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2015年9月

2015年9月30日 (水)

小金井/ 月

1dsc00039001 2015年9月30日5:22am@小金井市

今朝は4時過ぎに新聞配達のバイクの音で目が覚めた。
私は朝日新聞と日本経済新聞の二誌を購読しているので、バイクの音はそのどちらかであろう。
再び寝ようと思い暫らく布団の中に居たのであったが、ふと気になってカーテンを開けると窓外にまん丸の月が見えた。

そこで、今回は現在使っているコンパクトデジタルカメラで月に肉薄した写真を撮影することができるか試してみることを思い付き、起き上ったのであった。

私のコンパクトデジタルカメラは「SONY Cyber-shot DSC HX-60V」であり、光学ズームが30倍、デジタルズームと併せると120倍の撮影が可能である。

撮影では、手振れを防ぐために三脚に固定し、2秒のタイマーを使って撮影した。

その結果、クレーターもなんとか認識できる写真を撮影することができたのであった。

なお、カメラの設定は「☽」モードなどではイマイチの結果で、フルオートモードにしたらカメラが自らベストコンディションを選んでくれていた。

コンパクトデジタルカメラ、恐るべし、である。


1dsc00001 120倍で撮影した画像をトリミング、2015年9月30日5:05am@小金井市


1dsc00014 最大培率120倍で撮影、2015年9月30日5:12am@小金井市

2015年9月29日 (火)

小金井/ スーパームーン

一昨日が「仲秋の名月」、昨日が「スーパームーン」、であった。
弊ブログでは、昨日は「仲秋の名月」を撮影した「月」そのものの写真を掲載したが、本日は「月」と周囲の「風景」を合わせて撮影したものを掲載しようと思う。

私個人としてはクレーターなどが見える「月」の拡大写真に大いに興味を持っているが、一方で観月とその季節を表現するには何らかの風景を合わせて撮影することが必要ではないかと思っている。例えば、ススキや月見団子、という季節の風景である。
とはいいながら、今まで真面目に季節感のある風景写真などを撮影したことがなかった。

そこで、昨日はカメラの設定をどのようにすればどのような写真が写るのか、加えて撮影した写真に画像処理を行うとどのように変化するのかを試してみた。
二点の写真とそれぞれに画像処理したものを掲載させていただきますが、素人の戯れということでお許しを希う次第です。



[月と金木犀](水墨画風)

11dsc_4555_t 原画

11dsc_4555_tb 

11dsc_4555_t_shadow 


[月と金木犀と栗の木](色調を強めに)

11dsc_4562 原画

11dsc_4562_2 

11dsc_4562_3 


2015年9月28日 (月)

小金井/ 仲秋の名月

1dsc_4548002 

昨日は、仲秋の名月、であった。
小金井では西から流れてくる雲が月を隠すことが多かったが、時折の雲の切れ間に満月を望むことができた。
満月は肉眼では大きく見えたが、実際に400mmの望遠レンズで写真に撮ると画像の中のほんの僅かな部分を占めるのみであった。
また、仲秋の名月であるから秋の風物と並べて撮影出来れば良かったのであるが、私にはそのセンスも、また技術も、無いのであった。

今日は、月が地球に最接近した状態で見ることができるスーパームーンが観察できる日である。



1dsc09950 出典:朝日新聞 46400号 14版 P1 2015年9月28日

今日の朝日新聞の朝刊には撮影者のセンスと忍耐と幸運によってもたらされた写真が掲載されていた。
朝からずっと感心しきりである。





2015年9月27日 (日)

横田基地/ MV-22 OSPREY

1dsc09600

先日、米軍横田基地で行われた日米友好祭に行った。
基地内では十数種類の軍用機が展示され、その中には機内に入れるものもあった。
その内のひとつが「MV-22 OSPREY」であった。
機内に入るには長蛇の列に並ぶ必要があったが、日本に配備されるにあたって騒然となった「MV-22 OSPREY」の内部に興味を覚え、列の最後尾に並んだのであった。
列は徐々に進んでいったが、ローディングドアから結局機内に入れたのは約1時間半後のことであった。

1dsc09606 MV-22 OSPREYのローディングドア付近

以下に、機内で撮影した写真を掲載するが、ここの写真に写っている事物についての知識がないので説明文を記することができていない。
ご容赦を請うものである。
なお、印象に残ったのは配線・配管類にカバーがかけられておらず、素人考えではあるが実戦の際の損傷が起こり易いのではと気になるところであった。

1dsc09622 

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1dsc09630 

1dsc09631 椅子は折り畳み収納式

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1dsc09633 

1dsc09634001 

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1dsc09639 1枚前の写真の右側にある丸窓から見た外の景色

1dsc09640 

1dsc09641 

1dsc09643 

1dsc09645 

日本国内では「MV-22 OSPREY」の配備について反対運動がかなり行われていたが、昨年に続く展示であり、配備自体は既成事実化してしまったような印象をもったのであったが・・・。




2015年9月26日 (土)

国分寺/ にんにくだいち (だいち丼(並))

1dsc09899 にんにくだいち

昨日と今日、またもやNTTドコモに行っている。
そして、二日間の滞在時間は4時間以上となっている。
訪問の理由は、私のスマホでメール・ネット・ライン・電話などの通信に支障をきたしていて、どの機能も満足に働いていない状態が3週間ほど続いていたことにある。

NTTドコモではSIMカードの交換を昨日行ったが改善せず、今朝はスマホの初期化を行った。
初期化というのは結構残酷なもので、貴重な写真などバックアップのできないものは消滅してしまった。

なお、初期化して暫らく様子を見ることになり、この日はNTTドコモを後にして昼食を摂りに伺ったのが「にんにく だいち」である。
「にんにく だいち」では以前に「ねぎラーメン」いただいていたのであるが、その時にチャーシューが載せられた丼があることを知り、今回はこの丼をいただきに参上した次第であった。

入店して入口右側にある券売機で「だいち丼(並)」の食券を買い求め、カウンター席に着いた。

着席して程なく「サラダ」と「スープ」が供された。

1dsc09886 サラダ

サラダは一旦湯通しされていて大変サッパリしたもので、丼のにんにくとタレの味を和らげる効果を持っているようであった。

1dsc09884 スープ

スープは透明系のもので牛肉系スープを連想させる味であったが、実際はどのように作られているのか分からなかった。

1dsc09891 だいち丼(並)

スープとサラダに手を伸ばそうとした刹那、親爺さんが調理した「だいち丼(並)」が女将さんの手によって運ばれてきた。

1dsc09894 だいち丼(並)

「大地丼(並)」は、ご飯の上ににんにくの効いたタレの絡まったバラ肉、ラーメンに載せられていた柔らかいチャーシューのサイコロ状の塊が数個、紅ショウガ、千切りキャベツ、刻みネギ、白髪ネギがふんだんに載せられていた。

これらの具材を適宜混ぜていただいたが、加熱されたにんにくのタレが佳い加減でバラ肉に絡まっていて、タレの絡まった肉と野菜がバランスして味と噛み応えの良い丼に仕上がっていた。

1dsc09896 焦がしにんにく油

なお、女将さんにもう少しにんにくの風味が効いている方が好きである旨伝えたら、「焦がしにんにく油」の底に溜まった部分をかけることを薦められた。
実際に数滴かけてみると、ぐっと風味が増したので、かなりの量をかけさせていただいたのであった。
なお、チャーシューは出色の旨味を呈していて、その柔らかさとも相まって、丼の中の花形的存在であった。
このチャーシューはビールの肴としても良さそうであった。

さて、「にんにく だいち」を出てJR国分寺駅に向かい、ここでスマホの具合を確認すると、依然同じ問題が発生しているのであった。
再びNTTドコモに行き、対応について話を聞いた。
その結果、今度はスマホ本体をメ―カ―であるSONYに送るというので、代替機をあてがわれた。
なお、この時NTTドコモ(担当者ではない)の責任感の無さに疑問を呈したのであったが、埒があかず不毛な時間が過ぎたのであった。

