行った。
すると、あるはずの噴水が無いのであった。
どうやらいつの間にか撤去されてしまっていたようである。
そこで、噴水のあったはずの場所付近で待っていると、MN氏が現れた。

MN氏と会うのは約1カ月ぶりのことであり、大病をされたMN氏の体調を尋ねると、暫らく前に内視鏡の定期検査を受けたが、直後はイマイチであったものの今はもう大丈夫であるとのことであった。

さはさりながら、MN氏の体調を慮って店を選んでいただくと、和食の店である「あぶりゃんせ 百干」に入ることとなった。
因みに、百干と書いてヒャッカンと発するそうである。

1img_1224 ミックスフライ定食(切干大根、味噌汁、香の物、中濃ソースが付いてきた)

店頭のディスプレイを見てから店内に歩を進めたのであったが、改めてお品書を見てMN氏の選ばれたのは「ミックスフライ定食」であり、あっさり系を選択されると思っていた私の予想は外れたのであった。
私は脂系大好き人間であるから、「ミックスフライ定食」を躊躇なくいただくことにしていた。
MN氏に料理の選択を尋ねると、年に数回であるが無性に辛い物や脂っこいものを食べたくなられるそうである。
特に坦々麺などの場合には、翌日に腹痛と下痢に悩まされることは覚悟の上で食べられるとのことであった。
そういう状況であっても、食べたい時は食べたいということであった。

1img_1222 メンチカツ、カキフライ、アジフライ

談笑して10分ほどした頃、注文した「ミックスフライ定食」が運ばれてきた。
皿にはメンチカツ、カキフライ、アジフライが千切りキャベツの上に載せられ、トマトとブロッコリが添えられていた。

1img_1223 五穀米

また、ご飯は白米か五穀米を選べるというので、MN氏も私も五穀米を選択したのであった。
五穀米がどれくらい健康に良いのかは分からないが、この歳になると少しでも健康に良いと言われているものを選ぶようになっていることに気付いたのであった。

  

2017年3月 8日 (水)

小金井/ 麺工 豊潤亭 (特製中華そば 並)

1img_1207 麺工 豊潤亭

昨年11月に開店したラーメン店である。
開店当日からずっと行列ができていて、店の前にまでは行ってみるものの行列の長さに辟易として、入店を見合わせてきた。
先日、所要があって駅前の銀行に行きその後「ヴァン・ド・リュー」で昼食を摂った際に、直ぐ傍にある当店の前を通り過ぎた。
その時は行列は無く、何時でも入店できそうに見えた。
その翌日の午後に再び駅前にある別の銀行に所用ができたので、銀行に行く前に当店に立ち寄ったのであった。

この日も行列は無く、待たされることのないままスムーズにドアを開けて入店した。
入店して直ぐ左に券売機があり、ボタンの列の全体を一瞥してから「特製中華そば」の並のボタンを押したのであった。
この「特製中華そば」のボタンは数列あるボタンの中段辺りに位置していて、危うく見逃してしまうところであった。
初めて入店した店の場合、最上段最左にあるスタンダードなラーメンのボタンを押してしまうのが常であったが、この時は後ろに並ぶ人も居らず、落着いて選択できたのが良かったのであった。

「特製中華そば」と印字された食券を持って奥に歩を進めると、逆L字型のカウンターのみの席構成となっていて、奥からびっしりと先客で占められていたのであった。

ということで、空いていた比較的入口に近い側の席に着こうとすると、店主殿から1枚のボードを目の前に出された。
そこには背脂の量が写真入りで示されていて、標準・中脂・大脂・鬼脂のどれかを指定するというものであった。
初めての入店であることを伝えると、店主殿は若干強面の顔をニッコリほほ笑ませて、標準を薦めてくれたのであった。

1img_1202 特製中華そば

ストゥールに腰かけて、カウンター上に重ねてあった金属製のカップに水を入れて、「特製中華そば」が出来上がるのを待った。
当店では、麺の茹で方、具材の盛付、店主殿の立ち居振る舞いを見ていると、いずれも丁寧になされていた。
これは佳いラーメンがいただけるという期待が膨らみつつ、約5分ほど待った後に注文の「特製中華そば」ができあがったのであった。

