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2016年12月

2016年12月31日 (土)

小金井/ 星座 (オリオン座)

1dsc_7778001 オリオン座(@小金井市、2016年、12月30日22時04分)

今日は大晦日、今年も今日が最終日となりました。
当地はここ暫らくは幸い晴天に恵まれ、夜空には冬の代表的な星座であるオリオン座を観ることができております。

さて、拙文をお読みいただいた皆さまにおかれましては、大晦日までお勤めをされていらっしゃる方や、あるいは一年の疲れを癒すべくゆるりとお過ごしの方、はたまたお正月の準備に余念が無い方がいらっしゃることと拝察いたしております。
本年も弊ブログにお付き合い賜りましたことを、厚く御礼申し上げます。
特に、Kabochanさん、FORTNUM & MASONさん、すずらんさん、ミントさんには沢山のコメントで励ましていただきましたことに心から御礼申し上げます。
また、頂戴しましたコメントに迅速に返事を差し上げることができませんでしたことには深くお詫びを申しあげます。
更に、我が朋友の均ちゃん、TI氏には折に触れて会食に誘っていただき、ブログネタを発掘させていただいたことに御礼申し上げます。

私事では、春と秋に2回も入院をするという予想だにしなかったことを経験いたしました。
皆様にはその都度温かいご支援ならびに励ましのコメントを賜り、ありがたく感謝いたしております。
2017年はこのような病を患うことなく過ごせるよう今以上に健康管理に留意する所存でありますが、併せてできるだけ多くの場所に訪れて興味ある話題を掲載してまいりたく思っております。
2017年もよろしくお願い申し上げます。

では、皆様、どうぞ佳いお歳をお迎えください。

小金井のジャッカル(JACKAL FROM KOGANEI : JFK)

  

2016年12月30日 (金)

三鷹/ KINOKUNIYA vino kitchen (チリ産赤ワイン、ローストビーフ、皮付きポテト・バジルディップ)  [4/4]

1img_7659 KINOKUNIYA vino kitchen

先日、朋友の一人であるTI氏と銀座で二軒、三鷹で一軒と飲み歩いた後、最後にもう一軒ということで三鷹駅北側にある「KINOKUNIYA vino kitchen」でワインを飲むことにした。

「KINOKUNIYA vino kitchen」は店の前に行ってみると高級食材店である紀ノ国屋が経営するワインバー・レストランであることが分かったのであった。
エントランスに歩を進めると若い女性店員さんから、カウンターで飲むのか食事をするのかを尋ねられた。
もう既に三軒の店を経てきた身としては改めて食事を摂るという意識は全くないし、かと言って何も食べずに飲むつもりもない。
そこで、ワインをいただきながら軽く食べ物をいただきたい、という旨を伝えると、大きな窓の横の二人掛けの小さなテーブルに案内されたのであった。

着席してワインリストを見ると、グラスワインが13種類取り揃えてあり、価格も380円~1,800円というものであった。
これらのワインの中から1杯目として「8番 グラシア カベルネ・ソーヴィニヨン」を選択した。

1img_7642 本日のお通し(左からローストビーフ、?、チーズ?)

1img_7641 お通し(パン盛合せ)

暫らくすると、最初に「本日のお通し(三種類:ローストビーフ、忘却、チーズだったような?)」と「お通し(パン盛合せ)」がテーブルの上に並べられた。
それぞれのお通しは後でレシートを見た所その価格がそれぞれ500円となっていたが、いずれも味が佳く、ワインをいただくのにまずはこれだけで十分というものであったので、ウルトラにCPの良いお通しであった。

1img_7643 グラシア カベルネ・ソーヴィニヨン

TI氏とお通しを貪っていると「グラシア カベルネ・ソーヴィニヨン」が運ばれてきた。
そして、そのワインは香りも味も、更にはその量も、入れられているワイングラスも、全て私達の期待を大きく上回るものであった。

1img_7650 メニュ(部分)

ワインを楽しみながらメニュを見ると、あちらこちらに主要な料理の絵が掲載されていた。
いずれも興味が強くそそられる絵と料理であったが、特に「ローストビーフvino盛り」は一見信じがたい盛付のものであった。
そこで「これを注文てみよう」ということになって、「ローストビーフvino盛り(2~3人様向け)」をお願いしたのであった。
また、「皮付きポテト・バジルディップ」も一緒に注文した。
今から思えば、TI氏も私もポテトが無条件に好きなようである。

1img_7645 ローストビーフvino盛り(2~3人様向け)

1img_7653 粒マスタード

1img_7652 ポテトサラダ、レタス、オニオンスライス

暫らくして供された「ローストビーフvino盛り」は驚愕の一皿であった。
メニュの絵とは若干相違するがそのヴィジュアルは今まで目にしたことがない佳品むしろ「お~!素晴らしい~!」と歓声を上げたくなるような盛付である。
さて、肝心のローストビーフであるが、程良い弾力の肉がオリジナルのグレイビーソース深い味わいに仕立てられ、これ単独で佳い味わいである。
更には、粒マスタード、あるいはサイドに添えられたポテトサラダ、レタス、オニオンスライスを合わせることによってローストビーフが内在する多様性を楽しめた。
これが890円とはウルトラにCPが良いのであった。

1img_7647 皮付きポテト・バジルディップ

「皮付きポテト・バジルディップ」は、ポテトそのものが大ぶりのフライドポテトで、その表面のクリスピーさと内側のホックリ感が秀逸であった。
また、ポテトの素材自体もよろしく、加熱されたデンプンの好い甘味と香りが絶妙であった。

なお、写真を撮り忘れてしまったが、ワインの2杯目は選んだ10番のワインが品切れということで「11番 ライライ ピノノワール」をいただいたのであった。
そして、このワインが大正解で、口当たりの滑らかさ、熟成したベリー系の芳香、特に喉方向から鼻腔奥に届く香りがとても印象的であった。
いただいたワインはいずれもヴィンテージが記されていなかったことからテーブルワインであろうと推察するところであるが、品質の高さを感じたのであった。

三鷹という街でこのようなハイグレードの料理とワインに出会えたことは今年の出来事の中でも上位に位置するものである。

1img_7657 店内(部分)

1img_7654 窓外の景色

   

2016年12月29日 (木)

三鷹/ 博多モツ鍋 エビス (居酒屋)  [3/4]

1img_7637 博多モツ鍋 エビス

先日、朋友の一人であるTI氏と銀座で昼飲をした後、三鷹に移動した。
途中、有楽町のHANKYU MEN'S TOKYOでATLETE DRESSER AWARDをチラリと見た後、有楽町からJRで小一時間かけての移動であった。
何故に三鷹であったか、というと、TI氏が夜飲の後の私の帰宅の便を配慮してなるべく家に近いエリアに宿をとってくれていたからである。
因みに、三鷹駅と武蔵小金井駅の間には二駅あって、乗車時間が7分間という距離である。

JR三鷹駅を降りると寒風が吹いていて、体が凍えそうであった。
暫らく歩いた後TI氏の泊まるホテルを見付けることができ、氏のチェックインを済ませた後に三鷹で名を馳せる餃子の店に向かった。
スマホでルートを確認しながらその店に辿り着き、入口の戸を開けると、予約していないと入れないと告げられたのであった。
今から10年以上前に一度訪れたことのある店であったが、餃子とはいえ予約が必要な店に変貌していたのであった。

1img_7635 博多モツ鍋 エビス(地下1階)への階段、店の前は行列

致し方ないので、駅の方に向かって歩いて行ったがなかなかこれはといった店がみつからない状況が続いた。
後少しで三鷹駅という処で、TI氏が「博多モツ鍋 エビス」に興味を示したので入店することにした。
店はビルの地下にあり、入口に立ったところで二人の先客が店を出るところであった。
店内に入ると見える限りの席は先客で占められており、状況としては運の良いことにこの先客の後の席にかろうじて着くことができたのであった。

1img_7604 熱燗(松竹梅の豪快二合)とお通し(大根おろし)

席はカウンターの入口に近い方に二席空いていて、ここに案内されたのであった。
着席して、先ずは飲物を注文した。
私は熱燗をいただくことにしたが、当店の熱燗は清酒の銘柄が「松竹梅の豪快」というものであった。
徳利には一合徳利と二合徳利があったが、一合では直ぐに飲み干してしまうので二合徳利で注文したのであった。
しかし、である。
この二合徳利の清酒「松竹梅の豪快」はその名に恥じず、飲めども飲めども尽きることがなく、最後まで飲みきることが叶わなかったのであった。
実に珍しい経験をしたのであったが、同時に勿体ないという思いにも駆られたのであった。

また、お通しは辛味大根の卸しの上にシラスが載せられていた。
その味はインパクトのある辛味が主体であって、数多ある居酒屋のお通しの中でも出色の一品であった。

1img_7605 エビス生ビール

一方、TI氏が注文したのは例の如く生ビールであった。
生ビールはエビスビールであったことから、TI氏は「銀座で飲んだのと同じメーカーのビールや~。」と言いながらも美味そうに流し込んでいたのであった。

1img_7611 桜肉のなめろう

熱燗と生ビールを飲みながらお品書を見ると、当店のお薦めの中に「馬肉(桜肉)」があった。
「馬肉(桜肉)」の料理としてはステーキ、馬刺し、馬タンの燻製、馬麻婆豆腐などなどユニークなものが並んでいたが、その中でも早く出てきそうものの中からTI氏の強い希望を容れて「桜肉のなめろう」を選択した。
また、当店の店名に冠されている「博多モツ鍋」も注文したのは述べるまでもないことであった。

真っ先に供されたのは当方の目論見通りの「桜肉のなめろう」であった。
「桜肉のなめろう」は初めて食べたのであったが、生肉にしては若干柔らかい食感で、味噌にコーティングされてはいるが咀嚼によって滲みでてくる肉の甘味が熱燗にぴったりの相性を呈していたのであった。

1img_7613 博多モツ鍋(二人前)

「博多モツ鍋」については、味噌、醤油、塩の三種類があったが、その中から「塩」を選んだ。
「塩」選んだのはお品書に「当店一番の人気」と書いてあったという他愛もない理由であったが、これがモツ、ニラ、キャベツ、ゴボウ、から出たエキスとマッチして、そそられる味わいとなっていた。

1img_7618 ちゃんぽん麺(一人前)

「博多モツ鍋」の具材を食べ尽くしたところで、「ちゃんぽん麺」をいただくことにした。
以前なら人数に合わせて二人前を注文するところであるが、寄せる年波に胃袋のキャパは抗えず二人で一人前をシェアすることにしたのであった。
そして、出来上がったちゃんぽん麺は存外に美味であったことからあっという間に食べ尽くしていたのであった。
二人前にしておけば良かったなどと思ったが後悔先に立たずである。

1img_7614 手羽先唐揚(左から、白(たれ)、茶色(山椒)、黒(黒胡椒))

また、「博多モツ鍋」が煮えるまでの間に「手羽先唐揚」を注文した。
「手羽先唐揚」には白(たれ)、茶色(山椒)、黒(黒胡椒)、赤(一味)の4種類あったが、白(たれ)、茶色(山椒)、黒(黒胡椒)を2個ずつ注文した。
この時点でアルコールが脳髄を麻痺させていたようで、何故「赤」を注文しなかったのかについては記憶するところではない。
「手羽先唐揚」の白(たれ)、茶色(山椒)、黒(黒胡椒)はいずれも甘辛いタレに覆われている表面に白胡麻、山椒、黒胡椒が振りかけられていて、タレの収斂性のある味にアクセントが付与されて、大そう佳い味わいであった。
ただ、手羽先なので指で掴んで食べるのであるが、表面がツルツルと滑っていささか難渋する代物であった。

1img_7621 ホッピーセット

1img_7625 お品書(部分)

なお、飲み物に関しては、TI氏はあっという間に生ビールを飲みほしていて、2杯目からはホッピーセットを2、ナカ(焼酎)を1、私は熱燗を続けていたが全然飲み干せないので最後にホッピーセット一つをいただいたのであった。

因みに、お品書にある「ソト」とはホッピーのこと、「ナカ」とは焼酎のことである。
女将さんの言うには、「ナカ」の焼酎は冷凍庫でグラスと一緒に凍らせてあり、ホッピーで割るのに氷が要らないので薄くならないですむようにしてある、ということであった。
なお、TI氏も同意見であったが、供された「ナカ」ではアルコールが好みの量にはいささか足りないようで、個人的には「ナカ・ダブル」があれば良かったように思った次第であった。

   