NTTドコモに行くと、待ち時間の長さ+対応にかかる時間の長さ+責任感の欠如に疲れるのであるが、今日は疲弊してしまった。

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2015年9月25日 (金)

銀座/ 亀屋和泉 萬年堂 (本店移転)

1dsc09828 

「亀屋和泉 萬年堂」はその銘菓「御目出糖」でつとに有名である。
我が家では、息子の結納の際に先様に贈らせせていただいた思い出深い逸品である。

今日「亀屋和泉 萬年堂」さんから、店舗移転のお知らせがあった。
今までの8丁目から新たに5丁目に移転されるとのことである。
良く見れば「東稲荷大明神」様の直ぐ近くであり、そのご利益もあって更なる繁盛をなさることであろう。

1dsc09830

余談ではあるが、思い起こせば、確か「亀屋和泉 萬年堂」のご当主は慶應大学のご卒業であったと記憶するところである。

2015年9月24日 (木)

上野/ 風景


1dsc09815 JR上野駅 公園口

先日、上野界隈を散策した。
私は上野界隈も含めて東京の地理を勉強中である。
今回は上野界隈で自分として珍しいと思ったり、あるいは意外に思ったことがあったりしたので、自分の備忘録として記載してみようと思う。


[松坂屋上野店]

1dsc09685 1階と2階の踊場

松坂屋上野店と言うよりは、上野の松坂屋、と称する方が相応しいように思う。
その訳は、上野の松坂屋は数ある松坂屋の店舗の中でも歴史的に由緒ある店舗であり、他の全ての店舗と同列に扱うにのにはいささかの躊躇いがあるからである。
この上野の松坂屋は店内の設えに注力して建設されたと聴いているが、その例としては至る処に大理石が使われているのであった。


[アメ横商店街]

1dsc09688 御徒町駅側

年末の風物詩として、大勢の買い物客で賑わうアメ横がテレビなどで報道される。
この「アメ横」であるが、商店街に渡された看板は御徒町駅側から歩いて行くと「アメ横」となっているが、唯一上野駅側では「アメ屋横丁」となっている。
どちらも正しいのであろうが・・・。

1dsc09711 上野駅側


[西郷さん]

1dsc09715 西郷隆盛公の像

上野公園と言えば多くの人は「西郷さん」と呼応するであろう。
この西郷さんの斜め前に建物があり、「3153」というプレートが付けられている。
これは何の建物であろうか?
因みに、「3153」は「サイゴーサン」と読むのであろう。

1dsc09713


[清水観音堂]

1dsc09717 境内より不忍池を臨む

上野の山に「清水観音堂(きよみずかんのんどう)」が鎮座ましましている。
このお堂の正面から「不忍池」の方向に幹を円形に矯められた松の木がある。
この円形の空間から不忍池を見ると、その先には「弁天堂」を眺めることができるのである。

1dsc09718 弁天堂


[正岡子規記念球場]

1dsc09723 正岡子規記念球場

日本に野球を紹介し、「ベースボール」を「野球」という日本語にしたのが「正岡子規」であると、「坂の上の雲」で知った。
その「正岡子規」の名前を冠した野球場が上野にあるということを、先日初めて知ったのであった。


[東京都美術館]

1dsc09727 前庭にある球体のオブジェ

このピカピカの巨大な球体は何時見ても興味が引かれる。


[道標]

1dsc09737 道標

東京国立博物館から東京藝術大学に至る途中にこの道標がある。
道標であるが、美しい。


[東京藝術大学]

1dsc09738 東京藝術大学

大学院音楽研究課の修士課程の試験がある(あるいはあった?)ようである。


[東京国立博物館]

(スカイツリー)
1dsc09761 東京国立博物館の入口、向こうにスカイツリー

東京国立博物館の入口を東京藝術大学の方から眺めると、その先にはスカイツリーが屹立している。

(本館大屋根)
1dsc09767_2 本館エントランス部の大屋根

本館のエントランス部の大屋根を見上げると、中央に白鳳、両脇に鬼瓦が配されていた。

1dsc09771 大屋根の中央に白鳳(?)

1dsc09790 鬼瓦

(表慶館)
1dsc09791 表慶館

表慶館の入口には狛犬ならぬ狛獅子か?

1dsc09792 阿形のライオン

1dsc09793 吽形のライオン

(ジェンナー像)
1dsc09803 ジェンナー像(米原云海作)

ジェンナー像は1897年に大日本私立衛生会から寄贈されたもの。


[国立西洋美術館]

1dsc09813 国立西洋美術館

台東区が主体となって「国立西洋美術館の世界遺産登録」が進められている。

1dsc09814 幟

1dsc09810 弓をひくヘラクレス

2015年9月23日 (水)

上野/ 東京国立博物館 (埴輪、土偶、の横顔)

1dsc09787 本館大屋根(部分)

一昨日は埴輪と土偶の写真を掲載させていただいた。
その後、撮影した写真を見直していると、埴輪も土偶も正面から撮影された写真はよく目にするものの、横から撮影された写真は余り知られていないように思うので、今回は横からの写真を掲載した。

特に「土偶」は、正面から見た姿と比較して肉厚感が異なっていたり、鼻が上を向いて尖っていたりと、少し驚きの横姿であった。

1dsc_4503 埴輪(右横)

1dsc_4502 土偶(左横)

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2015年9月22日 (火)

上野桜木/ 愛玉子 (チーワイン)

1dsc09746 愛玉子

昨日は上野まで出掛けたので、上野桜木にある「愛玉子」にまで足を伸ばした。
当店は不定休ということで、前々回は休業、前回は入店と、50%の確率での入店であった。

昨日は店の前まで行ってみると、暖簾が出ていて営業中であった。
早速暖簾を掻き分け引戸を開けて店内に入ると、二組の先客が居られた。
入口を入って右側にあるブース席の入口側のテーブルに着いたら、程なく女将さんがコップの水を持って現れた。

今回はワインのオーギョチイである「チーワイン」をいただくことにした。
注文をすると、女将さんからは
「はい。」
という答えだけが返ってきたのであった。
「赤にしますか、白にしますか?」
「それともマゼにしますか?」(さすがにこれはない!)
という問いかけがあるのではないかと期待をしていたのであったが・・・。

暫らくして再び女将さんが現れた時には、お盆の上に赤い色の液体に浸ったオーギョーチイが載せられていたのであった。

1dsc09741 チーワイン

1dsc09744 チーワイン(横から)

1dsc09743 チーワイン

テーブルの上に置かれた「チーワイン」は、まずおつゆから味わってみた。
おつゆは明らかにワインであった。
味は甘めのワインである。
甘めのワインとはいえ本来の特徴であるタンニンの収斂味が、オーギョーチイの淡い甘味と程良い相性を醸し出していた。
ワイン系のデザートという範疇に入る一品であった。

次回は、ウィスキーチーをいただくことにしたい。

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2015年9月21日 (月)

上野/ 東京国立博物館 (埴輪、土偶、他)

1dsc_4517001 東京国立博物館

今日は敬老の日である。
公共の施設の中には60歳以上であれば入園料や入館料などが無料となっているところがあり、上野動物園もその一つである。

1dsc_0721 上野動物園の入場口の前(13:30頃)

今日は、パンダの写真でも送れば孫たちも喜んでくれるのではなかろうかと思って、上野動物園に向かった。
しかし、である。
11時20分頃に上野動物園の前(といっても入園口はずっと向こう)にきたら、夥しい数の人が列をなしており、時間を置いて再訪することにした。
再び上野動物園の前に来たのが13時半頃のことであった。
若干列は短くなっていたようではあったが、到底30分待ちなどという生易しい待ち時間で入園できそうになかった。

断腸の思いでパンダの画像撮影は諦め、替りに東京国立博物館に向かった。
今日は東京国立博物館も常設展は無料なのである。
ここで、埴輪と土偶の写真を撮らせていただいた。