当店のラーメンは、店頭の提灯に大書されている通り「背油煮干し」をコンセプトとする一品である。
まずは、上方から鳥瞰すると背油(標準)が若干の間隔をとりながらも満遍なくスープの表面を覆っているのであった。
置かれた具材、は面積の広い薄切りチャーシュー1枚、大ぶりの厚切りチャーシュー2個、タマゴ、メンマ、刻みタマネギ、揉み海苔、というものであった。

先ずスープを一掬い含んでみた。
スープは非常にサラサラとしたもので、背油と合わさった際の口当たりの良さを綿密に計算されたものであった。
また、煮干しから来る味はくどさが全く無く、ハラワタやその周辺を丁寧に取り除いたものが使われているようで雑味は完全に除去されたものであった。

チャーシューに関しては、薄切りの方が肉の甘味が濃いく出てくるので私はこちらをより好むが、厚切りのチャーシューはこれはこれで肉を食べたという満足感がたっぷりあるもので好印象であった。

また、揉み海苔はスープで適度に膨潤させたものを麺とともに啜ると海苔に固有のヨード系芳香が感じられ、刻み玉葱の覚醒感とは相対する味わいとなっていた。

なお、テーブル上の金属容器に入れられているラー油であるが、これがサラサラ系のもので見た目には軟弱な野郎に見えるのであったが、適量を垂らしてみると、スープの味わいも具材の味わいも一気に活性化されるという優れ物の硬派野郎なのであった。

1img_1203 麺は幅広の太麺

なお、丼鉢を覆う具材の下の麺を引き上げてみると、幅広の太麺が現れた。
見た目は重そうであったが、表面は滑らかで啜り上げる口当たりは軽快なものであった。
なお、麺の量は並で250gあるとのことで、私には若干多かったが、全て美味しくいただいたのであった。

1img_1204 胡椒、餃子用醤油、ラー油(左から)

1img_1206 店頭の立て看板

   

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2017年3月 7日 (火)

小金井/ 新西洋料理 ヴァン・ド・リュー (ランチ:スズキのチーズ焼き)

1img_1195 新西洋料理 ヴァン・ド・リュー

先日、銀行に所用があって出掛けたのであったが、その際に久しぶりに「新西洋料理 ヴァン・ド・リュー」に立ち寄る機会を得た。

1img_1186 店頭のメニュ 

店頭に置かれたボードには各種の料理が書かれていて、この日もランチメニュの中からどれか一品を選ぼうとボードを見ると、三品の料理が記されていた。
今までに「牛肉のハンバーグ」と「鶏胸肉のソテー」はいただいていたので、「イワシのチーズ焼き」をいただくことにして、ドアを開けたのであった。

店内中央の椅子に腰かけつつ、ご主人の問いに応えて「イワシのチーズ焼き」をお願いした。
すると、イワシは無くなったので、スズキで良いかと尋ねられたので、否やはなくむしろウェルカム状態でスズキでお願いしたのであった。

また、何となくワインが飲みたくなり、白ワインをグラスでお願いした。

1img_1188 白ワイン

カウンターの向こう側では、ご主人が緑色のスタンダードサイズのボトルから白ワインをグラスに注がれる様子が目に入った。
が、銘柄は分からなかった。
供された白ワインはライトボディのさっぱりした口当たりのもので、白身の魚には相性のよいものであった。

1img_1191 ランチ:スズキのチーズ焼き

グラスの白ワインを少しづつ飲んでいると、当店の得意とする野菜の付け合せとともにスズキのチーズ焼きが供された。
ズズキのチーズ焼きは、小麦粉を打たれたスズキのソテーにボーフォールのようなチーズが載せられていた。
軽くフォークを添えておいてナイフを入れると、肉厚のスズキの身がホクリとした様相で現れたのであった。
一切れを口に運ぶと、最初にスズキの身から漂う香りが感じられ、咀嚼を始めると熱を通されたスズキに固有の旨味が広がったのであった。
そして直ぐに、チーズのミルキーなアクセントをもった塩味が現れ、さらに馴染みのあるソースの味が感じられたのであった。
このソース、何処かでというか日常頻繁に味わっているソースと同じような味わいであった。
そのソースとは、ウースターシャーソース、である。
しかし、街の大衆食堂ならいざ知らず、当店でウースターシャーソースが使われるはずなどない!と思ったが、スズキの下に敷かれたレタスに絡むソースはやはりウースターシャーソースと同様の味に思えたのであった。
とはいえ、このウースターシャーソースに類似したソースがあることによってスズキのチーズ焼きは佳い味わいの一品となっていたことは確かであった。

