2018年1月21日 (日)

SPACE FOOD TAKOYAKI

1img SPACE FOOD TAKOYAKI

昨年のことであるが、三鷹の国立天文台を訪ねた際に売店で購ったものに「SPACE FOOD TAKOYAKI」があった。
孫達が夏休みに我が家に来た際に一緒にいただこうと思っていたが、孫達は興味が無かったようで、一瞥しただけであった。
しかたがないので、クローゼットにしまっていたが、この冬に来た時には取りだすのを失念していた。
先日、クローゼットを物色していたらみつけたので、この際に食べてしまうことにしたのであった。

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アルミと樹脂の多層フィルムでできたパッケージを切り開くと、直径が3cmほどあるたこ焼と思しきものが4個現れた。

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目を傍に寄せて見ると焼いたばかりのたこ焼のような見掛けであり、たこ焼の香が鼻腔をくすぐったのであった。
その内の1個を指で摘まんでみると、結構硬い球状の塊であった。

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徐に噛んでみたら、その歯応えはかなり強固なもので、強く歯を当てるとガリリという音と共に砕けたのであった。
その食感は、敢えて例えるならば「乾パン」のような感じである。

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味わいは、表面にソースが塗ってあって(ソースは完全に乾燥していた)、たこ焼というよりも焦げたお好み焼のような風味であった。
また、中には蛸の身が入れられていて、パサパサしてはいたが噛んでいる内に唾で柔らかくなり、そのことによって蛸の味が広がったのであった。
それにしても、合成風味料の添加でごまかすのではなくて、ちゃんと蛸の身が入れられているところは良心的であると思ったが・・・。

1img_5054 真空パック状態(開封前)

   

2018年1月20日 (土)

国分寺/ 讃岐うどん irico (かけうどん、牛肉コロッケ、鳥天、ゴボウ天)

1img_5097 讃岐うどん irico

昨日は急遽国分寺のドコモを訪ねた。
というのは、数日前から私のスマホがその動作から判断してウィルスに汚染されているように感じていたが、朝になって妙な警告が画面に現れたからである。
ドコモの専門家に診ていただいたが、現状は多分問題ないであろうとのことであった。

ドコモを終えた後、ほぼ11時半という頃合いであったので、国分寺で昼食を摂ることにした。
候補として早稲田実業の運動部の学生が行く店も思い付いたが、未だ病み上がりでもあるし思い直して讃岐うどんの店に行くことにした。
向かった先は「讃岐うどん irico」であり、当店を訪ねるのは2年半ぶりのことである。

11時半を少し過ぎたタイミングで入店すると、既に先客が3名居られた。
人気店故のことであり、私がカウンター席に案内されて暫らくすると近隣のサラリーマンさん達が三々五々集まって来られたのであった。

1img_5091 手前はソース、卸し生姜、天つゆ

さて、2年半ぶりということもあり、お品書を順次見た上で私がいただくことにしたのは、「かけうどん」とトッピングにする「牛肉コロッケ」、「鳥天」、「ゴボウ天」であった。

1img_5092 鳥天(1個)とゴボウ天(3本)

1img_5093 牛肉コロッケ

1img_5095 全部載せ

まず「かけうどん」であるが、炒子で取った出汁からは加熱された小鰯に固有のそこはかとない豊潤な香りと淡い苦味を帯びた旨味が広がり、これが店頭で打たれた讃岐うどんの馥郁たる甘味と相関して、抑制が効かされて上品に仕上げられてはいるが存分に個性を発揮した佳い味わいであった。
また、店頭で打たれるうどんは丁寧に茹で上げられることで、程良い腰と同時に柔和な歯応えが付与され、関西人にとって『うどんらしいうどん』が楽しめたのであった。

トッピングでは、最初に「ゴボウ天」を一噛みだけ天つゆでいただいたが、それ以外は全て「かけうどん」のおつゆに漬していただいた。(結局、ソースも天つゆも全く使わずしまいで、勿体ない事をした。)
揚げたての「ゴボウ天」は15cm程の長さがあり、歯を当てると衣のサクリ感を感じたあろ牛蒡の繊維を切り進む歯応えが心地よく、咀嚼によって牛蒡の香りと味が広がった。
また、これをおつゆに漬していただくと、炒子のおつゆの旨味と相乗して佳い味わいであった。
「鳥天」もおつゆとの相性が良く、「ゴボウ天」とは反対の柔らかな歯応えとともに天ぷらにされた鶏肉の旨味が広がったのであった。