1dsc_4497 エントランスホール(1F)

エントランスホールにある大階段を2階に上がると、古代日本の美術品が陳列されているフロアがある。
このフロアには、古代日本の美術品を代表する埴輪や土偶、縄文土器、銅鏡などが陳列されていて、何時見ても息を呑むような素晴らしいものばかりである。
撮影禁止のマークがない所蔵品の撮影は許されており、埴輪や土偶を始め数点の写真を撮影させていただいた。

1dsc_4500 埴輪

1dsc_4501 土偶

この文章を仕上げたら、パンダの写真の代りに孫たちに埴輪と土偶の写真を送るつもりでいる。
これらの写真を受け取っても、孫達は喜ぶかどうかは分からないが、取り敢えず送ってみることにする。

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2015年9月20日 (日)

銀座/ Anna Cafe (コーヒー)

1dsc09529 Anna Cafe

先日、京橋のクリニックでの診察を終えた後、何時ものように「Anna Cafe」に立ち寄った。
そして、「Anna Cafe」では何時ものようにYさんがにこやかに出迎えてくださった。

この日は若干空腹感があったのでモーニングセットよりも何か軽い食べ物があればと思ったが、薦めていただいたスープもお結びも私の体が求めていた量よりも多そうであったことから、コーヒーをホットでいただくことにした。
当店の食べ物はクオリティのみならず量も多いのでCPも満足度も高いのであるが、逆に飲み物と少量の食べ物を組み合わせる時はケーキ類を選択することになるのであろう。
ただ、残念なことにこの日の私にはケーキすら重いような感じであった。

1dsc09531 コーヒー

Yさんは早速この日の最初のコーヒーを淹れ、冴木杏奈氏のロゴが印されたカップになみなみと注いでくださった。
当店のコーヒーは冴木杏奈氏も係わっておられるハワイのコーヒー園で生産された豆を使用されており、さっぱりした口当たりである。

1dsc09530 

Yさんと話をしていると、来月の7日から10日に亘って冴木杏奈氏のコンサート「冴木杏奈ワールドコンサートツアー ANNATRONIKA」が東京の日経ホールで行われるとのことであった。
今回は収容人員が600人程度のホールが選ばれていて、冴木杏奈氏と観客との一体感が醸し出されるコンサートとなるようで、Yさんからは観賞を薦められたのであった。
さらには、冴木杏奈氏は来年は演劇に専念されるので、今回のコンサートを逃すと1年ほどはコンサートが開かれないらしいのである。
しかしながら、私はこのタイミングでは所用がすでに入っていて参加できない。
残念である。

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2015年9月19日 (土)

横田基地/ 日米友好祭 2015

1dsc09676 

今年も9月19日―20日の二日間に米国空軍横田基地において日米友好祭が開催されている。
今日は朝からこの「日米友好祭」に行って来た。

JR青梅線の牛浜駅を降りたのが9時20分ころであったから、この時点以降15時に武蔵小金井駅の前からバスに乗るまでずっと立ちっぱなしであった。

流石に疲れはしたが、今日は印象深かった二人の米国空軍の軍人さんが居られたので、まずこのお二人について記そうと思うところである。

1dsc_4480_2 エリザベスさん

エリザベスさんは警備担当である。
私がお目に架かったのはオスプレイと航空自衛隊の空中給油機の間のスペースで警備をされていた時である。
警備の仕事と共に「日米友好祭」に訪れた人達のリクエストに応えて一緒に写真を撮って居られた。
エリザベスさんは小柄の女性で、推定ではあるがその身長は150cm位であろうかと思う。
身に着けたライフルや拳銃は我々の目には物々しいが、エリザベスさんの柔和な頬笑みが物々しさを打ち消していた。
私の求めに応じてポーズをとってくださったが、その時の姿は一転して軍人のものであった。

1dsc_4480001 M-4ライフル

私もお願いしてライフルを持たせていただいた。
その時彼女は「重くはないわよ。」と言って手渡してくれたのであったが、実感としては5kg程度はあったように感じた。
ライフルの名称を伺うと「M-4」という答えが返ってきた。

1dsc_4489 J.J.レオーネ大尉

もう一人の方は、J.J.レオーネ大尉である。
尉官自ら訪問者の対応に当たられていた。
場所は「A6イントルーダー」で、我々は機体の横に設けられたステップによってコクピットの横に上がっていくことができるのであるが、そのコクピット内に居て一人一人に対応されていたのがJ.J.レオーネ大尉であった。
ステップを登って行くと、全ての人に対してJ.J.レオーネ大尉から握手の手を差し出してくれるのであった。
そして、一緒に記念撮影をしたり、あるいは求めに応じてコクピット内の写真を撮影されていた。
ステップを登って行くのは日本人ばかりで、様子をみていると会話もままならないケースがあるようであったが、ステップを降りてくる人達の顔は笑みに溢れていたのであった。

私も他愛ない会話をさせていただいたが、私の求めに応じてコクピットからの眺めをや計器類を撮影していただいた。

1dsc_4487 撮影中のJ.J.レオーネ大尉

1dsc09671 コクピットからの眺め

1dsc09669 A6イントルーダーの計器類

アメリカでは、基地の開放は地域住民との親交を深めたりするために頻繁に実施されていて、軍人さん達が親しく一般の人と交わることが行われている。
日本の基地でもその趣旨で軍人さんたちとの交流が行われているようである。
私も横田基地の「日米友好祭」には数度訪れてきたが、今回お目に架かった二人のようなフレンドリーな対応は初めてであった。
エリザベスさんやJ.J.レオーネ大尉の対応は印象深かったので敢えて記載させていただいた次第である。

2015年9月18日 (金)

京橋/ 100%ChocolateCafe (ショコラプレッソ)

1dsc09520 100%ChocolateCafe 店内(部分)

今日は2カ月に1回の京橋のクリニックに行く日であった。
そして、今では恒例となった「100%ChocolateCafe」にいつものように立ち寄った。
入店してメニュを受け取り、奥から2番目のテーブルに着いた。
メニュは最初から最後のページまで一通り見たのであったが、結局注文したのは「ショコラプレッソ」であった。
気温が下がってくると、「ショコラプレッソ」のような暖かい飲み物が美味である。

なお、一人のサラリーマンがチョコレートを1番から56番まで全ての種類を購入していた。
領収書をもらっておられたから、進物用なのであろう。

1dsc09517 ショコラプレッソ

1dsc09516

1dsc09518 ショコラプレッソ、 ストロベリーチョコレート(#39)、 スプーン

1dsc09519 店内(部分)

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2015年9月17日 (木)

道頓堀(大阪)/ グリコの看板

1dsc_0644_2 戎橋北側より

心斎橋に出ると殆ど必ずと言ってよいほど「グリコの看板」を目にしている。
先日は、道頓堀川クルーズの船からのアナウンスが聞こえてきたが、それによると現在の「グリコの看板」は6代目だそうであった。

この「グリコの看板」については、ここ30年以上に亘って昼間しか眺めたことがなく、ただ一種類の絵が描かれているだけと思いこんでいた。(私が訪れた時は何時も同じ絵であった。)

しかし、先日の夜のことであった。
「Mi Vida」からの帰りに「戎橋」を渡ったのであったが、看板の絵が動いていたのであった。
良く見ると、空の太陽と三日月、あるいは雲が動いたり、ランナーのいるトラックが後方に流れたり、更にはバックの色が空色と朱色に変化したりと、盛り沢山な内容であった。

このことは多くの方々にとってはご存じのことであろうけれども、私には新しい発見であった。


[夜のグリコの看板]

1dsc_0651_2 太陽を背に、トラックは後方に流れる、バックは空色

1dsc_0652_2 朧な三日月を背に、バックは朱色

1dsc_0653_2 明るい三日月を背に、バックは空色

1dsc_0654_2 太陽を背に、バックは朱色

2015年9月16日 (水)

東京駅/ 東京炒飯 (福建式あんかけチャーハン)