付け合せの野菜は、レタス以外には、小松菜のポアレ、細切りニンジンのターメリック和え、ふろふき大根と見紛うかのような当店お馴染みの大根、それに茹で卵、であった。
これらの中では、細切りニンジンのターメリック和えのシャキシャキとした食感が印象的であった。

1img_1192 デザートとコーヒー

最後に、フルーツタルトがデザートとして供されたが、残念ながらフルーツの種類を特定することができなかた。
あくまでも想像であるが、使われていたフルーツが熟する前のバナナのような印象を持ったが、確信は全く無かった。

   

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2017年3月 6日 (月)

横浜/ みなとみらい 

1img_1046 パシフィコ横浜(左)、インターコンチネンタルホテル横浜(右)

先日、写真機材の展示会であるCP+に出掛けた。
そして、展示会場を出た後、みなとみらいエリアを散策した。

1img_1056 CP+2017の会場となったパシフィコ横浜

1dsc_7911 インターコンチネンタルホテル横浜

パシフィコ横浜を出た時には、CP+の会場を歩きまわったりあるいは撮影体験の列に結構長時間に亘って並んだせいか、かなり足は疲れていた。
が、まあ桜木町駅位までは余裕のヨッちゃんで歩けると思い、横浜コスモワールド(大観覧車があるので有名)、汽車道、日本丸というルートで歩いたのであった。

1img_1063 ベイブリッジの向こうに大型航空機二機が編隊飛行

インターコンチネンタルホテルの南側にある橋を渡っていると、東方向にベイブリッジが見えた。
橋柱を含めた佇まいの優雅さに目を奪われていると、大型の航空機(民間航空会社の旅客機サイズ)二機が編隊飛行で右から左へ航過して行くのが目に入ったのであった。
残念ながらD800には望遠レンズを装着していなかったので、SX720HSで望遠撮影した。
が、手前の構造物によって焦点の合わない画像となってしまった。
残念!である。

1dsc_7917 みなとみらいエリア

1img_1072 遊園地

大型航空機が通り過ぎた後、橋のランドマークタワー側をみると遊園地があり、恐怖感満載の乗り物が見えた。
戦闘機の急降下の感覚を体験できそうに思えたが、この日は遠慮した次第である。

1img_1073 横浜コスモワールドの大観覧車とローラーコースター

横浜コスモワールドの横を抜けながら、十数枚の写真を撮ったが、どうにも俗っぽい感じがしたものばかりであった。

1img Miyuuさんのポスター

ワールドポーターズに入ると、Miyuuさんのコンサートが行われていた。(残念ながら撮影禁止であった。)
しばし澄んだ歌声を聴いて心は癒された後(足腰の痛みは段々酷くなっていた)、汽車道を歩き始めた。

1img_1082 水陸両用バス

汽車道を歩き始めて直ぐのことであったが、対岸のみなとみらいのクィーンズスクエアあたりから観光バスが大きな水しぶきをあげて運河に飛び込んだのが見えた。
そのまま水上を移動し始めたことから、観光用の水陸両用バスであることが見てとれたのであった。
東京でも水陸両用バスでの観光ができるので、天気の良い日に東京か横浜で体験してみたく思ったのであった。

好天に恵まれたこともあって汽車道からの眺めはとても佳く、植えられた桜が咲く頃に改めて訪れたいという気分になったのであったが、実現できるかどうかは定かではない。

1img_1085 汽車道からの眺め

1img_1095 汽車道から見た横浜コスモワールドとインターコンチネンタルホテル

1img_1102 ランドマークタワー

1img_1107 汽車道からの眺め

1img_1109 同上

1dsc_7936 同上

1dsc_7944 日本丸

日本丸は変わらず美麗なる姿で佇んでいた。
我が祖父は東京商船大学を卒業しており、帆船で実習したはずであることを想うと、日本丸を見る時はいつも何故か特別な親しみを感じるのである。
祖父がどの練習船に乗っていたかについては、機会があれば調べてみようと思っている。