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2016年12月28日 (水)

銀座/ Tommy Bahama (HOT GINGER MOJITO)  [2/4]

1img_7589 

先日、我が朋友の一人であるTI氏と銀座7丁目の「ライオン」のビアホールでビールを飲んだが、その後銀座で軽くももう一杯ということで訪れたのが「Tommy Bahama」である。

昼過ぎにNIKONに立ち寄った後、当店の前を通り過ぎたら珍しくリサさんの姿が見えたのであった。
リサさんは交替ではあるが二階のレストランと一階のバーカウンターで務める女性バーテンダーである。
私が当店の前を通り過ぎる際はかなりの確率でリサさんの姿を見ることはないのであったが、この日は珍しく彼女が居て、歩いている私に気付いて手を振ってくれたのであった。
ということで、久しぶりにリサさんのご尊顔を拝すべく「ライオン」から至近距離にある「Tommy Bahama」へ行き、念のためリサさんが居られるのを確認してからバーカウンターに歩み寄ったのであった。
「Tommy Bahama」を訪れるのはほぼ1年ぶりのことである。

なお、「Tommy Bahama」の本業はアパレルの販売であるが、一階には銀座でも数少ない昼からオープンとなっているバーカウンターがあり、土地柄であろうか訪れる欧米人の数は群を抜いて多いのである。
この日も、私達が入店した時には私達を含めて欧米人が50%という状況であった。
したがって、リサさんはバーテンダーとしての実力もさることながら英語会話の能力も高いのである。

更に余談ではあるが、均ちゃんが「美人やな~ぁ。」と言っていた長谷川潤氏に似たお嬢さんは現在「Tommy Bahama」のマネジメントに就いておられるということであった。

1img_7582 メニュ(部分)

さて、通りを背にした席に着いてメニュを見ると「HOT COCKTAILS」というページがあった。
つい先ほどビールを中ジョッキで2杯飲んだということで、ここでは腹部を温めたいという思いがつのり「HOT GINGER MOJITO」をいただくことにしたのであった。
なお、TI氏も「同じものを!」とニヒルに注文したのであった。

リサさんは注文を受けると、慣れた手つきで「HOT GINGER MOJITO」を作ってくれた。
熱いということなのでそっと啜ってみたら結構な熱さであり、最初は少しフウフウしながらいただいた。
そして「HOT GINGER MOJITO」は、予測はしていたが生姜の風味のモヒートであった。

なお、再び余談ではあるが「HOT GINGER MOJITO」を飲んだ甲斐があって、中央線で途中下車の憂き目に会わずにすんだのであった。

1img_7585 HOT GINGER MOJITO

1img_7583 HOT GINGER MOJITO

   

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2016年12月27日 (火)

銀座/ ライオン 銀座7丁目店 (ビアホール)  [1/4]

1img_7539 ライオン 銀座7丁目店

先日、学生時代からの友人であり、かつ飲み友達であるTI氏が出張で久方ぶりに現れた。
氏はお台場での展示会を見てから会いたいと言うので、「ゆりかもめ」の新橋駅でありかつJR新橋駅で待ち合わせることとした。

1img_7536 JR新橋駅

待ち合わせの時間は14時ということにしていたのであったが、TI氏は20分ほど遅れて到着したのであった。
私は銀座で野暮用に若干時間がかかったこともあり昼食を終えていなかったので、寒風の吹く新橋駅前は寒さが身に滲みるのであった。

漸くTI氏が到着して、先ず尋ねたのは昼食に何を摂ったのかということであった。
すると氏は、展示会場が混雑していたことから牛丼チェーン店の牛丼しか食べていない、とのことであった。
しからば、新橋界隈の居酒屋で一杯飲るのよりも銀座で食事を摂る方が私的にも好都合であったので、まずは歩行者天国となっている銀座中央通に向かうこととしたのであった。

1img_7537 ライオン 銀座7丁目店

銀座中央通は8丁目側から歩き始めたのであったが、7丁目まで来たところで「ライオン」(7丁目店であり本店である)が目に入ったのであった。
ここであればビール好きのTI氏にももってこいであるし、昼食を摂りたい私にも好都合である。

思い返せばM社勤務時代から昼夜に係わらず銀座には頻繁に訪れていたのであったが、「ライオン」に入るのは何時以来であったか記憶していなかった。
ひょっとしたら、霞が関ビルで勤務していた頃いらいであろうか・・・。
などと思いながら、次々に店内に吸い込まれて行く人達の後について私達も店内に足を踏み入れたのであった。
店内はパッと見渡したところ300人程度は収容できそうであったが、處狭しと並べられたテーブルはほぼ満席という状態であった。
しかしながら、入って行く人が多ければ出て行く人も多く、幸いなことに店内奥の中央付近に案内され、比較的落着いたテーブルがあてがわれたのであった。

1img_7541 サッポロ生ビール黒ラベル中ジョッキ

1img_7542 琥珀エビス中ジョッキ

着席して先ずはビールを注文した。
「サッポロ」であるから、何をおいてもビールである。
TI氏はオーソドックスに「サッポロ生ビール黒ラベル中ジョッキ」を、私は何故か「琥珀エビス中ジョッキ」を選択した。

注文してほどなく、ビールが運んでこられ、(しょっちゅう会っているのに)再会を祝って乾杯を行った。
一口二口、ごくごくと飲んでから、食べ物の選択に取りかかった。
先ずは多少なりとも胃袋を速攻で満たしてくれるものをということで選んだのが「ポテト&ソーセージのガーリック炒め」である。
そして二品めであるが、ジャガイモがオーバーラップするではないかいな、ということもあったが、「ポテトコロッケ」を敢えて選んだのであった。

1img_7546 ポテト&ソーセージのガーリック炒め

「ポテト&ソーセージのガーリック炒め」はポテトのデンプン質的甘味とソーセージの塩味が実に好い相性となっており、ここにニンニクの風味が程良く効いていて、ビールのお供として絶品との評価を得たのであった。

1img_7547 ポテトコロッケ(2個)

また、「ポテトコロッケ」もホクリとしたジャガイモがラードで揚げられた衣の脂によってその旨味が引き立てられ、これまたビールのお供として佳い味わいであった。
どちらの料理もビールを主人公にした物語に例えると、幼い頃に母に読んでもらった童話桃太郎の「犬と猿」というところであろうか・・・。

1img_7550 チョリソーの鉄板焼き

料理が二品来て、多少なりとも空腹が抑えられたところで追加の料理をいただくことにした。
TI氏も私もドイツへの出張は経験しており、自然とビールにはドイツ風のソーセージが佳かろうということになったが、メニュを見ると三千円近い価格であることが分かった。
しかしながら、この日もTI氏と私は「飲むぞ!」という意気込みに満ち溢れており、軍資金を有効に活用しようという意図が働き、ずっと価格の低い「チョリソーの鉄板焼き」に落ち着いたのであった。
「チョリソーの鉄板焼き」はピリリとしたスパイスの味わいがビールとマッチしていて、先述の童話に例えれば「雉」が登場したというところであろうか・・・。

1img_7552 エビス生ビール中ジョッキ

1img_7553 エビスプレミアムブラック中ジョッキ

ところで、ビールであるが、料理を食べ始める頃にはTI氏も私も一杯目が終わろうとしていた。
早速、二杯目の選択を開始し、TI氏は「エビス生ビール中ジョッキ」を、私は「エビスプレミアムブラック中ジョッキ」をいただくことにしたのであった。

この日の私は奇しくも「琥珀エビス中ジョッキ」および「エビスプレミアムブラック中ジョッキ」というボディのあるビールを選択していたが、一方のTI氏は「サッポロ生ビール黒ラベル中ジョッキ」および「エビス生ビール中ジョッキ」という切れのあるビールを選択していたのであった。

1img_7560 白穂乃香オリジナルグラス

TI氏は大のビール好きであって、氏と同じペースでビールを飲むのは私にとっては至難の技である。
特に冷たいビールでお腹が冷えると、飲んでから3時間ほど経ったところで大変な腹痛が訪れるので要注意なのである。
過去幾度に亘って中央線を途中下車したか、その苦痛の記憶は消すことができないでいる。
これについては、将来機会があれば一筆認めようかと思料するところである。

二杯目からは私がビールを飲むスピードが低下し始めたが、TI氏は衰えることなく飲み進めていた。
当然の帰結として、TI氏のビールが先に枯渇するということになった。

そこで遠慮気味のTI氏にもう一杯薦めたら、TI氏は「白穂乃香」という無濾過の銘柄を選択したのであった。
これが結構美味な様子であった。

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1img_7566 

  

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2016年12月26日 (月)

小金井/ コーヒーロースト (コーヒー豆)

1img_8353 

昨日はクリスマス。
とはいえ、所要があってJR武蔵小金井駅の北側エリアに出掛けたが、その際に「コーヒーロースト」に立ち寄ってコーヒーを購った。
それは、息子一家が年末年始に来るので朝食の際に飲むコーヒーを切らさないためであった。

注文を終えて店内左側の椅子に座っていると、いつものようにご主人によってコーヒーが供された。

1img_8357 

当店で供されるコーヒーは、当店のロゴが入ったカップに注がれていて、そのカップはソーサーに乗せられて供されるのである。
私はコーヒーに関してはコーヒー通のYH氏から影響を強く受けていて、氏と同様に「コーヒーには何も足さない」でいただくことがほとんどである。
したがって、当店でもいただくコーヒーはブラックであり、敢えてスプーンを使うということはないのであったが、この日はスプーンに施された紋様にふと目が取られたのであった。
そして、スプーンの背側を見るとブランド名が刻印してあった。

1img_8356 

小金井にあるコーヒー豆店でこういう高級カトラリーがさりげなく用いられているということは愉快なことであった。
ただ、私的にはスプーンがどのブランドのものかが分かったからといってこれからもスプーンをコーヒーを飲むのに使うことはないであろう。

1img_8358 タイニークリスマスツリー

   

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2016年12月25日 (日)

クリスマス

11img_0016 マジシャンを招いて行ったTexas州Houstonの自宅でのクリスマスパーティ(1991年12月)

幼い頃のことであるが、クリスマスにプレゼントをもらい、年末ぎりぎりになって庭の掃除や窓拭きを行い(何時頃からか年末には窓拭きをすることが当たり前のように親から無条件反射的に仕込まれていた)、そして元日にお年玉を物でもらう、という年末年始が繰り返し続いていた。
中学生以降については定かに記憶するところではないが、掃除の内容は変わらなかったがクリスマスプレゼントもお年玉も全て現金でもらうというようになったようであった。
そして、大学生になると流石に親から現金も含めて何かをプレゼントされるということはなくなった。

その後、子供が生まれて数年たった頃から今度はクリスマスプレゼントやお年玉を与えるという立場に変わり、子供が高校を卒業するまでは続いていたように記憶している。
ということで、それまではプレゼントやお年玉を受け取るか与えるかの相違はあるにせよ、年末年始の風物詩はかなり能動的に係わっていたのであった。

しかしながら今では息子が独立し、かつ息子夫婦や孫達が遠くに暮らしているせいか、昨今は年末年始の風物詩に係わるのは窓拭きなどのプチ大掃除と孫が来る大晦日と元日のみとなってしまい、クリスマスに関してはテレビや街の飾り付けを通して感じるという受動的な出来事へと変貌してしまっている。
ということに、居間にクリスマスツリーが飾られていないことに昨日気付いたことをきっかけに、気付いたのであった。

  

2016年12月24日 (土)

銀座/ 街の風景 (キューピッド)

1img_8244 

今年もいよいよ後一週間である。
そして、明日はクリスマスである。
銀座もクリスマスが終わればお正月モードに切り替わるが、それまでは街の装いはクリスマスモード一色である。
先日、銀座4丁目レンガ通のコーナーのキューピッドがサンタクロースの赤い帽子を被っているのが目に入った。

1img_8243 

キューピッドには赤い帽子のみが被せられているのであったが、傍に在るお店のクリスマスデコレーションと調和していて、まさにクリスマスであった。

1img_8251 

なお、写真を撮っていると通りがかった女性のような声で「お尻が寒そう~。」という呟きが聞こえてきたような気がした。
振り返ると傍にはだれも居なかった。
幻聴であったのか・・・。


   

2016年12月23日 (金)

銀座/ 街の風景 (西銀座チャンスセンター)

1img_8240_2 西銀座チャンスセンターの窓口

ジャンボ宝くじの販売に関して報道で頻繁に取り上げられるのが「西銀座チャンスセンター」の行列である。

先日銀座に所用があって出掛けたが、この日も年末ジャンボ宝くじを求める人々で長蛇の列ができていた。
この列は、数ある販売窓口の中でも①番窓口に並ぶ人のためにできたもので、他の窓口ではスムーズに買い求めることができるようであった。

1img_8239 ①番窓口に並ぶ人の行列先頭付近

①番窓口に並ぶ人の行列の先頭付近では2列になった人達で溢れていた。
良く見ると行列の整理に当たる警備員さんの数も結構なものである。

1img_8237 宝くじを買い終えて談笑中か?

