2019年11月14日 (木)

新宿/ TP TEA NEWoMan新宿店 (オリジナルティー ホット)

1img_6240 TP TEA NEWoMan新宿店

もう1ヶ月程前のことになりますが、HO氏と中国への観光旅行に行く前の最終打ち合わせを行おうということで、新宿駅南口の横断歩道を渡ったところで待ち合わせました。
待ち合わせの刻限は10時半ということでしたが、私は30分程早く新宿駅に到着したことから新宿駅の改札内で南口に近いエリアでお茶でもいただこうと思って着席出来る店を探しました。

すると、私の力で見つけることができたのが牛たんの店と「TP TEA」という台湾系のお茶を喫することができる店の2店だけでした。

ということで、入店したのは「TP TEA」でした。

1img_6242 メニュ

10時というタイミングではテイクアウトのお客さんは頻繁に訪れておられましたが、店内でお茶をされる人は少ないようで私の前には先客はゼロでした。
先客が居られないのを良いことにゆるりとメニュを見つつ若い女性店員さんに相談しながら選んだのは「オリジナルティー」のホットでした。
なお、注文に際しては
  STEP 1 : ドリンクを選ぶ
  STEP 2 : 甘さを選ぶ
  STEP 3 : 氷の量を選ぶ
となっており、ホットティーを選んだ私のケースではSTEP3は不要でしたが、STEP2は必須項目でした。
そこで甘さについて尋ねますと、若い女性店員さんは面倒くさそうなそぶりも見せずに笑顔で100%というのが標準であると教えてくださったのでした。
私にとって当店は初めてでしたので全て標準レベルでいただくのが良いと思えましたので「オリジナルティー、甘さ100%」でお願いしました。

1img_6243 店内

そして、椅子に座って待ちました。

1img_6237 オリジナルティー ホット

待つこと暫し、カウンターの向こうから声をかけられて、いそいそと取りに行ったのが上の写真のカップでした。
中には「オリジナルティー」が入っているのですが、蓋ががっしりしてあったことと、中の「オリジナルティー」がアツアツであったことから、蓋を取るのに勢いが付いて溢しでもしたら火傷などの大事になりそうでしたので、飲み口の小さな穴から中を覗くと黒褐色のお茶が見えたのでした。

味は甘さ100%であるにも係わらずくどい甘さではなく、むしろお茶の味が引き立つような淡い甘味でした。
なお、量は「ちょっとお茶を!というには多量でして、残念ながら半分ほどを残してしまいました。

なお、当店は今流行りのタピオカティーがメインの店でして、私のように熱いお茶を求める人はほぼ皆無というものなのでしょうと後から思った次第でした。

1img_6239 カップには茶湯會の文字

1img_6234 紅茶ラテの試飲

なお、試飲でいただいた「紅茶ラテ」は英国流ではロイアルミルクティーといった味わいで、とても美味しうございました。

1img_6233 

   

2019年11月13日 (水)

西安/ 始皇帝陵および周辺図 (麗山園の主要個所配置図)

1img_0003 図1.始皇帝陵および周辺図 (出典:始皇帝の知られざる姿を説く 秦の始皇帝 天下統一の旅 期間:2019年10月18日(金)~22日(火)4泊5日 資料集、 同行講師:鶴間和幸教授(学習院大学)、日中平和観光株式会社)

始皇帝陵およびその周辺の発掘調査場所は「麗山園」として総合的に管理されていますが、それは広大なエリアです。
私はツアーに従って訪ねているだけでしたので自分が始皇帝陵を基点に何処にいたのかが分からないままでした。

そこで、今回のツアーで鶴間先生が用意された資料を参考にさせていただきますと、訪ねた「陪葬坑9901」や「陪葬坑0006」が何処に位置しているのかが分かりました。

また、先に訪ねた「始皇帝陵文物陳列廰」で観た「秦陵1号銅馬車」や「秦陵2号銅馬車」が発掘された「銅馬車坑」の位置や、後で訪ねる「咸陽博物館」に展示されている「青銅製の鳥」が発掘された坑の場所もその位置が把握できました。
とはいえ、実感をもっての理解ではなく、京都や奈良の名所旧跡のようには位置関係を皮膚で感じるというものではありませんでした。