1dsc09355_2 東京炒飯

今日は再び「東京炒飯」について記させていただくことをご容赦願いたい。

先日、大阪から帰ってくる際に新大阪駅で昼食として「カレーうどん」を食したことは既に記した通りである。
この時、早い時間に食したことと、それが消化の良いうどんであったことから、東京駅に到着した14時頃には空腹を感じるようになっていた。

1dsc09353 North Courtの入口(新幹線側)

そこで、大阪に行く際に立ち寄っていた「東京炒飯」に再び訪れることにした。
その訳は、当店のメニュの中に「福建式あんかけチャーハン」というのがあったからである。
米国勤務時代によく通った中華料理店が福建省の出身者一族で経営されていて、その店のスぺシャリテの一つが福建式の「海鮮あんかけチャーハン」であり、帰国後も機会があればこれをいただくことにしていたのである。

「North Court」は時間帯的に人の混み具合が緩和されており、「東京炒飯」には待つことなく入店することができた。
前回は「璃宮チャーハン」をいただいたのであったが、前述した通り興味を引かれた「福建式あんかけチャーハン」を今回はいただくことにした。

1dsc09060 福建式あんかけチャーハン

待つというほどもなく供された「福建式あんかけチャーハン」は、かなり濃い褐色の餡がかけられていた。
餡の中には、海老、貝柱、チャーシュー、しいたけ、アスパラガス、などが入っていて、それぞれの旨味が引き出されたものであったが、若干味付けが濃い目であろうか。
醤系の調味料によるものであろうか、程良い収斂性が伴った味わいで、匙が進むのであった。
また、パラリと仕上げられたご飯には、玉子が絡められた上に淡く塩味が付けられていたようで、かけられた餡と食感的にも味覚的にも良い調和をなしていた。

唯一残念に感じたのは、その価格であって、「福建式あんかけチャーハン」の味をプラスサイドに考慮しても、店の設えや顧客のスペースなどを考慮すると若干高いように思った。
東京駅という場所を前提にしたビジネス戦略は吟味されたものであり、価格は戦略に基づいて設定されたと推察するが、「赤坂璃宮」の名前を借用するからには「赤坂璃宮」を知っている人達にも更には東京駅を通りかかった人達に対しても納得性のある価格とクオリティのバランスを保つことが「赤坂璃宮」の名声を損なわないためには必要であろうかと思料するところである。

1dsc09058 メニュより

2015年9月15日 (火)

阿倍野(大阪)/ 古潭 アベ地下店 (しょうゆラーメン、餃子)

1dsc09249 古潭(アベノ地下店)

当店に初めて入ったのは、私が高校生の時であった。
多分、初入店は高校2年生の冬、期末テストの最終日が終わったその日ではなかったであろうか?
まあ、概ねこの頃であって、冬だったのか、あるいは夏だったのか、テストの後だったのか、全てが曖昧模糊としている。
当店の創業は1967年で、私が高校に入学した時には既に当店は営業を始めていた。
当時は阿倍野地下街(アベ地下)の近鉄デパートに近い場所にあり、何時も多くのお客で賑わっていたように記憶している。
1970年代初頭は昨今のようにラーメン店が街中に乱立している時代ではなく、「古潭」は大阪のラーメン店としては草分け的な存在であると認識しているが、異論を唱える人は多くないように思っている。

現在の「古潭」は16店舗を展開する存在となっているのであるが、「古潭 アベ地下店」は所謂創業店であると認識しているが確信はない。

先週の日曜日に所用があって大阪市内に出掛けた際に「古潭 アベ地下店」に立ち寄った。

1dsc09264 店の前には行列

アベ地下は日曜日の昼時であるにも係わらず行き交う人は疎らであった。
が、「古潭 アベ地下店」の前だけは10人ほどの人が列をなしていた。
何時もならば列には並ばないのであるが、41年ぶりに訪れたことから「必食の覚悟」を固めていたので列の最後尾に付いたのであった。
店内はテーブル席・カウンター席と約30人ほど収容できそうであり、また客回転も良かったことから10分程度で入店が叶い、カウンター席に中程に案内された。

なお、列の先頭付近になったら店員のお兄さんが注文を取りにきたので尋ねると、しょうゆラーメンは創業当時からのものと改めて確認できたので、「しょうゆラーメン」と「餃子」をいただくことにした。

1dsc09254 餃子

1dsc09252 カウンター上の調味料

着席して暫らくすると、まず「餃子」が運ばれてきた。
高校生の頃は、餃子があったのかどうかは記憶にないが、もしあったとしても注文するだけの金銭的余裕は無かったであろう。
卓上の餃子のタレとラー油を小皿に入れて、ジュブと漬けていただいた。

1dsc09260 しょうゆラーメン

一つ目の餃子を食していると、注文した「しょうゆラーメン」が目の前に置かれた。
まず、スープを一口含んでみた。
トロリとした口当たりのスープであったが、41年以上前に味わったのと同じかどうかについては分からなかった。
また、舌の上と上顎前部の間のトロリとした感じと動物系の香りとコクは何処かで経験したものであったが、これが41年前の当店でのことであったかどうかも分からなかった。

この時のことである。
店舗の場所が変わり、また店内の設えや明るさも変わった中、大昔の記憶だけを探りながらラーメンを啜る自分を、もう一人の自分が冷静な目で見ているのであった。

1dsc09263 店主口上(古潭のラーメンが秘める力)

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2015年9月14日 (月)

心斎橋(大阪)/ TABLAO Mi Vida (フラメンコショウ、タパス他)

1dsc09214 TABLAO Mi Vida

均ちゃんに教えてもらった店である。
均ちゃんは当店のことについて教えてはくれたが、余り薦めてはくれなかった。
その訳は、均ちゃんが当店を訪れた時は偶々ではあろうがお客は均ちゃん一人のみで、ステージのフラメンコを最前列で観賞するというよりは、むしろフラメンコのダンサー達から見られるというような、所謂プレッシャーを感じたからではなかろうかと推察している。

1dsc09217 エントランスの飾り付け(1F)

今から10日程前の9月4日の夕刻に「TABLAO Mi Vida」を訪れた。
ビルの1階にあるエントランスでは飾りつけのシンプルな優雅さに一瞬歩みを止め、次いで若干急な階段をゆっくりと降りて行った。

バルセロナ(バルセロナに数度行ったことがあるだけなので、その時の印象でしか語れないのである)にある通りの奥まった処にある店の様な入口を入ると、レセプションの女性が出迎えてくれた。
レセプションで支払いを済ませた後、この女性の案内を受けて席に着いた。

1dsc09222 店内奥の絵

18時半頃の入店であったが、既に先客である女性2人組が2組、最前列のテーブルに着かれていた。
私は均ちゃん情報を元に「客は私一人だけ!」というメンタルにタイトな状況を想定していたのであったが、これで一気に緊張感は遠ざかってしまったのであった。

更に、もう一組の予約が入っていて、予約をしていなかった私が案内されたのは運の悪いことに最前列のテーブルでは無くて、前から2列目のテーブルで大きな絵が飾ってある近くでステージを左斜め方向から眺めるポジションであった。
着席してさっと見渡して見たが、ステージの床の殆どが人の陰に隠れてしまい、ダンサーのステップは僅かにしか見えそうになかった。

1dsc09219 ビール、向こうは店内エントランス側、右はカウンターバー

席に着いてまず飲み物を尋ねられた。
シェリー酒でもあればと期待していたが品揃えになかったのと、ここまであちらこちらを歩いたので喉が渇いていていたことから「ビール」をお願いした。
一瞬「セルべッサ ポルファヴォール」(スペイン語で「麦酒ヲオネガイシマス。」のこと)と言ってみたい衝動にかられたが、変人と思われると嫌なのでやめておいた。
男が一人で入店しているだけでも奇人的扱いを受けそうな感じであったので、止めておいて正解であった。

