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2015年3月24日 (火)

堺/小島屋(けし餅)

1dsc02176 けし餅の箱(堺名産と記してある)

昨日、築地の「ケシあんパン」について掲載させていただいたが、この時に堺市に長く伝わる「けし餅」のことを思い出していた。

堺は、元々は商人が興した町であり、その商業都市としての歴史は広く知られるところである。
また、併せて茶の湯など文化的な面もその歴史は長きに亘って伝えられてきたのである。
堺はこのような歴史を持つ町であるから、菓子類についても長きに亘って愛でられてきたものが多い。
「小島屋のけし餅」もその一つである。

1dsc02179 けし餅


「小島屋のけし餅」は、漉し餡が薄い求肥の皮に包まれていて、さらにその上にけしの実が満遍なく着けられている。
その形は直径が3cmほどの球形に近いもので、箱の中では自重によって横から見ると若干楕円形に近くなっている。

味は漉し餡の味が主体であるが、咀嚼していると「けし」から滲み出る風味が口腔内に広がる。
それは、少し香ばしく、かつオイリーなものに私には感じられるのである。

また、全体に柔らかい食感であるが、けしの実のプチプチした食感が気持ちを楽しませてくれるのである。

1dsc02177 口上書

私の母方の祖父母は、90年ほど前に大阪市内の福島で新婚時代を過ごした。
カトリックの洗礼を受けていた祖父母はその頃に「九条教会」で毎日曜に行われる礼拝に二人で通っていたと母から聞いた。
その頃は男女が方を並べて歩くと言うのが珍しい時代で、周囲からは揶揄されたとも聞いた。

私の母は大阪市福島で生まれ、そのあと父(私の祖父)の転勤で、尼崎、姫路、と移り住み、14歳の頃(今から74年前)に堺に移った。
その際に祖父は家を建てて、以後ここで住むようになったのであった。
因みに、私はこの祖父の家の座敷で生まれた。(当時は産婆さんが居た。)
そのような祖父母や母にとって、「小島屋のけし餅」は日常の中で楽しむ和菓子の一つであったようであった。

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コメント

堺市が商人の町というのは教科書で知っていましたが、こんなに美味しそうな和菓子が有名だとは知らなくて‥‥
けしの実をまぶしてあるので、けし餅と名付けられたのでしょうか? 歴史ある和菓子なのですね。
お抹茶(おうす)と共にいただくと美味しそうです
此方のけし餅はJ氏さんの お祖父様やお祖母様、ご両親も永く親しまれてこられたのでしょうね。

箱に書かれた「堺名産」の文字のなんと美しいこと!歴史を感じさせる見事な意匠ですな。
思わず目を奪われました。
さらに菓子の全面にまぶされたけしの実の存在感たるや、このような使い方もあるのだと
驚くばかりです。もちろんプチプチとした食感とやらもぜひ自分の舌で確かめてみたいものです。

FORTNUM & MASONさん
堺には全国区で知名度の高いもの、例えば包丁などがありますが、このけし餅のように知る人ぞ知るレベルのものもあります。
けし餅は堺市内の本店だけでなく、新大阪駅などでも買うことができます。そういう意味では知名度はマイナーな全国区かもしれません。
けし餅はお茶といただくのが私的にはベストですが、場所としては茶室か仏壇のある座敷、あるいはポカポカした縁側などが好きです。
けし餅は、私の親以上の世代にとってはちょっとした佳い日の食べ物のようです。

Kabochanさん
箱に書かれた文字には独特の趣を感じさせられますね。
このけし餅ですが、子供の頃は余り好きではありませんだした。
けしの実の食感や味を楽しめなかったからだと思います。
当時はケーキやクッキーなどの洋菓子の方が好物でした。
酒の肴と同様に、大人になって酒やお茶を嗜むようになって初めて賞味できる食べ物ですね。

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