西銀座チャンスセンターの前にはちょっとした広場があり、そこでは宝くじを買い終えた人が仲間の人にであろうか、電話をかけている声が聞こえてきた。
その内容は、一時間半並んでやっと買えた、というものであった。

1img_8236 西銀座デパートの横から行列が2列になる(上は東京高速道路)

行列の先頭から後ろに辿ってみると、西銀座デパートの晴海通に面した場所で行列が2列に整えられていた。
また、一旦ここで行列は歩行者のためのスペースを開けるために途切れて、5mほど先の晴海通の車道側に沿った所から日比谷方向に向かって延々と続いているのであった。

1img_8233 行列の最後尾は都バスの停留所を越えていた(ずっと向こうに東京高速道路が見える)

1img_8232 行列の最後尾

さて、今年の年末ジャンボ宝くじの販売は今日23日(金)までである。
購入された皆様にも、はたまた購入されなかた方々にも、幸運が訪れるといいですねェ。

   

2016年12月22日 (木)

富士山

1img_7750 沿線の木々が写り込んでいる

東海道新幹線に乗る際には、事情が許せばE席に座るようにしている。
その訳は、車窓から富士山を撮影することができるからである。

1img_8118 雲で頂上が隠れている

とはいっても、天候が悪いと富士山は雲や霧あるいは雨に隠れてしまって全く見ることができないことが多い。

一方、好天に恵まれても高速で移動する新幹線であるから、撮影した画像にはいろいろなものが写り込んでしまい、富士山そのものの姿のみを撮影することは結構難しいのである。
特に沿線の木々、電線、工場の煙突や構造物、などは写り込むことが多々あるのである。
私の場合、進行方向に注意を払いながらシャッターボタンを押すのであるが、コンパクトデジタルカメラでは富士山の姿だけを撮影できた画像は全撮影枚数の30%程度に留まっているのである。

1img_7751 沿線の工場の屋根や煙突

1img_7757 沿線の構造物

1img_7732 電信柱?

1img_7736 工場の煙突から煙

1img_7745 ???

   

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2016年12月21日 (水)

津久野(堺市)/ Pain de Singe (とびばこパン)

1img_7909 Pain de Singe

今から1年ほど前のことであろうか・・・。
ネットのグルメ情報を見ていたら、津久野という街で「とびばこパン」というユニークな形のパンが販売されているという記事を見付けたのであった。

津久野という街は通っていた小学校の先にある街で、それほど頻繁に訪れた訳ではないが、といって全く知らない街ではない。
昭和40年代は団地が多く立っていた街であって、中学校の友人も多く住んでいる街であったことから時々は訪れていたことからある程度の土地勘もあるのであった。

さて、先日大阪に行った際に「とびばこパン」を孫たちに送ってやろうと思い、津久野に出掛けた。
JR津久野駅を降りて改札口を出ると、そこには懐かしい景色と全く見覚えのない景色とが混在していた。
我が中学校の友人であり団地に住んでいたMM氏が恋心を抱いていた病院のお嬢さんの実家は見つけることができなかったが、当時でき始めたスーパーマーケットのあったエリアはほぼそのままの区画が残っているようであった。

さて、改札口から東方向に進み右手に入って少しだけ歩いた処に目指す「Pain de Singe」があった。

1img_7908 「とびばこパン」や各種のパンが並んでいる

店内に入ると、第一印象はとても明るく活気に満ちた店であるというものであった。
店はどちらかというとこじんまりとしてはいるが、元気で豁達な妙齢の女性の方々によって切り盛りされているからであったと思料するところである。
店内にはほぼ中央の大テーブルと壁に沿った棚にパンが並べられているが、その種類は多い。
また、お客さんが次々と絶え間なく訪れていて、パンがどんどん売れていくので、それに呼応するかのように店の奥で焼き上げられたパンがどんどん補充されていくということが繰り返されていた。

1img_7932 とびばこパン

私は、自分でも「とびばこパン」を食べてみたくなり、トレ―に「とびばこパン」と「枝豆ピロシキ」、「カレーパン」、「メランジェ」を載せて支払いのための列の最後尾についたのであった。
私の支払いの番が回ってきたので、「とびばこパン」の発送も併せてお願いした。
「とびばこパン」の発送は1個でも可能であるが、発送用のボックスは2個入るようになっているということであり、孫も二人いるので2個をお願いした。

「とびばこパン」は宅急便で送っていただけるということであったが、最短でも4日後の配達になるとのことであった。(焼いた当日に発送していただけるようで、注文を受けてからの段取りとなるためであるように推察した。)

11482067370496 孫達に届いた「とびばこパン」

そして、注文して4日後の朝に「とびばこパン」は孫達のもとに届けられたのであった。

1img_7936 枝豆ピロシキ、カレーパン

1img_7940 メランジェ

なお、併せて購入した「枝豆ピロシキ」、「カレーパン」、「メランジェ」はともに美味しくいただいた。
特に「カレーパン」はグッとくる辛味とコク味が秀逸で、大人のカレーパンと呼ぶに相応しいものであった。

1img_7910 エントランス横の店名標示

   

2016年12月20日 (火)

新幹線/ 車内販売 (ホットコーヒー)

1img_7688 のぞみ227号に乗車した

私は、最近ボケが進んでいるので定かなことは書けないが、記憶している限りにおいて新幹線の車内販売の飲み物を購ったことはない。
食べ物では、入社何年目かの出張時に下りの東海道新幹線において「割り子蕎麦」を購ったことを記憶するのみである。もう30年以上前のことであった。


1img_7697 手前のN700系車両がのぞみ227号

1img_7696 ホームの反対側には700系車両

ここで話題は逸れるが、私はN700系の角ばった先頭(あるいは最後尾)の車両よりも700系の丸みを帯びた車輛の方が好きである。
どちらも世界最高水準の車両であるが、フォルムの美しさは700系の方が勝っていると思っている。
これはあくまでも主観と好みの問題であって、どちらが良いとかいうことではないが、私個人としては700系を好ましく思っているのである。
ただし、のぞみにはN700系が多いようで、大阪への移動において700系に乗ったことは数えるほどしかない。

1img_7698 N700系車両(のぞみ227号)の中

さて、12時00分発ののぞみ227号に乗って、1時間ほど経って新富士駅を通過したのであったが、暫らくして車内販売のワゴンが現れた。
従来であれば気にも留めないのに、この日は実に珍しいことであったがコーヒーをいただいてみようという気持ちになったのであった。
私の前の座席の辺りにワゴンが近付いたタイミングで車内販売の若い女性に片手を上げた。

そして、立ち止まってくれた女性販売員さんにコーヒーをお願いしたのであった。
先ほども述べたように、新幹線の車内でコーヒーを注文したのは初めてのことであり、時に齢63歳と6カ月のことであった。

1img_7769 

注文を受けて、まずテーブルの上にプラスティックバッグが置かれ(二つ折りの状態)、その上に紙ナプキンが置かれ、更にその上にクリーム、砂糖、スターラーが並べられたのであった。
次いで、カップにメタリックなポットからコーヒーが注がれ、プラスティックの蓋(業界では何と称されているのであろうか・・・?)が被せられてから目の前に置かれたのであった。
ついこの間までは、コーヒーはオープンな状態で供されているように記憶している私には意外な感じがしたのであった。
こういう飲み口の付いた蓋は街のコーヒーショップではもう10年以上前からおこなわれていることであったし、新幹線の車内販売なら転倒によるこぼれ防止を目的にこういう蓋をいち早く採用していることに不思議は無いはずであったのに、である。
改めて自分の記憶の頼りなさを危惧する次第である。

1img_7770 プラスティックバッグ(二つ折りの状態)、その上に紙ナプキン、更にその上にクリーム、砂糖、スターラー

1img_7771 

因みに、車内販売の女性はブラウスとスカートにエプロンを掛けられた姿であるが、東京駅構内などで見かける際には濃紺の制服を着用されている。
そのきりりとして姿勢良く歩かれる制服姿には颯爽とした美しさが感じられるのであった。
彼女達はパーサーとかアテンダントと称されているようで、30年前とは隔世の感があるというものである。

2016年12月19日 (月)

東京駅/ グル麺東京 (季節のかき揚げそば)

1img_7677 グル麺東京

先週は久しぶりに大阪の生家に帰っていた。
往きは新幹線ののぞみを予約しており、時間の関係から東京駅で昼食を摂ることにしていたのであった。
東京駅では40分ほどの余裕があったので、構内で何か佳いものは無いかと探してみたのであったが、これと言って食欲は湧いてこなかった。
そこで、新幹線の18番線と19番線のあるホームに行って、16号車の近くにある「グル麺東京」を目指したのであった。
その訳は、以前のことであるが「野菜かき揚げそば」や「カツ煮そば」を食した際におつゆの味が経験したことの無い甘味を呈しており、その甘味がいかがなっているものかを改めて確かめてみようと思ったからであった。

1img_7675 自動券売機

いざ自動券売機の前に立ってみると、以前にチェックして次回はこれにしようなどと考えていた「小柱かき揚げそば」が消え無くなっていた。
そこで、後ろに並ぶ人が居なかったことを幸いに自動券売機の全項目を目で追った結果、「季節のかき揚げそば」をいただくことにして、上から5番目という店のお薦め順位では低順位に位置するところにあるボタンを押したのであった。

1img_7672 季節のかき揚げそば

店内は足を踏み入れた瞬間は超満員であったが、そこは駅にある立食蕎麦店であって、空きスペースを探し始めるまでもなく先客が出て行かれたのであった。

店のおっちゃんに食券を渡したら、食券には「季節のかき揚げうどん」と印刷されていた。
どうもボタンを押し間違えていたようで、すぐさまおっちゃんには蕎麦でお願いしますと伝えたのであった。
おっちゃんは快く了承の返事をくれたが、そこから1分も経たない内に目の前には「季節のかき揚げそば」が置かれていたのであった。

1img_7673 季節のかき揚げそば

まずかき揚げを注視すると、何とそこには小ぶりのホタテが2個入っていたのである。
具材は、ホタテ以外に、ネギ、タマネギ、ニンジン、であったように記憶するところであるが、定かではない。
なぜなら、予想もしなかったホタテに気を取られてしまったことが原因である。

まず、当初の目的である「おつゆの味」を確かめることにした。
ズズ~っとおつゆを啜ってみた。
無い!のである、あの甘味が。
では、以前の甘味は何だったのであろうか・・・。
「カツ煮そば」の煮つゆがコンタミネーションしていたのであろうか・・・。
もう一度新幹線を利用する機会があれば、確かめてみることが必要であろうと思料するところである。

おつゆの味を確かめた後は、一気呵成にかき揚げと蕎麦をいただいた。
かき揚げからはホタテの味がしっかりと滲み出て、これがおつゆと一体化することで上質の味わいを醸し出していたのであった。
これで480円、良いCPの蕎麦であった。

ところで、立食蕎麦の食べ方について私見を述べさせていただこうと思う。
多くの人は、丼鉢をカウンターの上に置いたままで、そこに覆いかぶさるようにして蕎麦を啜りあげているが、いかがなものであろうか。
こういう場所では、丼鉢を片手で持ち上げて蕎麦やおつゆをいただく方が「様」になっているような気がするのである。
腰を曲げ、猫背で食べ物をいただくのはどうも好きにはなれそうにもないのである。
老若男女、立食蕎麦とはいえ食事は良い姿勢でいただこうではありませんか!