1img_0004_20191110163801 図2.始皇帝陵および周辺図 (出典:The Qin Dynasty Terra-Cotta Army of Dreamas,Zhang Lin, Xi'an Press, March 2015)

 [図2の補足]
   ①:始皇帝陵
   ②:内壁
   ③:外壁
   ⑥:「青銅製の鳥」が発掘された坑
   ⑧:銅馬車坑
   ⑩:陪葬坑9901
   ⑪:陪葬坑0006

   

2019年11月12日 (火)

西安/ 秦始皇帝陵博物院 麗山園 文官俑坑(陪葬坑0006)   [始皇帝ツアー DAY 2 12:20]

1dscn5071 文官俑坑(陪葬坑0006)

「百戯俑坑(陪葬坑9901)」に続いて訪れたのは「文官俑坑(陪葬坑0006)」でした。
「百戯俑坑(陪葬坑9901)」を出て再びカートに5分程乗りますと文官俑坑(陪葬坑0006)に到着しました。

この「文官俑坑(陪葬坑0006)」は、発見された俑の帯に木簡を削る小刀があったことから文官俑坑と考えられているとのことです。

今回は不勉強で記述はこれにて終わりです。

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2019年11月11日 (月)

西安/ 柿の木

1dscn5069 柿の木、百戯俑坑(陪葬坑9901)の周辺

兵馬俑のあるエリアは兵馬俑の存在によって水はけが良くなり過ぎて、そのために穀物類を生育させることが困難となり、替わりに生育に左程大量の水を要しない柿の木などが経験的に植えられてきたとのことです。
したがいまして、土地の植生を調査することによって兵馬俑の埋められた場所を推定できるとのことでした。

また、近年では米国の衛星画像をコンピュータ処理することで始皇帝陵地形モデルを作成し、地形を俯瞰・旋回して観察できるようになったとのことです。

1dscn5064 たわわに実る柿の実

   

2019年11月10日 (日)

西安/ 秦始皇帝陵博物院 麗山園 百戯俑坑(陪葬坑9901)   [始皇帝ツアー DAY 2 11:45]

1dscn5007 秦始皇帝陵博物院 麗山園 入口

始皇帝陵のあるエリアは「麗山園」として整備されており、その中に始皇帝陵の周辺に陪葬坑があって発掘調査されていました。

1dscn5009 園内の移動は主としてカート

「麗山園」の入口を通ると、そこには12人乗りのカートが並んでいて、ツアーメンバーはこれらのカートに分乗して園内を移動しました。

1dscn5020 百戯俑坑(陪葬坑9901)

最初に訪れたのは「百戯俑坑(陪葬坑9901)」でした。
「百戯俑坑(陪葬坑9901)」は石のブロックが積み重ねられたような建物に覆われていて、兵馬俑坑の航空機のハンガーのような建物とは趣が異なっていました。
なお、建物には「陪葬坑9901」の大きな文字が掲げられているのみでしたが、本文では鶴間先生の資料「始皇帝の知られざる姿を説く 秦の始皇帝 天下統一の旅 期間:2019年10月18日(金)~22日(火)4泊5日 資料集、 同行講師:鶴間和幸教授(学習院大学)、日中平和観光株式会社」に従って「百戯俑坑(陪葬坑9901)」に準拠致しました。

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建物に入ってすぐのところに「百戯俑坑(陪葬坑9901)」に関する説明パネルがあって、そこで鶴間先生と秦始皇帝博物館の張副館長さんによるブリーフィングが行われました。

1dscn5048 百戯俑坑(陪葬坑9901)全体図(3列の坑が並ぶ)

なお、順路上では最後に見た全体図を掲載しましたが、この「百戯俑坑(陪葬坑9901)」は3列の坑を主体にしたもので、私たちは全体図の右側から時計回りに巡ったのでした。