一方、「牛肉コロッケ」は期待通りのコロッケで、おつゆに漬して一口大にカットしながらいただいた。
木の匙でおつゆと一緒に口に運んだが、少しずつおつゆに拡散し始めたコロッケの味わいと柔らかになったコロッケの本体の口当たりが頬を緩めるのであった。

そして、最後までおつゆを飲みきって、まったりした気分で店を後にしたのであった。

1img_5089 薬味は七味のみ

なお、卓上の薬味は七味のみという潔さで、他に何も置かれていない。
七味をほんの少しおつゆに降ってみたが、香川県産の七味に共通する赤唐辛子のアクセントが強烈であった。

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また、カウンター席の前には清酒が並んでいて、数多くある肴で一杯飲るのも良さそうであった。

   

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2018年1月19日 (金)

NY/ METROPOLITAN OPERA (Die Zauberflöte)

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1993年1月19日(火)の夜であった。
当時勤務していたM社現地法人の社長であられれたAY氏からのお誘いを受けて、メトロポリタンオペラを観賞した。
演目はモーツアルトのオペラ「魔笛」であった。

AY社長は私が最も尊敬するビジネスマンであり、今でもご親交を賜っている。
AY社長は各種藝術に造詣が深い人であり、今でも機会を持たれる毎に観賞に出掛けられておられる。
NYに居られた時は、メトロポリタンオペラのシーズンチケットを2席分確保しておられて、奥さまと観賞に出掛けられておられた。

とある日のことであったが、奥さまが日本に所用で戻られておられた際にAY社長からモーツアルトのオペラ「魔笛」に行こうとお誘いがあった。
私はクラシック音楽は好きであるが、オペラは数えるほどしか観賞したことがなく、更にはチケットも高額であることからご招待を受けることに躊躇があった。
さはさりながら、興味もあったのでありがたくお誘いを受けたのであった。

当日の夕方は、AY社長に促されるように定時にオフィスを出て夕食を摂り、7時半頃にリンカーンセンターに入ったのであった。
そしてインターミッションを挟んで「魔笛」が終わったのが11時半頃であった。
この間、チケットから夕食、更にはインターミッションでのシャンパンを含めて全てAY社長のお世話になったのであった。
なお、帰りはリムジンを呼んで、まずAY社長の住んで居られたオリンピックタワー(オナシス氏がオーナーであった)までお見送りをして、次いでRyeの家に帰ったのであった。
今では懐かしい想い出である。

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2018年1月18日 (木)

小金井/ 長崎県五島手延うどん びぜん家 (かけうどん、肉(甘煮)、かしわ天)

1img_5014 崎県五島手延うどん びぜん家

昨日は所用があって、JR武蔵小金井駅の北側に出掛けた。
所用が終わって駅の近くに至ったのが11時半に少し前のタイミングであったことから、昼食を「長崎県五島手延うどん びぜん家」(11時30分開店)でいただくことにした。

駅からイトーヨーカドーを経て「びぜん家」に向かって歩いていると、暖簾が掛けられるのが見えた。
そして、そのまま歩を進め店に入ったので、この日の最初の客となったのであった。

1img_5004 店内(部分)

店の自動ドアを通ると、以前居られた清楚で美人で若くて丁寧な接客のお嬢さんとは異なるが、実に清楚で美人の若いお嬢さんが迎え入れてくれ、おまけに好きな席に座ってよいと告げてくれたのであった。
いつもならば年配の女性に壁に向かった席を当てがわれるのであるが、このお嬢さんによって久しぶりにテーブル席に着くことができたのであった。
統計的にみてどうかということではないが、2年ほど前に清楚で美人の若いお嬢さんが居られた時にも好きな席に座らせていただいたが、当店では清楚で美人の若いお嬢さんが接客を担当されているとテーブル席に着けるのであった。

まず、店内中央奥寄りのテーブル席に着いて、向かいの壁にある店主殿の五島うどんにかける志を眺めた。
注文に関しては入店前から決めていて、「かけうどん」に「肉(甘煮)」と「かしわ天」をトッピングでいただく心づもりであった。
とはいえ、久しぶりの入店であったことから念のためお品書に目を通した。
が、選んだのは結局当初の心づもりの通りの「かけうどん」に「肉(甘煮)」と「かしわ天」をトッピングするというものであった。