   

2016年12月18日 (日)

B-CASカード

1img_0863 B-CASカード

先日、突然テレビが映らなくなった。
テレビのメ―カ―のサービス窓口に電話したら、電話経由ではあったがいろいろチェックをしてくれた。(私は指示にしたがってスイッチを入れたり、テレビの後ろにまわったり、と結構大変であった。)
そして分かったことは「B-CASカード」に不具合があるということで、「ビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ(略称B-CAS)」という会社に連絡するようにとのことで、その電話番号を教えてくれた。

早速「ビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ(略称B-CAS)」に電話をすると、丁寧な対応をしてくれて、いとも簡単にカードを交換してくれるというのであった。

2日程して新しい「B-CASカード」が送られてきて、これをテレビに挿入すると、テレビは問題なく映ったのであった。
問題のあった「B-CASカード」は同封されていた返信用の封筒に入れて送り返し、これにて一件落着となったのであった。

1img_0865 B-CASカード(黒く塗りつぶした場所にはカードのID番号)

なお、新しい「B-CASカード」が届くまではテレビを見ることができなかったかというと、そうではなく、DVDレコーダーに装着されている「B-CASカード」を代用することで対応できたのであった。
すなわち、DVDレコーダーにはテレビの受信装置が組み込まれているので、ここでも「B-CASカード」が使われているのであった。
な~るほど、である。

   

2016年12月17日 (土)

小金井/ 風船蔓

1img_0549 風船蔓(5/21)

昨年の秋、大阪に帰省した。
その際に、母から「風船草の種」ということで4粒の小さな種をもらった。
今年の春になって土を入れ替えた植木鉢にその4粒の種を蒔いたら、3つの芽が出たのであった。

後は時々水を遣るくらいであったが、「風船草」はどんどん成長していき、支えの棒を伝ってではあったが身の丈が1m以上にもなったのであった。

6月の下旬には中心が濃橙色、花弁が白いとても小さな花が咲いた。
更に7月の初旬以降は淡い緑色の実が成り始めた。
花はその勢いを落とすことなく9月下旬まで咲き続け、これに呼応して実は「風船草」を刈り取るまで成り続けたのであった。
一方、成熟した実は次第に褐色を帯びるようになり、最後には濃褐色となった。
その中には、薄いアイヴォリー色のハート形の部分がある黒い小さな種が数個入っているのであった。

9月25日まで実が成るのに任せていたが、風船草自体に勢いが乏しくなるとともに実も殆どが濃褐色になっていたので、実を集めた。

集めた実は自然乾燥させた後、袋から種を出した。
最初は4個であった種が200個以上の種になったのであった。


1img_0550 発芽した直後(5/21)

1img_0838 成長中(6/6)

1img_1451 (7/7)

1img_2396 (8/4)

1img_2397 (8/4)

1img_2464 (8/7)

1img_2467 (8/7)

1img_2470 (8/7)

1img_3527 (8/28)

1img_4014 (9/11)

1img_4717 (9/25)

1img_5274 (10/9)

なお、我が家では「風船草」と呼んでいるが、庭の木を刈りに来たおっちゃんによると「風船蔓」(ふうせんかずら)というのが名前らしい。


さて、月曜日から昨日まで大阪に居た。
生家では母と久しぶりにゆっくり話をしたりと、結構まったりした時間を過ごしたのであった。

なお、スマホの操作が苦手故、暫らくの間は頂戴したコメントに返事を書くことができませんでした。
何とぞご容赦いただきますよう請い願う次第です。

   

2016年12月16日 (金)

三鷹/ 杏林大学医学部附属病院 (脳梗塞の疑いで入院)

今年2回目の入院を経験してしまった。
入院させていただいたのは、杏林大学医学部附属病院である。
まさかの入院であり、1回目の入院以降はかなり健康に気を遣ってきたつもりであったが、こういう顛末となってしまった。
改めて自戒の念を込めるとともに、今後の生活に対して気を引き締める決心を強める目的でこの一文を備忘録として認める次第である。

また、今回の入院でも、多くのドクターの皆様、看護師の皆様、リハビリ科の皆様、看護補助の皆様、病院関係者の皆様には一方ならぬお世話になりました。
心から御礼申し上げます。



1dsc_1229 杏林大学医学部附属病院

[DAY 1](10/19 水)

この日早朝から酷い目眩とそれに伴う軽い嘔吐感あった。
朝食は止めにしてヨーグルトとお茶を飲んだ後、立ち上がる際にお茶のカップに右手が当たってひっくり返した。
今までに経験したことがないことである。
2階の自室に 戻ってPCも点けずに椅子に座っていたら、右頬の口元から目の辺りまで痺れた感じがして、それがだんだん広がっていったのであった。
そこで、ひどくなる前に過去に通ったことのある「杏林大学医学部附属病院」に行くことを決めたのであった。

杏林大学医学部附属病院では1階に在る案内所で4階の脳神経内科に行くように告げられた。
脳神経内科で受け付けを済ませて、程なく診察を受けることができた。
当院では予約も無く紹介状もない患者は昼過ぎまで待たされることが多いと聞いていたが、症状が症状だけにそれほど待つことも無く脳梗塞の専門ドクターの診察を受けることができた。

ドクターは、額や頬のあちらこちらを爪楊枝や尖った器具で突いてかなり入念にチェックしてくださったのであった。
この際も、また入院中も頬の痺れの程度は一番酷い時を10としたらいくらぐらいかということを尋ねられたのであった。
さて、ドクターのチェックを受けた後、MRIに看護師さんが押してくれた車椅子で移動した。

診察室に戻ると、今度は若いドクターからMRIの結果を説明されたが、ドクターは新人のようで私の対処を経験を積んだドクターに電話で相談されていた。

暫らくして電話で相談を受けておられたドクターに交代となり、そのドクターの判断により、MRIでは脳梗塞の兆候はないが大事をとって今後の変化をみるための入院が決まったのであった。

再び車椅子で検査に移動し、血液検査、レントゲン撮影、心電図測定が行われた。
一連の検査・測定が終わったら既に病室が決まっていて、呼吸器内科の病室(4人部屋)へ直行することになった。
呼吸器内科の病室となったのは、脳神経内科の病室に空きベッドが無かったからで、翌週以降も入院が継続するようであれば、脳神経内科に病室を移動することになるであろうけれども、暫らくは呼吸器内科の病室に留まることとなったのである。

ベッドは入口の横で窓からは遠く、外は全く見えない。
かつ各ベッドがカーテンで囲われていてお互いに没交渉である。

ベッドに入って、若いウルトラ美人の女医さんが点滴針を装着してくれた。

夕食は18時。
この日2回目の食事である夕食は完食。
消灯9時。

1dsc_1089 点滴

1dsc_1086 夕食

1dsc_1087 


[DAY 2](10/20 木)

起床といっても寝たままであるが、午前6時に一斉に明かりが点灯された。
看護師さんが血圧、体温、血糖値測定。

1dsc_1098 朝食

1dsc_1095 

8時に朝食が始まったが、あっという間に完食した。
全てのスペースがカーテンで仕切られていたことから音しか聞こえてこないが、同室の患者さん達は時間をかけて食されていたようであった。
朝食直後、昨日の脳梗塞専門ドクターが若いドクター10人ほど伴って容体についてチェックされた。
後で分かったことであるが、このドクターは杏林大学医学部の教授であられる方であった。
昨日は偶然とはいえ、めったに診察を受けることが許されないようなドクターの診察を受けていたのであった。
この時も症状に大きな変化はないが、MRIを今日か明日に再度測定するとのことであった。
9時15分頃、リハビリテーション科より5名ほどの方が現れ、症状をチェックされた。
MRIの結果は出ていないが、脳梗塞の場合にはリハビリを実施するとのことであった。
私の場合脳梗塞と決まった訳ではなかったが、この日から前倒しで行うとのことであった。
9時25分掃除のおばさんがごみを持って行ってくれ、床を掃いくれた。(これが毎日行われる。)
9時28分軽いめまいがあったことから、看護士さんより耳鼻科の診察がある旨を告げられた。
診察の時間は未定。

10時半を過ぎて急ではあったが耳鼻科外来で診察が行われた。
内容は耳の検査と診察で、結果は鼓膜は正常、聴力も正常。
更に元気の良い女医さんがゴーグルのようなもので眼を直接目視検査され、その結果目が動いていてそれが目眩になっているとのことであった。
元気の良い女医さんによると、考えられる原因は視神経の炎症ではなかろうかとの推察であった。
ただ脳梗塞の影響も考えられることから、まずは脳梗塞の治療を優先させるとのことであった。

耳鼻科に続いて、胸部・頸部・下肢の各エコー検査が行われた。全部で90分ほどかかった。
14時頃に部屋に戻って下着を替え、熱いタオルで体を拭いた。
その後、遅い昼食。

1dsc_1104 昼食

1dsc_1105 

1dsc_1100 

15時頃にリハビリの人といろいろ話しをして、まずはDayルーム(家族との面談などができる大部屋)までゆっくり往復するという歩行訓練を行った。
往復で100mだそうであるが、意外に長く感じた。
万歩計があれば計るのが良いとのこと。

1dsc_1117 夕食

1dsc_1113 

夕食前に血圧、体温、血糖値を測定される。
これらの測定はルーティン化されていて、食事の直前に行われたのであった。

この日はプロ野球のドラフト会議が行われたが、結果は翌日まで知らなかった。
9時15分に電気消えた。


[DAY 3](10/21 金)

夜中2時頃、および6時前にトイレに行った。
口中、歯ぐきからの出血多い感じであった。
食事は全て完食している。

今日は晴れ、昨日の夏日とは変わり秋の日和らしい。
国立天文台では明日までイヴェントが行われているが、行けずに残念。
11月3日の航空祭も無理かも、と弱気である。



1dsc_1123 朝食

1dsc_1119 

1dsc_1125 毎朝4種類6錠の薬を服用

1dsc_1129 点滴は続く

ソラソドソラソファファミミレドレドミドの軽快な音に乗って朝食が病室の前まで運ばれて来るようである。
この音は朝食に限らず全ての食事が運ばれるワゴンから流れているとうであった。

9時のNHKニュースが終わってからエレベーター横の電話ブースからスマホで数軒の電話をかけた。
ただし、この日はMRI検査もあるので手短にした。

前日の昼御飯を食した2時頃から頬の痺れが弱まるものの、朝は少しピリピリした感じが戻っていた。
ひょっとして寝ている間に歯をクイシバッテいることがあるようでその影響かと推察。
午後まで様子をみてからドクターに訊いてみようと思う。(ドクターに尋ねたら、「関係なし」とのことであった。)
なお、食事前に測定する血糖値は90台で推移しているが、150を越えるとインシュリンを投与するようドクターから指示が出ているとのこと。通常インシュリンの投与は200以上だそうである。
午前中にMRI、その後ホルター心電図モニターを24時間に亘って装着する予定とのことであった。

9時45分頃、ドクターの回診があった。
MRIとホルター心電図の結果が良ければ週明けに退院となるかもしれないと告げられ、心電図の結果に悪影響が出ないよう何事もゆっくりすることを心に言い聞かせた。

看護士次長が訪れられ、丁寧な説明を受けた。
こういうことは大病院であればこそのことであり、かつ大勢のスタッフを統括される次長という高い技量の人の説明は簡潔かつ分かり易く、患者としては非常にありがたいものであった。
なお、入院が長引くようであれば脳神経内科の病室に移動となるが、週明けの退院なら、このまま呼吸器科での入院を継続するとのことであった。
現状、院内のみ移動は自由とのことであった。
また、間食は禁止。微糖の飲み物も禁止である。
ただし、コーヒー紅茶のストレートはOK。

1dsc_1135 昼食

1dsc_1133 

1dsc_1147 ホルター心電図のモニター部

1dsc_1148 点滴は続く

1dsc_1141 ラジオは目をつぶっていられるので体に楽であった、NHKを聞くことが多かった

昼食前の血糖値は10,4。
13時10分頃にMRIへ、14時頃に戻る。
再びホルター心電図モニターを装着。

グーグルの表示では今夜はオリオン座流星群が観測できるらしい。
三鷹の国立天文台のイヴェントに花を添えるのであろう。が、今日も明日も行けない。

15時50分頃リハビリで階段の上り下りと1階のコンビニまでの往復を実施した。
途中のエレベーターで点滴針を装着してくれたウルトラ美人の女医さんから声をかけられ、退院の予定についてもも告げられた。
情報の共有化が徹底されているようである。

1dsc_1156 夕食

1dsc_1155 


[DAY 4](10/22 土)

昨夜は9時の消灯とほぼ同時に寝たようであったが、午前1時半頃に目が覚めた。
奥のベッドから来るカーテン越しの光で夜明けかと思ってしまい、暫く眠れなくなった。
6時前から目が覚めたが、ホルター型心電図モニターの結果を考慮し、大人しくしていた。
6時4分に起床したが、なぜか頭が重い。
幸い顔の痺れ無い。
朝食前の7時半頃に採血。水を沢山飲んでおけば良かったと後悔先に立たず。
NHKラジオのニュースで国立天文台のイヴェントが報じられていた。