1dsc09218 オードブルとビール

ビールに次いで料金に含まれている「オードブル」と称される料理が供された。
「オードブル」には3種類のタパスとバゲット様のパンがプレートに載せられており、見た目よりは食べ応えはあったように記憶している。

1dsc09224 白ワイン

ビールはあっという間に飲み干してしまったので、追加で白ワインをお願いした。
更に、料理をいただくことにして、「ポテトのアリオリソース」、「スペイン風オムレツ」をお願いした。

1dsc09229 ポテトのアリオリソース

1dsc09232 スペイン風オムレツ

「ポテトのアリオリソース」も「スペイン風オムレツ」も私一人では若干重かった。

1dsc09234 赤ワイン

フラメンコのショウが始まる少し前に「赤ワイン」をお願いし、これをいただきながらフラメンコを観賞させていただいた。

1dsc09228 フラメンコ観賞のためのインストラクション

なお、フラメンコの観賞に当たってはテーブル上にインストラクションがあり、来場者が皆心地よく楽しめるような配慮を求められていた。

実際にショウが始まると、ダンサーたちが近いだけにその表情や動き、更には息遣いまでが良く分かるのであった。
まず、フラメンコ独特のステップは単に力強いだけでなく、ステップを床に直角に打ち込むものや斜め方向から打ち込むものがあって、視覚的なものも含めると音の出方に違いが感じられるのであった。
また、床に接触するステップの微妙な時間の違いで響く音に重いものから軽快なものまでヴァリエーションが生じていたが、ピアノのキ―タッチに類似したものを感じたのであった。

また、踊り自体もかなり運動量が多いようで、幕間の暗闇の中にダンサーの喘ぐような息遣いが聞こえてきた時にはある種の感動が客席全体に広がったようであった。

こうして、約1時間に亘るフラメンコを観賞し終えた。
ショウの後は、お客との記念撮影があり、その後ダンサーたちがテーブルにまで挨拶に来てくれたのであった。
こういうことには慣れていないので、若干気恥ずかしいものがあった。

1dsc_0649 記念撮影

1dsc_4436001 9月4日の出演者

1dsc_4439 同上

追記

均ちゃんのように、たった一人で、それもステージの直ぐ前で、あのダンサーたちのフラメンコを観賞したら、どのような感想を抱いたであろうか・・・。
それは、実際に経験した者にしか分からない感慨であろう。






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2015年9月13日 (日)

難波(大阪)/ 自由軒 本店 (名物カレー)

1dsc09200_2 自由軒本店

大阪で生まれ育った人の多くが知っている洋食屋さんである。
当店のHPで知ったのであるが、創業は明治43年(1910年)である。
私は子供の頃にカレーライスに玉子を載せる店として知った。
しかしながら、入店するのは先日大阪に帰省した2日目の9月4日が初めてであった。

1dsc09197 店頭のディスプレイ

入店する前に店頭のディスプレイをみると、件のカレーは「名物カレー」という名前であった。
それまではドライカレー的な名称を想像していたのであったが、「名物カレー」というネイミングにはギャフンであった。

1dsc09194 店内(壁の上側はお品書、下側は大きな鏡)

入店するとテレビの取材であろうかカメラと取材メンバーが居られたことから、入口の傍のテーブルに案内された。
数人居られるおばちゃんの一人がブルーの帯が2本ついたコップの水を持ってきてくれ、「名物カレー」をお願いした。
おばちゃんは「大盛ですか?」と尋ねるので、ひょっとしたら量が少ないのかもと思ったがこの後2時間ほどで「Mi Vida」というレストランへ行くことにしていたので「普通サイズ」をお願いしたのであった。

1dsc09194_2 金髪の女性(入口に等身大の立像あり)は実質的な経営者と推察

店内では、入口に等身大の立像が置いてあった金髪の女性が相次いで訪れるお客の接客と同時にテレビ取材クル―への対応もテキパキとされていた。

1dsc09190 名物カレー、コップにはブルーの帯が2本

「名物カレー」を注文してから間髪入れる間もなく、おばちゃんがスプーンを持ってきてくれた。
スプーンは数本がトレイの載せられていたのであったが、おばちゃんは最初に取り出したスプーンを私の前に置こうとしたが、直ぐに「こっちの方が食べ易いわ。」と言って違うスプーンに替えてくれたのであった。
これはおばちゃんのパフォーマンスか、はたまた親切なのか?
いずれにしても私は洒落た言葉を返すことができずにいた。残念である。

1dsc09192 名物カレー

当店のHPを見ると、「名物カレー」は元々は「混ぜカレー」と称されていたとのことである。
それで良く分かったのであったが、ドライカレーと言うにはシットリし過ぎているのはそういう経緯があったのである。
横から見ると、こんもりと盛られたカレーは、中央部が凹まされていて、ここに玉子が1個載せられていた。
この玉子はカレーの辛さをマイルドにするために載せられているものであると思っていたが、さにあらず、昔は高級食材であり、かつ栄養価の高かった玉子を載せたものであったのである。(HPより)

最初に玉子は混ぜずにカレーとご飯が渾然一体となった部分をスプーンに一掬いいただいた。
かなりスパイスが効いた味で、お子ちゃまには厳しい辛さであると推察するところである。

次に、玉子とカレーを混ぜていただいた。
先ほどのスパイスが効いた味がかなりマイルドになっていた。
当店のカレーは玉子を混ぜることを前提に味付けられているようである。

なお、テーブルの上には調味料として唯一「ソース」が置かれており、これを適量かけてもまた佳い味であった。

1dsc09196 ソース(唯一の調味料)

2015年9月12日 (土)

東京駅/ 東京炒飯 (璃宮チャーハン)

1dsc09057 東京炒飯

今朝午前6時前に久しぶりに大きな地震があり、目が覚めた。
テレビの速報によると、私の住む小金井市が隣接する調布市の震度が最も大きい5弱で、震源は東京湾のようであった。
幸い書棚の本が数冊落下しただけであった。
改めて寝なおす気持にもならず、この文章を書き始めた次第である。

9月3日(木)、小金井から大阪府堺市に向かった。
家を若干早めに出て、東京駅で昼食を摂ることにしていた。
東京駅には予定していたのよりも20分ほど遅れて到着した。
駅弁を購って新幹線車内で食するということで遅れた時間を取り戻すことも考えずに、駅構内のダイニングゾーンである「North Court」に向かった。
時刻は11時半を少し過ぎており、「North Court」は多くの人で溢れかえっていた。
「North Court」では一度往復してどういうお店があるのかを見たが、どの店舗も入口で行列ができていた。
それらの店舗の中で偶々ではあるが行列が短くなって5人ほどになった「東京炒飯」に並んだ。
列の最後尾に付いて待つこと5分ほどで入店となったのであった。

「東京炒飯」は「赤坂璃宮」のプロデュースによるもので、総料理長の譚彦彬氏が監修されているようで写真が掲げてあった。

1dsc09058 メニュ

入店が間近になるとメニュが手渡された。
メニュには5種類の炒飯が掲載されていたが、「赤坂璃宮」の店名を冠した「離宮チャーハン」をいただくことにした。

1dsc09065 店内(部分)

漸く案内されたのは店内奥のテーブル席で、二つの荷物とカメラを抱えた者としては広めの席がありがたかった。
店内は奥から見て、左側が小さなテーブル席、右側がカウンター席となっており、お客はフロア担当によって順次案内されているのであった。

1dsc09059 璃宮チャーハンと清湯スープ

入店前に予め注文をしているので、着席して3分ほどで「璃宮チャーハン」が「清湯スープ」と共にトレイに載せて供された。

1dsc09061 璃宮チャーハン

「璃宮チャーハン」には、小海老、チャーシュー、中国菜、ネギ、を刻んだものが具材となっており、玉子と米が炒められたものに混ぜてあった。
全体的にパラパラに仕上げてあり、程良い硬さの米粒の歯応えが佳い一品である。
塩で味が整えられているが、具材から出るそれぞれの甘味や肉味、野菜の淡い苦味などが米の味と良い調和をしていた。
特に小海老はその新鮮さ故の噛み応えと海老固有の味が良く、印象的であった。