1img_5008 「かけうどん」に「肉(甘煮)」と「かしわ天」をトッピングで

待つこと暫し、注文した「かけうどん」、「肉(甘煮)」と「かしわ天」が薬味の「刻みネギ」と「とろろ昆布」とともに黒いトレ―に載せられて、目の前に供された。

1img_5010_2 五島うどんはあご出汁のおつゆの中

まず五島うどんの鉢に目を遣ると、白きたおやかな五島うどんがあご出汁で整えられた清澄なおつゆの中でその優雅な姿を静かに見せているのであった。
また、うどんの一本一本の描く弾性曲線がその程良い茹で加減を現わしているとともに熱々のおつゆからは湯気が立ち上り、店主殿によって丁寧な仕上げが施されたことが見てとれたのであった。

1img_5009 肉(甘煮)とかしわ天

また、横に目を遣ると、大ぶりの「かしわ天」が揚げたて直後の艶やかな衣を纏っており、その隣の「肉(甘煮)」は牛肉と牛蒡が甘辛く煮込まれた状態で出番を待っている風情であった。

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早速、「かけうどん」の中央部に薬味の「とろろ昆布」および「刻みネギ」を全て置き、次いでその横に「かしわ天」の大きい方と「肉(甘煮)」を三分の一ほど置いた。
まず、おつゆを少し染み込ませた「かしわ天」にガブリと噛みついたら、中心まで熱々に火を通してあるが肉は柔らかく仕上げてあり、滲み出た肉汁・てんぷら油・うどんのおつゆのそれぞれに固有の旨味が口腔内で程良く混ざり合うことで相乗的に旨味を高めているのであった。
一方、「肉(甘煮)」も肉・牛蒡・醤油・生姜から出た濃い旨味が強い収斂性の旨味となって口腔内に広がり、うどんと絡めて佳し、そのまま肉をおつゆと合わせていただいても佳し、であった。
この「肉(甘煮)」は、いつも思うのであるが、酒の肴としても、はたまたご飯のお供としても秀逸な逸品である。

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2018年1月17日 (水)

Houston/ Private Pilot License

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1991年になって直ぐの頃である。
飛行機の操縦免許を取得したくなったことがあった。
そこで、お付き合いをさせていただいていた南部連邦軍の大佐殿に紹介された飛行学校を訪ねたのであった。

飛行機の操縦免許を取得するには、操縦を教えてくれる飛行学校(といっても教習所的な組織である)に通って、飛行の原理、飛行機の構造、法令などをマスターした上に、飛行訓練を経て、更に諸試験に合格して初めてライセンスが交付されるというものである。

これらのプロセスにおいては、実際に空を飛ぶ飛行訓練を行う前に健康チェックで問題無いことを専門の医者に証明してもらわなければならない。
ヒューストンにはパイロットの健康チェックをするドクターが何人かおられて、南部連邦軍の大佐殿に紹介してもらったドクターで証明書を発行してもらった。

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また、飛行学校に入学案内所をもらいに訪ねた日に、導入教育で使われる教本の一冊を早速購った次第であった。
しかし、その数日後にセスナ機の緊急着陸や南部連邦軍の大佐殿の事故(機体は大破、本人は無傷)を見たり聞いたりしたことから、ライセンスの取得については一旦考え直すことにした。
そして、なんとなく日が過ぎていった内にニューヨークへの転勤が発令され、ライセンス取得の夢は潰えたのであった。
因みに、当時は飛行学校の授業料は3千ドル弱であった。

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2018年1月16日 (火)

NY/ GREAT NEW YORK RESTAURANTS

1img 表紙

元旦に孫と連れだって貫井神社に詣でたが、それ以降は玉川上水の淵を少し歩いただけで、ず~っと家の中に居る。
元来は出不精な質で左程苦にはなっていないが、やはり運動不足で体がだるい感じがする。
夕餉に熱燗を嗜むものの、運動していないせいか美味く感じていない。

昼間は自室に篭もって本などを読んでいるが、これも時間つぶしとしては限度がある。
そうなってくると、何か変わったものはないあかいなァとクローゼットの中や本棚を漁っている自分がいるということになる。
昨日は久しぶりに本棚の下の方を見ていると、NY在住時代に購ったレストラン関係の本の一冊に目がいった。

その本の名前は「GREAT NEW YORK RESTAURANTS」というもので、1986年に書かれた本である。
今では情報としては古めかしいものとなり果てているかもしれないが、私がNYに住み始めた1992年の時点では佳いレストランを見付ける一助となっていたことも確かである。