 秋晴れの天文台に思い馳せ

1dsc_1163 朝食

1dsc_1160 

1dsc_1167 薬が4種類5錠

1dsc_1168 病棟の中

16時59分に点滴針が取れた。
これだけでも大変楽になった。
ナースステーションに繋がっているモニターも17時8分に取り外し。
ホルター型心電図モニターは15時半まで装着の予定。
夕方のニュースで鳥取での地震を知った。

1dsc_1172 電話のブース

9時10分頃から電話ブースから数軒の電話。
9時35分頃、ドクターとの面談が翌日曜日の午後6時からに決定。
ドクターの夜勤に合わせたスケジュールであった。
夕方、ホルター型心電図モニターが3時半にはずされた後シャワーの予定。シャワーは希望者のみであるが、どうするかは看護士さんが尋ねてくれる。
暇であった。

1dsc_1181 昼食

1dsc_1184 スープカレー

1dsc_1179 

 秋深し野菜カレーにグリーンピー

ドクターとの面談は退院直前に変更となった。
その旨電話して戻って来たら、担当ドクター3人による回診を受けた。
また、ドクターYさんが9時30分に面談してくださることが決まった。
なお、この時、点滴針を装着してくれたウルトラ美人の女医さんがドクターSさんであるということが分かった。

昼食が11時50分と早く来た。
昼食後、メレンゲを見て、居眠り。
鼻毛が伸びてきた。
後3時間でモニターが取れる。

15時半きっかりに看護士さん(妊婦さん)が現れ、モニターを外してくれた。
その際、粘着テープが絡まっていた胸毛はハサミでカットされた。
無理に剥がすと痛くてしかたがない。
シャワーは16時からに変更。
予定通り16時よりシャワー。20分で部屋に戻る。
カミソリなく、髭はそのままなるも下着とパジャマを替えてスッキリ。
鼻をホジリ過ぎて左の穴に小さい出血。

1dsc_1200 夕食

1dsc_1196 

17時頃から空腹感あり。
夕食は何時も通り完食。
食後から空腹感あり。
日本シリーズをスマホで見る。3回からはNHKラジオ。


[DAY 5](10/23 日)

室内の音で5時前に目が覚めた。
トイレに行って、NHKラジオ聞く。
350mlのボトルに半分ほど残っていた水を2回で飲み干す。
NHKでは「ぬるで」という植物がお歯黒の原料となるということを話題にしていた。
その後の日曜日コラムで、「ぬるで」は漆科の植物で、漆と同じようにかぶれるそうである、ということが話されていた。
また、広島の飲食店ではハムカツが売り切れだそうで、その理由は日本シリーズで日本ハムに勝つという験担ぎという事であった。
6時15分に体温、血圧、血糖値、問診。

1dsc_1203 朝食

1dsc_1202 

朝起きてからする事なし。
母と小金井に電話。
サンデーモーニングを途中まで見て、居眠りした。
この日担当の看護士さんからは明日に退院で昼食は無いとのことを告げられた。
ブログに退院を英語でアップ。

1dsc_1213 昼食

1dsc_1212 

昼食は11時45分に到着。
午後も特になにもすることなし。
14時40分頃看護士さんより退院の手続きについて説明あり。

1dsc_1216 

1dsc_1219 夕食

1dsc_1218 



[DAY 6](10/24 月)

同室者の音で5時前に目が覚めた。
8時の朝食までラヂオNHK。
途中30分ほどまどろむ。

1dsc_1227 朝食

1dsc_1225 

1dsc_1231 入院していた病棟

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1dsc_1230 

1dsc_1239 

8時10分に1階探検。
帰途スタバでドリップコーヒーのトールを購入。
中庭を歩いて病棟に戻り、デイルームで飲み終えた。
10時半を10分弱過ぎた頃にドクターYさんが病室に現れ、面談室でモニターを見ながら丁寧な説明を受けた。
顔の痺れについては原因は不明とのことであった。
来週31日に改めてホルター型心電図モニターの結果も踏まえて説明を受ける予定となった。
面談室を出たら会計が終わったとのこと。
ナースステイションに挨拶をして会計に向かった。
家に帰って、風呂。
昼食後、母に電話。

 退院日枯れコスモスに赤トンボ

 水晶のようにクリアなもみじ空


   

2016年12月15日 (木)

府中/ 榊原記念病院 (肺動脈塞栓症で入院)

今年は2回も病院に入院するという経験をした。
内科系の病で入院するというのは人生で初めてのことである。
日頃の節制が十分でなかったのか、はたまた体質的に問題があるのか、多分前者が大きな原因となっていることは容易に推察できるというものである。
そこで、自戒を込めて今日と明日に入院の顛末を記すことにした。

また、今回の入院に際して、小金井消防署救急隊員の皆様、榊原記念病院のドクターの皆さま、取分けご担当賜りましたES先生、看護師の皆様、看護補助の皆様、病院関係者の皆様、には心から御礼申し上げます。



1img_1109 榊原記念病院

1dsc_1045 榊原記念病院

[DAY 1](5/28 土)

1img_1107 

早い夕食を終えた18時30分過ぎのことであった。
突然胸の中央から左側に筋肉が引き攣ったような痛みが走ったのであった。
前々日から首や肩に妙な痛みがあったことから、その瞬間は胸の中の筋肉(そんなものは無いはずであるが)が攣ったのかと思ったが、痛みは急激に大きくなった。
もう椅子に座っていることが苦痛となり、床に体を横たえたのであったが、痛みは治まるどころか酷くなる様相を呈していた。

暫らく様子を見ようかと思ったが、体を仰け反らすほどの痛みが走るので、心筋梗塞が頭に過ぎった。
ただ救急車を呼んだものの間違いであっては消防署に迷惑をかけることになるので、家人と相談して先ずは救急相談センター(電話#7119)に電話をかけた。
すると本人に代われと言うので一旦は電話に出たが痛みがひどくて応答できるような状況ではなく、再び家人に代わると救急車を出動してくれるということになったのであった。

電話が終わって10分もしない内に家の前に救急車が到着し、救急隊員の方々が家に入って来られた。
救急隊員の一人が私に容態を尋ねてこられたが、どういう遣り取りをしたのかは記憶するところではない。
一方、家人にはかかっている(或いはかかっていた)病院や病名のヒアリングと同時に、健康保険証、薬手帳、などの準備を促しておられたということである。

その後直ぐに担架で救急車に乗せていただいたが、ある程度は意識ははっきりしていて、夕暮れの闇の中に近所の人達がこちらを見ておられるのが分かった。
確かに近所に救急車が停まっていれば気にならない方が自然ではないが、皆さん親切で必要があれば協力を惜しまないということを話していただいたとのことであった。

救急車に運び込まれる前に搬送先は決まったようで、循環器系の研究・治療では国内のみならず世界的にも高いレベルを誇る「榊原記念病院」へ向かうということであった。

途中、救急隊員の方からは、最も痛みの酷い時を10とすると、それに比べて現在はどれくらいのレベルにあるか、ということを何回か尋ねられた。
救急車に乗っているという安堵感から、7位です、と答えたことは記憶している。

家を出て15分程度で「榊原記念病院」の救急搬送口に到着し、直ぐに病院内に運びこまれた。
運び込まれた救急治療室では二人のドクターが処置に当たってくださり、CT検査、超音波検査、血液検査などが時間をおかずに実施された。
この間もドクターから、最も痛みの酷い時を10とすると、それに比べて現在はどれくらいのレベルにあるか、ということを何回か尋ねられたのであった。

検査の結果を踏まえて、ドクターからは「肺動脈塞栓症」(肺の動脈に血栓)との診断が伝えられ、そのまま入院ということになったのであった。

「榊原記念病院」では集中治療室が三つのカテゴリー(CCU、ACU、ICU)に分けられていて、私はACU(Advanced Care Unit)に運ばれたのであった。

ACUは一人部屋であった。
私は、顔に酸素マスク、左腕に点滴、左中指の先端に酸素濃度測定のクリップ、胸に心電モニター電極4個、が取り付けられていた。
ベッドの横には心電モニターがあり、心拍数をデジタル表示で、また心臓の波形を液晶画面で表示していた。

この夜はかなり疲労したのであろうか、暫らくして眠ってしまい、気が付いたら朝であった。


[DAY 2](5/29 日)

10時を過ぎた頃であったと記憶しているが、食餌を摂っても良いという許可がドクターから出たようで、遅い朝食を看護師さんが持ってきてくれた。
病院では出される食餌は早い回復のためには全部食べるのが良いのであろうと思い、慣れぬ姿勢で食事を済ませたのであった。
もちろん、朝から何も食べていなかったので、食欲はしっかりあったのであった。

(朝食) 写真無し

パン:食パン2枚
アンズジャム
パイナップル
牛乳

昼食は12時に運ばれて来た。
ただし、10時に食べた朝食が未だ消化しきれていなくて、全部食べるのは若干苦しいものがあった。
しかしながら、全部いただいたのであった。

(昼食) 写真無し

米飯200g
鰆のレモン煮、茹でブロッコリ添え
カボチャ煮2個、フワフワ卵とグリーンピース添え
茹で野菜(キャベツ、ニンジン、?)
フルーツ(キウイ)

(夕食) 写真無し

米飯200g
味噌汁(青菜、厚揚げ2切)
わらびの炒め煮wニンジン
肉の辛し焼
付け合せ(グラッセ:ニンジン2片)
きゅうりのおかか和え(酢の物)


ACUのベッドで安静状態になったままの二日目の夜は、それまでに取った睡眠が十分過ぎたせいか、眠くならないでいた。
相変わらず鼻と口に酸素マスク、胸には心電計に繋がれた4個の電極と電線、左腕には点滴のチューブ、左中指の先には酸素濃度測定のクリップが取り付けられていた。
こういう状態では寝返りをうつことに制限があった上に、頭の1mほど先にはモニターがあって液晶ディスプレイには明るく各種数字や心電波形が明るく表示されていた。
このモニターが時々警報音を出すので見ていたら、どうやら体を動かした際に偶に何かの拍子で鳴ることが分かった。
暫らくはモニターの表示を見ていたが直ぐに飽きてしまった。

目を瞑ったところで眠れる訳でもない。

そこで、二桁の九九に挑戦してみた。
10の位の数字から始めたが、数字が大きくなるに従って計算がややこしくなる。
とは言っても、段々なれてくるとそれなりの早さで計算ができるようになった。
が、これもやがて飽きてしまい、39X39で止めてしまったのであった。

因みに、一ケタの掛け算については「九九(クク)」として小学校の時にマスターするのが通例である。
しかしながら、二ケタの掛け算は日本では習わないが、インドでは習うというようなことを聞いたことがある。
インド人は暗算が早いということであるが、こういうことも影響しているようである。
などということを想い出していたのであった。

なお、余談ではあるが、二ケタの掛け算を「九九(クク)」的に表現するとどうなるかということをベッドの上でモニターを見ながら考えた。
結果は、一ケタが「九九(クク)」であるのに対して二ケタであるから「九九、九九」である。
「クククク」では語呂が良くないので「クッククック」である。

更に余談であるが「クッククック」と言うと、私達の世代では「桜田淳子」氏が直ぐに脳裏に浮かびあがってくる。
氏のヒットソングである「私の青い鳥」では「ようこそここへ クッククック わたしのあおいとりィ」という歌詞が歌われているからである。
桜田淳子氏は美人系のアイドルで、山口百恵氏や森昌子氏とともに一世を風靡されたのであった。

そういえば、桜田淳子氏が神戸の国際会館という当時の大きなコンサートホールでショウを行われたことがあった。
国際会館の前には、「JUNKO SAKURADA SHOW」と大きく書かれたポスターが飾られていたが、心無い輩が「J」の文字の上に背景と同じ色の紙を貼ったとうことが、当時流行ったラジオの深夜放送で報じられていた。

さて、「九九九九(クッククック)」に飽きたが、、まだ眠くならない。
心電計のモニターを見ると、心拍数が表示されている。
暫らく見ていると、心拍数は75を中心に72~77の間で変動していた。
ここで思い付いたのが、心拍数の制御、である。
如何に自分の心拍数を少なくできるか挑戦してみることにした。