一方、「清湯スープ」はセットメニュのスープにしてはクオリティの高い方であるが、「璃宮チャーハン」の味に負けていた。
チャーハンを食べる前に飲んでしまうのは本来の姿ではないので、何らかの工夫が欲しいと思うところである。

「璃宮チャーハン」本体の量は私的には適量であり、「清湯スープ」とセットの価格が1,050円というのは、駅構内の店舗ということで若干狭小な上に雰囲気が慌ただしいことを考慮しても許容範囲内であろうかと思料するところである。

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2015年9月11日 (金)

西荻窪/ POT Coffee Shop (ポットミックス)

1dsc09401 POT Coffee Shop

「POT Coffee Shop」には初めての入店である。
エントランスの扉を手前に引いて店内に入ると、ご主人がカウンターの向こうから気さくに話しかけてくれ、奥の空いている席を薦めてくださった。

1dsc09392 メニュ

着席して壁のメニュを見ていると、ご主人がお店のロゴが書かれたメニュを水とともに持ってきてくれた。
メニュを開く前にご主人から当店のお薦めは「ポットミックス」であるとの説明を受け、迷わず「ポットミックス」をお願いしたのであった。

注文を受けたご主人はカウンターの向こう側に戻り、慣れた手つきでコーヒーを淹れてくださった。

1dsc09395 ポットミックス

まず、ストレートでいただいた。
しっかりとしたコーヒーの苦みが味わえるが、一方でさらりとした口当たりであり、コーヒーの佳いところが存分に活かされた一杯であった。
ご主人が自慢する逸品であり、自慢の理由が納得できる一杯であった。

1dsc09394 アッシュトレイ(TOPの文字が刻印されている)

ご主人は、渋谷や新宿のコーヒーショップ「TOP」で修行を重ねられた後、43年前に独立されてこの西荻窪の今の場所で「POT Coffee Shop」を始められたとのことである。
開業当時は、当店の北側のエリアは未だ畑地であったそうである。

当店の「POT」という名前は、ご主人が修行された「TOP」の綴りを反対に並べたものであり、現在も「TOP」との強い繋がりは続いている。
例えば、先般の新宿コマ劇場が閉じられる際には、そこにあった「TOP」の什器が当店に移されて使われているのである。

今回供された「ポットミックス」は、カップが「TOP」のもの、ソーサーが当店「POT」のものであった。

1dsc09396 カップのロゴは「TOP」

1dsc09399 ソーサーのロゴは「POT」

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2015年9月10日 (木)

新大阪駅/ 浪花そば (カレーうどん)

1dsc09352 浪花そば(JR新大阪駅構内)

先週木曜日から大阪に帰省し、今日台風の余波が残る中を小金井に戻ってきた。
今回の帰省では、所用が多くあったことから、外で落ち付いて食事をする機会が僅かしかなかった。
こうした中で、今日は早めの昼食を新大阪駅で摂ることになり駅の構内を歩いていると、前回2月の帰省では未だ工事中であった場所に「浪花そば」が復活していた。

「浪花そば」はかなり以前から新大阪駅に降り立つたびにうどんを啜りに立ち寄ってきた店で、2年ほど前にその姿が消えて寂しい思いをしていたのであった。

1dsc09344 ディスプレイ

新しい店舗は以前に比べて垢ぬけた佇まいを呈している。
また、驚いたことに以前は全て立食であったのに対して殆どの席が着席スタイルとなっていた。
その結果であろうか、以前は見かけたことの無いご婦人がたも食しておられるのであった。

当店は、店名に「そば」を用いているが、おつゆは完全に関西系のものであり、それはうどんとの組合せがベストのものである。(と思っている。)
店頭のディスプレイを見て、「生姜かき揚げうどん」に興味を掻き立てられたが、「カレーうどん」も捨て難く、結局「カレーうどん」を選択したのであった。

1dsc09346 カレーうどん

店の入口を入ったところで注文し、その横で注文の品を受け取るのであるが、注文して直ぐに供されるという神業的な連携とスピードは、以前のまま受け継がれているのであった。
「カレーうどん」をいただくのは初めてであったが、東京行きののぞみの発車までに余り時間がなかったことから、ゆるりと味わうことなく若干急ぎ気味で啜りこんだのであった。
カレーはかなりスパイシーに仕上げられていて食が進む味であったし、これが関西系のおつゆに混ざることで更に佳い味わいへと変貌していったのであった。
なお、刻みネギが絶妙なるアクセントを醸し出していて、落涙落頬の味わいを楽しんだのであった。

1dsc09349 扁額(店内奥)



[参考]

1dsc02514 以前の浪花そば(2013年5月16日)

2015年9月 9日 (水)

西荻窪/ 坂本屋 (カツ丼)

1dsc01641 坂本屋

今を遡ること6年半ほど前のことである。
西荻窪にダントツにカツ丼の美味しい店があり、その名を「坂本屋」という、と言うことを聴き付けた。
西荻窪は当時通勤経路の途中にある街であり、訪れるには何の造作もないのであった。

その後、約3年前に一度訪れたのを最後に「坂本屋」には入店の機会を得ることができないでいる。

以下の写真やエピソードはその時のものであり、現在では情報として価値をなさない部分もあるので、予めご了承をお願いするものである。

最初に「坂本屋」に伺ったのは2009年2月14日(土)のことであった。
この時のメモは以下の通りである。

11時33分頃に到着。
開店は11時半らしいが、すでにカウンター席には3人、入り口に近い方からテーブル3卓には2人づつ着席。
カウンター席に坐ろうとしたら一番奥の9番テーブル(一人用)に案内される。

大方の客がカツ丼を注文していた。
席はカウンター入り口側から1番~5番、テーブルも入り口側から6番と7番(4人掛け)、8番(2人掛け)、9番(1人掛け、調理場からの出入りと料理の運び出し口がそばにある為椅子は無い)。
この9番テーブルの席からは店内のほとんど、即ち厨房も客席もず~と見渡すことができるという観察には最良の席であった。

肝心のカツ丼の見目麗しさはかなり良好で、黄身の黄色さが濃く良い感じ。
味も醤油から来る収斂性と甘味がバランスした好きな味であり、カツにおつゆが馴染んで美味しかった。
また、グリーンピースがアクセントとして見た目にもまた味としても佳いものであった。
私個人としては、このグリーンピースが最も気に入っている。
煮込まれた玉葱は可も無く不可も無くであったが、これはこれで必須の味わいと口当たりを出していた。

カウンター5番席のじっちゃんは「ソース焼きそば」を軽快に食べておられたが、常連の方であろう。
テーブル8番の二人連れの内インドネシア人の女性は天津飯で、これは宗教上の理由であろうと推察するものである。
なお、他の全てのお客はカツ丼であった。
食べ終わって店を出るときには5人位が行列していた。


第2回目の訪問は、2012年9月22日(土)のことであった。
その時の写真を合わせて掲載させていただくが、この内容も現在では情報として価値をなさない部分もあるので、予めご了承をお願いするものである。

 

初音のタンメンを目当てに西荻窪に行ったが、休業であった。
急遽西荻北にあるハンバーガー屋へ行こうと北上すると、たまたま坂本屋からおっちゃんが出てきた。
行列が無かったので即入店し、カウンター席に案内された。
先客は皆カツ丼を注文している。
カウンタの向こう側には、右から、カツを煮る女将さん、お運びからレジまでする娘さん、カツを揚げる親爺さん、一番左に洗い場のオバちゃんが忙しく働かれているのが良く見えた。

1dsc01632 お品書(2012年9月当時)

1dsc01633 お品書(2012年9月当時)

お品書を見ると、和洋中とオールマイティな品揃えである。
その中で「カツ丼」が不動の地位を築いたのは、何が要因であったのかは分からなかった。

1dsc01634 出来たてのホヤホヤ

 

1dsc01638

 