1img_0010 裏表紙

1img_0001 掲載されたレストラン

掲載されているレストランのリストの中に訪ねたことのある店を数件みつけた。
それらを抜き出してみると・・・。

1. Il Cortile

1img_0005 Il Cortile

「Il Cortile」はリトルイタリーの中にあって、Houstonから出張でNYに来ると偶に訪ねた店であり、またNYに住むようになってからもよく訪ねた店であった。
入口のバーカウンターゾーンを抜けて店内奥に進むと結構広いダイニングゾーンとなっている。
更に極めつけはダイニングゾーンの先にパティオがあって、夏の夕暮れ時などはこのパティオのテーブルから窓辺に干された洗濯物などを見上げながら啜るワインも乙なものであった。

当店では、水牛のカルパチオとフライドカラマリ(烏賊のフリッター)が秀逸で、殆ど必ずと言ってよいほどであるがPinot Grigioのボトルを開けながらこれらをいただくのが定番であった。
なお、水牛のカルパチオには洗濯石鹸のブロックから切り出したような姿のパルミジャーノ・レッジャーノのスライスが載せてあり、これがまた佳い味わいであった。

2. One If By Land, Two If By Sea

1img_0006 One If By Land, Two If By Sea

「One If By Land, Two If By Sea」は1787年創業の店で、ZAGATによるとNYで現在も営業されているレストランでは最古のものである。
内部は非常にエレガントな設えとなっていて、夫婦連れや上品な大人の会食場所として有名であった。
その昔、当店には米国出張で来られたYA氏をお連れしたことがあった。
結構慌ただしい会食であったことは記憶するところである。


3. The Oyster Bar & Restaurant

1img_0007 The Oyster Bar & Restaurant

「The Oyster Bar & Restaurant」はオフィスから歩いていけるグランドセントラル駅の構内にあるカジュアル系のシーフードレストランであって、仕事帰りに仲間と訪れることがままあった。
当店では、全米各地から集められた牡蠣、チェリースト―ン、リトルネックなどの貝類を生でいただいたものである。
因みに、これらの生の牡蠣や貝にはカクテルソースとレモンが添えられているが、私は先ずレモンを絞っていただき、後半は少しだけカクテルソースでいたくことが多かった。
なぜなら、その方がカクテルソースよりもワインの味わいが楽しめるからであった。
ワインはカリフォルニア産のものをいただいたが、「Far Niente」か「Ferrari Carano」のChardonneyが多かったように記憶している。
牡蠣や貝類を食し、クラムチャウダーをいただいたら胃の腑は結構満たされたので、後はフライドクラム、フライドカラマリなどを肴に飲んでからお開きというパターンが多かった。


4. Tre Scalini

1img_0008 Tre Scalini

「Tre Scalini」もオフィスから徒歩で行ける圏内の店で、何度か訪ねたことがあった。
イタリア人が経営する店で、マンハッタンのイタリアレストランの中では相当に格式の高い店であった。
アメリカ人顧客を接待する際の候補に挙がるレストランであり、料理もサーヴィスも間違いのない店であった。


5. Window on the World

1img_0009 Window on the World

「Window on the World」ワールド・トレード・センターの最上階にあった店である。
当店は、昼夜を問わずその眺望の良さとワインコレクションの秀逸さで名を馳せた高級レストランであった。
案内される席によって自由の女神が見れたり、あるいはブルックリンブリッジが見れたりと、どこの景色が見れるかは運かあるいは予約時の押しの強さか、はたまた常連であるかに係わっているが、どちらを見ても良い景色であった。


6. The Carlyle Restaurant

1img_0002 The Carlyle Restaurant

「The Carlyle Restaurant」はThe Carlyle Hotelのメインダイニングである。
由緒ある高級ホテルだけあって、満足度の高い食事とサーヴィスであった。
なお、The Carlyle Hotelは本社の社長あるいは会長の宿泊で利用したことがあったが、スイートルームにはグランドピアノや各種映像機器が置かれていた。
いつものことであるが、取引先からは花を主体に多くのギフトが部屋に贈られてきたが、チェックアウト時にこれらをオフィスに持ち帰るのはちょっとした作業であった。

   

2018年1月15日 (月)

Houston/ Baseball Cards (Don Russ 1991 Set)