目を閉じ、呼吸を整え、雑念を払い、ただただ穏やかな気持ちでいると、徐々に心拍数が低下していき、69にまですることができた。
病院内では個室にいるとはいうものの患者の状態を常に確認するためにドアは開けられた状態なので、いろいろな音が聞こえて来てそのたびに心は乱れて心拍数は73付近にまで上昇するのであった。
そこで音に気持ちが集中するのを防ぐために、敢えて目を半眼に開き、再び心拍数低下を試みた。
数回に亘って失敗を繰り返したが、ある時ふと無我の境地に陥り、モニターの心拍数に目が行くと65を示していた。
65を確認すると同時に心が乱れたのであろうか、心拍数は72にまで瞬時に戻ったのであった。

こんなことをしている内に、いつの間にか私は深い眠りに入っていったのであった。

[DAY 3](5/30 月)

1img_1104 入院していた病棟、手前の道路は甲州街道(国道20号線)

朝6時に部屋の電気が一斉に灯される。
朝食を終えて暫らくすると、ACUから一般病室に移ることとなった。

部屋の移動に先だって、酸素マスク、心電計に繋がれた胸の4個の電極と電線、左中指の先の酸素濃度測定のクリップ、が外されたが、点滴は継続のままであった。

そして、若い女性看護師さんが用意してくださった車椅子に乗せられ、一般病室に移動したのであった。
個室の希望を出していたが空き部屋がなく、移った先は4人部屋で、窓の傍のベッドであった。

一般病室ではスマホなどの携帯機器の所持は認められたのであったが、通信機能は病室から遥かに離れた電話のブースでしか使用することができない状態であった。
当方も点滴のカテーテルが左腕に付いたままなので、結局スマホでの連絡は殆どしなかったのであった。
ただ、食事の写真だけは撮影することができるようになったのと楽な姿勢でテレビ(スマホ)を見ることができるようになったことは、単調な生活においてちょっとした楽しみになった。

1dsc_1030m 入院中の食事の内容説明書、1日のエネルギー摂取量は1800kcal、食塩摂取量6g未満

(朝食) 写真無し

食パン(温、2枚)
低カロリーストロベリージャム13g(20kcal)、砂糖不使用
野菜の煮浸し(キャベツ、ニンジン、キヌサヤ)
野菜とシーチキンのマヨネーズ和え(アスパラ、プチトマト1個)
オレンジ(1/4カット2個)
牛乳:森永生乳100%使用200ml


(昼食)

1dsc_0971 昼食(5/30)

米飯 200g
回鍋肉風
卵豆腐
きゅうりの中華和え


(夕食)

1dsc_0978 夕食(5/30)

米飯200g
鰆の梅風味焼き
付け合せ(オクラ)
ふきの炒め煮付
海草の酢の物
フルーツ(バナナ)

夜になってからのことであるが、前日の「笑点」で新しいメンバーが林家三平氏になったということを知った。

[DAY 4](5/31 火)

朝からするべきことも無く、終日のんびり過ごした。

(朝食)

1dsc_0980 朝食(5/31)

パン
マービーマーマレード
ビーンズサラダ
パイナップル
牛乳

(昼食)

1dsc_0989 昼食(5/31)

米飯200g
スープ(チンゲン菜)
鶏肉のトマトソース煮
付け合せ(ブロッコリ)
和風サラダ
春菊のごま和え

(夕食)

1dsc_0994 夕食(5/31)

米飯200g
鮭の味噌焼き
付け合せ(アスパラ)
肉と野菜の炒め物
じゃが芋のタラコ和え
フルーツ(キウイ)

[DAY 5](6/1 水) 

(朝食)

1dsc_0998 朝食(6/1)

パン
マービーアプリコット
野菜とシーフードのソテー
フルーツ(オレンジ)
牛乳

(昼食)

1dsc_1001 昼食(6/1)

米飯200g
味噌汁(白菜)
寄せ豆腐麻婆風ソース
きんぴらごぼう
お浸し

(夕食)

1dsc_1004 夕食(6/1)

米飯200g
鶏肉の香味焼き
付け合せ(グラッセ)
茄子とシメジの煮付
インゲンのごま和え
パイナップル

1dsc_1005 病室の窓の外

1dsc_1006 同上

夜になって、スマホを窓ガラスに押し当てて外の景色を撮ったが、ベッドから起き上がったのはトイレに行ったのと写真を撮った際だけであった。

[DAY 6](6/2 木)

(朝食)

1dsc_1014 朝食(6/2)

パン
マービーイチゴ
トマトスープ
ツナサラダ
牛乳

(飲み物)

1dsc_1015 フルーツドリンク(6/2)

朝食を終えてから、部屋の外に出て、エレベータホールであり電話のブースがあるエリアの自動販売機で「SUPER FRUITS Sparkling」という飲み物を購入した。
何種類かの飲み物が取り揃えてあったが、病人の臆病さからかビタミンC100%という表示に誘われてこれを選択したのであった。

(昼食)

1dsc_1020 昼食(6/2)

米飯200g
穴子の卵とじ
炒めなます
もやしのナムル
フルーツ(キウイ)


1dsc_1007 手前は甲州街道

1dsc_1008 

昨夜撮影した窓外の景色が昼間はどのように見えるのか、スマホで同じ位置から撮影した。
午後4時頃にシャワーを浴びた。
腕の点滴は針はささったままでチューブの一端が外され、その上をラップでぐるぐる巻きにした状態でのシャワーであった。
腕が若干不自由であるものの、久しぶりに髪の毛や体を洗い、髭を剃ると、スッキリしたのであった。

(夕食)

1dsc_1023 夕食(6/2)

米飯200g
肉団子と白菜の煮物
大根の煮込み
小松菜のお浸し
フルーツ(オレンジ)


[DAY 7](6/3 金)

朝、ドクターより土曜日の退院を許可された。

(朝食)

1dsc_1028 朝食(6/3)

パン
マービーマーマレード
チキンオムレツ
付け合せ(ソテー)
パイナップル
牛乳

(昼食)

1dsc_1034 昼食(6/3)

米飯200g
和風ミートローフ
ソース
付け合せ(キャベツ)
春雨サラダ
チンゲン菜辛し和え
フルーツ(キウイ)

昼食を終えて、明日は退院かぁ、などとまったりしていると、この日の夕方の退院が持ちかけられた。
その理由は、救急搬送された患者さんがかなりの数になりベッドが足りなくなっているからということであった。
私にとっては、ドクターが退院しても問題ないと判断されていることであるし、私より重い症状の人のためになるであるから否はない。
ましてや、家の布団で眠ることができるのである。
申し訳なさそうにしておられるドクターに莞爾とほほ笑んで退院を受諾させていただいたのであった。

   

2016年12月14日 (水)

小金井/ レンタルサイクル (Suicle)

1img_7298 

先日、JR東小金井駅とJR武蔵小金井駅の両駅を利用することがあった。
その際のことであるが、駅の近くの高架下に「Suicle」というレンタルサイクルがあることに気付いた。
実際に駐輪場の傍に行ってみるとライトグリーンの中型自転車が整然と並べられていた。

そこで、どうやって利用するのかをネットで調べてみると意外と簡単そうであったので、一昨日は実際に乗ってみたのであった。

予めネットでIDとPWを入手して武蔵小金井駅の「Suicle」駐輪場へ行き、精算機を使って手続きをした。
そして、1台を借りて小金井市内に出たのであった。
変速機は内装3段で普通に走るには十分なものであった。

ルートは、小金井市役所、農工大通、東京農工大博物館、栗山公園、を経て元の駐輪場に戻って来たのであったが、その所要時間は僅かに40分であった。
歩けばかなりの時間を要した上に疲れもあったかもしれないが、楽々の市内巡りとなった。
これでコストは100円で、仮にまるまる1日借りても500円というもので、使い方によるが利用し易いレンタルサイクルであることが分かったのであった。

1img_6396 東小金井駅のSuicle駐輪場

1img_6400 同上

1img_7366 武蔵小金井駅のSuicle駐輪場

1img_7296 武蔵小金井駅のSuicle案内板

1img_7254 武蔵小金井駅のSuicle清算機

1img_7257 武蔵小金井駅のSuicle駐輪場

1img_7263 小金井市役所第二庁舎の前

1img_7281 東京農工大博物館の前

1img_7269 内装3段変速

1img_7274 後輪付近

1img_7273 前輪付近

1img_7279 Panasonic製自転車

1img_7301 この日、空は薄曇りであった


http://suicle-ccs.jp/howto/

  

2016年12月13日 (火)

新宿/ NSビル (大時計)

1img_7471 新宿NSビルメインロビー

先日、肺動脈塞栓症を患った後の経過観察で毎月通っているクリニックに行った。
そのクリニックは新宿NSビルの中にあるのであるが、NSビルのメインロビーは時節柄クリスマスツリーが飾られていた。
このクリスマスツリーは飾り付けの色や配置などが佳いバランスをしていて穏やかで落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

1img_7465 時計

さて、NSビルのメインロビーには大きな時計のモニュメントが東側の壁に据え付けられている。
実際に正確な時刻を刻んでいる時計ではあるが、どちらかと言うとモニュメントとしての存在感が大きいようである。

1img_7466 文字盤には十二支の動物、時刻は9時17分

文字盤の中央には「SEIKO」という標示があり、時刻表示の部分は十二支の動物が置かれている。
二十四時間表示の文字盤には一つだけ据え付けられた針で時刻が示されるようになっていて、慣れない目には何時何分なのかが若干分かりづらかった。
が、良く見ると、大凡ではあるが上半分が日の出から日没までの6時から18時まで、下半分が夜の時間帯であり、内円の突起が奇数時を、十二支を仕切る棒が偶数時を表わしているという仕組みになっていることが分かった。

1img_7468 振り子の上側

1img_7469 振り子の下側

大きな振り子はゆっくりと左右に往復運動を繰り返していて、その都度歯車が1ピッチ動いて針を進ませる、という仕組みになっていた。
この時計の動力は水力であって、フロアに置かれた水車が水の力で回転し、その回転が歯車と垂直に伸びる長いロッドによって時計に伝えられるというものであった。
この時計、構造はシンプルではあるが制作するにはいろいろなKHや蓄積した技術が注ぎ込まれたものであろうと推察するものである。
また、藝術作品としても観賞するに値する佳品であると確信するところである。

1img_7477 歯車

1img_6242 水車の回転を時計に伝達するロッド(写真下側)

1img_6243 水車の回転を時計に伝える歯車とロッド(写真左側)

1img_6239 水車

1img_7470 クリスマスツリーにも機会時計の飾り付けがあった

  

2016年12月12日 (月)

銀座/ 天亭 (天丼)

1img_0639 天亭の入口

少し昔の話であるが、YA氏と銀座で会い、昼食を「天亭」で摂った。
「天亭」は現役時代には時々尋ねていた店で、私にとっては好きな店の一つである。
HPを見たら今年の7月に創業30周年を迎えられたとのことであったが、昼も夜も何時も満席のお客で賑わっていて、ご主人が健在であられる限りはずっと続く店であると確信している。
ただ、この日は店に入って直ぐに気付いたのであったが、ご主人の顔つきが何時もと違っていたのである。
何となく気懸りなまま時間は過ぎたが、元気にされておられるのであろうか・・・。

1img_0629 

さて、カウンター席に着いて何時ものように一献飲るべくYA氏と相談したら、天ぷらであるから白ワインか清酒であろう、ということに落ち付き、白ワインを注文したのであった。
しかしながら、「天亭」で初めて飲む白ワインは「天亭」という暖簾のもとで供されるという思いから大変期待していたのであったが、正直なところ少なからず落胆したのであった。
何だか「天亭」らしくないという思いに襲われたのは初めてのことであった。

1img_0633 天丼

1img_0634 天丼

ワインに「天亭」らしさを感じなかったが、「天丼」はやはり極上の品であった。
銀座で長く営みを続けておられる天ぷら店はどの店も、食材、天ぷらの揚げ方、接客、などなどいずれも一流のものであるが、「天亭」はその中でも高位に位置する店である。
また、近い内に尋ねて、今度は清酒をいただくことにしようと思うところである。

  

2016年12月11日 (日)

有楽町/ HANKYU MEN’S TOKYO (ATHLETE DRESSER AWARD)

1img_7601 ATHLETE DRESSER AWARD表彰式

昨日、学生時代の友人であるTI氏が久方ぶりに東京に出張で現れた。
ということで、新交通ゆりかもめの新橋駅で待ち合わせて銀座で会食とあいなった。
詳しくは追って認めさせていただくことにして、銀座での会食の後有楽町にある「HANKYU MEN’S TOKYO」の前を通り過ぎようとしたら、凄い人だかりとなっていた。