1dsc_7950 ドライドック越しのランドマークタワー

1dsc_7953001 動く歩道からみた日本丸

1dsc_7955 JR桜木町駅前

JR桜木町の前にまできたのであったが、足腰の痛みは大きくなっていた。
休憩しようと思ってコーヒーショップを探して見たが、いかんせん土曜日のことであって、全ての店は満席かつ行列ができていた。
ということで、中華街に戻る気力も潰え、帰路に着いた次第となったのであった。

   

2017年3月 5日 (日)

台北(台湾)/ 天仁茗茶 (茉莉花茶)

1img_0001 台北で購った天仁茗茶の茉莉花茶

昨日の横浜中華街に関する拙文において、「天仁茗茶」は台北には店が無いということを記したが、気になったので自分自身の記録を調べてみた。

1img_0001_2 所在地は台北市

すると、何時の出張の時であったかは特定できなかったが、一人で台北市内の「陸羽茶荘」などを巡った際に「天仁茗茶」で「茉莉花茶(ジャスミン茶)」を購っていたことが判明したのであった。
ただし、昨日の天仁茗茶のHPを見ると台湾の店に関する記述が無かったので、現在は台湾店は存在しないものと思料するが・・・。

1img_1266 銘柄のラベル

1img_1267 茉莉花茶

「天仁茗茶」の「茉莉花茶」は、ちゃんとティーポットで淹れると実に香りが佳いお茶となり、その味も雑味の無い爽やかなものであった。
その昔、中国で一般的に行われていると紹介されていた「湯呑に直接茶葉を入れて、そこにお湯を注ぐ」という飲み方をしたことがあったが、香りが強すぎたり、渋みが出たりと、余り好いものではなかった。
以後、ティーポットで淹れることを続けているが、ちょっとした手間暇をかけることでお茶の風味が変わるということを知った次第であった。

   

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2017年3月 4日 (土)

横浜/ 中華街

1img_0983 延平門

先日CP+を観に行った際に、早めの昼食を摂るべく横浜の中華街を訪れ、「謝甜記」でお粥を食したことは既に記した通りである。
その際に、JR石川町から中華街に入り、みなとみらい線の元町中華街駅まで漫ろ歩いたのであった。
何時の頃かは憶えてはいないが、私にとっては中華街に行くにはこのJR石川町駅からアプローチするのが最も分かり易いルートとなっている。

1img_0989 

「延平門」を過ぎて中華街エリアに入り、ほんの少し歩くと「天仁茗茶」の横浜中華街店が現れる。
「天仁茗茶」の横浜中華街店には入ったことがないが、ニューヨークの中華街にある店やシンガポールの店には何度か訪ね、数種類の茶葉を購ったことを記憶している。
なお、台北の店でも茶葉を購ったように思っていたが、HPを見ると台北には店がないようであった。

1img_0991 善隣門

中華街の中でも特にランドマーク的な門である「善隣門」の前に来ると、10時半頃という早い時間にも係わらずこの辺りは多くの人出となっていた。

1img_0992 10時半頃の北門通

「謝甜記」を探して「北門通」をゆるりと歩いたが、この通りも大勢の観光客、修学旅行生の人達で賑わっていた。
通り沿いには、肉まんや焼売などの点心類を配送してくれる店もあり、大阪の母に何か送ろうかと考えたが、食事を先にしたことから、食後にはそのことを忘れてしまっていたのであった。

1img_1010 天后宮、中央に媽祖廟

「謝甜記」でお粥を食した後、同店の弐号店の前を通り「天后宮」の前に至った。
「天后宮」の中央には「媽祖廟」が建っていて、一旦はお参りしようかという気持ちになったが、先を急いでいたこともあり、まずは元町中華街駅に向かったのであった。
この時点では、再び中華街を訪れ遅い昼食を摂るつもりでいたが、結局この日は再び中華街に戻ってくることは無かったのであった。

1img_1013 媽祖廟

  

2017年3月 3日 (金)

横浜/ CP+ (Canon:SX720HS)

1img_1038 

今回は、CP+におけるCanonの展示での撮影体験である。
とても清楚なお嬢さんがモデルであった。
カメラは、Power Shot SX720HSを用いたのであった。

1img_1039 

1img_1040 

1img_1041 

   

2017年3月 2日 (木)

横浜/ CP+ (SONY:ILCA-99M2、FE70-200mm F2.8 GM OSS)

1dsc07407_2 

昨日に続き、SONYの機材を用いた撮影体験である。
これは、スポーツなどで威力を発揮する連続撮影機能を体験したものである。
こういう高速連続撮影機能は動きの速いスポーツの撮影や一瞬を切り取る報道写真の撮影には有効であろうと改めて認識した次第であった。