1dsc01637 玉子への熱の通され方が絶妙

坂本屋の「カツ丼」は、出来上がりの熱々が立ち昇る湯気とともに供されるのである。
丼の蓋は用いられておらず、余熱で玉子が固まっていくということは僅かである。
言い換えると、調理の段階でタイミング好く加熱され、タイミング好くご飯に載せられ、タイミング好くお客まで運ばれるのである。
したがって、熱が関係する「揚げ」、「煮」、「盛付」のそれぞれを担う親爺さん、女将さん、お姉さんのそれぞれの技術と相互の連携が巧く進められていることが、厨房を窺っていると実感できるのであった。

 

こうして美味しい「カツ丼」ができあがるのであるが、個人的には「グリーンピース」が好きである。
色どりも佳し、小さいが存在感のある味も佳し。
「グリーンピース」の存在を知ってしまった現在、「グリーンピース」が有るのと無いのとでは、私に限って言えば「カツ丼」の味わいは大きく異なるように思っている。

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2015年9月 8日 (火)

銀座/ 筑紫楼(坦坦麺)   [銀座坦坦麺(4)]

1dsc04445 

恵比寿にある「筑紫楼」はフカヒレ料理の専門店である。
ここでは、以前均ちゃんや鴨川の病院で部長をしているEF氏とフカヒレ料理を堪能したことがある。
一方、銀座の「筑紫楼」もメインはフカヒレ料理を標榜しているが、銀座という場所柄かフカヒレ料理以外の料理も食することができる。
それらの料理は押し並べて上質の料理であって、満足度の高い品々が多い。

この「筑紫楼」においても「坦坦麺」をいただくことができるのである。

当店は、銀座に訪れる裕福なマダムたちの昼食の場となっており、11時半には入店しないと席に着けないことがままある。

さて、坦坦麺を食しに行った日は運良く店は未だ混んではおらず、レセプションで来意を告げると店内奥のブース的設えのテーブルに案内された。
銀座アスター本店でも同様であるが、格式を重んじる店であるから昼食とはいえどもジャケットは着用した方が店の扱いも粗略にはならないように推察する。

さて、坦坦麺であるが、注文時に白飯も一緒にお願いした。

1dsc04437 坦坦麺
 

1dsc04438 

10分程の間であったが、供された中国茶を喫しつつ待っていると、「坦坦麺」が運ばれてきた。

「坦坦麺」のスープはラー油の影響であろうか明褐色系の色を呈しており、また表面の泡の状態から粘調さを予測した。
なお、スープには僅かではあるが刻みネギが入れられていた。
また、具材は比較的ドライな感じの肉味噌と、その下に青梗菜が載せられている。また、肉味噌の上には粗砕きのナッツが載せられているという、シンプルな装いの一品であった。

まず、スープを口に含んでみた。
舌当たりのクリーミーさは佳い加減で会ったが、銀座アスターのスープを憶えている舌にはあっさりしすぎているように感じられた。
また、辛さはほどほどであり、洗練された店としての節度を保っていた。
味と風味のバランスが取れていて、大変美味であった。

余談ではあるが、担担麺を食べる時にミンチされた肉が器の底に溜まるが、これには時々困惑することがある。
麺と一緒に持ち揚がってくれば良いのであるが、都度器の底を浚渫することが必要であった。

1dsc04436 坦坦麺には白飯

なお、併せて注文した「白飯」は、残ったスープに入れて「おじや」にしていただいた。
蓮華で白飯をほぐした後、掬いあげてみると、米粒一つ一つをクリーミーなスープがコーティングし、併せてミンチされた肉も適量が混ざっている。
これを口に含むと、スープのクリーミーな辛さと白米の甘さが混ざり合って、頬落の美味が楽しめるのであった。

2015年9月 7日 (月)

銀座/ 中国菜 老四川 瓢香 (成都担々麺)   [銀座担々麺(3)]

1dsc04184 

「中国菜 老四川 瓢香」は、銀座三越のダイニングフロアにある四川料理店である。
デパートの中のレストランであるから、買い物の途中で立ち寄る人もいらっしゃるが、当店を目指して訪れ、ついでに買い物もしようという人の割合もかなり大きいようであった。
したがって、訪れる時間帯に限らずある程度はエントランスで待たされることを念頭に置いておかなければならない。

1dsc04171_2 テーブルセッティング

店内は広いのであるが、若干テーブルの間隔が詰まっている。
とはいっても、窮屈という訳ではない。
昼の価格設定を考えると収容人数が多くなるのはやむを得ないことであろう。

当店の料理長は四川料理の名手と称される人で、供される料理に使われる香辛料などは現地で仕入れられたものが使われているとのことであるが、料理自体は日本人向けにアレンジされたものとなっている。
一方で、リクエストをすれば本場ヴァージョンで調理していただけるので、好事家は本場の味を楽しんでいるようである。

1dsc04174 前菜

過日昼食で訪れた時は、「成都担担麺」を「本場の辛さ」でお願いした。
まず「前菜」の3種盛が供された。

1dsc04177 山芋とセロリ

1dsc04176 鶏と胡瓜

1dsc04175 蛸とオクラと湯葉

「前菜」いずれもあっさりした味付けで若干物足りない気分であったが、次に供される「成都担担麺の本場の辛さヴァージョン」の前に発唾を促すという口内環境を整える役割を存分に果たす品々であった。

1dsc04179 成都担担麺 本場の辛さヴァージョン

元来、四川の担担麺とはスープでヒタヒタになっているものではないのである。
そして、当店の「成都担担麺」もしかりであった。

1dsc04180 
どちらかというと色白のストレート麺の下に辡油が敷かれているようで、これが味の決め手となっていた。

そぼろ状の肉と中国菜(名称不明)は口当たりにアクセントを加えるという役目のように感じた。

1dsc04183 辡油

別の容器で追加の辡油が供されたので注ぎ足してみたが、料理としての辛さには余り変化は生じなかったと記憶している。

1dsc04181 スープ

なお、昼食にはスープがセットメニュとして付けられていたが、「成都担担麺」の後では舌が痺れていて味わえなかったのであった。
スープが付いてきた場合には、先ずスープからいただいて行く、というのが無難なようである。

1dsc04182 白飯

また、「白飯」は残った少量のおつゆの中に入れて食べれるものではない。
その主たる理由は、残ったおつゆというものが辡油そのものであり、ご飯に絡めていただくには辛すぎるからであった。
したがって、おつゆの下に沈んだそぼろ状の肉を掬い、これを白飯に載せていただくのがベストであった。

2015年9月 6日 (日)

小金井/ 圧縮エアー式ウォーターガン (アクアライザーG、MUSTANG)

1dsc09009 圧縮エアー式ウォーターガン (アクアライザーG、MUSTANG)

話題としては少し古いものとなるが、お盆休みに孫娘たちが我が家を訪れた際に一緒に遊んだ水鉄砲についてである。

私が小学生の頃は、竹筒の節に小さな穴を開けたものに水を溜め、別に用意した棒の先に布を巻きつけたものをプランジャーにして竹筒に押し入れて水を飛ばして遊んだものである。
子供の力ですることであるから、水はどんなに飛んでも5m程度であったように思う。

あれから50年強経った現在、自分で竹筒を加工して水鉄砲を作り、水遊びをする子供は居ないのであろうか・・・。

一方、現代はプラスティック製の水鉄砲が玩具店に並べられていて、容易に水遊びができるようになっている。

先日、JR小金井駅前にあるドン・キホーテで水鉄砲3丁を買った。
大きくて強力な水鉄砲2丁を孫娘用に、小ぶりの水鉄砲を私用に、である。

いずれも圧縮空気を利用した水鉄砲である。
実際に使ってみると、発射される水の勢いは強く、また発射できる水の量も相当なものであった。
50数年前の竹筒の水鉄砲と現代の水鉄砲を比較すると、火縄銃と近代軍隊のライフル銃のようなものである。

 