そこでは、Athlete Safariという雑誌による「ATHLETE DRESSER AWARD」の表彰式が行われていたのであった。
表彰されたアスリートは、飯塚翔太選手(陸上)、小野伸二選手(サッカー)、羽根田卓也選手(カヌー)、ベイカー茉秋選手(柔道)、保田賢也選手(水球)、柳田悠岐選手(野球)であった。

なお、世界的な活躍をしているアスリート達の中から、とりわけファッションに精通している方、ライフスタイルがオシャレな方、が表彰されているということであった。

これを見たTI氏は「さすが東京、いろいろなイヴェントがあるんだねェ。」と呟いていた。

1img_7599 HANKYU MEN’S TOKYOの付近は黒山の人だかり

1img_7602 

1img_7603 

  

2016年12月10日 (土)

吉祥寺/ 珈琲の店 近江屋 (森のコーヒー、ビスコッティ)

1img_7053 「珈琲の店 近江屋」はパルコ吉祥寺の1階と2階

先日、YH氏と昼食を摂った後、天気が良いので井の頭公園を逍遥した。
その後、「伊勢屋」で一献と思ったが昼からの摂酒量を増やすことにいささかの躊躇いがあり、コーヒーを飲むことでYH氏の了承を得たのであった。

1img_7049 「珈琲の店 近江屋」のエントランス

向かった先はパルコ吉祥寺の1階と2階に店舗を構える「珈琲の店 近江屋」であった。
「珈琲の店 近江屋」は2階からは直ぐ前に在る交差点が見下ろせるようで、以前から気にはなっていたが入ったことのないコーヒーショップであった。
1階のJR吉祥寺駅に近い側にエントランスがあり、コーヒー豆などが販売されていた。


1img_7048 2階玄関口と標示されたドア

エントランスで2階に上がりたい旨を告げると奥の「2階玄関口と標示されたドア」に向かうよう告げられ、このドアを通り抜けると階段があった。

1img_7047 2階のドア

階段を上がりきると、そこにもドアがあって、その向こうに広い喫茶スペースが現れたのであった。 
喫茶スペースは壁側にテーブル席、窓側は外に向かって座る丸いテーブル席が近接して並んでいた。
さらに喫茶スペースの奥はオープンエアになっていて喫煙ができるようになっていた。

1img_7021 メニュ

席についてメニュを見ると、10種類以上のコーヒーが供されるようであったが、YH氏も私も当店オリジナルのコーヒーに興味がそそられたのであった。
そこで、私が「森のコーヒー」を選択したところ、YH氏は「花のコーヒー」か「大地のコーヒー」か3秒ほど考えられて「花のコーヒー」を選択されたのであった。


1img_7024 メニュ

また、ケーキでもいただこうか、それとも自制しようかと悩んでいたら、YH氏が「ビスコッティ」があるのを見付けられたので、これをシェアさせていただくことにしたのであった。

1img_7028 森のコーヒー

1img_7031 

「森のコーヒー」は当店のスタンダードコーヒーということであったが、香りに鼻腔をクリーンにするような清涼感が感じられるとともに、味わいは苦味と酸味がバランスした逸品であった。

1img_7033 花のコーヒーとビスコッティ 

1img_7032 

1img_7038 

「ビスコッティ」は好きな味で、これはコーヒーのみならず、紅茶、日本茶、甘酒、ココア、など温かい飲み物にオールマイティにマッチするクッキーであった。
グリコのビスコも佳品であるが、当店の「ビスコッティ」は更に上を行く逸品であった。

1img_7040 中央線快速

1img_7042 大地のコーヒー

1img_7043 

YH氏は知る人ぞ知るコーヒー通であられ、当店オリジナルコーヒーで注文しなかった「大地のコーヒー」にも興味を示され、2杯目にはこの「大地のコーヒー」を所望されたのであった。
YH氏に感想を聞かせていただいたが、「花のコーヒー」はフローラルなニュアンスが、「大地のコーヒー」はコーヒーの苦みが個性として感じられたということであった。
が、その専門的な詳細説明については忘却の彼方へと消えて行ったのであった。

なお、全くの余談ではあるが、赤いシマシマのシャツを着た楳図かずお氏が店内奥のテーブルにいらっしゃった。
吉祥寺ならではの光景であった。
グワシ。サバラ。

  

2016年12月 9日 (金)

吉祥寺/ STEAK HOUSE SATOU (さとうステーキ)

1dsc02315 「STEAK HOUSE SATOU」は2階

先日YH氏から「年内最後になるかもしれなぬが、食事でもいかがでござる?」という連絡があった。
丁度タイミング良く吉祥寺には所用があったので、いつものように交番所の付近で待ち合わせたのであった。

さて、交番所の前で会うことができたのは良かったのであるが、お互い何処で食事を摂るかについてはノーアイデアという状況であった。
しからば、ということで取り敢えずはハモニカ横丁の辺りに向かって歩いて行くと、前方にメンチカツを買うために並んだ人の列が目に入った。
その目を少しだけ上に遣ると「STEAK HOUSE SATOU」が目に飛び込んできたのであった。

1img_7317 2階に向かう急な階段

メンチカツの行列の横を通り過ぎ、小さなエントランスを入ると傾斜角度が45度は有りそうな雰囲気のウルトラに急な階段が2階に続いていた。
余談ではあるが、この階段は登りはまだしも下りは転落しないように非常な注意が必要である。
私個人としては、アルコールが入った体でこの階段を下れるのは後5年が良いところであろう。

1img_7315 

階段を登りきると、左手にステーキの鉄板とそこで調理をする料理人さんが見えた。
12時を少し過ぎたばかりの昼食真っ盛りの時間帯であったが、幸運なことに店内奥のテーブルは空席となっていたのであった。
席に案内されるまでの僅かな時間であったが、メニュを手渡され、注文を問われた。
一日10食限定の「オイル焼」(スライスした肉(100g)を鉄板でさっと焼き上げたもの。1200円)は既に終わっていて、「さとうステーキ」(黒毛和牛のもも肉(120g)のサイコロステーキ(1600円)」をいただくことにした。

1img_7306 

接客担当のお嬢さんの案内で奥のテーブルに着き、まずはビールを注文した。
YH氏との昼食であり、はたま年内最後かもしれない昼食である。
一献飲らない訳はないのであった。 

1img_7308 サラダ

最初に供されたサラダを肴にビールをグビリンコと飲っていると、「さとうステーキ」が運ばれてきた。

1img_7310 さとうステーキは黒毛和牛もも肉のサイコロステーキ、サイドにはニンニクチップ、インゲン豆、ニンジン、モヤシ

1img_7309 味噌汁、香の物、ご飯がセット

ステーキは良質の肉がミディアムレアに焼かれたもので、熱の通った表面とレアの中心部分の弾力のバランスが良く、柔らかい肉であることに加えて焼き方による佳い歯応えが楽しめたのであった。
また、テーブルには「オリジナルステーキソース」が2種類用意してあり、一つは「さっぱり野菜ソース」で、もう一つは「やさしい甘味のフルーツソース」である。
どちらのソースも肉の旨味を引き出していて、美味であった。
肉だけでなく、ご飯(千葉県産コシヒカリだそうである)との相性も抜群に良かった。
因みに、ご飯のお替りは無料で、この肉とソースがあればもう一杯は余裕でいただけるところであるが、体調を考えて自制した次第であった。

この日は天気も良く暖かい日であったので、食後はYH氏と私は井の頭公園を逍遥したのであった。

   

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2016年12月 8日 (木)

LIFE/ COLLECTOR’S EDITION, FALL 1991

1dsc07667 LIFE COLLECTOR'S EDITION, FALL 1991, P25
Cartoons in newspapers and magazines depicted the Japanese people as being forced into a war that they did not want and could never hope to win.

出典:
LIFE   
COLLECTOR’S EDITION, FALL 1991
PEARL HARBOR
DECEMBER 7、 1941 ー DECEMBER 7、 1991
P25


米国の写真雑誌「LIFE」はもう廃刊になって久しい。
その昔、マンハッタンの書店で購った「LIFE」(1991年刊)に1941年当時の米国の風刺画が掲載されていた。
1991年といえば表題にあるように日本軍による真珠湾攻撃から50年という年である。
今年は真珠湾攻撃から75年、来年はアメリカの大統領が替ることで日米関係は新たな局面を迎えるようであるが・・・。

なお、風刺画は太平洋戦争開戦当時のものであり、当時の日本の軍国主義と日本国民についてアメリカの観点で書かれたものである。
したがって、その意図するところにはバイアスがかかっていると考えるのが妥当であろう。
また、風刺画に描かれている日本人の服装はどう見ても当時の日本人のものとは思えない。
昭和初期のアメリカ人が持つ日本人に対する外見的なイメージは私の認識とは異なったものであったようである。


ところで、昨今の国内政治を顧みると、画中の「JAPANESE MILITARY」という言葉を、例えば「JAPANESE GOVERNMENT」、あるいは穿った見方であるが「US GOVERNMENT」などと置きかえると、現在の日本の世相に通じるものがあるように思えてくる。
更にひねくれた見方をして「JAPANESE PEOPLE THEMSELVES UNCOSCIOUSLY」に置き換えるとあながちブラックユーモアでは済まないような気がするのであるが・・・。

   

2016年12月 7日 (水)

TRACKING THE JACKAL

1img_0004 TRACKIING THE JACKAL

私の手元に1冊の本がある。
タイトルは「TRACKING THE JACKAL」である。
内容は国際テロリストの追跡に関するノンフィクションで、ニューヨークタイムズの書評にも取り上げられていたものである。
総ページ数は600を越えるもので、本としては大作である。
発刊されたのは1993年のことと記憶するところである。

この本で取り上げられた「JACKAL」というのは「Carlos」というテロリストのコードネームで、彼は1970年代から1980年代の長きに亘って逮捕されることなくテロを繰り返してきたのであった。

1img_0008 The New York Times, Tueseday, August 16, 1994 Late Edition A1 より

しかしながら、JACKALはThe New York Times, August 16, 1994によると、1994年8月14日にスーダンで逮捕され、フランスに移送されたということであった。
その後のCarlosの消息については知るところではない。

ところで、この本を今回取り上げたのは「JACKAL」という言葉は、英語圏ではテロリストあるいは暗殺者をイメージさせる言葉であるということを想い出したからである。



               JACKAL FROM KOGANEI, THE TERRORIST OF FOOD

2016年12月 6日 (火)

新宿/ ゴジラ

1img_2335 新宿歌舞伎町のゴジラ(歌舞伎町セントラルロード付近より)

今年の映画では「シン・ゴジラ」がヒットしたらしい。
私はこの映画を見てはいないが、ゴジラは1954年に第1作が公開されていて、ほぼ私と同年齢である。
したがって、それなりの愛着というものはあるし、海外でも認められた日本の映画の一つであるということも心情的に嬉しく思っている。

過日のことであるが、YH氏とパンを沢山食べた後新宿の街を逍遥した。
その時のことであったが、東宝シネマビルの屋上にいるゴジラを近くで見ることができた。
近くで見たゴジラは迫力のあるものであった。


1img_2336 ゴジラは東宝シネマビルの屋上にいる

1img_2338 

さて、米国勤務時代のことであるが、当時は米国の自動車関連の会社でも「KAIZEN」や「SAFETY FIRST」などの運動が盛んであった。
そうした運動の中、あるMichigan州にある自動車部品の会社では不良率ゼロという社内活動を推進していた。
その会社のスローガンが「Go Zero」であって、そのスローガンの横に「GODZILLA」のイラストが並べてあった。
その会社の人が「Go Zero」のスローガンを指さしながら私に向かって「ゴズィラアンドゴゼロ」と言ったのであった。
この時、初めてアメリカでもゴジラは知られているということを知ったのであった。
米国で仕事をしていた時の一光景で、もう25年ほど前の話である。

   

2016年12月 5日 (月)

新宿/ CAFE RAMBUTAN (パンビュフェ+ドリンクビュフェ+メインディシュ、スパークリングワイン)

1img_2332 CAFE RAMBUTANのエントランス

ちょっと以前のことである。
それは以前といっても10月に見舞われた2回目の入院よりも前のことであって、入院さえしていなければ既に記載させていただいていたはずのお店についてである。

その日はYH氏と新宿で待ち合わせて昼食を摂ったのであった。
行き先は私の希望を容れていただいて、新宿中村屋にカレーを食べにいくことにしたのであった。

しかし、である。
中村屋のビルに着いたらビルのエントランスには店舗の案内があって、7階ではパンのビュフェがあり30種類のパンを食べることができると書いてあった。
当初はカレーをいただこうと思っていたのであったが、急に心変りがしてYH氏の同意をいただいた上でエレベータで7階に上がったのであった。