以下に、撮影機材の仕様と撮影条件を記した。

カメラ:SONY ILCA-99M2
レンズ:SONY FE70-200mm F2.8 GM OSS
F値:2.8
焦点距離:80mm
シャッタースピード:1/1000
ISO:1000、1250
WB:Auto


話題は逸れるが、私は連続撮影で得たスティル写真の映像に余り興味が無かった。
今から45年ほど前に初めて一眼レフカメラを手に入れたが、その頃はまだ連続撮影のための付属装置や連続撮影ができるカメラなどはプロの報道カメラマンが使うもので、一般の人は狙った一瞬を撮影するために撮影の意思が決まった瞬間から指の動きが始まり、それがシャッターボタンに伝わってシャッターが切れるまでの僅かなタイミングを体に覚えさせて撮影したものであった。
言い換えると、入魂の一写、というものなのであった。
そういう経験を持つ者ならば、連写で偶然撮れた映像には写真家の意思が入っていない偶然の産物のように見えるのであった。
極論すれば、画質の良いビデオから最も良いと思う部分だけを焼けば良いということと同じように思えるのであった。

例えば、である。
以下のバスケットボールの写真を例にとると、バスケットのボールが丁度リングを横切り、リングが赤道とするとボールの北半球と南半球が等しく写っている写真は、その瞬間を狙うという意思がないと撮れない、ということなのである。

まあ、異論反論もおありであろうけれども、年寄りの繰りごととお許しくだされまし。


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1dsc07413_2 

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1dsc07417_2 

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1dsc07419_2 

1dsc07420_2 

1dsc07421_2 

1img_1029_2 

  

2017年3月 1日 (水)

横浜/ CP+ (SONY:ILCE-7RM2、FE85mm F1.4 GM)

1dsc07424 F8

先日パシフィコ横浜で開催されたCP+ではカメラメーカー各社から様々な展示が行われていた。
その中でひと際華やかであったのはSONYの展示であった。
SONYでは写真機材の展示説明のみならずモデルさんを使った撮影体験が行われていた。
私はモデルさんに限らず女性単独の姿を撮影したことがなかったのでいたく興味が湧き、この撮影体験の列に並んだのであった。
約30分ほど待った後、私の番が回って来た。

1img_1030 撮影ブース

1img_1028 同上

いよいよ撮影ブース内に招き入れられ、SONYの人の指導で撮影することとなった。
私は2台用意してある内の左側のカメラで撮影させていただくことになった。
このカメラとレンズの仕様や撮影条件は後述するが、撮影のライティングは赤色光となっているのであった。

モデルさんを相手にした写真撮影は生まれて初めての経験でであり、いささか緊張することを予想していたが、実際に撮影に臨むとそうでもなかった。
というのは、モデルさんにポーズをリクエストしたり、あるいは話しかけたりするということはなく、モデルさんが自分でいろいろなポーズをしてくださるのに合わせてシャッターボタンを押すという動作を繰り返すだけであったからであろう。
また加えて、カメラを介してモデルさんを見たということのため、表現は適当ではないかもしれないがサングラスを介して相手を見るというような、いわゆる当方の視線がモデルさんの視線と直接交差しないでいたからであろうと推察している。

撮影した写真の内の何枚かを掲載させていただいたが、やみくもにシャッターボタンを押した結果の写真であり、映像としての出来具合は不問に願いたいところである。

因みに、撮影条件は以下に記した通りであるが、F値8が推奨絞り値だそうである。

カメラ:SONY ILCE-7RM2
レンズ:SONY FE85mm F1.4 GM
F値:写真の横に記載
焦点距離:85mm
シャッタースピード:1/100
ISO:200
WB:白熱灯
露出補正:-1.0EV


なお、撮影させていただいたモデルさんは、当方からの挨拶に笑顔で応えていただいたり、あるいは柔和な表情を時折見せられるなど、事前に想像していたのとは異なり、笑顔の素敵なお譲さんであった。


1dsc07436 F8

1dsc07437 F8

1dsc07438 F2.8

1dsc07442 F2.8

1dsc07443 F2.8

1dsc07447 F2.8

1dsc07451 F2.8

1dsc07448 F2.8

   

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