仕様

  ◇アクアライザーG
     全長     : 600mm
     タンク容量 :     1リットル
     最大飛距離:   10m
  ◇MUSTANG
     全長     : 400mm
     タンク容量 : 530cc
     最大飛距離:     8m

2015年9月 5日 (土)

Nashville(Tennessee)/ Jack Daniel’s 125th Anniversary Bottle   [コレクション 酒類]

1dsc04313 Jack Daniel’s 125th Anniversary

テネシー州ナッシュヴィルには取引先の日系自動車メーカーの工場があり、新規開発関係の仕事で頻繁に通っていた時期があった。

空港(当時は滑走路が2本)、Southwest航空、御殿(日本レストラン)、いろは(日本レストラン、居酒屋風)、River Boat(外輪船ショウレストラン)、デジャヴ(クラブ)などなど、想い出の場所が多々ある。
こうした中、Jack Daniel’sも想い出に残るテネシーウィスキーであり、出張でナッシュヴィルに宿泊するたびに好んで飲んだテネシーウィスキーである。

ある日、空港の傍にあることから時々立ち寄っていたLiquar Shopを訪れたところ、「Jack Daniel’s 125th Anniversary」と銘打たれた箱が目に入った。
$65と以外に高額ではあったが衝動に打たれて購入したのが、このボトルである。

ボトルのネック部分には125年記念の説明書が付いていて、ボトル番号が割り当てられている。
この説明書にある登録書をJack Daniel’s に送付すれば、所有者の名前が登録されるようになっているが、未だ送付はしないままでいる。

1dsc04300 Jack Daniel’s 125th Anniversary Bottle (正面)

1dsc04305

1dsc04301 納税ステッカー

1dsc04302 背面

1dsc04304

1dsc04306 125年記念の説明書

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1dsc04309 登録申請書

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1dsc04314 外箱

1dsc04316 外箱の標示

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2015年9月 4日 (金)

Cancun(Mexico)/ Tequila(RESERVA DE Don Julio)  [コレクション 酒類]

1dsc04293 RESERVA DE Don Julio

職務上メキシコにはかなりの頻度で行った時期があった。
日帰りでは時間的に無理があるので最低1泊、平均すると2泊というスケジュールが多かった。
宿泊となると行った先のホテルあるいはその周辺で夕食を摂ることが多く、飲み物では殆どの場合セルべッサ(ビール)から始めて、テキーラに移行するのであった。
テキーラはアルコールが強いというイメージがあるので、初めての頃はフローズンマルガリータなどを飲んでいたが、慣れてくるとストレートの旨さが心地良く感じられるようになった。

さて、写真の「RESERVA DE Don Julio」であるが、1992年にあった国際会議にM社のトップがプレゼンテーションを行うのにアテンドした時に主催者から贈られたものである。
日本語では「ドン フリオ」と表記するのであるが、日本国内で販売されるテキーラの中では高級クラスに属するようである。
そのDon JulioのRESERVAであるから、それなりの価格はしたのであろうか?まあ結構資金力のある国際組織の会議であったから、それなりのものをくれたのであろうと推察するところである。
なお、箱やラベルに書いてある「Agave」というのは原料とする龍舌蘭のことで、これを100%としているのは正真正銘のテキーラであるというこを示している。

近頃集めたワインの整理をしているが、この「RESERVA DE Don Julio」はその際に出てきた一本である。
ボトルを見ると、内容量に変化は無いようであるが品質については飲んでみないと分からない。

1dsc04290 RESERVA DE Don Julio ボトル(正面)

1dsc04295 ラベル(ボトル正面側)

1dsc04291 ボトル(背面)

1dsc04296 ラベル(背側)

1dsc04287 外箱(正面)

1dsc04288 外箱(横面)

1dsc04289 外箱(背面)

1dsc04286001 外箱(横面)

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2015年9月 3日 (木)

小金井/ 防災ブック、防災MAP

1dsc09044 「防災ブック、防災MAP」の入ったパッケージ

一昨日の9月1日は「防災の日」であった。
そして、この日に東京都下の全世帯を対象に「防災ブック、防災MAP」が配布されたのであった。

「防災ブック」は、手のひらサイズではあるが300ページを超えるものである。
さらりと流し読みをしてみたが、「簡易コンロの作り方」や「乾電池の大きさを変える」(JFK注:単3電池を単2電池や単1電池のサイズに変える方法)など知っておいて損はないことも書かれている。
近い内に熟読してみようかと考えている。

また、「防災MAP」は現在居住している場所周辺の「避難場所」や「給水拠点」などが記載されていた。

願わくば「防災ブック、防災MAP」を使わなくてもよい日が続いて欲しいものである。

1dsc09050 防災ブック(左)、防災MAP(右)

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2015年9月 2日 (水)

神楽坂/馳走 紺屋  (和食アラカルト)

1dsc03587

8月のとある日のことであったが、17時50分にM社のオフィスがあるビルの1階でTM氏と待ち合わせた。
今回はTM氏からの誘いであったので行先は氏が予約しているかと思っていたが、決めていないという。
銀座のチーズ鑑定士の居るワインバーで過ごすのも一興かと思ったが、TM氏は神楽坂に行きたそうなそぶりであったので「紺屋」に電話すると、カウンター席が空いているというので即確保した。
JR秋葉原経由で飯田橋に行き、「紺屋」に向かった。
この日も相変わらず蒸し暑かったのと空腹であったことから、坂を登るのに随分くたびれ、途中から汗がぼとぼとに滴り落ち、入店した際には服はズクズクで、ハンドタオルはビシャビシャであった。

1dsc03586_2

入口を入ると、前回カウンターで対応してくれた超美人のお嬢さんが現れた。
が、結果としてこのお嬢さんはこの日はフロア全般を看ていてカウンターの担当ではなかった。

1dsc03581

三味線のお師匠さんが三味を奏でる前を通ってカウンター右の席に案内された。
座って躊躇せずビールをお願いし、グーと3分の1ほど飲んで落ち着きを取りもどした。
注文は、なにはともあれ「玉子焼き」をお願いした。

1dsc03569 

最初に「蛤のお吸い物」が供された。
「蛤のお吸い物」というと、高麗橋「吉兆」の逸品を思い出す。
高麗橋「吉兆」では、出汁を摂るための蛤は出汁摂りだけに使い、出汁を摂った後は捨てる、と聴いた。
その訳は、身から旨味が出汁に出てしまうから、である。
一方、お椀に入れられる蛤はこれはこれで別途下拵えしたものが使われる。
即ち、「蛤のお吸い物」には蛤がツーシフト用意されるということであった。
本当に良いものを良く味わうために贅を尽くす、とはこういうことをいうのであろう。

余談はさておき、TM氏は海外駐在から戻ってきたばかりで、神楽坂に限らず日本料理屋での注文になれていない。
「稚鮎」、「枝豆」、「ポテトサラダ」、「竜田揚げ」と一気に四品を注文したので、結果として我々の前は手狭になってしまった。

1dsc03572 稚鮎

1dsc03573 七輪で稚鮎を焼く

先ず「稚鮎」であるが、小ぶりの七輪が持ってこられ、この上で稚鮎を焼いたのである。が、何がいけないのか稚鮎が網に引っ付いてしまい、身が網に残るという惨状を呈したのであった。頭から丸ごと食べるものであるだけに、実に残念なことであった。

1dsc03574 ポテトサラダ

1dsc03575 玉子焼き

1dsc03576 枝豆

「玉子焼き」と「ポテトサラダ」は、ヴォリュームも十分であった。

1dsc03578 竜田揚げ

また、「竜田揚げ」は日本酒に佳く合う一品であった。

1dsc03584 

この日は、最初に生ビールを胃の腑に流し込み、次いで微発泡の濁り酒をいただいた。
さらに、お嬢さんお薦めの清酒を3種類いただいただけであったが、暑さのせいで体内の水分が飛散していたこともあり酔いが速く回ったのであった。

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2015年9月 1日 (火)

JFK

JFK will be back very soon.

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