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2015年5月10日 (日)

府中/ 大国魂神社 例大祭 (くらやみ祭)  [2/3]

1dsc_3671 神楽殿

太古の昔から、祭りには音楽や舞いは必須の要素である。
その音楽も舞いも祭が行われる土地に固有のものとして様式が定着し、またそれらが受け継がれてきた時間によって洗練されたものに収束していくのではないかと想像している。

府中には、「大國魂神社」が今から1900年以上前に創建され、また武蔵国の国府(行政の拠点)が1300~1000年前に置かれていたとのことである。(出典:府中観光協会発行の冊子より)
したがって、府中の祭においても、長い年月の間に祭礼の内容、特に音楽や舞いは洗練され続けた結果現在の姿となっており、それを現在の私たちが聞いたり見たりしているのであると思う次第である。

これらの祭礼における音楽や舞いの内、神社に伝わるものは「神楽殿」で執り行われるが、民間で伝承されたものは「山車」を舞台に執り行われているように推察しているが、いかがであろうか。
先日は府中の本町が有する「山車」で囃子と舞いを見ることができた。

演者は、囃子も舞いも若い人達(中学生ないし高校生)が主体であった。
舞い手は皆お面を付けていて、このお面と着衣とでそのキャラクターが判別できるようになっているようである。
所作は手や体の動きのそれぞれが意味を持っているようであるが、見る方としては深く考えずにお囃子を聴きながら舞いの動きを見ていると、自然と雰囲気は伝わってくるというものであろうかと推察している。


[本町の山車(5月5日午後)]

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1dsc_3689 このお嬢さんの太鼓は佳い響きであった

1dsc05346 演技を終えて、皆で談笑

1dsc_3675 横一列に旧甲州街道から府中街道を進む(道清めの儀か?)

この隊列について行ったら、本町の山車や府中砂場のある本町に至ったのであった。

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コメント

日の高い時間にもいろいろな催しをやっているのですね。
若い世代が祭りを支えているというのは、いいですね。
おかめ、ひょっとこの面がユーモラスです。庶民の生活に根ざした踊りなのでしょうね。
東京に戻った暁には、小生も大国魂神社に足を伸ばしてみようかと思います。

Kabochanさん
5月5日のことしか知りませんが、くらやみ祭は昼間から賑やかに繰り広げられていました。
企業でも行事でも若い世代が主体になっているというのは、見ていて清々しいものを感じます。
旧態依然とした企業で年寄りがしがみついている(彼らは会社や社会の求めに応じて頑張っている、と言うようですが)のは、組織を滅ぼす要因の一つになっているように実感しています。
すみません、話が逸れてしまいました。

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