1dscn5024 全体図下方に記された坑と中央の坑(全体図の右下付近からの眺め)

1dscn5041 全体図上方に記された坑と中央の坑(全体図左上付近からの眺め)

この「百戯俑坑(陪葬坑9901)」では上半身が裸の俑が多く発掘されたとのことで、それらが展示されていました。
これらは「百戯」すなわち「雑技」をする人たちの俑であって、相撲の力士や技芸などの俑であって宮廷の娯楽を反映するものだということです。
(因みに、「The Qin Dynasty Terra-Cotta Army of Dreamas,Zhang Lin, Xi'an Press, March 2015」ではこれらの俑について「acrobatたち」の俑と記述されていました。そういえば、このツアーの後、立ち寄った上海で観た上海雑技団のことはShanghai Acrobatic Troupeと称されていたのと同様に肉体的技量の究極を表現するするのが彼らの仕事だったのでしょう。)

なお、それぞれの俑にはその大きさや特徴に関する説明が書かれたプレートが置かれていました。
そして、俑とは個別にそのプレートを撮影したのでしたが、残念なことにピンボケが多く、記載されていた説明をここに転載することは叶いませんでした。

1dscn5026 左)1999:1号俑(高さ153cm)、 右)1999:5号俑(高さ173cm)

1dscn5030 左)1999:3号俑、 右)1999:1号俑

1dscn5032 1999:5号俑

1dscn5043 2012:12号俑脚(長さ30.5cm、32.7cm、つま先および甲には粘度が重ね塗りされている)

1dscn5056 2012:17号俑(高さ149cm)

1dscn5058 2012:1号俑(高さ141.5cm、上半身は裸、下半身の衣服には彩色模様が見られる、胴には白く色づけされた跡がある)

また、「2012:1号俑」に関する鶴間先生の解説では、この時代は椅子に座るという様式は無く、この形態の人物俑はたいへん珍しいとのことでした。
また、足の置き方が左に流れていて、この形も他に例を見ないということでした。

   

2019年11月 9日 (土)

出前一丁 (ぐで前の食べられるデコシール)

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私はインスタントラーメンの中では「出前一丁」がかなり好きで、偶に生協で5袋入りパックを買っています。
「出前一丁」は発売当初から好みのラーメンでして、初めて食した時はそのゴマラー油の風味に甚く感動したものでした。

因みに、私なりの出前一丁の食べ方ですが、基本的には刻み葱を最終段階で入れるか、せいぜいゆで卵を入れるくらいで、それ以上に具材を入れるのはかえって味を損なうように思っています。
すなわち、出前一丁は完成された味わいのラーメンであると思っているのです。

なお、ネットで調べてみますと出前一丁は1968年2月に発売が始まったとのことで、当時の私は12歳8カ月でしたがその時以降折に触れ出前一丁を好んで食べてきたことになるようです。
私的には最近のラーメンよりもスープの完成度が他の追従を許さないレベルにあり、これが50年も前に完成していたということに改めて感心するところです。(時代の変遷に応じてマイナーチェンジは繰り返されたでろうことと推察していますが、連綿と根底に流れる味の基本は変わっていないように思料しています。)

さて、先日のことですが、5袋入りパックから3袋目を取り出していたところ、1辺が10cm程の薄いパックがホロリと出てきたのでした。
こはいかに?と取り上げて見ますと、「ぐで前の食べられるデコシール」というものでした。

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その内容を見ますと、「食べられるデコシール」と書かれていて、その直ぐ後ろに『食品添加物製剤』と記されていました。
詳しくはブルランという主成分が83.8%含まれるシールで、ゆで卵の黄身に貼るフィルムでした。
このフィルムは、ゆで卵の黄身に貼って、それを出前一丁とともに食すという遊び心に溢れたものでした。
孫たちが今度遊びに来るまで大切にしまっておきましょうかねェ、と思うところです。

ところで、「ぐで前」って・・・?