1img_2307 LUNCH BUFFET MENU

エレベータを降りると目の前がエントランスになっていて、7階のフロア全体が「CAFE RAMBUTAN」という設えとなっていたのであった。
エントランスで出迎えてくれた若い女性店員さんに案内されてテーブルに着いた。
そして「LUNCH BUFFET MENU」を手渡されたところで中村屋とは異なる雰囲気を感じたので問うと、中村屋ビルの7階ではあるが経営は全く別である、という答えが返ってきたのであった。
当店も中村屋の一業態であると思っていたのは当方の早とちりというものであった。

さて、「LUNCH BUFFET MENU」は「30種類のパンビュフェ」、「10種類のドリンクビュフェ」、そして「5種類のメインディシュ」で構成されており、前2者は全てを好きなだけいただけるのであるが、最後の「メインディッシュ」は1種類を選択するというシステムとなっていた。

そこで、先ずは「メインディッシュ」を選べば良いのであるが私が料理を決めるのに時間がかかりそうであったことから、先に「スパークリングワイン」を注文して時間を稼いだのであった。
もちろんYH氏との会食であるからワインの一杯は必要とするところであって、予定通りの注文と言えば予定通りのことであったのであるが・・・。

1img_2311 

スパークリングワインが供されたタイミングでYH氏は「ごろごろ夏野菜とあさりのトマトチャウダースープ」を、私は「とろ~りチーズと自家製ボロネーゼのラザニア」を注文した。
YH氏はさすが健康志向であられて野菜や海産物を選択されるが、私は1回目の入院に懲りず脂系を選択したのであった。
この時はまだ2回目の入院が訪れるなどとは夢にも思ってはいなかったのであった。

1img_2312 エビフライ、タマゴサラダ、などがサンドされたのもあった

1img_2314 店内は広く奥行きもあった

1img_2316 A VERY NAKED SHOULDER LADY(後で写真を見たら妙齢の淑女が写っていた)

1img_2317 パンの種類は頻繁に入れ替えられる

1img_2318 パンが僅かになったトレイやバスケットはどんどん置きかえられていた

スパークリングワインで乾杯した後、徐に席を立ってパンを取りに行った。
店内中央の大きなビュフェ台のトレイやバスケットには20種類以上のパンが常時並べられていて、数が少なくなると入れ替えが行われていた。
パンは所謂調理パン的なものが多く、その内容はヴァラエティの豊かなものであった。

1img_2320 ごろごろ夏野菜とあさりのトマトチャウダースープ

1img_2322 とろ~りチーズと自家製ボロネーゼのラザニア

パンの1個1個の大きさは左程ではないにしても多くの種類をいただくと結構胃袋は満たされるのであった。
パンをそこそこ食べたなァという感じになった頃であったが、メインディッシュが運んでこられた。
メインディッシュの量は思っていた以上に多く、更にパンと一緒に食べたものであったから私の満腹度は100%を越えてしまうほどであった。
当店はヴァラエティ豊かなパンと飲み物があるし食べ応えもあって若い人達にとって嬉しい店であろう。

1img_2325 ドリンクビュフェ

1img_2326 向こう側にコーヒー、紅茶がある

1img_2334 CAFE RAMBUTANのエントランス

   

2016年12月 4日 (日)

小金井/ 野川 (紅葉)

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昨日は所用があってJR武蔵小金井駅の北側に行った。
日頃の運動不足を補うために行きは徒歩で行ったが、距離にしてせいぜい3kmというところであまり距離は無かったが体は暖まり多少なりとも有酸素運動にはなったようであった。
まあ、何もしないよりも良い、というところである。

さて、駅まで歩くということは運動面での効用はまあまあであったが、途中の景色は日によって異なっていて、結構目を楽しませてくれるのであった。
昨日は野川の淵をゆるゆると歩いていたら、一本の木が目に留まった。
その木は紅葉を既に終えて殆ど枝だけの様相を呈していたのであった。
それだけであれば見過ごしてしまう木であったが、木の上に目を遣るとそこには1枚だけ紅い葉が残っていたのであった。
寒風の中、根性を出して頑張っている葉っぱであった。

1img_7357 

1img_7356 木の上端、11時の位置に紅い葉

  

2016年12月 3日 (土)

小金井/ fantasista (ピーナッツホイップ)

1img_7072 fantasista

JR東小金井駅周辺を訪れるようになってから見つけたパン屋さんである。
店主殿に訪ねてみると、開業して既に10年以上が経っているということであった。
横断歩道を渡って店に入る前の僅かな時間であったが、お店の様子を見ていると小さな子供さんを連れた若いお母さん達も多く訪れておられるようで、東小金井の街に根付いたお店の様子であった。

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店舗は小さなスペースであるが、入口を入って右側にある部屋でパンが造られている。
まさに「手作りのパン 焼いてます」というシェードの標示の通りである。
また店内の三方の壁には棚が設えてあって、そこには数多くの種類のパンが並べられている。
パンの中には宮崎駿氏がデザインされた小金井市のキャラクターである「小金ちゃん」のあんぱんも販売されているようであった。

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さて、初めて入店した時のことであったが、アップルパイの置いてあった棚の傍に「パン屋さんの粒入りピーナッツホイップ」というパッケージが置いてあるのが目に付いた。
英語表記では「PEANUT & WHIPPED PEANUT CREAM」となっていて、ピーナッツと泡だてられたピーナッツクリームということなのであった。
興味をそそられて1個購入したのであったが、これが私の好きな食感と味わいの一品なのであった。

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「パン屋さんの粒入りピーナッツホイップ」はその名前の通りのホイップされたピーナッツクリームに砕かれたピーナッツが入っていたのであるが、トーストに載せるとピーナッツクリームがジワジワと融けてパンの生地に染み込んでいき、得も言えぬ味わいを呈するのであった。
加えて、散りばめられたピーナッツのツブツブ感がトーストの食感と好い相性となるのであった。
一方、常温のパンに載せてもホイップされていることから口当たりは滑らかで、口腔内に広がって行くピーナッツクリームの風味も佳いものであった。

なお、この「パン屋さんの粒入りピーナッツホイップ」は当店の自家製ではなく、品川区の食品会社が製造しているものであったが、これを店頭に置かれた店主殿の目利きに敬意を表するものである。

1img_7120 くるみぱん

また、手作りのパンであるが、多くを食した訳ではないので生意気なことはいえないものの、どれをいただいても小麦の旨味が秀でていて、美味しくいただいた。
特に「くるみパン」は私にとってお気に入りのパンであった。


  

2016年12月 2日 (金)

小金井/ キッチンブラウン (チキンカツビーフシチュー)

1img_7066 キッチンブラウン

暫らくご無沙汰していると、「キッチンブラウン」のビーフシチュウーが無性に恋しくなる。
当店にはまだ通い始めたばかりであるが、この味を一度憶えてしまうと離れ難くなってしまうのであった。

1img_7056 メニュ

先日の土曜日のことであるが、所用で外出した帰りの中央線では自宅に最寄りの武蔵小金井駅ではなくて一駅手前の東小金井駅で電車を降りたのであった。
12時の開店時刻を過ぎること15分ほどで入店した。
運良く先客は3人のみ(その内1人は食べ終わって店を出た)であって、カウンター席右側ブロックの一番左側に着くことができた。
着席して、ご主人が出してくれた水を口に含みつつ全品制覇を考えてメニュを吟味した結果、「チキンカツビーフシチュー」をいただくことにした。
注文を終えてご主人の動きを見ていると、チキンカツを大鍋で揚げ始められた。
余談ではあるが、このチキンカツが揚げ上がるまでの数分の間に店内は満席となったのであった。

1img_7061 チキンカツビーフシチューにはサラダ、味噌汁、ご飯が付いてくる

1img_7063 チキンカツビーフシチュー

出来上がった「チキンカツビーフシチュー」はご主人自らがカウンターをぐるりと回って目の前にまで運んできてくださった。
湯気を立てている鉄板には、タルタルソースを添えられたチキンカツ、コーン、トマトソースが掛けられたスパゲティ、そしてビーフシチューが盛り付けられていた。

先ずはビーフシチューの肉を口に運んだ。
強いコク味と鼻腔の奥にまで届く芳香のデミグラスソースを纏った牛肉は噛まずともホロホロと解れていき、そこから滲み出る旨味が口腔内に広がるのであった。
ここにご飯を送り込むと、それはもうご飯を主食とする日本人にしか味わえない上質の料理に変貌するのであった。

一方、チキンカツにはタルタルソースが添えられていて、これも好い味わいであるが、私個人としてはビーフシチューを絡めて食べる方が数倍好きであった。

なお、付け合せのコーンはデミグラスソースがコーティング状態となっていて、実に佳い味であった。

1img_7057 店内奥にあるテーブル席は家族やグループ客向け

   

2016年12月 1日 (木)

小金井/ 新西洋料理 ヴァン・ド・リュウ (牛タンの煮込み)

1img_6567 新西洋料理 ヴァン・ド・リュウ

先日のことであるがJR武蔵小金井駅の北側に所用で出掛けた際に、「新西洋料理 ヴァン・ド・リュウ」に久しぶりに立ち寄ることができた。
店の前に立ててあるメニュボードを見ると「牛タンの煮込み」がランチメニュの一つとして書かれていた。
牛タンを焼肉以外で食するのは随分ご無沙汰であったので、これをいただくことにしてドアを開けたのであった。

1img_6560 牛タンの煮込み

店の中央辺りに位置する席について、ご主人との呼吸があったタイミングで「牛タンの煮込み」をお願いしたのであった。
ご主人からは、いつものようにパンかライスを問われたので、パンをお願いした。
なお、この瞬間であったが、ワインを注文したいという強い衝動が現れたのであったが、ちょっとした間が開いたことで注文のタイミングを失してしまった。

1img_6561 牛タンの煮込み

若干手持無沙汰なことから水を啜りながら待っていると、「牛タンの煮込み」が供された。
煮込まれた牛タンは3個あり、ブイヨンで軽く火を通されたキャベツの上に盛りつけてあった。
キャベツをソースと和えて、これを牛タンと一緒に咀嚼すると、牛タンからの旨味とキャベツからの甘味がソースの収斂性のあるコク味を介して相互に高めあうのであった。

また、添えられた野菜は「ホワイトクリームで和えられた蕪」、「ブイヨンで軽く加熱されたニンジン」、そして「ブイヨンで煮つけられたダイコン」であった。
蕪も人参も生あるいはほぼ生に近い状態であって、そのものが持つ固有の食感と味や香りを堪能できる仕上げになっていて、野菜の旨味を楽しめるものとなっていた。

一方ダイコンであるが、私が浅学であるために「おでんのダイコン」のような印象を最初に持ってしまったのであった。
私に取っては見た目はまさに「おでんのダイコン」そのものであり、硬さも断面の色のグラデーションもおでん鍋で煮込まれたダイコンと相違ないものであった。
まずはナイフとフォークで一口大にカットして口に運ぶと、ダイコンの少し辛味を帯びた味と香りが口腔内に広がったのであった。
ダイコンはブイヨンで煮込まれているようであるが、ダイコン自体の味わいを活かすように仕上げるためにその味付けは抑制されたものとなっていて、それがためにダイコンの風味が全体の70%を越えることからおでんのダイコンと錯誤してしまったのであった。
良く味わって見ると肉系の蛋白質の旨味が感じられたのであり、おでんのダイコンとは似て非なるものであったのである。
しかしながら、やはり「おでんのダイコン」と見間違うほどの仕上がりとなっていて、ご主人はお客がどのような反応をするのかを楽しみにされていたのではなかろうか、などと思った次第である。

1img_6562 自家製タルトとコーヒー

1img_6563 自家製タルト

メインを食べ終わったタイミングを見計らって「自家製タルト」とコーヒーが供された。
当店の「自家製タルト」は淡いクリームと甘味の強いリンゴのスライスが絶妙の味わいを構成していて、実に美味である。(リンゴと書いたがラフランスかもしれないとも思っている。)
これだけでもお金を払って食べる価値はあるが、これがデザートとして供されるところに当店の実力の高さが表れていると思料するところである。

1img_6565 ワインの一升瓶は「北野呂醸造」の「ウインワイン」

1img_6568 店頭のメニュボード

1img_6569 ボジョレヌーボーも楽しめる

  

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