1img_4977 Don Russ 1991 Set

息子は現地の小学校に通っており、友達の殆どは地元の子供達であった。
したがって、興味を持つ対象も彼らと共通のものが殆どで、その内の一つが「Baseball Cards」あるいは「Baseball Trading Cards」というものであった。
このカードはセットでもバラでも販売されていて、子供に限らず贔屓の選手のものを集めたり、あるいは交換したりすることも行われていた。

1991年はヒューストンに住んで4年目の年であり、息子は11歳になる年であった。
これぐらいの年齢になると野球にも興味が湧き始めるようで、当然のことのように「Baseball Cards」のことも話題になるようになっていた。
そして、とある休日であったが息子を連れて「Baseball Cards」というものを見に行き、勢いで買ってやったのであった。
当時カードのメーカーは2社あって、息子の要望を容れてDon Russ社のセットを購入したのであった。

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1img ASTROSの選手

1img_0003 裏面には個人記録

    

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2018年1月14日 (日)

Houston/ HOUSTON ASTROS (サインボール)

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クロゼットからヒューストンアストロズの選手のサインボール(とはいってもスタンプのサイン)が出てきた。
これは息子を連れて行ったアストロドーム(現在のThe Ballpark at Union Stationに移る前)のギフトショップで買ったように記憶している。

さて、昨年は、大リーグでワールドシリーズをヒューストンアストロズが制した。
テキサス州ヒューストンに約5年住み、時々アストロズの試合を観戦しに行った者としては実に喜ばしいできごとであった。

私がヒューストンに居たのは1987年から1992年のことであったが、この間アストロズはリーグ優勝に手が届かない状況であった。

しかしながら、当時の選手は皆が溌剌としたプレーヤーであり、その中でも思い出すのは
 Billy Hatcher
 Craig Biggio
 Gerald Young
 Gren Davis(1995年~96年6月阪神タイガースに在籍)
 Jeff Bagwell
 Jose Cruz
 Ken Caminiti
 Mike Scott
スタッフでは
 Art Howe(監督)
 Yogi Berra(バッテリーコーチ)
テレビの解説者としての
 Larry Dierker
の各氏達である。

特に、Craig Biggio氏はデヴュしたばかりのころで、元気あふれるプレーが秀逸で人気のある選手の一人であった。
メキシコで石油メジャーの幹部と会食した際にその奥方が「I love Craig!」と言っておられたのは印象に残っている。
また、Larry Dierker氏は球場の放送席で解説をされておられたが、氏と顔を見合わせたことがあった。
柔和な人柄の顔であった。
なお、私が帰国した1995年にはホームランバッターであったGren Davis氏が阪神タイガースでプレーされ、その年のチーム最多ホームランを打たれたのは記憶するところであるが、翌年は6月に帰国してしまわれたのであった。

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2018年1月13日 (土)

Houston/ BASEBALL (Nolan Ryan選手のサインボール)

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Texas州Houstonに住んでいた時のことである。
何度か息子を連れてスポーツショップ行ったことがあった。
そこはスポーツ用品というよりもスポーツ選手に係わるお宝グッズを販売する店で、野球関係ではサイン入りのボール、バット、ユニフォーム、ヘルメットなどが販売されているのであった。

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さて、私の居た頃はノーラン・ライアン氏はテキサス州のみならず全米で超有名な選手であった。
ある日、店の飾り棚を見るとノーラン・ライアン選手のサインが入ったボールが置かれていた。
暫し逡巡したが息子も手に入れたいというので、購った次第であった。
現在、どのくらいの価値があるのか、それと共に本物かどうか、とても興味あるところである。

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2018年1月12日 (金)

体調管理

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三日前は春の様な暖かい日であったが、不覚にも風邪をひいてしまった。
私の風邪は市販薬や一般的な処方薬では効き目が発現せず、殆どの場合は気管支炎にまで進行してしまうのである。
こういうことはもう20年以上の長きに亘って続いているのであるが、近所の医院では状況を説明しても効果のある薬を処方してくれることはなかった。
そこで、昨年の大風邪を契機に近所の総合病院を訪ねることに決めており、今回もその病院を訪ねたのであった。
そして、運の良いことに夏に診ていただいたドクターが居られ、このドクターから前回の実績も踏まえて抗生物質を含む治療薬を処方していただけたのであった。
そのお陰をもって、今では軽い咳が残る程度になっている。
来週は所用で大阪に行かねばならないのであるが、キャンセルしないですみそうである。

   

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