   

2019年11月 8日 (金)

西安/ 秦始皇帝兵馬俑博物館 秦兵馬俑三号坑蹟址 (指揮部隊)   [始皇帝ツアー DAY 2 10:45]

1dscn4995 秦兵馬俑三号坑蹟址

「秦兵馬俑二号坑蹟址」に続いて「秦兵馬俑三号坑蹟址」を訪ねました。
「秦兵馬俑三号坑蹟址」は配置図からは小さく見えますが、それは「指揮部隊」だけのものであるためのようです。

さしずめ指揮官を中心に参謀と伝令が配置され、そこを兵士が衛るという構成のようかと推察したところでした。


1img_20191104140301 兵馬俑坑配置図(出典:始皇帝の知られざる姿を説く 秦の始皇帝 天下統一の旅 期間:2019年10月18日(金)~22日(火)4泊5日 資料集、 同行講師:鶴間和幸教授(学習院大学)、日中平和観光株式会社)


1img_0002 秦兵馬俑三号坑 兵馬俑配置図

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1dscn4998 戦車俑(手前の壁に隠れて馬俑が4頭)、「The Qin Dynasty Terra-Cotta Army of Dreamas,Zhang Lin, Xi'an Press, March 2015」によるとこれは馬4頭立ての指揮官座乗戦車(馬車)

1dscn4999 南セクションの俑

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1dscn5003 土産物店(一部分)

なお、「秦兵馬俑二号坑蹟址」の中にギフトショップがあったようでしたがチラリと見ただけで通過しました。
一方、「秦兵馬俑三号坑蹟址」を出て少し歩いた場所に土産物店が並ぶ大きな建物があり、そこで「The Qin Dynasty Terra-Cotta Army of Dreamas,Zhang Lin, Xi'an Press, March 2015」と「始皇帝のマグネット」を購入しました。
ただ、興味のあった兵馬俑の置物はクオリティの割には存外に高価であったことから購入しませんでしたが、まあそれで良かったと思っています。

   

2019年11月 7日 (木)

入間/ 航空自衛隊 入間基地航空祭 2019 (F-15J)

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入間基地で毎年11月3日に行われる航空祭に行きますと、メインイヴェントであるブルーインパルスの演技飛行が終わった後は国内の基地から参加された航空機が帰投するのを見送る人たちで滑走路の脇は溢れます。
私もその人たちに交じって撮影を行ったのですが、先日は人の群れの後ろの方にしか立てなかったので、シャッターチャンスが乏しいのには難渋しました。
そうした中、人の僅かな隙間から撮った写真を掲載します。

先ず最初はF-15Jです。
機体識別番号は「42-8844」で二日前の11月1日の夕方に小金井市の上空で見かけた機体でした。
因みに、この機体は小松基地の第6航空団に所属する機体とのことでした。

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パイロットは精悍な容姿の若者で、いかなる時も冷静沈着な対応ができる人の様子でした。
彼はコクピットに入って各種チェックを終えて滑走路の南側に移動し、そこからアフターバーナーを使って一気に離陸していきました。
そして、基地東方で旋回した後、滑走路の上を高速で航過していきました。
パイロットの姿や機体が轟音とともに高速で飛ぶ姿には頼もしいものを感じましたが、その一方で今後この若いパイロットやその同僚たちが無為な戦に巻き込まれないことを心から祈った次第でした。

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2019年11月 6日 (水)

西安/ 秦始皇帝兵馬俑博物館 秦兵馬俑二号坑蹟址 (戦車騎兵混合部隊、戦車歩兵部隊、戦車部隊、弓兵部隊)   [始皇帝ツアー DAY 2 10:20]

1img_6630 秦兵馬俑二号坑蹟址 入口

「秦兵馬俑一号坑蹟址」に続いて訪れたのは「秦兵馬俑二号坑蹟址」でした。

1img_20191104140301 兵馬俑坑配置図(出典:始皇帝の知られざる姿を説く 秦の始皇帝 天下統一の旅 期間:2019年10月18日(金)~22日(火)4泊5日 資料集、 同行講師:鶴間和幸教授(学習院大学)、日中平和観光株式会社)

1img_0001_20191104145401 秦兵馬俑二号坑 兵馬俑配置図

「秦兵馬俑二号坑」は発掘調査実施済みということで、その全容は戦車騎兵混合部隊、戦車歩兵部隊、戦車部隊、弓兵部隊のものということです。

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発掘調査が行われたとはいうものの1号坑とはイメージが異なっていて、波打つ部分は深く掘り下げられてはいないような印象でした。
また、目立った坑は見当たらず、かつ俑も置かれてはおらず、1号坑とは異なる様相に少し困惑したのでした。

1img_6639 見学者デッキ

1img_6643 兵馬俑は崩れた状態

とはいえ、左手に進んで行きますと波打つ面から掘り下げられた坑があり、そこには兵馬俑が散乱しているように見えました。
後日、日本に持ち帰りました「The Qin Dynasty Terra-Cotta Army of Dreamas,Zhang Lin, Xi'an Press, March 2015」によりますと、波打つ面は坑の天蓋部分を支持した木材であり、その下に兵馬俑が埋もれているという説明がなされていましたが、上掲の写真からはそのことが明確に分かりました。
思いますと、ここでは鶴間先生の解説をちゃんと聞けていなかったことが先述のような印象を持った原因であると思っています。

また、2号坑は1号坑と違ってフロアには発掘された俑が陳列されていて、真近に俑を見ることができました。
これらの陳列によって、俑は表情がそれぞれ異なっていたり、あるいは細かい細工が施されていたりと、俑を近くで見ることのメリットを堪能できました。

なお、鶴間先生の解説で、兵馬俑は黄土を成形・焼成した後に黒色の漆を塗布し、そこに着色したということでした。
俑はなかなか手間暇とコストのかかる作品だったようです。

1img_6650 跪射俑(正面)

1img_6645 跪射俑(背側)

1img_6646 跪射俑(履物の底)

1img_6652 将軍俑

1img_6658 中級官吏俑

1img_6661 立射俑

1img_6669 馬俑の腹部の穴があるのは焼成時のガス抜きのため

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2019年11月 5日 (火)

小金井/ 夕方の空 (自衛隊機、鳥)

1dsc_6159 F-15(42-8844)

小金井市の上空は、航空自衛隊入間基地に着陸する航空機のルートになっているようで、時々ですが自衛隊機を見ることがあります。
11月3日は航空自衛隊入間基地で航空祭が開催されるので、2日前の11月1日に久しぶりにD800に80-400mmのレンズを装着して撮影の勘を取り戻すべく野川の淵に出かけました。
時間は15時頃から17時過ぎまででしたが、夕方に迫りつつある空に航空祭で見かける航空機のU-125やU-4が何度も航過していました。
ところが、少し西に離れた遠くの空に点のように見えた垂直尾翼が2枚ある航空機を撮影しましたが、その時は米軍横田基地のF-18と推察したのでした。
しかしながら、家に帰って画像を見ると、それは先日の航空祭で見たF-15であることが機体識別番号によって分かったのでした。

1dsc_6158 U-125

1dsc_6173 U-4

また、16時を過ぎると地上は次第に明るさが減じ始め、黄昏の雰囲気になっていきました。
昔々、私が小学生の頃、NHKテレビの夕方の歌番組で「黄昏で~す。鳥もねぐらにか~え~る~ゥ、黄昏で~す。」という歌詞の歌が毎日放送されていましたが、その歌の通りいろいろな鳥が西にある「ねぐら」に向かって飛んでいったのでした。

1dsc_6183 鷺

1dsc_6187 鴨

1dsc_6189 烏

また、17時を過ぎますと地平線の向こうに太陽は隠れ、空気は肌寒く感じられるようになりました。

1dsc_6199

1dsc_6201

そして、もう自衛隊機は飛んでいないであろうと思いつつ空を見上げると三日月が存外に明るく輝いていたのでした。

1dsc_6198 三日月

   

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